「こいつはすげぇ…圧巻だな。」
「あぁ…じいちゃんにも見せてやりたかったぜ。」
国の入口である門を抜けて城下町に入ったグレイブとバゴタ。二人は正面に悠々と鎮座する城に呆気にとられていた。周りを掘りで囲まれ城に唯一入ることが許されるのは、城の正面にある可動式の橋だけであり、それ以外の場所からの侵入を一切許してはいない。左右対称に並ぶ石造りの塔を携えながらただ静かにそびえ立つその姿は、城というよりも『鎧』と言ったほうが正しいのかもしれない。
「まぁとにかく着いたから良しとしよう。早速王様に謁見といこうぜ。」
「気が早いなぁ、全く。」
城に入ろうとした直後、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「あら、あなた達!ちょっと!」
二人が振り返ると長い髪と弓矢が印象的な女戦士サラがいた。グレイブとバゴタの姿を見て彼女は駆け寄る。
「一昨日ぶりね。英雄の街に行かなかったの?」
「こんにちはサラさん。いや行きましたよ。そこでこの国の王様が傭兵を集めてるって話をこいつが聞いたんで、興味があって。」
「あらそうなの。奇遇ね、私も傭兵志望で武術大会に出るのよ。もしかしてあなた達も?」
「いや、俺は出ないっすよ。グレイブが出るみたいですけどね。」
「おい、まだ出るって決めたわけじゃ…」
「うふふ、仲が良いのねあなた達。まるで兄弟ね。」
二人のやり取りを見て笑みを浮かべるサラ。グレイブとバゴタもそう言われてまんざらでもない様子だが、ふとグレイブがサラのほうに目をやると、心なしかその目は笑ってはおらず、どこか悲しみに打ちひしがれている様子だった。
「さぁ、一緒に謁見に行きましょう。」
そう言ってサラは二人を城へ誘った。
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城の中は至ってシンプルな造りでありいかにも厳粛な雰囲気ではあるが、見張りの兵士達は同僚と和気藹々と雑談をしていた。メイドも、シェフ達も。
「信じられねぇな。お城の中ってもっとこう、堅苦しいっていうか空気が張り詰めてて重いというか、そんなイメージだったからよ。」
「私も同感。みんなが笑って過ごせているなんて驚きよ。」
城の中にいる人々の表情は皆笑顔で、幸せに満ちている印象を受けた。とても他の国と争っている様子には見えない。だが玉座の間に続く階段の横に、いかにも腕に自信のある者たちが一列に並んでいた。雰囲気が違う場所があるとすれば唯一そこだけである。パッと見て約8人ほどだろうか。全員男で皆サラのことを物珍しそうにジロジロ見ている。
「なにかしら、みんな私のことジロジロ見て…」
「多分サラさん綺麗だからみんな見とれてるんですよ。見てくださいよこのメンツ。どう考えてもごろつき連中だ。」
バゴタのこの御調子者な性格が時には災いすることがある。まさに今がそのタイミングだとグレイブは直感した。その直感は正しかった。男たちはバゴタを囲み、一人の男が胸倉を掴み壁にバゴタを叩きつけた。
「おいテメェ、俺等に喧嘩売ってんのか?」
男は50代ほどだが筋肉質で立派なヒゲを蓄え、牛の角をはめ込んだ兜を装備している以外は特に鎧などは身に付けておらず、軽装であった。咄嗟にグレイブが仲介に入ろうとしたがその瞬間、サラが逆に男の胸倉を掴み睨みつけた。
「ねぇ、今ここでアンタとおっぱじめてもいいんだけど、そしたらアンタは想像以上の辛い死に方をすることになるけど、どうする?」
男はひと言「分かった」とだけ告げ、周りの男もサラの鬼気迫る表情にたじろいでいた。それはグレイブもバゴタも同様であった。端正な顔立ちで笑顔が似合う彼女からは想像もつかなかった出来事だ。その時沈黙を破るように玉座の間に続く階段から兵士が三人降りてきた。
「お待たせ致しました。これから傭兵を選考するための試験である武術大会について、我が王から説明がございます。私達に付いてきてください。」
