ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE117 審判

 

「信じられない? でも目の前の現実はその通りよ」

 

 パキラは余裕を崩さず、オーキドにひねり上げられた手首を見やった。

 

「思っていたよりもタフなのね。老人だと思って油断しちゃった」

 

「悪いのう。ワシとて無駄死するわけにはいかんのでな」

 

「運転手! 何が来た!」

 

「あ、青い炎のEスーツが。こちらへと、ゆっくりと……」

 

 動揺する運転手の声にオーキドは確信する。遂に来たのだ。

 

「審判の時じゃな、パキラ」

 

「審判? いいえ、それはまだ下らないわ。だって言ったでしょう? 私には二人の仲間がいると」

 

「たった二人で何が出来るものか。イグニスはお主への復讐心をずっと抱いてきた。それだけを寄る辺にして、戦ってきたのじゃ。その心、軽んじられるものではない」

 

「だから、一度だって軽んじた事はない。今回も最大の戦力で叩き折るまで」

 

「あ、あれは……」

 

 運転手が目の前の事実に震撼したようであった。

 

 何が起こったのか、オーキドは窓を開けてそれを見やる。

 

 イグニスと向かい合ったのは白い服飾を着込んだ貴族のような青年であった。

 

 気品のある金髪と、三白眼がイグニスを見据えている。

 

 その人物の正体を、オーキドは知っていた。

 

 知らないはずがない。

 

 このカロスで最強の名を持つ四人の一人。その名は――。

 

「まさか、まさか! パキラ! お主は、最強の四人までも!」

 

「その通りよ。さぁ、戦いなさい。イグニス、最強の水タイプ使いと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 護送車を襲ったのはオーキドからの援護通知が来たからである。

 

 降り立ったイグニスはぽつり、ぽつりと雨が降り出したのを感じていた。

 

 黒塗りの高級車にもう一撃、と構えたところで、その人物は立ち現れていた。

 

 白い服飾に、金髪を流した青年。

 

 その眼差しに気品と気高さを携えて、その青年は道を遮っていた。

 

「退け」

 

 こちらの短い応答に青年は吐息を漏らす。雨で煙る景色の中、白く呼吸が溶けていく。

 

「一つ、聞きます。ポケモンバトルは、芸術足りえると思いますか?」

 

 この状況で何を聞くのだ。イグニスは言い放った。

 

「ジムリーダーしていた頃は、ポケモンバトルに綺麗さとかを求めていたよ。でも、もういい。アタシは、その車の中にいる奴を殺すまで、止まらなくっていい」

 

 その答えに青年が目を見開いて叫んだ。

 

「痴れ者が! そのような貧弱な感性だから、わたしの敵となる。わたしは、芸術を愛好している。この世の美しいものは余さず、残る価値のあるものだと。だからこそ、フラダリに賛同した。彼は美しいものを残すと言ってくれている。美しいものだけを残し、下らない、低俗極まれるものは排除すると。その思想は芸術だ」

 

「狂っているとしか、言いようがないな」

 

「狂う……時に、狂気は美しい。それもまた芸術。わたしは、芸術のためならば狂っても構わない」

 

「そこを退け。アタシは用がある。繰り言に構っている暇はない」

 

「ですが、わたしもまた、最強の名を冠する四人のうち、一人。このカロスにおいて、それを名乗る事を許された存在」

 

「退けよ!」

 

 イグニスがブレードを展開して駆け抜ける。その刃が首を掻っ切ろうとした瞬間、いつの間に出ていたのか、水色のポケモンが飛びかかった。

 

「キングドラ、分からせてあげよう。冷凍ビーム」

 

 皮膜を持つ水棲ポケモンが筒先の口から氷結の光条を発射する。

 

 イグニスはすぐさま飛び退り、その攻撃を回避した。

 

 直線上にある路面が凍り付き、次の瞬間、砕け散った。粉塵が舞い、その威力を思い知らせる。

 

「凍らせるだけじゃない。その後の温度変化で形象崩壊を誘発する……」

 

「分かっているじゃないか。そうだとも! これがわたしのキングドラの、戦い方だ!」

 

 キングドラがこちらを狙い澄ます。正確無比な光線はその特性を看破させた。

 

「スナイパーか……」

 

 ルチャブルでは少しばかり分が悪い。イグニスは前に出てユニゾンの皮膜を張る。

 

