ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE10 相棒

 

「とはいったものの、この地図じゃあ……」

 

 マチエールに手渡されたのはほとんど落書きのような地図であった。裏通りの地図らしいのが、ミアレシティの裏通りは複雑怪奇に折れ曲がっており、様々な道筋が交錯している。

 

 これはミアレシティを建築する際、建物同士のデッドスペースが多かった事と、さらに言えば、競合する企業が相手の建築基準を無視した建物を乱立させた事に由来する。

 

 つまるところ、意地の張り合いがミアレシティの裏通りを形作った。

 

 自分も、その意地の張り合いに巻き込まれてこうして裏通りを歩いているわけなのだからため息も出てくる。

 

「マチエールさんが、あんな会いたくないって言うほどだからよっぽどだな。失礼のないようにしないと」

 

 はっきりと読み解けるのは「ハンサムハウス」、という文字だけだ。

 

 家なのだろうかと思っていると、不意に看板を引っかけた件の場所へと辿り着いた。

 

「ハンサムハウス、って書いてあるけれど……」

 

 ぼろぼろの看板である。裏通りは雨風をしのげる構造になっているはずであるが、この事務所だけがまるで台風の中に不意に開いた神様のいたずらのように、集中豪雨を受けたようであった。

 

「これが、ハンサムハウス? マチエールさんの言う〝あいつ〟のいるところか」

 

 メモの裏面にはこう書かれている。「前と後ろに気をつけろ」と。

 

「そうか。つけている奴がいるかもしれないし」

 

 尾行と気配に気をつけながら、ヨハネは扉を開けた。

 

 その瞬間、爆発の煙がヨハネを覆う。黒煙がぷすぷすと噴出しており、ヨハネは真正面からその熱気をはらんだ空気を浴びてしまった。

 

「熱っ! 何だこれ!」

 

 後ずさった瞬間、扉が閉まり、激しく後頭部をぶつけた。

 

 痛みに蹲っていると電子音声が鳴り響く。

 

『お客さん、ですかね?』

 

 少女の声音だ。ヨハネは応じていた。

 

「えっと、その、そうです」

 

『お待ちくださーい。マスター』

 

 受付嬢でも雇っているのだろうか。いやに若い少女の声である。さすると後頭部にはたんこぶが出来ていた。

 

『上がってくださいとの事ですー』

 

 呼びつけられてヨハネは階段を上がろうとする。その瞬間、声が迸った。

 

『あ! その階段、踏んじゃダメですよ!』

 

 もう遅い。その時には踏んでいた。その瞬間、足が階段の板を踏み抜き、内部に収まっている機械部品から熱気が上がってきた。

 

 蒸気であったが、ヨハネは足が焼け爛れたのではないかと思うほど激痛を感じた。

 

 そのまま階段を転げ落ちる。

 

『そこの階段、改造してありまして。ちょうど使えるってボクの循環線の一部になっているんですよ』

 

 少女の声音にヨハネはたんこぶをさすった。先ほどより膨れ上がった気がする。

 

「ほとんど罠じゃないか!」

 

 張った声音に少女の声がいさめた。

 

『まぁまぁ。あれさえなければ、二階にはいけますし。どうぞー』

 

 能天気な受付嬢である。ヨハネは踏み抜いた箇所を避けて階段を上がりきった。

 

 そこいらに機械部品が露出しており、蒸気と冷気を循環させている。パイプが血管のように張り巡らされていた。

 

 そのラインの行き着く先には執務机があり、後姿ではあるが誰かが座って作業をしている。

 

 大きめの背もたれのせいか、その人物の姿は窺えない。

 

『えっ? マスター、ダメですよぅ。せっかくのお客様なんですから……。お金を持っている気配がない? そんな、お金の気配とかでお客さんを選んじゃ……』

 

 なんとも胡乱な会話が聞こえてくるものだ。

 

 ヨハネは佇まいを正して挨拶する。

 

「えっと、こんにちは。その、マチエールさんの代理で来ました」

 

「マチエール?」

 

 そう聞き返した声にヨハネは面食らう。少女の声音であったからだ。

 

 執務椅子から立ち上がったのは、まだ背丈も低い少女であった。

 

 ――いや、幼い。少女という事すら憚られる年齢であろう。

 

 ショートの金髪を揺らして、少女は頭にポケモンを乗せていた。

 

