ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE110 約束

 

 帰ってくるなり、マチエールはルイと話し合った。

 

 赤の金のエスプリの制御方法を聞かなければ、これ以上戦えない。その判断は間違っていないだろう。

 

 ルイは、というとシステムを走らせつつ、Eスーツの修復を行っていた。

 

「どうだ? ルイ」

 

『デルタユニゾンシステムの中でも赤は飛び切り強力なんだ。炎の属性は使いやすいからって今までたくさん使ってきたろ? そのせいか、デルタ使用時の能力発現が最も強い。ちなみにヒトカゲのもう一つの属性は電気だぜ』

 

「電気……、それがヒトカゲのデルタユニゾンか」

 

 電気の属性に目覚めたヒトカゲをマチエールはホルスターから外して眺める。今まで通りの役に立つパートナーではないのだ。

 

 慎重を期さなければ危うい綱渡りである。

 

「どうして、電気のユニゾンで前みたいな事が起こった?」

 

『炎の爆発力が増したんだ。それ以上に言えるのは、マチエール、お前の闘争本能だよ。元々、赤のユニゾンは闘争本能を高める。それが今回、仇になった結果だな。強過ぎる闘争本能は破壊と同義。この場合、広範囲の爆発となった』

 

「止める方法はないのか?」

 

 ヨハネの問いかけにルイは難しい顔をする。

 

『赤を使うな、って言うのは簡単なんだがな……。正しくはデルタユニゾンの赤を使うなだから、今まで通りのファイアは使えるぜ』

 

 マチエールはこちらと目線を交し合った。

 

「ヨハネ君、あたし、ヒトカゲの力は借りたい。でも、前みたいなのを起こすのは真っ平だ。この場合、赤は通常で使って、他のユニゾンで戦うのが正しいと思う」

 

 それには同意であったが、問題が存在した。

 

「前回みたいな……その、Eスーツが出てきたらどうすればいい?」

 

 フラダリのような強力なEスーツ使いの場合、赤に頼らざるを得ないのではないのだろうか。

 

 ルイは答えを渋らせていたが、やがて街のマップを表示させた。

 

『この区域なら、赤の金のユニゾンでも、何とか制御可能ではあるか』

 

 示されたのはミアレの街の中で一部分だけ灰色の工事区域であった。

 

「工事関係者がいるんじゃ?」

 

『最悪の場合は逃がせる。それくらいの人間しかいねぇよ。問題なのは、前みたいに街のど真ん中で起こる事だろうが』

 

 マチエールは一瞬だけ顔を伏せたが、やがて決意したようだった。

 

「……分かった。どうしても赤の金を使わなくっちゃならない場合は、そこへの誘導を頼む」

 

『了解。……全く、システム扱いが悪いぜ』

 

 ルイが工場区域の整理を行っている間、ヨハネはマチエールにポケモンの確認を行わせた。

 

「ニョロゾは……進化したんだっけ?」

 

「ああ、うん。ニョロトノだね」

 

 繰り出すと、ニョロトノが腹ばいになってころころ転がった。

 

 その様子が可笑しくってマチエールが微笑む。

 

 ずっと、その笑顔を守っていたい。だが、目の前には苦難が立ちふさがっている。

 

 一つ一つ、解きほぐす事だ。そうヨハネは決心する。

 

「ニョロゾの戦闘データを取ろう。それとアギルダーと、ヒトカゲも」

 

「いいけれど、何で?」

 

「戦い続きだ。ポケモン達も疲労している」

 

 ともすれば自分達以上にだろう。理解したのかマチエールは全員を繰り出した。

 

 ヒトカゲが出てくるなり、身体の内奥から電気を走らせる。どうやら電気タイプに目覚めたのは本当らしい。

 

 アギルダーは毒であったか。こちらは弁えているのか能力の披露はしない。

 

 ニョロトノは物を浮かせて見せた。エスパーのユニゾンは使い方によっては被害を食い止める事が出来るかもしれない。

 

 ヨハネは全員の頭を撫でてから木の実と回復薬で調節してやる。トレーナーズスクールに居た頃の審美眼は生きているようで、ポケモンのステータスは手に取るように分かった。

 

「ヒトカゲとは、長いんだっけ?」

 

「ああ、うん。あたしの最初のポケモンかな」

 

「〈もこお〉は?」

 

「〈もこお〉は、気づいたら居たよね?」

 

 目線で問いかけると〈もこお〉はつぶらな瞳を返すばかりである。相変わらずの無表情で何を考えているのか読めない。

 