『コンプリート。スティールユニゾン』の音声と共に、装甲が鋼の属性で満たされた。

 

「聞いていた通りみたいだな。属性を付与出来る、という強み。わたしも、全力で立ち向かう必要がありそうだ」 

 

「全力で? 可笑しな事を言う。アタシは最初から全力だ!」

 

 バックルにユニゾンチップを入れ込んでハンドルを引いた。

 

『ファイティングユニゾン、フライングユニゾン、エレメントトラッシュ』の音声に導かれてイグニスは大きく足を掲げる。

 

 そのまま飛翔し、回転率を上げた攻撃を叩き込もうとした。

 

「必殺! ローリング踵、落としィッ!」

 

 必殺の名を誇る一撃を前に、キングドラ程度の守りならば突破出来る。

 

 その心を読んだかのように、青年は口にする。

 

「やれやれ。踵落とし、か。確かに、相当な威力には違いない。わたしも、纏うべきだな」

 

 その手にあったのは他でもない。

 

 Eスーツのアタッシュケースであった。

 

「――舞え」

 

 アタッシュケースが開き、黒い鎧が放出される。暴風を作り出した鎧の回転にローリング踵落としが遮られた。

 

 一つ、また一つと吸着していく鎧が構築したのは、しなやかな体躯のEスーツであった。

 

 緑色の血脈が至り、目元を覆う形のバイザーに点火する。

 

「名乗っていなかった。わたしの名前はズミ。カロス四天王の、ズミである」

 

 そして、とズミがモンスターボールにキングドラを戻す。キングドラの入ったボールはそのまま、ズミのEスーツにある右肩口のハードポイントに備え付けられた。

 

 右肩から指先に至るまでの血脈が水色に染まり、手首から何かが射出された。

 

 刀剣の柄である。

 

 鍔までしか存在しないそれを携えたズミが大きく手を引いて構えを取る。

 

「まさか、そんなものでアタシとやる気?」

 

「そんなもの、とはとんだ言い草だ。これが、わたしの戦闘スタイルなものでね」

 

「そんなんじゃ、アタシは墜とせない!」

 

 イグニスが手首にユニゾンチップを挿入する。ブレードに格闘のユニゾンの光が点火し、一気に肉迫した。

 

 そのまま片腕を落とす、はずであった、その一閃は、受け止められていた。

 

 刀剣である。

 

 鍔から水色の光を宿した刀身を顕現させていた。

 

 曲剣であり、それほど密度もあるように思えないのに――。

 

 格闘の属性を付与されたイグニスの一撃を完全に受け止めている。

 

 鍔迫り合いを繰り広げる中、ズミが、ふむ、と得心したようにその剣で弾いた。

 

「やはり、馴染むな。この剣は、貴女のユニゾンと同じだ。キングドラの属性をそのまま借り受けており、その属性と攻撃能力が反映されているのである。さしずめ、名付けるとするのならば、それはユニゾンブレイド」

 

 ユニゾンブレイドを華麗に振るい、ズミが逆手に握り締める。

 

 イグニスは息を詰め、一気に肉迫した。

 

 今度は足のブレード部分でユニゾンブレイドと打ち合い、直後に回し蹴りを叩き込むつもりであったが、相手の剣筋は思っていたよりもずっと範囲が広い。

 

 蹴りの範疇など、最早読み切ったかのごとく、弾き返す。

 

「格闘戦術なら、アタシのほうが上!」

 

 その声と共に、ブレードによる連続攻撃を仕掛けるものの、相手は踊るようにその攻撃をいなす。

 

「格闘戦術ならば、そうかもしれない。だが、わたしは幼少期より剣術を嗜んでいてね。剣術の心得ならば、その辺りのアマチュアよりかは上のつもりだ」

 

 ユニゾンブレイドがこちらの攻撃を返す。一転して防御に回ったイグニスは雨粒の舞う中を曲芸めいた動きで翻弄するズミに苦戦を強いられていた。

 

 こちらの攻撃が相手にはなかなか通じない。

 

 そんな事をしている間に、高級車のエンジンがかかる。

 

 逃げおおせるつもりだ。

 

「させない! ここまで追い詰めた! アタシが、勝つ!」

 

「しかしわたしを退けない限り、ここから先には行けまい、よっ!」

 

