ポケットモンスターHEXA NOAH   作:オンドゥル大使

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第二章 七節「面会人」

 

「何やってたの! マジに!」

 

 監房に帰るなり、小説家が叫んだ。その声に、「うるさいぞ!」と看守の声が飛ぶ。あっ、と小説家が口元を押さえている。ノアはフッと微笑んだ。

 

 小説家は潜めた声で、早口に文句を言う。

 

「あなたがいなくなってから散々尋ねられたわよ。夕方の点呼にも出てこないし、挙句の果てには脱走を疑われて。そんな事、出来るはずないって看守共が一番よく知っているだろうに。でも、私はあなたを守り通したわ。ノアは絶対に脱獄なんて考えないって。私だって、作品を書き通すまでは脱獄なんて……。あ、でも今日は書けなかったんだった。どうしてかしら? 今までは普通にワードファイルを呼び出せたのに、今日に限って看守に見咎められて。今までどうやって看守の目を欺いてきたんだっけ? うん? あれ? どうだっけ?」

 

 不思議そうにうんうん呻り出す小説家へと、ノアは手を差し出した。その手の上には赤と白のコントラストが眩しいモンスターボールがあった。小説家はきょとんとしている。

 

「何これ?」

 

「モンスターボール。あんたが言ってた奴」

 

「私が?」

 

 小説家は信じられないものを見る目つきを向けた。モンスターボールを受け取り、上へ下へと眺め回す。それを二、三回行ってから、そのモンスターボールがあるはずのないものだという事に気づいたらしい。またも大声を上げそうになって、寸前で呑み込んだ。

 

「……これ、ふたご島刑務所のボールじゃない」

 

「番人に会ってきた」

 

 ノアの言葉に小説家は首を傾げる。

 

「番人? 何の?」

 

 どうやら自分で発した言葉を覚えていないらしい。無理もないか、とノアは嘆息をつく。

 

「ボールを開けて、中に入っているポケモンに聞きなさい。そうすれば答えはじきに出るから」

 

 小説家は怪訝そうな眼差しをしばらく送っていたが、ノアに言う気がない事を確認したようでモンスターボールの緊急射出ボタンを、おっかなびっくりに押した。中から光に包まれた怠惰な身体が押し出される。

 

 自分に馬乗りの形になった黄色と茶色のまだら模様をしたポケモンに、小説家は悲鳴を上げそうになった。しかし、自制心はあるのか、何度か深呼吸を繰り返してから、「これは何?」と尋ねた。ノアはベッドに腰を下ろして、「ポケモンよ」と答える。

 

「それは分かる。このポケモンの名前はスリープだって事も。でも、何で? 何で私がこのポケモンを」

 

「スリープ、いいえ、〈インクブス〉。〝夢〟を戻してあげて」

 

 ノアが口にするとスリープが発達した鼻を持ち上げ、口からピンク色の靄を吐き出した。その靄を小説家に押し付けようとするものだから彼女は慌てた。

 

「何? ちょ、やめ……」

 

 その声が再び悲鳴に変わる前に小説家の口へと無理やり押し込まれた。もがもがと小説家は痙攣した後、すっと目を開いて、ぱちくりさせた。スリープを見やり、それからノアを視界に入れて、もう一度スリープを見た。

 

「……〈インクブス〉」

 

 はっきりと、自分でつけた名前を呼んだ。主人に名前を呼ばれてスリープは鼻を持ち上げて喜ぶ。小説家は一瞬で自分に起こった出来事を整理したのか、顔を覆って、「あー、そっか」と口惜しそうに呟いた。

 

「私、番人にやられたのね。逆に〈インクブス〉に〝夢〟を食われてしまっていた」

 

「飲み込みが早くって助かるわ」

 

 ノアの言葉に、「でも、何で?」と小説家はなおも不審そうに口にする。

 

「どうやってあなたは番人から私の〈インクブス〉を取り返してくれたの? それに、このモンスターボール」

 

 赤と白を基調としたモンスターボールをしげしげと小説家は眺めた。

 

「ふたご島刑務所のモンスターボールじゃない。これは、私が追い求めていた、自由のボール」

 

「普通のモンスターボールよ。何の制限もかかっていない、ね」

 

「それが欲しくって私はあの場所まで行ったのよ。そう、十三番通路にいるって情報を得たから、抜け駆けしようと思って」

 

「抜け駆けしようと思ったんだ?」

 

 ノアの言葉に、「いえ、とんでもない」と小説家は首を大きく横に振った。

 

「そんな事は、決して。でも、ノア。あなた、その服……」

 

 今度はノアを眺めて小説家は声を詰まらせた。ノアの囚人服にはところどころ傷があり、汚れもついていた。

 

「あなた、私より一日遅れで入ったはずよね?」

 

「間違いないわ」

 

 記憶の確認を始める小説家の意見に首肯する。小説家は額を押さえて、「あれ? でも」と呻った。

 

「答えの出ない問いを繰り返すのはおススメしないけれど」

 

 ノアの言葉に小説家はまだ納得出来ていないのか、しばらく呻ってから、「よし!」と心に決めたようだった。

 

「言及はよしておくわ。何だか私の命まで縮まりそうだし」

 

