ポケットモンスターHEXA NOAH   作:オンドゥル大使

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最終章 三節「帰る場所」

 不遜そうな声音にノアが硬直する。リョウが、「サキ……」と呟いた。それが名前なのだろうか。

 

「もう一人の、って」

 

『言っていなかったな。ノア君。彼女の名前はサキ。私の娘だ』

 

 博士の言葉に、だが、とノアは疑問を浮かべる。あまりにも自分と似ている人物の登場にうろたえるばかりだった。

 

『驚くのも無理はない。彼女はR計画によって生み出されたRシリーズの一人。R01、つまり君と同じ遺伝子の持ち主だからね』

 

 放たれた真実にノアは狼狽する。リョウはパソコン画面を叩いて、「おい、博士!」と声を荒らげた。

 

「今、こいつらを混乱させて――!」

 

『今だからこそだ。お父さんは、きちんと理解した上で私を呼んだ。私も理解しているつもりだ、リョウ』

 

 発せられた声音ははっきりとしていて有無を言わせない迫力があった。リョウでさえも言葉を飲み込む。ノアはサキと呼ばれた少女とパソコン越しに相対した。

 

「どうして、あたしと同じなの……」

 

『同じ、か。確かに、お前からしてみればそう見えるだろうな。背格好もちょうど十五歳くらいだろう』

 

 サキの発言にノアは首を傾げた。まるで本来の自分の年齢ではないかのような言い回しだ。そこでノアはルイの事を思い出した。まだ幼いように思えた自分の半身。彼女はもう十年以上同じなのだと告げていた。

 

「まさか、あんたも……」

 

『察しはいいようだ。私は、この身体の通りの年齢ではない。リョウと同じくらいだ』

 

 ノアはリョウへと視線を振り向ける。二十代中ごろのリョウと同じくらいならば自分は遥かに子供に見えている事だろう。

 

『私はRシリーズの初期ロット。R01だ。もう一人の私は、死んでしまったようだな』

 

 サキの言うもう一人はルイの事だろう。サキの言葉はどこまでも冷たく、突き放すような響きさえも伴っていた。リョウは食ってかかる事はない。それが生まれ持った性分なのだろうか。

 

「あんたがR01、って事は、ルイさんと同じって事なの?」

 

『微妙な差異はある。元々、Rシリーズとはキシベの娘、ルナを原型とした最強のポケモントレーナーを造るための計画だった。私はキシベの娘、ルナに限りなく近い。対してルイは私という個体では成し得なかったポケモンとの同調、感知野の拡大を主眼に置いた強化体だ。だから私とルイはほとんど別人のようなものだ』

 

 その説明があっても、ノアはサキが自分と似た存在である事は感じ取っていた。Rシリーズとナンバーシリーズは違う。それはリョウの説明からしてみても明らかなのだが、サキは随分と昔に失ってしまった自分のような気がしていた。

 

「でも、あんた――」

 

『無駄話はこの程度にしよう』

 

 サキは片手を上げてノアの言葉を遮った。ノアは、「無駄って」と食いかかる。

 

「あたし達が話すのは決して無駄じゃない」

 

『いや、無駄だ。もうヨハネはノアズアークプログラムを執行しようとしている。この段階に至った時点で、私達の過去やこれからなんてものは一切意味がない。私がお前の立場ならば、もう一人の自分との邂逅なんてそこそこにもうシロガネ山へと向かっているだろう』

 

 サキの言葉は残酷だが正しい。先ほどまでの行動こそが自分のすべき事なのだ。

 

「じゃあ、どうして、あたしの前に姿を現したの?」

 

 それだけが疑問だった。ノアの歩みを止めないのならばこの場面で出会うべき人間ではない。サキは、『もしかしたら、現行人類が終焉するかもしれないんだ』と口にした。

 

『その……、妹と呼べるかもしれない人間に最後の最後に出会っておくのはいけない事だろうか』

 

 その言葉にノアは面食らった。リョウがフッと口元を緩める。サキは顔を紅潮させて、『今のは冗談だ。取り消す』と早口に言った。その声に被せるような言葉があった。

 

