【習作】ぼくの将来設計はまちがってないハズ 作:ネギトロメイデン
筆が折れ、ネタが尽きるまでは頑張ります。
ちなみに主人公弾正の精神年齢は中学生と老人を足して2で割ったようなイメージです。
カチカチカチカチと時計の秒針の音だけが響く夕暮れの教室の中、ぼくもヒキガヤ君も彼女も無言を貫いていた。
一人でいるのは苦じゃないけれど立ちっぱなしというのは足が辛い。椅子に座りたいが机と椅子は彼女の後ろにあるので、一言聞くべきか無視して取りに行くべきか迷っていると、隣で”がるるるるー”という唸り声が聞こえた。どこの野良犬だと思って見たらヒキガヤ君だった。
「そんなところで気持ち悪い唸り声をあげてないで座ったら?隣のあなたも」
侮蔑たっぷりの表情でため息をつきながら彼女はそう言った。ヒキガヤ君はひるんで言葉が出せていない。ぼくは”どうも”とだけ告げて椅子を二つ手に取り、うち一つをヒキガヤ君に渡した。
「……ども」
嫌そうな顔でそう言われた。あれー?おかしいなー。いつもなら笑顔で受け入れてもらえるのに。苛立ちを呑み込んでぼくも椅子に座る。彼女はというとぼくらには一切関心を示さず、手にした文庫本を読んでいる。先生はぼくたちをここに連れてきて、部活動をしろと言った。ということはこの教室はそのための部室、あるいは何かしら関係のある場所ということになる。無言で本を読み続ける彼女の様子からして文芸部か?児童文学研究部とかかも知れないが。ヒキガヤ君に視線を移すと彼もまた考え込んでいるようで、じっと彼女を見つめている。ぼくが見ていることには気づかないほど熱心に彼女を見ている。
「ここって文芸部なんですか?」
視線を彼女へと戻して聞いてみる。先生がやれと言ったのだから別に何部でも構わないけれど活動内容が分からないのではどうしようもないからね。
「なぜそう思ったのかしら?」
意外――といった顔でそう問い返してきた。
「質問に質問で返すなぁ……いや何でもないです。本を読んでいたので、はい」
重苦しい空気を変えたくておどけてみたら氷のような視線が射抜いてきたのでやめた。この反応からして文芸部というのも当たっていない気がする。様子を見る限りヒキガヤ君も文芸部だと思っていたようだ。
彼女はしばらく考え込むような仕草をしてから
「はずれ」
とすごく馬鹿にしたような笑いまで付けてそう言った。なかなかにイラつかせてくれる女だった。
「それじゃ何部なんだよ?」
そう問うヒキガヤ君の声にも苛立ちが混じっていた。やっぱり文芸部だと思ってたんだね。
「
では、ヒントを上げようかしら?」
また馬鹿にしたような顔でそう言われた。
「いや、いいよ。ぼくの負けでいいからさ、何する部かだけ教えてよ」
もう少しでイライラが髪の毛を突き抜けそうだったので彼女の提案を切り捨てた。経験談だけどこういう相手はまともに取り合うほど喜ばせるだけだ。こちらの苛立ちが少しは伝わるように、表情もしっかり作って続ける。
「先生に言われたからこうして来てるんですよ?ぼくたちは」
彼女は少しだけ驚いたみたいだった。がすぐに持ち直し、ぼくをキッと睨み付け
「奉仕部よ」
とだけ教えてくれた。ほうしぶ―――奉仕部であってるのかな?
「ほうしぶ?つまり何する部活なんだ?ボランティアでもすんのかよ」
タイミングを待っていたのか、間髪入れずヒキガヤ君が彼女に問いかける。何というか、塾の先生に質問する時を思い出すなぁ。他校の生徒が多いから先に来た方の話が終わるまで待つしかないんだよね。
「平塚先生曰く、優れた人間には憐れな者を救う義務がある、のだそうよ」
「ノブレス・オブリュージュってやつですね」
「……そうよ。頼まれた以上は責任を果たします。あなたたちの矯正は引き受けたわ、感謝なさい」
出鼻を挫いちゃってごめんね~(笑)、にしてもぼくもヒキガヤ君も彼女に強く当たってるのに一歩も引かないな。彼女の自業自得とはいえ。ノブレス・オブリュージュか、腕組みしこちらを見据える彼女は確かに貴族っぽいな。
ん?ちょっとまてよ。憐れってそれぼくたちのこと?いやヒキガヤ君のことは知らないけど、ぼくのどこが憐れなんだ?
