ポケットモンスターHEXA NOAH   作:オンドゥル大使

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最終章 四節「血の決着」+最終章 五節「敵意の刃」

 

「全ての始まりに、鮮血がある」

 

 ヨハネはヘキサ跡地を彷徨っていた。ところどころに解説文の表札が転がっている。肩を竦めて、「だってそうだろう?」と続けた。

 

「人が産まれる時にも、人間は血潮と共に産まれるのだ。どのような生物であっても、血の因縁、生まれから抜け出す事は出来ない。だが、この世界に、血の因縁からは全くの無縁の生命体が存在する。その生物はタマゴと呼ばれる保育器の中で成熟し、この世に生を受けるのだ。ウツギ博士のレポートにある。誰も、何人たりとも、その事象を観察することは叶わない。どうしてその生物が増えるのか、どうしてその生物はこの世に血の因縁なしに生を受けるのか。全てが謎だ」

 

 ヨハネは手を振り翳す。

 

「だが! その謎が氷解する時が迫ろうとしている! どうしてその生物は血の因縁を消し去って存在するのか。どうして、の連鎖はもうすぐ消える」

 

 地面に流れている液体を見やる。転がっている黒々とした塊を視界に入れ、侮蔑の眼差しを向ける。

 

「血と! 肉体と! この世に生を受ける以上、どうしても必要な鎖から外れた存在には何が待っているのか。それは誰にも分からない。誰もがその違和感を違和感として感知出来ないのだ。ただ一つ、私以外はな」

 

 ヨハネは傍らに侍る存在へと意識を向ける。赤く染まった瞳孔が細められ、十字を形作る影を視野が捉える。

 

「ここに来ると言うのならば、来るといい。全ての血の決着は、私がつけよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロガネ山は二年前に世界文化遺産に登録された。

 

 そのためか一般道が整備されそれまでのような強いトレーナーのみに許された場所ではなくなった。稼ぎどころにしていたトレーナー達は軒並み退去し、今では観光客がひっきりなしに訪れる。それでも冬のシーズンに入れば白銀の頂は人間を拒む絶対の檻と化す。山頂部付近では夏でも豪雪が観測されるらしい。五合目までは登る事が許されているが、それ以上となると今でもシロガネ山は秘境に近い。ノアは窓の外にシロガネ山を囲うように道がうねっているのを目にした。

 

「シロガネ山、ヘキサ跡地は元々、観光客も許すつもりはなかったんだ」

 

 イシスが静かに語り始める。ノアは体力を少しでも温存するために後部座席で力を抜いていた。回復させておいた〈キキ〉が漂ってノアの肩に留まっている。ノアは〈キキ〉の濡れた黒色の翼を撫でてやった。随分と無茶をさせてきた。ブレイブバードの顕現によって〈キキ〉の翼は最初に出会った頃に比べれば随分と硬質になっていた。

 

「それがどうしてこんな観光名所に?」

 

「ヘキサの蛮行を、一般市民にも分からせる必要があったのさ」

 

 イシスは時折フロントミラー越しにノアの様子を見やりながら答える。

 

「カイヘンにウィルを置くには、何があの日あの時起こったのかを明確にする必要があった。だから観光客を誘致した、ってのが大多数の意見だ。ノア、お前だって出版社勤務だったんだろ? それの情報は入ってこなかったのか?」

 

「言ったでしょう。あたしの部署にはそういうのは来ないって」

 

 ノアが眉をひそめるとイシスは肩を竦めた。

 

「やれやれだな。お前の部署って結局何をしていたんだ? あまりにも常識外れ過ぎるぞ」

 

「女優のスキャンダルとか追っていたのよ。後はセキエイ高原の不手際とね。国会議員の探られたくない腹を探ったり」

 

「何てことはない、三流記者だったってわけか」

 

「心外ね」とノアは唇をすぼめた。

 

「一応、これでも記者としてのプライドはあったんだから」

 

「どっちにせよ、よくそんな世間知らずで出版社には入れたもんだ」

 

 今にして思えば、経歴も全てヨハネによって操られていた可能性も考えられない事はない。あるいはマリアが敷いていたレールか。どちらにせよ、恐らくはノアが他者とうまく共存出来るように誰かが調整してくれていたのだろう。

 

「イシス。このまま行くと、まずは五合目のヘキサ跡地の入場口に行く事になる」

 

 ロキがカーナビを見やりながら口にする。ロキも腹を据えているのか、少しだけ声が上ずっている。緊張があるのだろう。

 

「ヨハネはそこから先に行ったと見るべきかどうかは分からないけれど、下の草むらの道路を使っていないのならば、まずはそこから入る事になる」

 

 建築された直通道路の下には今まで通りの青々とした道路がある。生態系を崩さないために最小限の建築材で直通道路が造られていた。

 

「草むらでいちいち野生ポケモンを相手取っているとは考え辛い。ヨハネは一刻も早くシロガネ山に向かいたいはずだ。恐らくはこの直通道路を使って、わたし達より先に行っていると見るべきだろう」

 

 ノアは後ろを振り返る。自分達の車を最後にして続いてくる車はいない。リョウが交通規制を敷いてくれたのだろう。これ以上、無関係な誰かを巻き込むわけにはいかなかった。

 

「だとすれば、どんな手をつかってくるかわからない、よね」

 

 ロキが唾を飲み下す。場合によってはこの直通道路を爆破している可能性すらあった。イシスから聞いた話から、ヨハネはそこまでしてもおかしくない人格であった事が窺い知れた。

 

「罠だって言うんなら、あたし達はそれを超えるまで」

 

 ノアの言葉に、「その通りだ」とイシスが応じる。

 