 気づいたら居た、か。ヨハネはひとりごちる。ストリートチルドレンで育ったマチエールからしてみれば、母も父も顔も存在も分からない中、〈もこお〉とヒトカゲだけが支えだったのであろう。

 

 その父親が、フラダリだったなど、衝撃に違いなかった。

 

 自分は知らない事になっている。

 

 あの言葉が今でも耳にこびりつくが、知らない振りを通さなければならない。

 

 だが、自分が今まで戦ってきた相手が父親の組織だったなど、常人では耐えられまい。

 

 これから先、エスプリの精神面での支えに自分がならなければならないのだ。

 

 当然、ポケモンのケアも当たり前である。

 

 全員、ユニゾンによる戦闘が多かったせいか、肉体疲労よりも精神疲労が強い感覚があった。

 

「連れ歩き、してみようか」

 

 だからヨハネの提案にマチエールとルイは目を瞠った。

 

「何で?」

 

『おい、ヨハネ。ボケてんのか? 今のミアレでそんな事している場合じゃ』

 

「ボケてないし、僕は正常だよ。いや、ポケモンのストレス解消に連れ歩く事でそれを解決する手立てがあるって読んだ事がある。確かウツギ博士の論文だったかな」

 

 うろ覚えだが連れ歩きに効果があるのは間違いない。全員がボールの中での戦闘でどこか身体が凝り固まっているようでもあった。

 

「連れ歩きって……あたしした事ないよ?」

 

「簡単だよ。ボールに入れずに連れ歩けばいい」

 

「でも、途中ではぐれたりしないかな」

 

「マチエールさんのポケモンはみんなよく出来ているから、そんな子はいないよ。ね? みんな」

 

 ヨハネの声に賛成だというかのようにポケモン達が鳴いた。

 

 ヨハネもクロバットを出してクリムガンを連れ歩く。

 

「それに、今ならばまだ、裏路地は空いているだろう。表で連れ歩くのは困るかもしれないけれど、裏路地なら、マチエールさんも詳しいし」

 

「そりゃそうだけれど……いいのかな、こんな事していて」

 

 マチエールからしてみれば今すぐにでも解決しなければならない問題が山積している。しかし、ヨハネはこう考えていた。

 

 今だからこそ、だと。

 

「僕も同行するから問題ないよ。ルイ、一応Eスーツのアタッシュケース、〈もこお〉に持っていかせていいか?」

 

『部分修復は終わったけれどよ。いいのか、本当にそんな暢気な事で』

 

 ルイも怪訝そうである。ヨハネはルイに言い含めた。

 

「もしもの時には、デルタユニゾンの抑え込み、出来るんだろう」

 

『もしもって……、そりゃ出来るけれどよ。そんなもしもを想定しているのに、連れ歩きなんてやっていていいのかよ』

 

 ルイの意見はもっともであったが、ヨハネは貫いた。

 

「今しか、多分こんな安息はないんだと思う。今を逃すと、次はいつ、ポケモン達と、向き合えるのか分からない」

 

『……それじゃ、オレは待っているぜ。留守番くらいは任せとけ』

 

「じゃあ、行こうか」

 

 クリムガンがのっそりと歩き、クロバットが自分の頭上を飛翔する。

 

 久方振りに戦闘以外で繰り出されたポケモン達は少しばかり浮き足立っているようであった。

 

 マチエールのポケモン達と一緒に歩くと大所帯の家族のようである。

 

〈もこお〉はアタッシュケースを持ってマチエールの三歩後ろを歩き、ヒトカゲはマチエールと手を繋いでいた。

 

 アギルダーは裏路地の壁を蹴って常に動き回っている。

 

 ニョロトノは先ほどから前転で後ろに続いていた。

 

 それぞれ、各々のスタイルではあったが、戦闘から開放されたポケモン達は自由で奔放なのは違いない。

 

「あたし……こんな事させてなかったな。トレーナー失格かも」

 

「いや、連れ歩きはさせない街も多いし、カロスは厳しいから難しいんだよ、元々。風土に根ざした、って言うんならジョウトくらいなものだし」

 

「へぇ、何だかヨハネ君、先生みたいだね」

 

 言われると少しばかり照れてしまう。トレーナーズスクールに在籍していた頃は一応、教職志望であった。

 

 それがこの二ヶ月程度で様変わりしてしまった。

 

 まさか探偵の助手になるなんて思いもしない。

 

「そうかな。僕みたいなのは当然だよ」

 

「あの金持ちにも、よく特待生って言われていたもんね」

 

 金持ち、という言葉でヒガサの事を思い出す。彼女はまだフレア団にいるのだろうか。

 

 失言であった事に気づいたのか、マチエールが謝る。

 