「君って随分と不躾な女なんだね、幼稚園からやり直せば?」
「こんのアマ…」
ぼくとヒキガヤ君は同時に口を開いていた。ついで互いを見る。ぼくはもう言いたいことはいったので”どうぞ”っと首を振って彼に示した。彼が何か言いたそうにしてから彼女に向き直ったとき、
「雪ノ下、邪魔するぞ」
「ノックを……」
「悪い悪い、まぁ気にせず続けてくれ。様子を見に来ただけなんでな」
先生は鷹揚に笑っているが、首筋に汗が浮かんでいるのが見える。出ていくふりをして実は覗いていたとか?彼女……雪ノ下さんが危ないと思ったのかもしれない。口喧嘩で彼女は負けるつもりなど無かっただろうが、女一人に対して男が二人だしね。心配になるのは当然か。
「出待ちしてたんですか?」
「ちっ違うわ馬鹿者、様子を見に来ただけだと言ったろう」
否定する先生の姿はやはり怪しく、ぼくは確信が持てた。
「いくら頭に来たって女に殴りかかるようなことはしませんよ。運が良かったね雪ノ下さん」
「発言が矛盾しまくっているんだが……」
先生は額に手を当ててため息を付いた。もちろん冗談ですよ?
「先生、俺を更生ってなんですか?あとここってなんなんですか?」
「雪ノ下から説明は無かったかね?端的に言ってしまえば、自己変革を促し悩みを解決することだ。精神と時の部屋、あるいは少女革命ウテナと言ったほうが伝わるかな?」
「先生、最初のやつしかわかりません」
「ほとんどの高校生には伝わりませんよ、それ。あと年齢がバレ」
「何か言ったか?」
「……なんでもないっす」
冷ややかな視線に貫かれて、ヒキガヤ君は押し黙った。
「先生、ぼくのレポートって更生されなきゃいけないほど酷いものだったんですか?」
更生だの変革だの言われちゃってるしね。思いの丈を綴っただけにこれはショックだ。そうだと言われたら粛として受け入れるつもりではいるけれど。
「そうっすよ、なんで更生なんか……そんなもの求めてないんすけど」
不満があるのは彼も同じなようだ。先生は首を傾げた。
「何を言っているの?あなたたちは変わらないと社会的にまずいレベルよ」
「君もそれに当てはまるとぼくは思いますが」
「なんですって?」
ものすごい正論をいうような顔でぼくら二人を罵倒する彼女に思わずそう返してしまった。冷気をまとった視線の中に怒りの炎が垣間見えて迫力が増している。
「禅定寺、君はなかなかに負けず嫌いな性分のようだな。雪ノ下、君ももう少し言葉を選びなさい」
先生はやれやれと肩をすくめた。負けず嫌いねぇ……。
「とにかく、ここに連れてこられた時点で少しは感じないのかしら?自身の人間性について、変わるべきだとは思わないの?向上心が皆無なのかしら?」
うん。ちっとも言動に変化が無いや。ここは敢えて口を開かず表情だけで応じよう。雪ノ下さんはしばらくぼくと睨み合い――ヒキガヤ君の方を見た。
「他人に俺の『自分』を語られるのが不快だってんだよ。人に言われたくらいで変わるようなもん『自分』っていわねぇだろ、そもそも自己というのはだな――」
「自分を客観視できてないだけでしょう」
偉大な心理学者のようなセリフをヒキガヤ君が続けようとしたところを雪ノ下さんはバッサリと切り捨てた。
「長くなるのなら帰ってもよろしいですか?」
「駄目に決まっているだろう禅定寺。比企谷と雪ノ下も落ち着きたまえ」
空気を読まないぼくの言葉をしっかりと拾った上で二人の仲裁もこなす。さすがです、先生。
「禅定寺はともかく、君たち二人がの主張が衝突しているのはわかった。いいぞ、私はこういう少年漫画のような展開が大好きなんだ」
「そうですか」
「何言ってんすか?」
「下らない」
「むぐっ……オホン、こうしよう。これから私が君らのもとに悩める子羊を導く、彼らを君たちなりに救ってみたまえ。そしてお互いの正しさを証明するのだ。どちらが人に奉仕できるか!?ガンダムファイ――」
「言わせませんよ」
さっと手を伸ばして先生の口を塞いだ。Gガンは世代じゃないからね。
「うひゃっ!?」