「それが賢明よ」

 

「とりあえず、〈インクブス〉を返してくれてありがとう。それに、モンスターボールまで」

 

 小説家はモンスターボールを掴んで、「いいの?」と訊いた。

 

「いいわ。だって、ほら」

 

 ノアが囚人服の裏地を引っくり返すと、ごろごろとモンスターボールが出てきた。その数に、小説家は目を丸くする。十個はあった。

 

「どこで、こんなに?」

 

「言及は?」

 

 ノアは唇に指を当てた。小説家は了承したように頷き、「おススメしない、と」と声を出した。

 

「でも、今のあなた、昨日までと全然違う。何ていうか、歴戦の兵みたいよ」

 

 小説家を自称するだけはあってなかなか日常会話で使わない言葉がするりと出るものだ。ノアは心の中で感心する。

 

「とりあえず、〈インクブス〉。再び認識を操って、私達が見えないように」

 

 スリープは了承したのか、軽く頷いた。しかし、小説家のほうを見るのではなくノアのほうを見て首肯したので小説家は困惑した。

 

「何で? 私よりもあなたに懐いているように見えるわ」

 

「だってさ、〈インクブス〉」

 

 悪戯めいた笑みを浮かべるとスリープはにたりと笑った。

 

「そういえば、看守があなたを探していたのは何も夕方点呼に来なかっただけじゃないわ。予定が入っていたんでしょう?」

 

 小説家の言葉に、「ああ」とノアは思い出す。随分と昔の事に思えた。

 

「面会人だって? 誰だか知らないけれど、今のあなたならば何とか潜り抜けられそうな気がする」

 

「何それ」

 

「勘よ」

 

「小説家が、勘なんて信じるの?」

 

「馬鹿にしたもんじゃないわ。クリエイトする立場ってのは、最終判断は勘に任せられる。計算だけでも、天性のものだけでも生き残れない」

 

「現実も創作も同じ、ってわけ」

 

 さもありなん、とノアは頷いた。その様子を見て、なおも不審そうに小説家は尋ねる。

 

「……ねぇ。本当にノア?」

 

「偽者に見える?」

 

「もしかして、番人が使っていたメタモンかも、って思ったほうがしっくりと来る」

 

「今にもあたしがどろどろに溶け出して、ゲル状になるって?」

 

 ノアが肩を竦めて冗談めかすのを、小説家は真剣な眼差しで見つめている。

 

「そのほうが、現実味があるわよ。だって、変。超然としてる」

 

「面会人と会ってくるわ」

 

 ノアは立ち上がり、小説家に背を向けた。「看守に尋ねればいいのよね?」と確認の声をかける。

 

「そうだけど。……こっぴどく怒られるわよ」

 

「怒られるくらいなら。少なくとも命を取られる心配はないじゃない」

 

 ノアの言葉に小説家は疑問符を浮かべたが、それが形になる前にノアは監房を出た。近くにいた看守に声をかけると例の如く雷が落ちてきたがノアはそんなものは怖くなかった。何よりも怖い事を既に経験しているからだ。

 

 腰のホルスターにかけたモンスターボールに触れる。指先から〈キキ〉の体温が伝わり、大丈夫だと教えてくれる。

 

「それだけですか?」

 

 看守の説教を遮ってノアは口にした。看守は急に声を出されたものだから目を白黒させている。まさか、それだけですか、などという言葉が出るとは思ってなかったのだろう。

 

「それだけって……」

 

「あたしは急いでいます。多分、面会人も急いでいるでしょう。ここで時間を無駄にするのはよくないと思います」

 

 囚人からの思いがけない忠告に看守はしばらく面食らっていたが、咳払いを一つして自分を持ち直した。ここで懲罰を与えたところで何の解決にもならないと言い聞かせたのだろう。

 

「666番。面会室まで来てもらう」

 

 平静を装って看守が告げる。ノアはその背中に続いた。

 

 ふたご島刑務所面会室は最も上の階層にある。利便性と機密保持を同時に可能にするためだ。だから、面会を行う人物はふたご島刑務所の中を知らないし、もちろんの事、囚人は伝える事など出来ない。中央階段を上り、上の階層へと辿り着く。足跡のマークがあり、「そこで止まれ」と看守が言って先に面会室に入った。

 

「一応、注意事項を述べる。会話は全て録音され、物品の受け渡しは禁止されている。金品、及びポケモンの受け渡しが少しでも確認された場合はすぐさま面会は中断される。基本的にポケモンを出す事は禁じられているがモンスターボール越しに見せる程度ならばオーケーとする」

 

 看守が扉を開けて面会人と話している。母親だろうか、とノアはこの段になっても考えていた。自分を心配して面会に来るのはこの地上では母親しか思い浮かばない。逆に誰が世界の敵の娘にこぞって会いたがるというのだ。

 

「入れ」

 

 看守の言葉にノアは踏み出した。薄いガラス越しに立っているのは長身の男だった。その時点で、ノアの予想は大きく裏切られた。緑色の髪に鋭角的な眼差しをしている。紳士服に身を包んでいるが、発せられるのはそのような服装とは正反対な性格である事はすぐさま理解出来た。ノアは、その人物を知っていた。

 

「あんたは……」

 

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