「ビビッてんじゃ、いつまでだって進めない。どちらにせよ、もう三十時間切ってんだからな」

 

 ノアはカーナビに表示されている時間を見やる。日食の予定時刻までもう三十時間ほどだった。

 

「日食がはじまったら、どうなるんだろう」

 

 ロキの疑問はそのままイシスとノアの疑問になった。クラックの能力は同調に近いトレーナーとポケモンに対して有効となる能力だ。相手の命令系統に隙を与える。それだけの能力のはずである。それがどうして〝完全な世界〟とやらを開くために必要なのか。ノアにもそれだけは分からなかった。

 

「クラックが何か他の能力とは違う、特別な作用をもたらすと考えるべきだろうな」

 

「でも、だとすれば余計に」

 

 分からない、という言葉をロキは飲み込んだ。今は不安の種をばら撒いている暇はない。クラックの能力が何を結果として残すのであれ、自分達はそれを止めねばならないのだ。

 

「もうすぐ入場口に着くぜ」

 

 イシスの言葉にノア達は身体を強張らせた。何が襲ってきても不自然ではない。その予感に戦闘の準備を走らせたのだが、飛び込んできた光景は呆気なかった。

 

「おいおい、普通に車が停まってやがる」

 

 入場口から百メートルほどの渋滞があった。車が律儀に停まっている。こんな時でさえ観光客はいるのか、とノアは呆れた。

 

「……おかしいよ、お姉ちゃん」

 

 ロキの言葉に二人は視線を向けた。

 

「そりゃ、確かにこんな非常時に何やってんだって感じだけど。でもわたし達以外の人間は日食を見ようとか――」

 

「そういう事じゃない。気づいている? この渋滞、あるはずの音がないよ」

 

 ロキが声を震わせる。ノアは後部座席から飛び出した。「おい! ノア!」とイシスが注意の声を飛ばすが、ノアにはそれよりも異質な光景に気を取られていた。

 

「……エンジン音がない」

 

 渋滞ならばあるはずの音であるエンジン音がないのだ。しんと静まり返った渋滞はある種不気味ですらある。イシスが車を停めて顔を出した。

 

「ノア! 飛び出したら危ないぞ」

 

「いや、でもこの状況」

 

 車が停車している。それだけならばなんて事はない。だが、問題は全ての車がエンジンさえも切っている事だ。ノアは自分達の前の車へと歩みを進めた。

 

「ノア! 少しはわたしの言う事も聞けって!」

 

 イシスが車から飛び出し、ロキも助手席から出る。

 

「お姉ちゃん。これって……」

 

 ノアは自分達の前に停まっている派手な赤色のワンボックスカーへと歩み寄った。その時、鼻をつく臭気に顔をしかめた。

 

「これは……!」

 

 鉄錆びの臭いだ。ノアはそれと同時に運転席に収まっている人々にあるはずのものがない事に気づく。

 

「ロキ! 来ちゃ駄目!」

 

 慌ててロキを押し止め、ノアはイシスを手招いた。イシスは慎重に歩み寄ってから、声を詰まらせた。

 

「首を……」

 

「ええ。刎ねられている」

 

 車内に収まっている人々には首から上がなかった。ノアは他の車も調べるが同様の状態だ。運転手を含む全員が首を刎ねられている。まるで判で押したように殺し方も同じだった。

 

「ヨハネか」

 

「恐らくは」

 

 しかし、何故、という思いが突き立つ。いくらなんでも派手に動き過ぎだ。現行人類が終焉するとはいえ、このような殺しはほとんど無意味だろう。

 

「あるいは」とイシスが口火を切る。

 

「わたし達を狙っていたのかもな。直通道路から追ってくる事を踏んで、あえて標的を絞らずに全ての乗用車に乗る人間を虐殺した」

 

 だとすれば少しでも到着が早ければその犠牲になっていたかもしれない。その感触に怖気が走った。

 

「ヨハネは、他人の命なんてどうとも思っていない」

 

 それは刑務所で熟知しているつもりだった。だが、ここまでの殺しを見せ付けられればノアとて足が竦んでしまう。一体どのような人間が、こんな冷酷に殺人を行えるのだろう。

 

 ノアはロキに殺人現場を見せないように歩いた。しかし臭いで分かるのだろう。ロキは、「お姉ちゃん……」とか細い声を出した。

 

「大丈夫よ。大丈夫」

 

〈キキ〉が警戒して外に出ている。イシスも〈セプタ〉を繰り出したようだった。本来ならばロキもタブンネを出すべきなのだが、ノアは出来ればロキを戦闘の渦中に巻き込みたくなかった。ここまで連れてきて勝手だとは思うが、ロキだけは矢面に立たせてはならないという信念があった。

 

「もうすぐ入場口……」

 

 ノアは静まり返った入場口を抜けた。券売機の近くにいた人間も同じように首を刎ねられている。ノアがそっと足を踏み込んだ。

 

 その時だった。

 

「ノア! 上だ!」

 

 イシスの声が弾け、ノアは咄嗟に飛び退いた。先ほどまで頭があった場所を鋭い一閃が突き抜ける。

 

「〈キキ〉っ!」

 

 ノアが弾かせた声に呼応して〈キキ〉が相手へと攻撃する。牽制の「ドリルくちばし」を相手は身体をひねって弾いた。ノアはその姿を視界に入れる。

 

 刀剣のポケモンだった。鞘が十字を描いており、紫色に染まった布が剣を保持している。ヒトツキとは違う、二本の剣を腕のように使うポケモンだった。柄の部分にある眼球がノアを睥睨する。

 

「この、ポケモンは……!」

 

「ヒトツキ、じゃない」

 

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