その言葉に従い、参加者達は兵士の後に続き階段を登る。サラも同様についていく。グレイブもバゴタを連れて階段を登った。玉座の間には緑のコートを身に付け立派な王冠を被ったこの国の主が鎮座していた。年齢はグレイブやバゴタよりも少し上といったところであろうか、王というには少しばかり若い印象を受けた。隣には相談役と見られる大臣が立っている。
「皆さん、この度は傭兵の選考試験である武術大会へのご参加ありがとうございます。大会は明日ですが当日の流れをご説明させていただきます。大会はデスマッチ形式で、戦闘不能になるまで思う存分戦っていただき、最後まで残った上位2名の方を傭兵として雇わせていただきます。それとは別に優勝商品もご用意しております。なお武器の使用は一切禁じます。以上となりますが何かご質問のある方はいらっしゃいますか?」
「あの…ちょっといいですか?」
バゴタがゆっくりと手を挙げながら質問を投げかけた。グレイブは余計な事は言うなよと、彼にアイコンタクトを送る。
「傭兵を選考するのにだいぶ手の込んだ事をするんですね。もしかして傭兵に選ばれた後想像を絶する仕事が待っているとか…?」
「『想像を絶する』という表現は少しばかり誇張し過ぎてはいますが、たしかに傭兵に選ばれた方にはある任務に就いていただくつもりであります。」
「それは一体?」
すかさず今度はサラが尋ねた。
「申し訳ありませんが現時点でこれ以上はお話できません。皆様には今夜ゆっくりと鋭気を養っていただけるよう、城下町一番の宿を手配させていただいております。では皆様、健闘を祈ります。」
その日の夜、グレイブとバゴタは街の食事処で夕食を済ませていた。サラも誘ってみたのだが、明日のために鍛錬がしたいと言って城を出てすぐに別れた。二人は食後の酒を嗜みながら、明日のことについて話しだした。
「よし、明日の流れだが、何も二人揃って優勝目指さなくてもいい。どっちか2人が残ってればいいんだ。」
「できることなら俺は参加したくねぇんだけどなぁ。ま、無理はしないで頑張ってみますか。優勝商品とやらも気になるし。」
「相変わらずだなぁお前。けど気をつけろよ?昼間あの城でお前が言った一言で、あそこにいた連中全員がお前を狙ってくるぞ。」
「特にあのゴリゴリのおっさんな。あいつはかなりヤバそうだ。」
薄っすらと笑みを浮かべながらバゴタはそう言った。グレイブも鼻で笑ったが、その後すぐに表情を戻し、王が言っていた任務について話し始めた。
「なぁ、傭兵になった後の任務ってなんだろうな。」
「さぁな。一応国にはお抱えの兵士達もいるわけだし、雑用かなんかじゃねぇの?」
「ならわざわざ武術大会まで開いて腕の立つ傭兵を雇う意味がないだろ?何かあるぜ、絶対。」
一物の不安と謎を残し、二人はグラスに残った酒を飲み干した。その姿を遠くからジッと見ていたサラに、二人は気付かなかった。
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「皆様お待たせしました!これよりわが国初となる武術大会を開催いたします!」
通った声で会場に来ていたギャラリーに開催宣言を告げる王。城の横にあるスタジアムは即席の囲いで覆われ、昨夜まで兵士たちが寝る暇を惜しんで作ったものであることを証明していた。普段は旅芸人が様々な芸を披露するための施設であるこのスタジアムも、今は初となる武術大会でまた違った盛り上がりを見せている。
「バゴタ、本当に気を付けろよ。やっぱりみんなお前を狙ってるぞ。」
「あぁ…ひしひしと視線を感じるよ。」
「うふふ、私を庇ったのが運の尽きだったわね、バゴタさん?」
笑顔でこちらに近寄ってきたサラがバゴタに声を掛ける。今日は彼女が身に付けていた弓矢の姿はなかった。弓矢を持っていなくてもその出で立ちは女戦士の面影を残している。
「サラさん…いやぁサラさんとも戦うのは気がひけるなぁ。」
「あら大丈夫よ。あなたは参加者の注目の的だから。」
「えっ?それってどういう…」
「それでは試合開始です!」
