ポケットモンスターHEXA NOAH   作:オンドゥル大使

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第七章 二節「使徒の目覚め」

 

 トキワは悠久の緑色に包まれた街。

 

 看板にはそう書かれている。ノアはポケモンセンターで回復を済ませずに、フレンドリィショップに立ち寄って回復薬を購入した。金をほとんど持っていなかったのでイシスが負担する形になった。フレンドリィショップの店員は怪訝そうな目を三人に送っていた。

 

 ノアは傷だらけであるし、イシスも同じぐらいに重傷だ。その二人に一人の幼い少女がつき従っているという形は不自然だった。ノアはしかし、それらの注視する瞳を追い払うだけの眼差しを双眸に湛えていた。そのお陰かは分からないが、未だにノア達を追う刑務所からの追っ手はない。あるいは二人程度の脱獄は揉み消したい心情もあるのかもしれない。

 

「ヨハネは、どこにいる」

 

 トキワシティを見渡す。中央にジムがあり、周囲に関連施設が立ち並んでいる。それらに共通するのは緑色の屋根だ。ただ単に緑色に塗られているのではなく、太陽光パネルとしての役割を果たしており電力供給率が高かった。

 

「ノア。あまり焦っても仕方がない。ここにいる事は間違いないんだ。わたし達も怪我を癒す必要がある」

 

 イシスの言葉にそのような暇はないと胸中に感じた。ヨハネはきっと事を起こすつもりだ。それも遠くないうちに。ノアズアークプログラムは実行されてはならない。それだけを考えていた。

 

「虱潰しに施設を回るしかないのか……」

 

 ノアはクラックの能力が奪われた事に歯噛みする。感知野の網や相手の存在を感じる事が出来ない。もしかしたら既にヨハネはシロガネ山を目指しているかもしれない。後手後手に回っている可能性は否定出来ないのだ。

 

「せめて、チャンピオンと一緒にいたルイがいればな。そうすればヨハネの中にあるクラックの能力を感じ取る事が出来たのに」

 

 イシスも同じ気持ちだったのか、沈痛に顔を伏せる。クラック能力の特性上、リョウとルイがヨハネに対して正面突破を取る確率は低いと考えていた。あるとしても何らかの策を講じているだろう。ノアはリョウとルイに合流出来る可能性を取り下げた。

 

「あたし達だけでもヨハネを止めなければならないわ。どうにかして、ね」

 

 ノストラの時のように相手からこちらを察知して仕掛けてくるのならば対応のしようがあったが、トキワシティを巡るだけでも一日はかかりそうだ。民宿などを利用しているほど相手も余裕があるとは思えない。だからと言って、国際警察の権限があればどのような施設でも出入りが可能という点において自分達には真似出来ないものがある。

 

「ヨハネの奴、もしかしたらわたし達をこうしてやり過ごすつもりなのかも」

 

 イシスが浮かべた悪い予感にノアは頭を振った。

 

「それはない、はずよ」

 

「どうして言い切れる?」

 

「ルイの存在がある。ヨハネが最も危惧しているこの二人にはヨハネの存在を察知する能力がある。やり過ごす、なんて悠長な真似は出来ないわ。何か、攻撃の機会を窺うならばともなくね」

 

「攻撃って、一番道路で襲ってきた奴みたいなのがまた来るって事か?」

 

 最悪の想定にノアは頷いた。ノストラのような存在が何度も来れば自分達は成す術がない。

 

「でもお姉ちゃん。ノストラの言葉からトキワシティにいるはずだってのは確実」

 

 ロキが声を出す。先ほどから会話の糸口を探っていたようだ。ノアは首肯しつつだとすればどこだ、と思案する。

 

 ノストラや他の使徒を先導し、身を隠せる場所とは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノヴァは食後のコーヒーをすすっていた。ヨハネは先ほどから血圧を測っている。心拍数も速いらしい。体調不良が起こっている、とヨハネは説明していた。コーヒーの表層を見やる。黒々とした液体に死に損ないの姿が映っている。

 

 自分はグレンタウンで大勢の人間を巻き込んで死ぬはずだった。大火傷で、さらに足を骨折までして。絶望的な状況に立たされたがこうして生き永らえている。ヨハネは「意味のある事」だと言うだろう。しかしノヴァ自身、己の生に頓着する気にはなれなかった。

 

 生きていてもいい事はない。不幸は連鎖的に重なるが、幸福な時は一瞬の間に過ぎ去り、人間は幸福を実感するのはより不幸な存在を目にした時だけだ、と。

 

 ノヴァは達観と共に思い知る。ならば自分が最も不幸だと思える境遇に身をやつしたとすれば、相乗的に人間は幸福になれるのだろうか。

 

 恐らく無理であろうと考える。たった一人の不幸で贖えるほど、人間の原罪は拭えていない。人は、それと知らぬ間に罪を犯し、誰かを傷つけ、互いに踏みしだき合いながら生きている。ポケモンとの共存とてそのはりぼての中に突き立った支配構造の一つに過ぎない。人は自覚しないうちに万人が悪であり、万人が善である。善性も悪性も伴った存在である人は、いつまで経っても報われず、救われる事もない。

 

 ノヴァが再びコーヒーを飲もうとすると、その表面に映ったのが自分の顔でない事に気づいた。コーヒーの中はまるで澄み渡った湖面のように底深く窺い知れない。覚えず目を凝らしていると、コーヒーの中から何かが浮き上がってきた。唾を飲み下す。

 

 それはポケモンだった。ポケモンの中でも最もポピュラーな存在、ピカチュウである。ピカチュウが背中を丸まらせて浮かんできた。ノヴァにはわけが分からなかった。何が起こっているのか。これをヨハネに報告するべきか。悩んでいる間に、コーヒーの入った容器が弾け、黒々とした液体が飛び散った。

 

 

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