思わず手を放してしまった。先生がぼくの手を思い切り舐め回したのだ、淑女のすることじゃないよ……。
「禅定寺、君女性の顔に無遠慮に手を伸ばすのはやめたまえ」
「ならその手を舐め回すのもやめてくださいよ」
それを聞いて二人はうへぇ……と顔を歪めた。そりゃ普通はドン引きだよね。先生は羞恥で赤く染まった顔で咳払いをし、
「とにかく!自らの正義を証明するために戦いたまえ!君たちに拒否権はない」
「横暴すぎる……」
そういいながらもヒキガヤ君に焦りは見られない。勝負なんて別に負けてもいいやとか考えてるんだろうな。
「先生、それ僕は関係ないですよね?」
「何を言うんだ、君も参加するに決まっているだろう。何のために連れてきたと思っているんだ?」
「ぼくは二人の主張にぶつけるようなものありませんよ」
「かもしれないな。が、心情的にはどっちよりだね?」
「心情的にはですか……」
言うとほぼ同時にヒキガヤ君と雪ノ下さんがぼくの方を振り返った。今まで二人だけの世界にいたのに切り替えの早いことだよ。こういう時女子の味方する人って大抵あとで男子からも女子からも孤立するんだよね、よし
「心情的には、ヒキガヤ君よりですかね。髪の毛一本分くらいですけど」
雪ノ下さんの差すような視線を受けて、つい付け加えてしまった。
「よし!勝負の図式はこうだ、雪ノ下VS奉仕部男子連合軍。一対二というのは卑怯に感じるかもしれんが、雪ノ下と男連中とではコーディネイターとナチュラルくらいには戦力差があるから十分だろう」
その例えだと生まれた時から勝負がついてるってことになりませんか?そんなつもりは無いんでしょうけど。
「死力を尽くした勝負をしてもらうのだから、当然メリットも用意しよう。勝った方が負けた方に何でも命令できるというのはどうだ?」
「なんでもっ!?」
ヒキガヤ君……。雪ノ下さんが凄い目になっちゃったよ?ぼくも命令したいことはあるけどね?泣いて謝らせるとかどうかな。
「お断りします。特にこの男が相手だと貞操の危険を感じるのでお断りします」
「だってさヒキガヤ君」
「だってさじゃねぇよっ!?いや男子高校生が卑猥なことばっかり考えてるとか偏見だって!つーかお前こっち側だろうが!」
そうだったね、いやもう解散しない?ぼくは言われてないし。
「さしもの雪ノ下と言えども血気盛んな男子二人を相手にしては怖気づくか……やはり勝つ自信がないのかね?」
意地の悪い笑顔で雪ノ下さんを煽る先生。おい、やめろアラサー。雪ノ下さんすごいむっとしてるから!間違いなく乗ってきちゃうから!
「……いいでしょう。挑発に乗るのは癪ですけど、受けて立ちます。その男たちの処分もついにやって差し上げましょう」
「決まりだな」
「いや決まりだなって、ヒキガヤ君は顔を見ればやる気なのがわかりますが、僕は?」
「禅定寺、確か君自分の信条についてやると決めたら全力と書いていたな。まさかここまで来て”ぼく関係ありません”なんてのが通用すると思っているのかね」
「ものすごい横暴ですね……」
「うむ。教師をやっていて良かったと思うことの一つだな」
「職権乱用ですよ!?」
ハハハと鷹揚に笑って僕の言葉を先生は受け流した。
「わかりましたよ、やりますよ。ただしぼくがぎゃふんと言わせるのは雪ノ下さんじゃなく、先生ですよ!」
「ほう……そう来たか。楽しくなってきたじゃないか、やはり勝負というのは見ているだけじゃつまらないからな。勝負の裁定は私の独断で下すから、あまり意識せず……適当に適切に頑張りたまえ」
そう言い残して、先生は颯爽と去って行った。残されたのはニヤケ面が戻っていないヒキガヤ君と、不機嫌そうな雪ノ下さんと、ぼく。やがてチャイムが鳴り雪ノ下さんはぼく達に何の言葉も掛けずに本を片付けて教室を出て行った。男二人は微妙な顔を見合わせて、やっぱり何も喋らなかった。
明日から面倒なことになりそうだなぁ……。
今回の弾正(だんじょう)は子供の面が強く出てました。そのうち老成した部分も
出てくると思います、たぶん。