 ねずみポケモンのデデンネである。デデンネは少女の頭にしがみついている。そのつぶらな瞳がヨハネを目にするなり、警戒に染まった。

 

 表皮を逆立たせたデデンネを少女は叩く。

 

「殺気立たないで。私の頭が焼けちゃうじゃない」

 

 デデンネをなだめた少女はヨハネを上から下へと検める。口元にくわえられているのは煙草か、と思われたがキャンディであった。

 

「マチエールの代理だって?」

 

 少女は再び作業に戻ろうとする。その背中をヨハネは呼び止めた。

 

「あの、そうなんですけれど、君は……」

 

「失礼だね。勝手に入ってきて家主に、キミ、とは」

 

 家主。その言葉にヨハネは困惑する。

 

「いや、だって、ここの事務所の主って」

 

「ご年配だと思った? それともダンディズムの漂うおじさまかな? どっちも不正解だ。キミの足りない頭では想像も出来なかったらしい」

 

 失礼極まりない言葉ではあったが、その帰結する先にヨハネは目を見開く。

 

「じゃあ、マチエールさんの言っていた、あいつ、ってのは」

 

「あのバカ、外で私の事をアイツなんて呼んでいるのか。一回縁を切った程度では足りないらしいな」

 

 少女はコンソールに肘をついてひらひらと手を振ってみせる。その声音と態度からして、ヨハネはこの少女こそが、マチエールと喧嘩別れをしたと言う人間なのだとようやく理解した。

 

「でも、あまりに……」

 

「幼い、かな? それとも、こういう手合いだとは思わなかった? どっちにしろ、キミの想像なんてどうだっていいんだ。私はね、キミみたいな色々と抜け落ちた人間の相手を演じるのには少しばかり不自由していてね。なにせ、まともに話し合えもしない。あのバカも同じだ。自分の力を過信して、私の助力を無視した。だから、今、ピンチなんだろう?」

 

 マチエールが嫌悪した理由が分かった気がした。ここまで高圧的に喋られると自分でも怒りの沸点に達しそうである。

 

「その、マチエールさんは、一人でも戦おうとしたんですよ。それを」

 

「侮辱? 軽視? まぁどっちにせよ、私なしでは、アイツこそ、何も出来なかったと見える。前回のEアームズの騒動、動き過ぎだ。スマートじゃない。私なら誰にも見られずに、安全なルートを提供出来る」

 

 Eアームズの事を知っている。それだけで関係者なのだと分かった。

 

「前回のテロの時、君……いや、あなたはどこに?」

 

「ずっとここにだ。だって動かせる駒がいないんじゃ話にならないだろう。私がやったのは一つ。対象のEアームズの出撃を三分間だけ遅らせた。ルイを使ってね」

 

「ルイ?」

 

『ボクです。お客様』

 

 突然に自分の肩に少女が飛び乗っていた。ヨハネは驚いて後ずさってしまう。

 

 しかし少女には実体がなかった。透けているのである。

 

 薄紫色の髪を伸ばした白衣の少女であった。どことなく可憐な花を想起させる。

 

「ルイ、だ。まぁ、私なりに改造したから、オリジナルとは似ても似つかないかもしれないが、ここのシステム管理には役立っている」

 

「立体映像……。こんな技術……」

 

「あり得ない? いいや。じゃあキミ達の使っているホロキャスターは何だ? あれも立体映像だろう? その技術を、ちょっと応用しただけだ。幽霊を見たみたいに驚くなよ、キミは……。そういえば名前を聞いていなかったが、ルイ」

 

 少女が顎で呼び寄せると、ルイは片手を開いた。その指先から微細な粒子が放出され、様々な機械に接続されていく。

 

『ヨハネ・シュラウドさんですね?』

 

 瞬く間に個人の情報網にアクセスした。その手際にヨハネは驚愕するばかりである。

 

「そう、ですけれど……」

 

「情報閲覧のレベルが低い。一般市民だな。そんな一般ピープルが私に何の用がある? 言っておくが、キミ達とは頭の出来が違う。中途半端な依頼なら断るぞ」

 

 少女の傲慢さにヨハネは言葉を失った。何を言っても無駄、というよりもこの少女を満足させられる言葉が見当たらない。

 

「……マチエールさんに、言われたんですよ。あなたの力がいるかもしれないって。……いらないかもしれないですけれど」

 

 付け加えたのはヨハネなりの皮肉であった。しかし、少女はそれに食いついたようだ。

 

