ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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災禍篇
EPISODE104 儀礼


 

 業火。彼方の空は赤く染まっている。

 

 ミアレの高層建築が熱に震え、瞬間的に鳴動する。

 

 その音叉が伝えるのは破壊の爪痕であった。猛獣が荒れ狂い、街を蹂躙したかのごとく、ミアレの都市部が完全に麻痺している。

 

 警察官や消防士が緊急出動し、全区域を封鎖線で止めていた。

 

 車から顔を出した市民が不満を漏らす。

 

「いつになったら通してくれるのよ!」

 

「さっきから規制規制って、その中では何が起こっているんだって言うんだ!」

 

 怒声に警官達はそれぞれ顔を見合わせる。

 

 聞かされたか、と目線で交し合うが、全員が首を横に振った。

 

 前例のない緊急出動に、さらに言えばミアレ全域を封鎖しろとのお達し。

 

 警察上層部が下したのか、あるいは政府か。勘繰ったところで始まらず、畢竟、どこに責任を求めるべきなのか誰一人として分かっていない。

 

 ただ、この赤く染まる景色の中に人を入れてはならない事だけは、全員が理解していた。それは公僕としての誇りでもあったし、何よりも人命を尊重する組織として、当然の義務である。

 

 しかし、炎の中で何が起こっているのかなど、知る由もない。

 

 何が争われているのか。そもそも、この紅蓮の中に人間などいるのか。

 

 都市中心部で巻き起こった爆発事故であったが、関係者全員が理由も分からず出撃。さらに言えば、理由も分からずに封鎖。

 

 これでは後々問題になるな、と思っている人間はいても、この中心で巻き起こっている事実を呑み込める人間は果たして何人であろう。

 

 正義が争われているのだ、と説明したところで、何人が理解出来るだろう。

 

 その真実に、何人が頷けるのだろう。

 

 きっと、誰も頷けはしない。

 

 認める事さえもできないだろう。

 

 このミアレの中心に存在する企業、フレアエンタープライズの代表取締役が街の守護者と戦闘を行っているなど、夢物語にしても性質が悪い。

 

 警官や消防士達はただただ、目の前の現実を前に固唾を呑むほかない。

 

 爆発事故が起きた。

 

 今はただそれだけだ。

 

 それだけのシンプルな答えならば、この世界はどれほどよかった事か。

 

 争われているのは己の正義と、世界の是非。

 

 これから先のミアレの未来が炎の中で競われているなど誰も思うまい。

 

 プラズマ団の時も、マグマ団、アクア団の時もそうであったように。

 

 人は繰り返す。

 

 繰り返してはならない事でさえも、繰り返す生き物なのだ。

 

 それが災禍であれ、祝福であれ、繰り返さずにはいられない。

 

 それが人間であり、いつの世であってもその事象が巻き起こった時、人は感じ入る。

 

 自らの無力さと小ささを。

 

 その果てに知るのは自分がこの世界でたった一つの特別なのでは決してなく、むしろ逆である事を。

 

 自分達はこの世界において代わりがいくらでもいる、ギャラリーなのである事を。

 

 痛感した時、人は時代を進める事が出来るのだ。

 

 今の戦いもその一つ。

 

 時代を進めるために必要な儀礼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな! 何だこれは!」

 

 モニターしていたユリーカが苛立たしげに髪の毛をかき上げる。

 

 警察と消防への緊急出動を促したのは他でもない。フレア団本部だ。

 

 当たり前の事でもある。中心で争っているのがフレア団の頭目、フラダリであるなど知れれば世紀のスキャンダルだ。

 

「だが、こんな無茶苦茶な命令系統、通るなんて……」

 

「それが、通るんだな。これが」

 

 言葉尻を引き継いだのはラボに入ってきた白衣の青年であった。

 

 眼鏡の奥の碧眼が怜悧に細められる。

 

「シトロン……。お前が、手引きしたのか」

 

 忌々しげなその声音にシトロンは指を振る。

 

「違うよ。ぼくだって困っているんだ。だって、王と言っても彼は言ってしまえば象徴。それがこうも動き回るのが趣味となるとね。こちらとしての制御のし甲斐がない」

 

「やめさせろ。この中心に、あの馬鹿がいる」

 

「エスプリの事か。しかし、この紅蓮の大火。巻き起こしたのは恐らく王ではなく、そちらであると思うのだけれどね」

 

「マチエールが……?」

 

 信じられず、ユリーカは再びシステムを潜り込ませようとするが、直前で遮られた。ショートをおこしたシステムが逆流する。

 

 ルイの身体の一部が焼け爛れて、彼女が悲鳴を上げた。

 

「ルイ!」

 

『ま、マスター……』

 

「ルイの一部を切り離してシステム誘導に使っていたな。まぁ、そんなだから手痛いしっぺ返しを食らう」

 

 涼しげな様子のシトロンにユリーカは睨みつけた。

 

「何をした……」

 

「何も。だってぼくの手にはもう、ルイはいないからね」

 