『駄目だよ、サキちゃん。きちんと伝えるんだって言っていたでしょ』

 

 女性の声だ。パソコン画面の中のサキが、『黙れ、馬鹿!』と怒号を飛ばすが声の主は意に介していないかのようにひょっこり顔を覗かせた。茶色いショートカットの女性だった。サキよりも年長に見える。見た目はちょうどリョウと同い年くらいだ。

 

『馬鹿マコめ。こんな時に出しゃばるな!』

 

『えー、いいじゃない、別に。もう一人のサキちゃんに会いたかったんだもん』

 

『何が、だもん、だ。いい年して』

 

『サキちゃんも同い年でしょ』

 

 サキと言い合いをしている女性はパソコン越しにノアを視界に入れて朗らかに微笑んだ。

 

『はじめまして、ノアちゃん。私の名前はマコ。サキちゃんとは友達なの』

 

「は、はじめまして……」とノアは若干うろたえ気味に答える。今まで常識の範囲外の人間ばかりと接してきたせいか、突然に「普通」という言葉が似合いそうな人間と言葉を交わす今の状況が遊離して思えた。

 

 マコが手を振るとサキが不遜そうに腕を組む。

 

『馬鹿マコめ。今の状況も分からないくせに、勝手な事をするな』

 

 吐き捨てる響きを伴ったサキの暴言にもマコは軽く受け流す。

 

『でもサキちゃん、ちょっと楽しみにしてたじゃない。もう一人の自分ってどんなだろうって』

 

 その発言にサキはマコの頭をこつんと拳で殴ろうとする。しかし、マコは心得ているかのようにひょいとかわした。

 

『避けるな! マコのくせに!』

 

『もう十年だもん。サキちゃんの暴力はそう簡単には受けないもんねー』

 

 マコは舌を出してサキを挑発する。サキは、『むぅ』と頬を膨らませた。その時、博士が咳払いをした。そこでマコとサキはハッとする。サキは威厳を取り戻すように、『まぁ、そういうわけだ』と声音を戻した。しかし、頬を赤く染めている。ノアはサキが自分の思っているよりもずっと人間らしいのだと実感した。自分の事を造り物だと言いながらも、大切な人がいる。大事にしたい人達がいる。そのためならば、冷酷にもなれる。サキの人生は推し量るしか出来ないが、ノアは自分が持っているもの以上にサキは豊かな人生を送っているのだろうと思えた。

 

 ノアも頬を緩める。

 

「よぉく、分かったわ。あたしも、姉だと思える人に会えてよかった」

 

 その言葉にサキは、『別に情にほだされたわけではないぞ!』と言い放つ。しかし、その言葉が額面通りではない事はここにいる全員が理解していた。

 

『ただ一つだけ言いたい』

 

 サキは佇まいを正して口にする。

 

『死なないでくれ。必ず、戻ってきて欲しい』

 

『私も同じ気持ちだ』と博士が続ける。

 

『君達の、誰一人として犠牲を出してはならない。ヨハネは止めなければならないが、命を軽んじてはいけないんだ』

 

 その心中にはキシベとの確執もあるのだろう。博士は真剣な口調でノア達へと声をかけた。ノアは、「分かっています」と返す。

 

「死にはしない。必ず戻る」

 

 ノアの決断を嚆矢としたように、「わたし達は誰一人として欠けるつもりはない」とイシスが続けた。その言葉の後、ロキも頷く。

 

「ロキだって、お姉ちゃんに守られてばかりじゃない」

 

 三人の声を受け、リョウが博士へと言葉を投げた。

 

「博士。俺はチャンピオンとして出来る事を模索する。それでいいな?」

 

 博士は首肯し、『気をつけて』と声をかける。

 

「大丈夫さ。ノア、俺は最終決戦に少しばかり遅れるかもしれない。持たせられるか?」

 

「あたしだって、ただ状況に流されてここまで来たわけじゃない。あたし達には強さがある」

 

