ポケットモンスターHEXA NOAH   作:オンドゥル大使

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無害なる者
第四章 一節「復帰」


 

 キィと扉が開き、僅かに光が差し込んだ。

 

 目を向けると逆光になって見えない看守が立っている。まるで影が凝ったような存在に映った。

 

「出ろ」

 

 冷たい声音に応じる。

 

「出ていいわけ?」

 

 その言葉に看守は眉をひそめたのが伝わった。シルエットなので実際にそうなのかは分からないがきっとそう思ったに違いない。

 

「囚人番号666、ノア・キシベ。現場を充分に検分した結果、お前のポケモンであの二人が殺されたのではない事が確認された」

 

「そういうのも分かるんだ」

 

「ポケモンには固有の痕跡がある。それを辿れば犯人に辿り着く事も可能だ」

 

 看守の声にノアは久しぶりに顔を上げて返した。それならば、と一瞬だけ希望が差し込む。

 

「だったら、あの二人を殺したのが誰なのかって……」

 

「そこまでは分からなかった」

 

 看守の言葉にノアは困惑する。「分からないって」と思わず声を荒らげた。

 

「あたしは何度も証言した。剣の形状のポケモンがノクタスを操り、ランスを殺してノクタスを操っていた看守までも――」

 

「ノア・キシベ。今回の事件はふたご島刑務所内で起きた不慮の事故だ。ポケモンの取り扱いにおいて起こりえる可能性に、少し不備があっただけの事」

 

「不備って……」

 

 ノアは声を詰まらせる。次に、なるほど、と納得した。ここではそういう事になったのだ。それは既に決定事項であり、ノアのような思想犯一人では覆せない事象である。

 

 看守の操るポケモンが面会人を殺したとなればそれは巨大なスキャンダルだ。そのような事態は世論の反感を買わないためにも避けなければならない。今のカントーではまさしくそうだろう。磐石であるふたご島刑務所に亀裂が走ってはならないのだ。

 

「……それで、あたしは」

 

「事故である以上、責任と罪状は消滅。お前は元通り、ふたご島刑務所にて重思想犯として幽閉される事になる」

 

「起訴しないんだ」

 

「する理由が見つからない」

 

 この刑務所を牛耳っている政治家が自分達に糾弾の矢が飛ぶのを恐れたのだろう。起訴してマスコミに嗅ぎつかれるリスクを負うよりもノア一人を野放しにしたほうがいいという判断だ。

 

「間違っていないわね」

 

「独房を出ろ」

 

 ノアは立ち上がって看守に歩み寄った。モンスターボールを返される。ノアはモンスターボールを不正に変えていた事について咎められるかと思っていたが、看守はそのままの形で返した。

 

 聞こうと思ったがやぶへびになると考えてよしておく。看守はこの事件、否、事故が起こった事そのものを消し去りたいのだ。それが刑務所側の思想ならば、元通りというのはノアの状況も含めて、だろう。

 

「〈キキ)を実験動物みたいに扱ったんじゃないでしょうね?」

 

 ノアはそれだけを聞いておいた。看守は、「人道的扱いを行ったまでだ」と返す。

 

 人道的。聞いて呆れる響きだ、とノアは感じた。

 

 看守が歩き出すのでノアはその後ろについていった。両手には手錠がはめられており、自由が制限されている。しかし、緊急射出ボタンを押し込んで〈キキ)を繰り出すくらいならば出来そうだ。

 

 そうしないのはここにいる看守が敵ではないからだ。敵はもっと高い領域にいるはずである。ノアは事件の時に全てを掌握しているように見えた剣のポケモンを思い出す。あれの持ち主は恐らく、ここでノアが騒ぎ立てた程度では炙り出す事など出来ない。そして、あのポケモンの持ち主こそがノアの無力化をはかろうとしている〝あの人〟なのだとすれば……。

 

 慎重にならねば消されるのはこちらだ。それは自明の理である。

 

「あたしの扱いはどうなるの?」

 

 看守へと声を振り向ける。看守は前を向いたまま、「事故の前と同じに」と答えた。

 

「それはまたあの監房に戻されるって事?」

 

「それで問題ないと上が判断した」

 

 ノアは小説家の事を思い返す。彼女はどうしているだろうか。取材対象であるノアがいなくなって不自由しているだろうなと思った。

 

 しばらく長い廊下を歩くと鉄格子の扉があった。その向こうが刑務所の女子監房だ。

 

 看守はそこで立ち止まってノアを顎で示した。

 

「入れ」

 

 ノアは無言で会釈して女子監房に戻った。ゆうに四日ぶりの喧騒だった。

 

 

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