 そのはずだ。ルイ・オルタナティブを完全に手離したはずである。だが、ルイのシステムを焼く事などそれ相応のシステムでなければ不可能であるはずだ。

 

 何らかの逆探知システムが働いているのは疑いようのない。

 

「ルイの足跡を瞬時に辿るなんて、そんなシステム……」

 

 不意に浮かび上がったポップアップは「C」の文字を象っていた。見た事のない表記にユリーカは困惑する。

 

「これは……」

 

「シトロニックギア。通称Cギアだ。ぼくが開発した。ルイを手離してもある程度のシステムは掌握出来るようにね」

 

 シトロニックギアの範囲は思っていたよりも広かった。防衛範囲はほぼルイと同義だ。

 

「こんなシステム、ハイスペックなOSの助けでもない限り」

 

「だから、ハイスペックなOSを借りていたんだよ。ルイは充分に利用出来た」

 

 その言葉から導き出される結論にユリーカは怖気が走った。

 

「ルイのシステムを、いつの間にか引き出していた……?」

 

「造作もない」

 

 天才は肩を竦める。

 

 この男はルイを利用し、新たなシステムを構築していたのだ。

 

 しかし、そうなれば疑問が残る。

 

 ――いつからだ?

 

 もし、コルニ蘇生の段階から踏み台にされていたのだとすれば、コルニの行動全てが筒抜けである。

 

 息を詰めたこちらにシトロンは言いやった。

 

「無論、妹のプライベートに割り込むような趣味はないさ。たった今、ぼくのこの手で起動させた。それまではシトロニックギアは開発段階だった」

 

 信じようと信じまいと、そう思い込まなくては希望さえも潰えてしまう。

 

 ユリーカは落ち着いて、この場の交渉権を振り翳そうとする。

 

「私は、入るな、と言ったはず。ミュウツーの研究成果が惜しければ」

 

「その事なのだが、少しだけ相談したい」

 

「相談? 天才であるお前のようなヤツが?」

 

 皮肉にシトロンは自嘲する。

 

「天才、ね。血を分けた妹には言われたくない台詞だ」

 

「何をしようとしている? フラダリは何故出ているんだ?」

 

「それも込みで、相談したいと思っているんだ。今の王はあまりにも……傍若無人だ」

 

 手を払ったシトロンの言動にユリーカは眉根を寄せる。

 

「お前らがそう作った」

 

「そう、本来はそのはずだ。作ったものは、造物主に逆らってはならない。それは自然の摂理でもある」

 

「……何が言いたい?」

 

「フラダリは優れた研究者であり、なおかつ統率者でもある。彼を除いて、このカロスの王は思い浮かばない」

 

 フラダリの業績を目にすれば誰しも思う錯覚だ。実際にはその下に何十、何百もの犠牲がある。

 

「フラダリ一人で立っているわけじゃない」

 

「その通り。だが、分を弁えない王は、今、自分の意思だけで立っているのだと思い込んでいる。その下に何十、何百の犠牲があるなど、考えもしないだろう」

 

 同じ論理の帰結にユリーカはまさか、と目線を振り向ける。

 

「フラダリの制御を、今さらに行おうというのか?」

 

「いけないかな?」

 

「不可能だ。統治権を与え過ぎている」

 

 今のフラダリの権限を凍結する事など誰にも出来ない。

 

 シトロンは種の割れたマジシャンのように両手を開く。

 

「全くその通り。フラダリに力を与え過ぎた。フレアエンペラースーツに安全装置でも入れるつもりだったんだが、思っているよりも賢しくてね。偶然でホロキャスターの技術を生み出したわけではない。それほど間抜けじゃないって事さ。きっちり逆探知装置や安全装置を外して設計されている。つまり、ぼくら外部から、フレアエンペラースーツをどうこうする事は出来ない。まさしく帝王のスーツだ」

 

 何が言いたい? ユリーカは論点の摩り替えに歯噛みする。

 

「言いたい事があるのなら、ハッキリと言え」

 

「じゃあ、ハッキリと。それこそ分かりやすく言おう。今のフラダリは強過ぎる。手に終えなくなる前に、こちらでハッキリさせる。彼の持っている全ては、ぼくの与えたものだという事を」

 

「フラダリほどの人間が納得するとは思えない」

 

「だから、さ。ああいう手合いに分かりやすい結果って言うのはいつだって、現実の逆転、理想が潰えるその瞬間だ」

 

 シトロンは何を目指しているのか。ユリーカはその言葉の行きつき先を予想し、解析する。

 

 脳裏に閃いたのは、恐ろしい未来であった。

 

 ――まさか。しかし、これしか……。

 

「フラダリの理想を、全て突き崩す……」

 

 呟いた声にシトロンは指を鳴らす。

 

「そうだ。フラダリの最終目的は最終兵器と呼ばれる超兵器による、人民の淘汰。自然界のバランスを崩す事。調和の破壊。選ばれし人間のみが行き着くことの出来る世界」

 

