街から離れると危惧していた魔物との戦闘は避けられなかった。シルクハットの男が言うには塔の街から英雄の街まではそこまで距離があるわけではないが、ゴブリンや怪鳥の群れが多く出現し行商人が被害に遭うことがあるという。グレイブはバゴタから渡された長剣を、バゴタは愛用のレイピアを使って時には戦い、時には戦闘を回避して英雄の街を目指していた。
街に向かう途中にある橋にさしかかった時、河川敷から3匹のサンショウウオが現れた。体長は2メートルはあるかという巨体を誇るサンショウウオ。すかさずグレイブとバゴタは武器を構えると、それに反応し3匹は低いうなり声を上げて襲い掛かってきた。
「くそっ、3匹かよ!」
「バゴタ、俺が2匹を引き受けるからお前は1匹だけ引きつけてくれ!」
「了解!」
グレイブは襲い掛かるサンショウウオの群れに臆せず突っ込んでいった。長剣を振り回しながらサンショウウオの噛み付きを振り切り、3匹に注意を向けさせる。その隙にバゴタが素早く駆け寄り、レイピアを1匹のサンショウウオの尾に突き刺した。雄叫びを上げたサンショウウオに他の2匹が注意をそらした隙に、グレイブが1匹のサンショウウオに狙いを定め頭に長剣を突き刺した。どす黒い血を吹き出しながら激しく痙攣するサンショウウオ。変わり果てていく仲間の姿に恐れおののいたのだろうか。無傷のもう1匹は口を大きく開けて、威嚇をしながらゆっくりと後退っていく。
尾にレイピアが刺さった1匹は完全にバゴタを敵視しており、仲間を殺したグレイブには目もくれていない。激しく身体を揺さぶりレイピアを引き抜こうとするサンショウウオ。骨まで貫通しているのだろうか、中々レイピアが抜けず苦戦しているようだ。
「くっそ!中々抜けない!」
「何とか耐えてくれ!こいつ、襲い掛かる隙をうかがってやがる…」
後退りをするサンショウウオは次第に尻尾を左右にゆっくりとくねらせ戦闘態勢に入った。グレイブとサンショウウオは互いに攻撃を行うタイミングを見計らう。その一方で、バゴタは相変わらず手負いのサンショウウオと格闘していた。しかし不幸なことに、剣を抜くことに意識が集中していたバゴタは自分の足元まで注意を払えなかった。地面にけつまずきレイピアから手を離してしまったのだ。
「しまった!」
「バゴタ!!」
グレイブが倒れたバゴタに一瞬気をとられた隙を、無傷のサンショウウオは見逃さなかった。縦に伸びた瞳孔を見開き、大きな口を開けてグレイブにとびかかる。グレイブは瞬時に長剣を構えたが間に合わず、その巨体に押し倒されてしまった。顔面を噛まれないよう長剣で守っているが、サンショウウオも負けじと食らいつこうとする。
「うおぉぉっ!!」
絶対絶命の状況に陥ったグレイブ。その時、サンショウウオは急に上体を反らせて脱力した。急ぎ重くのしかかる巨大を押し返して、グレイブは魔物の様子を確認する。魔物の身体には二本の矢が深々と刺さっており、口から泡を吹いて絶命していた。状況が呑み込めず剣を構えたまま様子をうかがうグレイブの背後からバゴタの声が聞こえてきた。
「おい、大丈夫だったか?いやぁ、危なかったな。俺もこの人に助けられたんだ。」
グレイブがバゴタの後ろを見ると、髪の長い女性がこちらを見て笑みを浮かべていた。手には弓を持ち矢籠にはまだ何本か矢が収められている。河川敷のほうに目をやると、バゴタを襲ったサンショウウオが同じく泡を吹いて仰向けに倒れていた。
「2人共、危なかったわね。」
女性は立ち振舞から戦い馴れている印象を受けた。腰に短剣と巾着袋を携え、袋の中身は薬草の類だろうか。緑色の葉のようなものが見える。
「助けていただきありがとうございます。俺はグレイブです。」
「サラよ。あなた達この先の街に用事があるのかしら?」
「そうなんです。もうゴブリンに襲われそうになるし今もこいつらに食われそうになるし、ホント最悪です。商売道具に傷がつかなかったのは運が良かったけど。」
バゴタはリュックの中身をさりげなくサラに見せる。中は生活用品が何点かと幾つかの宝石が入っていた。
「あぁ、あなた達商人なのね?この辺りは魔物だけじゃなくて盗賊も多いから、商売道具には気を付けなさいよ。」
「あっ…ありがとうございます。…サラさんも街に用事が?」
自分は商人ではないが、話を合わせろとアイコンタクトを送るバゴタに戸惑いながらも、それとなくサラに質問を投げかけた。
「いえ、私は街から北東にある城に用があるの。街はこの橋を渡ったらすぐだから。じゃあね、気を付けて!」
サラはそう言って二人と別れた。彼女が遠くにいなくなったのを確認し、グレイブはすぐさまバゴタに問いかける。
「おい、なんだって俺まで商人仲間のひとくくりにされてるんだよ。」
「気にするなって、相手から情報を聞き出すのも商人の仕事のうちさ。それに…」
バゴタはすでに絶命しているサンショウウオに近付き、身体に刺さっている矢を抜いた。鏃には返しが施されており、一度深く刺さると中々抜けないようになっていた。
「あのサラって人、ただ者じゃなさそうだからな。」
「…あぁ、それは同感だ。こんなデカいサンショウウオがたったの二本の矢で死ぬのはおかしい。返しもついていて泡吹いて死んでるのを察するにこいつは…」
「毒矢だな。」
バゴタがそう言うとグレイブはゆっくりと頷いた。二人はしばらくの間、サラがいなくなった方角をゆっくり過ぎ行く雲と共に見つめていた。旅はまだ始まったばかりだ。