「ゴメンね。考えさせちゃって」

 

「いや、いいよ。連れ歩きってそういう、自由な会話でいいんだと思う」

 

 自分も教本で見た程度の知識だ。実際に連れ歩くのは初めてである。

 

 裏路地に関して言えば、マチエールが詳しい。次々と迷路のようにくねる道を行く彼女に自分は引っ張られる形だ。

 

「マチエールさん、裏路地のこんな複雑なの、よく覚えたね」

 

「長く裏路地にいると必然的にね。嫌なヤツから逃れるのとかそういうのにも、裏路地をよく使っていたから」

 

「嫌な奴って?」

 

「警察とかだよ。見つかるとジジョーチョーシュ? ってのされるからさ」

 

「ああ、事情聴取」

 

 確かにマチエールくらいの年齢の少女が裏路地を歩いていれば警察も黙っていまい。

 

 思えばマチエールは戦士としては成熟しているが頭の中はまだ子供なのだ。

 

 知らない事のほうが多いし、この世の中の半分だって分かっていないのだろう。

 

「知ってる? イッシュみたいな異国だと円形の街があるんだ。ミアレとは違って海に囲まれていてさ」

 

「海? 海って、ホロンに行った時以来だな。あの時だけか。海を見たのって」

 

 また自分はやってしまった。どうして、失言ばっかりしてしまうのだろう。

 

 だが、マチエールの言葉尻にはどこか懐かしむよりも、羨む声音があった。

 

「海に、何も考えずに行ってみたいな」

 

「この戦いがさ、終わったら行こうよ」

 

「海に? みんなで行く?」

 

 こちらの顔を覗き込んできたマチエールの冗談めかした声にヨハネは返す。

 

「せっかくだしさ。全然気候の違う他の土地に行こう。ホウエンなんて海ばっかりらしいよ」

 

「うえぇ、しょっぱそう……」

 

 しょっぱいのは海水だけだろうに、マチエールはホウエン全体がしょっぱいようなリアクションをする。

 

「ホウエンに行った事は?」

 

「ないよ。ミアレからほとんど出なかったし。他の土地ってどんなのがあるの?」

 

「そうだなぁ……。ジョウトは例えばカントーと地続きだ。シロガネ山、っていう大きな山で陸地を遮られている」

 

「山かぁ、山もいいなぁ」

 

「カロスには山地がないからね。山みたいな場所って言えばシンオウのテンガン山も有名かな。あそこも随分と高いらしい」

 

「どれくらい?」

 

 ヨハネは、これがミアレだとすると、と手を下にやる。それをまじまじと見つめているマチエールに自分の背丈よりもうんと高い位置を示してやった。

 

「すごい! そんなに高いの!」

 

「トレーナーズスクールの研修旅行で一回行ったきりだけれど、いいところだよ、シンオウ」

 

「やっぱり山がいいかなぁ」

 

「どっちがいい? どっちでもエスコートするけれど」

 

「シンオウも捨てがたいし、ホウエンの海にも行きたい。ジョウトって場所も気になるなぁ。あっ、でもイッシュもそうなんだっけ?」

 

「じゃあ世界一周でもしようか」

 

 その提案にマチエールは目を輝かせた。

 

「世界一周? すごいね! ヨハネ君! それ、とてつもなくゼイタクだよ!」

 

 マチエールがくるくるとターンして笑顔を咲かせる。

 

「贅沢かなぁ。どうせなら、さ。カントーの豪華客船で行かない? サントアンヌ号に乗って」

 

「何ソレ! すごそう!」

 

 ワクワクが止まらないらしい。マチエールは激しく足踏みした。今にも飛び出してしまいそうだ。

 

 それほどまでに彼女からしてみれば外の世界が輝いているのだろう。

 

 自分は彼女の願いを叶えられる。もしかしたら、こんな事でよかったのかもしれない。

 

 ささやかだ。

 

 世界一周が出来るかもしれない。

 

 他所の土地に行って、海でも山でも楽しめる。

 

 本当に、ささやかで、それでいて、マチエールからしてみれば、今までの人生観が変わってしまうほどの、願い。

 

「だったらさ、約束しようよ」

 

 拳を突き出す。マチエールは嬉しそうに首肯した。

 

「うん! こりゃ楽しみだね! ヨハネ君の奢りで世界一周だ!」

 

 コツンと突き合わせた拳には今までにない希望で溢れていた。

 

 そうだ、この戦いもいずれは終わる。

 

 その時、自分はマチエールを……もっと贅沢を言えるのならばコルニやユリーカとも、世界一周の旅に出よう。

 