「選民思想……。それを否定するというのか」

 

「ぼくらは選ばれた側だが、選ばれた側がでは、黙してその時を待てと言われれば、そうではないだろう?」

 

 つまりシトロンはこの支配からの脱却を口にしている。愚かしい、というよりも無謀だ。今のフレア団のシステムを根本から変えると言っているのだから。

 

「……言い換えれば、反逆だぞ」

 

「言い換えれば、ね。だがフレア団は元々、同志達が集まり、その理想を高く掲げた技術集団。それをたった一人のエゴで狂わされる事のほうがよっぽど酷いと思わないか?」

 

 理解出来た。そのための自分とルイ、それにミュウツー。

 

「……あれのカウンターにするつもりか」

 

「本来なら、そうじゃない使い方を模索していたんだけれどね。王が乱心すれば国が乱れる。国が乱れれば、それこそ世界が滅びを迎える」

 

「容易に滅びなんて迎えるはずがない」

 

「それはどうかな。例えば四十年前に、実はこの世界が滅びかけていた、としたら?」

 

 何を言っているのだ。四十年前に起こった事などたかが知れている。

 

「そんな空想に付き合う趣味はない」

 

「あながち空想ってわけでもないんだが、まぁよしとしよう。滅ぶよ。人間は。それこそ、取るに足らない事情でね。だからこそ、安全装置が今の今まで必要であった。だが、その安全装置が今や、意味をなさない時代と化している。このままでは来るべきものではないにせよ、人類は緩やかに停滞の道を辿るだろう」

 

「……何をしろと?」

 

「別に。ただミュウツーの完成を急がなければ、滅びはすぐそこだと警戒しに来ただけだよ。こうして突きつければ、少しばかりはかどるかもしれないだろう?」

 

 ミアレの中心区が燃え盛る炎に焼かれてガラスを粉砕させている。粉塵が至るところで巻き起こり、ミアレ中心街の壊滅を伝えていた。

 

 これを、エスプリとフラダリのたった二つの存在がやってのけた。

 

 その事実を知っていれば、迂闊にここから先、カードは切れない。

 

 ミュウツーという切り札の完成を急がせるのも分からない話ではない。

 

 だが、こんな事実を突きつけられなくとも、ミュウツーは成長する。

 

 きっと、お互いに望まぬ方向で。

 

「……私のやり方だ。私が決める」

 

「そうかい? でも、急いだほうがいいかもしれない。この壊滅を巻き起こしたのは、何もフラダリだけじゃないだろうからね」

 

 エスプリと、ヨハネ。それにルイ・オルタナティブ。

 

 不安要素が積み重なり、今回のような大惨事を引き起こしたとすれば、最早猶予はないだろう。

 

 シトロンが手を振ってラボから出て行く。

 

 その段になってユリーカはようやく命じられた。

 

「ルイ、起きろ」

 

 焼け爛れた胸のホログラフィックを剥がして、ルイが浮遊する。

 

『システムが死んだフリをする時代になるとは思いませんでしたよ……』

 

「シトロニックギア、か。名称が分かっただけ、儲けものだな。ブラックリストに入れておけ。システムの干渉を留めろ」

 

 コルニを蘇生した時より、既に手は打ってある。

 

 口笛を吹き鳴らすとパイプの奥から這い出てきたのはデデンネであった。

 

 口元に手紙をくわえている。

 

 今時、手書きの文字に頼らなくてはならないのは想定外であったが、これも作戦のうちだ。

 

『何てあります?』

 

「クセロシキも動けない様子だな。加えて先ほどのシトロンの言動。フラダリがこちらに接触した事も知らなさそうだ」

 

 だとすれば、全員が牽制し合っている構図となる。フレア団という組織の弱みが出た形となったか。

 

 手紙には簡潔に現段階で進めているプロジェクト概要が記されていた。

 

『フレアEトルーパー……。これってまさか……!』

 

 間違いない。ユリーカは確信する。

 

「思っていたよりも早かったな。Eスーツの量産計画か」

 

 こちらの予測よりもシトロンは上を行っているつもりであろう。だが、実際にこうして見聞きしている事は分からないはずだ。

 

「シトロニックギア。ルイにだけ付ければいいと思ったのが早計だったな。確かに、ルイが今までは、私の全てだったさ。だがこれからは違う。反撃の開始だ」

 

 手紙をデデンネにくわえさせて再びパイプの中を行かせる。ユリーカはモニターに映し出された惨状を目にし、嘆息をついた。

 

 あの炎の中にヨハネとマチエールがいる。

 

 それだけは、間違いようのない不安のままであった。

 

『マチエールさんに、ヨハネさんも……。大丈夫なんでしょうか?』

 

「今は、不安よりもこちらで取れる手を取っておく事だ。後手に回れば回るほどに不利になる。私達は、私達を信じるほかはない」

 

 それ以外は全て、後でも構わない。

 

 そう断じなければ、今は折れてしまいそうな心であった。

 

 

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