会話に気をとられ、王が言い放った開始の合図をバゴタは聞きそびれた。その瞬間周りの男たちは一斉に彼に襲い掛かった。その直後、バゴタの腹部に思いもよらない方向から攻撃が飛んできた。なんとサラが蹴りを放ってきたのである。急な出来事にすぐそばで見ていたグレイブもあっけにとられ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
目を見開きみぞおちに入った蹴りに苦しむバゴタに対し、サラは容赦がなかった。すかさず彼の背後に回り込み左足をくじき首を絞めてとどめを刺すサラ。呼吸が思うように出来なかったバゴタは首を絞められた瞬間意識を無くしてその場に倒れこむ。その一瞬の出来事に、バゴタに狙いを定めていた男たちも固まってしまい蛇に睨まれた蛙のようであった。
立て続けにサラは近くの男に攻撃を仕掛けた。状態を深くして男のみぞおちに正拳突きを食らわせる。男も呼吸困難に陥りその場に倒れ込んだ。その流れるような立ち回りに観客達も何が起こっているのか理解できず、ただ黙ってジッと見ているだけだった。
「くっ…くそっ!うおぉぉぉっ!!」
そう言って自らを鼓舞してサラに向かって来たのは、牛の角をはめ込んだ兜が印象的な50代くらいのあの男。両手を振り上げながらサラに襲い掛かるが、彼女は男の攻撃を華麗に回避して後ろに回り込みすかさず蹴りを入れる。だが男のほうも中々やるようで、その丸太のような太い腕でサラの蹴りを受け止め、逆に足を掴んで上空に振り投げた。彼女も空中で態勢を整え、空中で連続の蹴りを入れる。もちろん男も攻撃を腕で防ぐ。かつてない攻防、初めて見る生の武闘に観客達は沈黙を破り大歓声を挙げた。
グレイブも二人の戦いに気を取られていたがその歓声を聞き我に返り、意識を失い倒れているバゴタを他所に近くの男に戦いを挑みにいった。グレイブが攻撃を仕掛けたことで、周りにいた男達も我に返り、遂にデスマッチ形式の武術大会が幕を開けた。
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その日の夜、城下町が寝静まったころ。城内の玉座の間だけは灯りがついていた。そこにいるのは王と大臣、兵士が4人ほどにグレイブ、バゴタ、そしてサラ。そう、彼等は見事武術大会を勝ち抜いたのである。
グレイブはあの牛の角をはめ込んだ兜の男以外の参加者達と乱闘を展開し、大工として鍛えてきた肉体を武器に最後まで戦い抜いた。一方のサラはあの大男と攻防一体の戦闘を繰り広げ、見事男の顔面に回転脚を打ち込みノックアウトを決めた。何故バゴタがこの場にいるのかと言うと、優勝したグレイブの付き人ということで特別にこの場にいることを許された。サラが大会開始直後にバゴタを襲った理由としては、他の参加者達の注目を集めていた彼を自分が始めにダウンを取ることで、周りを油断させて一気に畳み掛ける作戦だったらしい。案の定その作戦は上手くいくことになり、初開催の武術大会は思いの外早く幕を閉じた。
「グレイブさんにサラさんですね。今回は優勝おめでとうございます。また、こんな時間にお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。まず優勝商品の贈呈をいたします。」
王がそう言うと大臣が赤い布に包まれた小袋を二つ持ってきた。それぞれ袋を開けると中には100ケロ金貨がぎっしり詰まっていた。横からグレイブに渡された小袋を覗き見していたバゴタは、それを見るなり少年のように瞳を輝かせ笑みを浮かべる。
「ありがとうございます王様。ありがたく頂戴致します。」
「ほんとだよな、これだけあれば旅費を稼ぐのに商売をちょっとサボっても気にならないし。」
まだ痛む腹部を右手で優しく撫でながら冗談を言ってみせたバゴタ。サラはそんな彼を見て少し笑みを浮かべ、グレイブはやれやれといった表情で彼を見ていた。
「商売…?あなた方は武闘家ではなかったのですか?」
「えっ…えぇ。俺は塔の街の近くで大工を。こいつは俺の幼馴染で商人をやってます。それでこの人は…」