「面白い。マチエールが私に助力を申し出たか。あの愚か者が、私に」

 

 くっくっと喉の奥で嗤う。本当に大丈夫なのか、とヨハネは怪訝そうにした。

 

「あの、僕はだから代理で」

 

「代理でも、それはアイツの意見だろう。いいだろう。ヨハネ君、キミは私の足になれ」

 

 言われた意味が、最初理解出来なかった。

 

 思わず聞き返す。

 

「は? その、何を?」

 

「聞いて分からんのか? 足になれと言っている。マチエールに言って来い。私の力が欲しければ自分の足で来て、そして私の前で頭を垂れろ。協力してください、ユリーカ様、と」

 

「ユリーカ……」

 

「私の名前だ。それに、キミ、所詮は末端だろう? なに呼び捨てしている。ユリーカ様だ。言い直せ」

 

 どこまでも無理難題である。この二人は会いたくないくせに自分達が必要だと思っているのか。

 

「その、会いたければ自分で会いに行けば」

 

「私は会いたいとは一言も言っていない」

 

 門前払いのようなものであった。ヨハネは言葉を重ねようとして、何を言えばいいのか分からなくなってしまう。

 

「……その、言ってきますよ。本当に、そう伝えますからね?」

 

 念を押してもユリーカは態度を改めなかった。

 

「ああ、伝えて来い。おつかいくらい出来るだろう?」 

 

 そう言って執務机についてまた作業を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「用があれば会いに来い、か」

 

 話を聞いてマチエールは苦々しく口走る。ヨハネからしてみても気分のいい返答ではなかった。

 

「どうする? 何だか、とても偉そうな子だったけれど」

 

「残念ながら、あたし達には道がないんだよなぁ。あいつの言う通りになるのはシャクだし、どうするか……」

 

 考えても答えは出そうになかった。ヨハネは懸念事項を口にする。

 

「……Eアームズを、知っているようだったけれど」

 

「ああ、そりゃ当たり前だよ。あいつ、あたしのバディだし。それにもっと言えば、あいつは専門家だ。あたしは、雇われの門外漢」

 

 意外な事実に目を見開いているとマチエールは壁に背を預けて空を仰いだ。

 

「門外漢って……。でもマチエールさんの、その、エスプリは」

 

「戦い慣れているようだったって? まぁ、場数だけはこなしたからね」

 

「Eアームズの犯罪は、今に始まった事じゃないのか?」

 

「うん。もう、数えるのも億劫なほどヤツらと戦ってきた。前回みたいな大規模な事はしてこないけれどヤツらは牙を研いでいる。あたし達がこうしていがみ合っている間にも、ね」

 

 どうするのが正しいのか、マチエールには分かっているようだった。しかしヨハネが今度は納得出来ない。

 

「でも、マチエールさんが頭を下げる事じゃ」

 

「ない、とあたしも言いたい。でも、コロモリ使いに関しては絶対にあたし達じゃ追いつけないし、何よりもあいつの力、見たんでしょ?」

 

 ルイ、と呼ばれるシステム。それによって瞬時の個人情報の特定が可能であった。

 

 明らかに今の自分達には欲しい戦力である。

 

「……でも、マチエールさんが信念を曲げてまで会う人じゃないと思う」

 

 個人的な言葉に過ぎなかったが、マチエールは微笑んだ。

 

「ヨハネ君はお優しいねぇ。でも、あたしが遅れを取っていたら、街を泣かせちゃう事になるんだ。あたしのつまらない意地で、これ以上街の涙は見たくない」

 

 マチエールは歩み出した。その行く先が分かっていても、ヨハネは気が進まなかった。

 

「……僕が中間に入る。だから君達は会わないでも」

 

「駄目だ。それじゃ随分と君に甘えちゃう。それに……前回の戦闘で、あたしは自分一人で街を守れるほど、強くはないんだって分かった」

 

 スーツに装備された自己再生機能で修復されてはいるが、前回の戦闘のダメージは深刻であった。このままではいつスーツが機能不全を起こすとも限らない。

 

 望むにせよ望まないにせよ、ユリーカという少女の掌の上で踊るしかなかった。

 

「マチエールさん。それほどまでに強力なあの子って、一体何者なんだ?」

 

 ヨハネの問いにマチエールは振り返る。

 

「一言で言えば、天才。そして一面を切り取れば、その属性は悪魔だ」

 

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