 それは戦闘能力だけではない。心の強さもあるのだ。リョウはそれを認めたのか、口元に笑みを浮かべた。

 

「俺は行くぜ」と身を翻す。最早、何の心配もいらないとでも言うように。

 

「チャンピオン専用車両でお前らはシロガネ山へ。俺はセキエイの頭の固い役人共の説得だ」

 

 リョウはポケモンセンターを出るとオオスバメを繰り出して飛翔した。その後姿を眺めながら博士が呟く。

 

『強くなったな。リョウ君は』

 

 その言葉にどれほどの感情が込められているのかは分からなかったが、ノアには苦楽を共にしてきたルイの死が暗い影を落としているのではないかと思った。

 

「ヒグチ博士。リョウとルイさんは」

 

 ノアは無粋だと感じつつも尋ねる。博士は答えた。

 

『詳しい事は分からない。だが、どちらかが欠けてもいけない、かけがえのない存在になっていたのは確かだ』

 

 拳を強く握る。それを消し去ったのはヨハネだ。許すわけにはいかない。

 

『思い詰めるな』と声がしたのでパソコンへと視線を向ける。サキが不遜そうに腕を組んでノアを見つめた。

 

『リョウの問題はリョウがけりをつけるだろう。あいつはそういう奴だ。お前らの決着はお前らでつけるといい。リョウの分を背負おうとか、そういう難しい事は考えなくっていい』

 

『随分と優しいね、サキちゃん』

 

『うっさい! マコ!』

 

 サキが再びマコへと拳を振るう。マコは軽やかに避けながら、『もう一人のサキちゃん』と声を出した。

 

『いいえ、ノアちゃん。あなたの人生はあなたのもの。だから、囚われないで。私から言えるのはそれだけ』

 

 短い言葉だったがそれはサキとずっといたからこそ出た言葉なのだろう。マコはサキの事を何よりも理解しているように見える。それは親友という在り方に近かった。

 

「ヒグチ博士。あたし達は、行きます」

 

 ヨハネを止めるために。パソコンを切る寸前、サキが呟いた。

 

『……帰ってきたら私が姉だからな』

 

 それは帰る場所があるという事なのだろう。不器用なサキらしい言葉だ。マコが、『お姉ちゃんって呼んで欲しいって言えば?』と含めるとまた喧嘩が始まった。ノアはパソコンの通信を切って身を翻した。既にリョウが手配しておいたのか。チャンピオン専用のリムジンがポケモンセンターの前に停まっている。運転手が出てきたがイシスが歩み出て、「わたしが運転する」と言った。

 

「しかし、チャンピオンから安全に送り届けるように仰せつかっておりまして……」

 

「だったら、あんたの安全だって危ういんだ。わたし達以外、誰も巻き込めない」

 

 イシスは半ば強引にキーを取って運転席に収まった。ノアが助手席に収まろうとすると、「お前は後部座席だ」とイシスが指差す。

 

「何で?」

 

「疲れているだろう。いくらポケモンを回復させたとはいえ、トレーナーが万全でなければ意味がない」

 

「それはあんたにも言えるでしょう?」

 

「わたしでは、ヨハネは倒せない」

 

 それは既にヨハネと戦ったからこそ出る言葉なのだろう。イシスは歯噛みして、「悔しいがな」と付け加える。

 

「でもお前ならば分からない。チャンピオンと戦い、ルイを止めようとしたお前ならば、もしかしたらヨハネを倒せるかもしれない」

 

 その言葉にノアは、「かもしれない、じゃないわ」と応じる。後部座席のドアを開き、「倒すのよ」と口にした。

 

「それが、あたしの望む事ならば」

 

 イシスはフッと口元に笑みを浮かべる。

 

「お前を<ruby><rb>知的探求</rb><rp>(</rp><rt>しり</rt><rp>)</rp></ruby>たいと感じて、つくづく間違いではなかったと思うよ」

 

 ロキが助手席に収まる。イシスは、「しっかり掴まってろよ」と声をかける。

 

「シロガネ山へと向かう!」

 

 

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