「お前まさか……ナッツクラッカー……か?」
「嬉しいねぇ……嬉しいねぇえ……! こぉんなに嬉しいことがあるなんて今まで思いもしなかったぜェ? なぁお前サンラクだよな? サンラクさんですよね? 一日千秋の思いで貴殿と逢えるこの瞬間を俺は首を長くして待ってたよぉ……!」
とめどなく浴びせかけられる無形の声の洪水に圧倒されながらも、俺は眼前に立つ赤髪の魔女然とした女アバターを睨み返す。
「――あンっ! イイねぇその目! 最高だよサンラクくぅん……! その刺すような目だけでイキそう…………んッ♡」
さて、どうしてくれようかこの変態女。
まさかこの神ゲーでこんなフェアカスの邪神とは別方向の悪神と邂逅するなんて完全に想定していなかった。
いやまあついさっきなんかヤバめのNPCだかプレイヤーの団体名も把握してるんですけども。――それにしても、だ。
ナッツクラッカーと呼ばれていた女の頭上には『ディープスローター』と記された文字列が表示されている。
それがこの世界におけるこいつの名前なのだろう。
「……あの時言ったよな『二度と会いたくねぇ』って」
「上の口ではそう言っても、下の口は私に逢いたくて仕方なかったんだねぇ…! わかるよぉ……! 私もサンラクくんと逢えない寂しさで何度枕を濡らしたことか……!」
絶対濡らしたの涙的な意味じゃねーだろってツッコミはグッと堪えつつ、俺は言葉を重ねる。
「……で、見るからに時間も金もかかってそうな装備拵えたお前が、なんでこんなところにいるんだ? 初心者狩りでもしてるのかよ」
「それは私のPNがPKして真っ赤に染まってないから無関係ってことくらいわかると思うんだけどぉ…。――ハッ! もしかしてぇ、私と他愛のない世間話をしたかったりするのかなぁサンラクくぅん…? いいよぉ…? 何から話そっかぁ? 何でもいいけどナニでもいいよぉ? ナニがいいかなぁ…?」
くねくねと身体を左右に揺らしながら舌戦がとどまるところを知らないディープスローターに軽い目眩を覚えつつ、再び俺は問い質す。
「……、なんでお前は初心者御用達の場所にいるんだ?」
「サンラクくんと逢う為にスタンばってましたぁ!」
両手を広げて俺を包み込もうと抱きついてくるディープスローター。
それを回避しようにもシャンフロを始めたばかりで初期のステータスの俺では、明らかに高レベルなディープスローターの動きを避ける事など出来る筈もなく。
「ずうっとずうっとずぅ――――っと待ってたよぉ……? 世界が終わったあの日から、いろぉんな世界を巡れど廻れど、君はどこにもいなかったからねぇ…? だから私は待つことにしたんだぁ……。待って待って待って待って待って、倒して潰して増やして壊して作って砕いて繰り返して、そうして今日、ようやくまた君に逢えた……! 私にまだこんなに昂ぶれる感情が備わっているなんて知らなかったよ。そして私が求めているのはこちら側にしかないんだって再認識するには十分過ぎるんだよねぇ……?」
「お前の事情なんか知らん。とりあえず離れろ。重い」
「ああんっいけずぅ」
「こちとらまだこのゲーム始めたばっかりなんだよ。見るからに高レベルなお前とは一緒に遊ぶつもりは一切ねぇからほらどっか行け」
「ふぅん? それはぁ、私のレベルが低ければ一緒に遊んでくれるって事かなぁ?」
「レベルを下げる方法があるならな」
「言質、取ったよぉ?」
「は?」
ディープスローターはそう言うと俺に抱きついた状態のまま何かしらの操作をして、見るからに禍々しさの権化とでも呼ぶべき漆黒の丸薬を三個取り出し、それをまとめて一気に三個服用する。
「おい待て何した今。何を飲み込んだお前」
「とぉっても気持ちよぉくなって強くイけるお薬だよぉ…! ああッ! サンラクくんが色調反転してるねぇ!! 耳もなんだかASMRを聴いてるみたいにゾワゾワして脳がふわふわしてゾクゾクするねぇ…!」
「なんッで、急、に力が強く――!?」
「さっき飲み込んだのは『魔魂丸薬』って言ってねぇ…? レベルダウンのデメリットがあるけどぉ、その代償に短時間レベル九九に匹敵するバフを得られるおクスリなんだよねぇ…!」
拘束する力がより強固なものとなり、完全にビクともしなくなる。
レベル差によるステータス差に加えてバフが加わったらもはやどうしようもない。
成すがままに、されるがままに決して振り解けぬ拘束。
それはまるで今後の俺とこいつの関係性を暗示しているかのようで、背筋にぞわりと寒気が走るのには十分過ぎるのであった。