 それはきっと、この戦いに人生を捧げた戦士達への最大のご褒美になるに違いなかった。

 

 コルニは、他の地方に行った事があるのだろうか。

 

 ユリーカは、何かと反対しそうだが、結局乗ってきそうだ。

 

 そう考えると自分も楽しくなる。

 

 こんな、幸せとは真逆の位置にいた自分が、生きる事の楽しさを甘受出来る。

 

 クロバットが舞い降りてきてヨハネの肩に留まった。覚えずバランスが崩れる。

 

「重いよ」

 

 笑いながら言いやるとクリムガンがヨハネの手を引いた。こっちはこっちで力が強過ぎる。

 

「ヨハネ君、気に入られてるんだね」

 

「マチエールさんだって。ヒトカゲとずっと手を繋いでる」

 

「仲良しだもん!」

 

 ヒトカゲと繋いだ手を掲げると、そのアーチを潜り抜けたのは〈もこお〉とニョロトノであった。

 

〈もこお〉はいつの間にかニョロトノへとサーカスのボールのように器用に乗っかっている。

 

 アギルダーはクールにこちらを見下ろしているが、跳ね回るのが楽しいようで、壁を蹴っていた。

 

 思い思いの時間を過ごせる。

 

 こんなささやかな時間さえも、今は一時も惜しい。

 

 少しの亀裂で瓦解してしまうこの時間。

 

 幸福というものは、得てしてそういうものなのかもしれない。

 

 それを感じている時には気づけずに、振り返った時だけ輝く。

 

 眩しい代物なのだ。その眩しさを、今は感じていたい。浸っていたかった。

 

 何も考えずに、こうして、マチエールと、ポケモン達と。

 

 家族のようにいられたらどれだけいいのだろうか。

 

 たまに入る怪しい依頼を引き受けるだけのしがない探偵事務所で、ユリーカが怒鳴り、マチエールが軽々と解決し、自分が奔走する。

 

 そんな夢物語を見てしまう。目の前の現実があまりに強大で、こんな夢でさえも、今は愛おしい。

 

 だが、夢には果てがある。

 

 終わりが必ず訪れるのだ。

 

 今は、その果てを見たくない。

 

 それはお互いに思っていたに違いなかった。

 

「世界一周だって言うのならさ、もっとたくさんのポケモンと会えるかな」

 

 胸を弾ませるマチエールにヨハネは返す。

 

「それこそ、ミアレだけじゃ絶対に見られないものが見られるかもしれない。マチエールさんは、雪って見た事がある?」

 

「雪は、たまに降るけれど、積もらないよね」

 

「シンオウではずぼってはまってしまいくらいに雪が積もっている場所があるらしいんだ。キッサキシティだったかな」

 

「へぇ、行ってみたいなぁ。あたしね、雪が降る街も、晴れ渡る燦々とした街も行ってみたい。生まれてからずっと、ほとんどをこのミアレで過ごしてきたから。他の街に行く事か出来るのなら、行ってみたい」

 

「行けるよ、だって、マチエールさんは自由なんだから」

 

 その言葉にマチエールははにかむように笑った。

 

「そうかな?」

 

 そうだよ、と返して、これは叶わぬ願いかもしれない、と思い始める。

 

 マチエールはこの街のために尽くし、この街のために死ぬ運命を受け入れている。

 

 それをどこかで邪魔しているのではないだろうか。

 

 だが、それを是として生きていて欲しくないのだ。

 

 マチエールは自由だ。

 

 最初に会った時からずっと、マチエールには何よりも、この世のしがらみから自由であって欲しい。

 

 それがヨハネのかねてよりの願いであった。

 

「そうだよ、約束する。僕は、君を自由にする」

 

 だから、これは、自分の中での最後の約束だ。

 

 マチエールは目を瞠って、頬を掻いた。

 

「そんなに大げさ?」

 

「僕からしてみれば、ね。だって世界一周旅行の旅費は僕持ちだろ?」

 

「ありゃ、ばれてたか」

 

 舌を出すマチエールにヨハネは笑い返す。

 

「僕持ちなら、僕が同行するっていう約束をしないと」

 

「じゃあ、これはこっちじゃなくって」

 

 拳を解き、マチエールは小指を突き出した。

 

 そうだな。これは助手として約束したいんじゃない。

 

 これは、男として約束したい。

 

 その小指に絡めてヨハネは言いやった。

 

「指きりげんまん」

 

「指切った、っと! これでヨハネ君はあたしに世界一周旅行を奢らなきゃいけない」

 

 その時までお互いに死ねない。

 

 それを胸に刻み込んだ。

 

 

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