ポケットモンスターHEXA NOAH   作:オンドゥル大使

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第五章 十一節「忌避すべき毒」

 

 刺された、と感じた。

 

 しかし痛みは訪れない。ノアは既に自分は息絶えたのだと錯覚したが、まだ脈動はあった。

 

 生きている、と自覚した直後に自分を抱く気配を覚えた。ノアが振り返ると、カスミが自分の背中に身体を回していた。何をしているのか、と考える前に、カスミが血を吐いた。よろり、とその身体が傾ぐ。

 

 カスミの背中には剣で刺された痕があった。ノアが目を見開く。カスミは消え入りそうな声を絞り出した。

 

「……ノア。あなたは死ぬべきじゃない」

 

 その時になってようやくカスミが自分を庇ったのだと理解が追いついた。カスミの身体を抱え上げる。瞬く間に掌が血に染まった。

 

「どうして。カスミ、あなたは……」

 

「死ななかったか」

 

 冷たい声音にノアが顔を上げた。ヨハネがヒトツキを引き連れて佇んでいる。超越者の余裕さえ窺わせるその姿に怒りよりも戸惑いが勝った。この男は何のつもりで自分を殺そうとしたのか。守ると言っておきながら。

 

 しかしヨハネの眼差しには問答を許す者の光が宿っていない。既に自分の事など人間とも思っていないような冷たさだった。

 

「ナンバーアヘッドの能力は既に私のものだ。あとは、盟約の時を待つのみ」

 

 ヨハネの言葉を理解しようとする前に、「させねぇ!」とリョウが叫んだ。

 

「てめぇ、このまま逃がすと思ってんのかよ」

 

 メガリザードンXがヨハネを睨み据える。ヨハネは腰に手を当てて、「ふむ」と首肯した。

 

「確かに、このままでは逃げられないだろう。ただし、それはつい先ほどまでの話。私は、既に変わったのだ。何よりもあなた達自身が理解しているはず。私が手に入れた能力は、最も忌避すべき毒だと」

 

「ルイ!」

 

 呼んだ声にルイが手を振り翳す。

 

「メガリザードン、逆鱗」

 

 メガリザードンXの内部骨格が青く輝き両腕が倍以上に膨れ上がった。爪から青い光が拡張し、抑え切れない暴力が顕現したかのように吼える。

 

 その一声に、誰もが慄いた。しかし、ヨハネだけが平静としていた。

 

「ヨハネ。絶望の方舟を進ませようとするてめぇは、ここで死ぬ!」

 

 リョウの宣告にヨハネはフッと笑みを浮かべた。メガリザードンXが空間を抉り込みながらヨハネへと肉迫する。その勢いにイシスも反応出来なかった。その場で戦闘を見守っていた誰もがヨハネの死を確信した。

 

 だが、その次の瞬間、時間が凍りついた。

 

 ノアは目に見えているものが信じられなかった。

 

 メガリザードンXが今まさにヨハネに爪をかけようとしている手前で硬直したのだ。それはリョウもルイも同じようだった。憎しみと怒りの眼差しはそのままに、彼らは時間ごとその場に縫い止められていた。

 

 ノアだけはその場において首を巡らせる事が出来た。イシスでさえ不恰好なブリキ人形のように動きがゆっくりだ。ノアの様子にヨハネが感嘆の息を漏らす。

 

「私が能力を奪った事で、逆に君には能力をキャンセルするものが働いているようだ。だが、今の君には何が起こっているのか、全く理解出来まい」

 

 ヨハネが両腕を広げる。その通りだった。どうして人々は時間という制約を等しく受けているのか。まるで時が止まったかのような静寂。ヨハネは言い放つ。

 

「全ては決した。もう君は、ノア・キシベ、いや、ナンバーアヘッドという個体は必要ない。キシベが追い求めた理想は、今、私の中にある」

 

 ヨハネが胸元を握り締める仕草をする。赤い眼が煌々と輝いている。

 

「何をしたの……。あんたは、何のつもりで」

 

「私の目的はただ一つ、世界平和のため」

 

 ヨハネはそう言い放ち、メガリザードンXの傍を行き、リョウとルイの、あろう事か目の前を中央から通り過ぎた。しかしリョウもルイも気づいていないようだ。

 

 直後、メガリザードンXがようやく爪を振るい落とした。しかし、獲物がいない事に気づき首を巡らせる。リョウとルイも、ハッとして周囲を見渡した。

 

「どこへ……」

 

 まさか、気づいてないのか。ノアは首の裏を嫌な汗が伝うのを感じた。ヨハネは既にエレベーターホールへと向かっていた。

 

「ついでに、これは返してもらった。証拠を消すには必要なものでね」

 

 ヨハネの手にはモンスターボールがある。それは今しがた小説家から奪い取ったものだった。

 

「てめぇ……! 逃げられるとでも」

 

「おや? ならば何故、今私を殺せなかったのか、よく考える事だな。クラックの能力の前では、同調が強いトレーナーとポケモンほど、不利になる」

 

 ヨハネが放ったクラックという言葉にリョウは、「まさか」と目を瞠った。クラックという言葉にノアが視線を向けるとヨハネは、フッと口元を綻ばせた。

 

「さよならだ。諸君。もう会う事はないだろう。私の目的を、誰にも邪魔はさせない」

 

 エレベーターの扉が閉じる。リョウとルイはその場から動けないようであった。ノアも同じように縫い止められたように硬直していた。

 

 脱獄警報を聞きつけて看守達がやって来る。だが、事の次第は彼らには分からないのだろう。ヨハネはスリープの認識を食う能力で自分がいた証拠を消しているはずだ。

 

「リョウ様。これは一体、どういう……」

 

 駆け寄ってきた看守の声にリョウは舌打ちをついてから、「長い話になりそうだ」とノアを眺めた。

 

 

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