ポケットモンスターHEXA NOAH   作:オンドゥル大使

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第四章 十節「わるいひと」

 

 十万ボルトの矢は〈キキ〉の身体を貫いたかに見えた。事実、まさに射抜く寸前まで行ったのだ。しかし、その矢は見当違いの方向を突き刺した。ロキが狼狽する。ここに来て、自分の似姿が初めて見せる戸惑いだった。

 

「どうして? タブンネ」

 

 自身の手持ちに問いかけるがロキは理解出来ていないようだ。次いでノアを見やり、息を呑んだ。

 

「何、その眼?」

 

 まただ、とノアは感じる。小説家との戦闘の時も言われた。眼の事を。しかし、自分ではどのようになっているのか確認出来なかった。それほど壮絶な眼差しをしているのだろうか。

 

「何の事だか分からないわ。でも、一つだけはっきりした事がある」

 

 ノアの言葉にロキは調子を取り戻すように大声になった。

 

「な、何よ、はっきりって。お姉ちゃんはここであたしに無力化されるの。それはもう決定事項なのよ」

 

「そうかしら。今、何でだか分からないけれど、あんたに勝てる。そんな気がするの」

 

 自分でも正体不明な感覚だ。一瞬のうちにタブンネを掌握したような、全能感に近い。しかし、そのような神経に生まれついた覚えはない。

 

 意識の網がタブンネの動きを捉える。次の動作が予測出来た。

 

「〈キキ〉、左に避けてから一撃」

 

「遅い!」

 

 タブンネがその動きを予見して指先を向ける。その一動作で先刻までのノアと〈キキ〉ならば竦んでいただろうが、今は動くべきだと身体が直感した。

 

「〈キキ〉」

 

 ノアの声に応じた〈キキ〉が翼をはためかせて影の残像を引きながらタブンネを引き裂いた。タブンネがたたらを踏む。

 

「不意討ち」

 

 タブンネが攻撃技を出すと予測していたからこそ出来た技だ。「ふいうち」は相手が攻撃技を出す時、素早さに関わらず先制する。タブンネがロキの声に指先を向け直した時、〈キキ〉は嘴にあるものをくわえていた。それを視界に入れたロキとタブンネが慄いた。タブンネは自分の尻尾を確認した。

 

 そこからは、引っ付いていた黒い石を連ねた尻尾が消え失せていた。

 

「この尻尾、もしかしてこのトリックルーム内でも必ず先制を約束する道具なんじゃないかって予測した。さっきからタブンネの動きに〈キキ〉がついていけないのは素早さのせいじゃない。この尻尾の効果も大きいんじゃないの。不意討ちと同時に泥棒で道具を奪わせてもらったわ」

 

 その名の通り「どろぼう」とは相手の道具を奪う技だ。「ふいうち」ですれ違い間際に背後に回ったのは全て道具を取るための策略だった。

 

「タブンネ! 十万ボル――」

 

「遅い」

 

 喉の奥から搾り出した声にロキがぎょっとする。その隙をついて〈キキ〉が螺旋を描きながらタブンネへと直進した。「ドリルくちばし」の残光が空間を引き裂く。タブンネは肺から息を吐き出した。〈キキ)が弧を描いてタブンネの直上へと回る。その首周りには襟巻きのように尻尾が巻きついていた。

 

「トリックルームの中では効果が逆転するのね。とても重たいけれど、〈キキ〉には関係ない。むしろ、この空間内ではメリットに転化する」

 

 ずん、と〈キキ〉が速度を増してタブンネへと再攻撃を加える。タブンネがよろめき、あわや倒れる寸前まで追い込まれた。どうやら打たれ弱いようだ。最初の印象は間違っていなかった。

 

「タブンネを? この……」

 

 ロキが眼に怒りの色を浮かべる。ノアは迷わずに〈キキ)へと命令した。

 

「ドリルくちばし」

 

〈キキ〉の攻撃が突き刺さるかに思われた瞬間、ロキが前に出てそれを制した。それを認めたノアが〈キキ〉へと声を飛ばす。

 

「〈キキ〉っ! 止まりなさい!」

 

〈キキ〉の凶器と化した嘴はロキに突き刺さる寸前でぴたりと止まった。ノアはホルスターに携えたスプレーを抜き取る。回復の薬だった。ノアが歩み寄ろうとすると、ロキがおろおろとして頭を振った。既に自分の姿の擬態は解けて、ロキの本来の姿に戻っている。タブンネを庇うように手を伸ばしていた。ノアは、「心配ないわ」と声を振りかける。

 

「もう、あんた達を攻撃する事はない。何ていうか、助けるのよ」

 

 回復の薬をロキへと手渡す。ロキは、「何のつもり……」と警戒の眼差しを向けた。

 

「あんたが、今、決着がつく瞬間に、自分の事よりもタブンネの事を優先した。タブンネは、あんたにとって道具じゃないのよね」

 

 自分にとっての〈キキ〉と同じに。

 

 ノアの声にロキは、「上辺だけで」と口にする。

 

「ロキとこの子の関係を分かった風に……」

 

「お母さんが、大切にしていたんでしょう?」

 

 ノアの言葉にロキは目を見開いた。「どうしてそれが」と覚えず口にしてから口を噤む。ノアは微笑んだ。

 

「分かるわよ。あたしも、この世で信じられるのはママだけだったから。あんたの眼があたしに似ている事も分かっていた。分かっていて黙っていた」

 

 ごめんなさい、とノアは頭を下げる。ロキはノアが差し出した回復の薬を見やった。

 

「どうして、敵に塩を送るような真似をするの? もしかしたら、回復したらロキはお姉ちゃんにまた攻撃するかもしれないのに」

 

 ノアは穏やかな声で、「しないわ」と告げた。

 

「だって、もうそんな眼じゃないもの。あたしも、この刑務所に入ってからだけれど、教わったの。ポケモンは道具じゃないって。その人達と、似た眼をしている。きっと、タブンネが大事なのね」

 

 ノアの言葉にロキは目を伏せてから、ふっと呟いた。

 

「……完敗ね。お姉ちゃんはロキが考えている以上の存在だった。なるほど、本物のノア・キシベであるはずだわ」

 

 ロキは回復の薬を手に取る間際も、「ほんとうにいいの?」と尋ねた。ノアは、「いいに決まっているじゃない」と答える。

 

「あんたのママを救えるのは、あたしだけなんでしょう? その代わり、これからは敵ではなくあたし達のサポートをして欲しい。あの人に至るための鍵が、どうしても欲しいの」

 

 ロキは回復の薬を手にとってタブンネへと振りかけた。タブンネの傷が白い粉末で塞がり間もなく動けるようになるだろう。

 

「あの人のことは、ロキもよくしらないよ」

 

 前置きするような声音だった。ノアは、「とりあえずここを出ましょう」と耳打ちした。

 

「あんたが看守になってくれればスムーズに出られるはず」

 

 ノアの言葉にロキはフッと笑みを浮かべた。

 

「やっぱり、お姉ちゃんはわるいひと」

 

「そうよ、悪い人なりに賢く生きなきゃね」

 

 ノアがウインクするとロキもそれに返して看守へと変身した。

 

 

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