「私だけは旅の武闘家をやってます。」
「なるほど、そうだったのですね。ではグレイブさんを傭兵として雇うのは難しそうですね…お二人とも旅の途中らしいですし。」
王がそう言うとバゴタは優勝商品を没収されるのを恐れて咄嗟に口を開いた。
「あぁいや、でも王様がおっしゃってた任務だけは喜んでお受けいたしますよ!しっかりとお約束はお守りいたします!」
「そうですか。それでは任務についてお話させていただきます。悪いが皆席を外してくれ。」
王がそう言うと大臣含めその場にいた兵士の全てが玉座の間を後にした。残ったのは王とグレイブ、バゴタとサラだけとなり、空間に一瞬静寂が走った。
「皆様は既にご存知でしょうか。わが国が他の2つの国とこの世界の統治を巡り争っているという話を。実は私は、家臣や兵士達を含めて争いを好みません。そのため何とかしてこの問題を血を流すことなく解決したいと思い、他の国に悟られないよう近隣の小国と同盟を結ぶ計画を極秘に進めて参りました。ですが他の国がわが国の神器である『英雄の鎧』を狙って戦力を増強しているという話を聞き、事態を一刻も早く解決する必要が出てきたのです。」
「なるほど。それで公に動くことの出来ない兵士の代わりに、腕の立つ傭兵を雇いたかったのですね。」
「サラさん、その通りです。実は今回の中心になっている女王が住まう集落が、ここより南にあるのですが、密偵を通してその女王とやり取りをしておりました。ですがここ数ヶ月音信不通になっているのです。皆さんにはその集落に向かっていただき、女王の様子と密偵の行方を探っていただきたいのです。」
「なるほど、そうゆうことでしたか。こりゃあ責任重大な任務ですな。」
バゴタは腕を組んで頷きながらそう言った。
「もちろん今回の依頼を成功させた暁には、サラさんには我が国で一生不自由なく過ごしていただけるような待遇をさせていただき、グレイブさんとバゴタさんにはこれからの旅に必要なケロを追加でお渡し致します。如何でしょうか?」
「私はいいですよ、その条件お受けします。」
「俺らは…うーん、グレイブどうする?」
グレイブは少し考えてから口を開けた。彼はこの国に来た目的である「鎧」について王に尋ねてみることにした。
「王様、実は俺とバゴタは10年前に塔に挑んだとされる英雄の跡を追って旅をしています。そのためには英雄を追うためのカギとなる鎧、盾、剣の三つの装備が必要なのです。個人的にはケロをいただくよりも、こちらの城にある『鎧』をいただきたいと考えています。」
グレイブのその言葉を聞いて王は少なからず驚いた様子であった。グレイブの横で聞いていたサラもそれは同じであった。ケロのことは残念そうにしていたバゴタであったが、しばらくするとその表情からはいつもの気さくな笑顔は消えていた。彼も親友であるグレイブのため、また世話になったアッシュのために、魔界塔士の伝説を真剣に追っているのだ。
「まさかあなたたちの目的が、私の城の家宝である『鎧』だったとは…正直英雄と言い伝わるあの魔界塔士の伝説を追う方がいるとは思いませんでした。そうですね、任務を無事果たせたら前向きに考えてみたいと思います。私の一存だけではお答えできかねますので。」
「わかりました。とりあえずは今回の任務お受けいたします。」
グレイブはバゴタと顔を見合わせた。バゴタも彼の意向に納得したようで、軽く頷いた。
「では今日はここまでにしましょう。明日にでも旅立てるよう街の者達には手配を済ませておきました。私直属の傭兵だと伝えていただければ、ケロを払わなくとも装備や道具を購入することができます。では御三方、宜しくお願い致します。」
王はそう告げて玉座から立ち上がり、自室へと帰って行った。グレイブ、バゴタ、そしてサラも、ひとまず今日の疲れを取るため城を出て宿屋へと戻る。自分達が求めている答えに多少近付いた気がして、グレイブとバゴタは少しばかり胸を躍らせた。ただ、一人浮かない表情をしながら二人をジッと見つめるサラには気付かなかった。