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英雄の街に着いたその夜、グレイブとバゴタは宿泊先の宿屋で街の感想をお互いに言い合っていた。街は塔の街ほど活気があるわけではなかったが、治安は限りなくあの街より良いだろう。住んでいる人々から出る優しさがその理由だ。子供達に音楽を聞かせる若者や街の花壇に水やりをする老人と子供。酒場も塔の街のとは違ってごろつき等の輩が見受けられなかった。それだけに一か所だけ、この街には不釣り合いな場所があった。そう、英雄の像である。
「なぁ、どう思う?あの像…」
「……似てたな、俺の親父に。」
像は街の中心にあったためすぐに見つけることができた。片膝を地面に着き剣を振りかざして盾を構える姿で鎮座しており、目線ははるか先に見える塔の方角を見つめていた。そして何より驚いたのは、以前塔の街の酒場でシルクハットの男が言っていた通り、像はグレイブの父親であるアッシュの顔に彫られていた。
「ありゃ似てるなんてもんじゃねぇ、瓜二つだ。誰か親父さんの知り合いか一緒に旅した魔界塔士の仲間でなけりゃ、あそこまで似てる像を作れねぇよ。」
「だがこの街の人に一通り話を聞いたが誰も親父のことは知らなかった…それにあの像が出来た経緯も誰も知らないなんて信じられるか?」
「うーん、たしかに妙だよなぁ。あの酒場で知り合った男も、てっきりこの街に住んでるかと思ったのに見つからねぇし。」
バゴタは窓辺のロッキングチェアに座ってビールを、グレイブもベッドに座って同じくビールを飲んでいた。像自体は街の住民が造ったわけではなかった。街の住民達から聞いた話を総括すると、この世界を統治している3つの国が、約10年前にとある魔界塔士を称えるために作ったものであるらしい。その時英雄が装備していた剣、盾、鎧をその石像に装備させ、この場所を街として発展させたらしいのだが、その後僅か数か月の間に国同士の争いが勃発。英雄の像が装備していた各装備をそれぞれの国が持って行ってしまったのだという。
「称えるはずの英雄の装備を3つの国が奪っちまうだなんて…神器というか呪物だな、その装備は。商人目線でみれば、そういう曰くつきのアイテムは高額で取引できるんだけどなぁ。」
「ふふ、呪われるぞお前。…それにもう一つ疑問がある。」
「ん?なんだよ。」
「シルクハットの男が言ってたろ。『英雄の装備を揃えた者が楽園への道を手にする』って。確かに男が言っていた通り、誰もこの伝説は知らない様子だった。でも、そもそもこんな伝説が残ってなけりゃ、三国が争うことはなかった。」
「うーん、まぁそうなるけど?」
「この街ができたのは英雄が塔に登ったとされる約10年前で、その後数ヶ月の間に三国同士で争いが起こった。伝説が出来たにしてはちょっと新しすぎると思うんだよな…」
「…おいちょっと待てよ。それってつまり…」
「あぁ、誰かがこの話を『伝説』として吹き込んだ奴がいるんだ。」
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翌朝、バゴタは自宅からリュックに詰めて持ってきていたいくつかの商品を、床に広げた風呂敷に陳列して商いをしていた。その間グレイブは街の武具屋で装備の新調とメンテナンスをしに行き、街を出発する準備をしている。昨夜の話をまとめると、やはりアッシュの行方を追う手掛かりは3つの神器なる装備品の存在、そしてそれらを集めた時に起こると言われる『楽園への道』を手にするという伝説だ。この2つの情報を頼りに、2人はまずこの世界を統治する3つの国に行くべきだということで話がまとまったのだ。そしてまず目指すべき1つ目の国は、昨日サンショウウオと交戦中に助けてくれた女性サラが目指した国である。
装備を新調しメンテナンスも終わったグレイブは街の中心にある英雄の像の前に来ていた。この街は目立つような目印となる建物がないため、この像の近くにいればまず安心だ。案の定、仕事をある程度終えたバゴタがグレイブに気付き、ジャラジャラとケロが詰まった袋を携えて駆け寄ってきた。
「ふぃ〜お待たせ。宝石とかが結構売れたんでそこそこ稼げたぜ。」
「相変わらず商売上手だなぁ。上手くなる秘訣を教えてほしいね。」
「なに、商売は客に好かれる愛嬌と、強気の値段で商品を売る度胸のバランスだよ。ところでさっき、ここから北の国から来たって戦士っぽい奴が買い物に来たんだけどよ。面白い話が聞けたぜ。」
「ん?どうせまた夜遊びの話とかなんだろ?北の国では一回何ケロで女性と遊べるから、俺等が来た街よりも安いなとか。」
グレイブは冗談半分でそれとなく聞いてみる。こうゆう時にバゴタが意味深な発言をする時は、だいたいがくだらない冗談話かからかい話だからだ。だがグレイブの予想は外れ、有益な情報が彼の口から発せられた。
「いやいや、今回はマジな話なんだって。なんでも北の国の王様が傭兵募集してるらしくてよ、そのための試験である武術大会が明後日開催されるらしいぜ。」
「武術大会?…もしかして、昨日会ったサラさんもそれに?」
「あぁ、可能性は十分有るんじゃねえか?見るからに戦い馴れてそうだったしよ。」
サラと出会ったのは昨日のことだ。おそらく彼女はもう国に着いているに違いない。おそらく北の国の王が募集しているという傭兵に志願するため向かったのだろう。そして自分達の目的である英雄が装備していた神器の一つを、その北の国の王が持っている。少しばかりの期待を胸に、新調した防具を装備して二人は英雄の街を後にした。