 ユニゾンブレイドがこちらのブレードを叩き折った。

 

 折られた衝撃でたたらを踏んだイグニスの身体へとズミが片手で拳を形作り、牽制を放つ。

 

 姿勢制御を崩したイグニスへと袈裟斬りが叩き込まれた。

 

 Eスーツの表層に焼け爛れたような熱を感じる。

 

 見やると、斬られた部位が融解していた。

 

「炎でも何でもないのに……」

 

「キングドラは水・ドラゴン。ドラゴンの威力は人の叡智を上回る。残念であったね。ここで貴女は潰える運命だ」

 

 すっと切っ先が突きつけられる。

 

 ――これで終わるのか?

 

 問い質したイグニスは、否、と強く感じる。

 

 ここで終わるものか。

 

 何のために全てを捨てた。何のために、一度死に、この世界に舞い戻って来たというのか。全ては、この因果を終わらせるために他ならない。

 

「アタシは、まだ戦う!」

 

 右手の腕時計型端末のボタンを押し込む。

 

『コアモード、レディ』の音声が鳴り響き、イグニスに流れる血脈が一変した。

 

 体内に燻る青い炎が全身を覆い尽くし、装甲を青く染めていく。

 

 代わりに流れるのは銀色の血であった。

 

 胸部装甲板が展開し、肩のプロテクターとなる。

 

 露出した胸部の機械部品に混じって中央の核が輝いた。

 

「Eフレーム、ネクストイグニッション! 瞬神闘者、イグニスコア! 命、暴発!」

 

 その声を発した瞬間、全ての武装が排除された。

 

 ブレードと簡易装甲を解き放ち、イグニスコアがズミの背後へと瞬時に回り込む。

 

 その速度、まさしく神速。

 

 反応し切れなかったズミが背筋を叩いた衝撃でようやく現実認識が追いついたようであった。

 

「これが……話に聞いていたイグニスの第二形態……」

 

「そう! イグニスコアだ!」

 

 武装を排除している関係上、一撃自体に殺傷力は低いが、その速度は通常時のイグニスの千倍である。

 

 千倍に達した超速度を止める事はさしもの新型Eスーツいえど不可能に近い。

 

 蹴りでズミを突き飛ばし、その次の瞬間には背後に回って拳を叩き込む。

 

 千倍の速度に浸った拳がズミのEスーツを叩きのめした。

 

 よろめくズミへと最後の一撃が振るわれようとする。

 

 下段からの蹴りで突き上げてズミを中空に固定した。

 

 雨が千倍の速度の前に静止したようにズミの身体に触れて弾ける。

 

 ズミからしてみれば吹き飛ばされた一瞬に過ぎないが、自分にとって、決着をつけるのには充分な間合いである。

 

 バックルを開きユニゾンチップを挿入した。すぐさまハンドルを引く。

 

『エレメントトラッシュ』の音声と共にイグニスコアは跳躍していた。

 

 飛び蹴りの姿勢を取ったイグニスコアがズミの身体に一撃を打ち据える。

 

 さらに一撃、今度は別方向から叩き込まれた。さらに一撃、さらに、さらに……。

 

 イグニスコアが地上へと降り立ち、腕時計型端末がゼロの表記を示す。

 

『リフォーメーション』の音声と共に装甲が戻っていく。

 

 雨粒が時間を取り戻し、一気に地表へと叩きつけた。

 

 ズミのEスーツへと千倍の速度で放たれた攻撃の衝撃波が空気圧を破って生じさせる。

 

 中空でズミのEスーツは破壊されたはずであった。

 

 破壊はされなくとももう戦闘は不可能のはずだ。

 

 叩き落されたズミのEスーツを一瞥してから、イグニスは車の行方を追った。

 

 ヘッドアップディスプレイにはオーキドの示した追尾機能が有効になっている。

 

「速く追わなくっちゃ……」

 

 しかしコアモードは諸刃の剣。千倍の感覚になった身体はすぐに通常の感覚には戻れず、ルチャブルを頼ろうとした。

 

「〈チャコ〉、アタシを連れて行って。飛べば少しばかり速く着けるはず……。このまま全てを――」

 

 終わらせる、と言おうとしたイグニスの耳朶を打ったのはあり得ない音声であった。

 

『エレメントトラッシュ』の音声が背後で響き渡り、イグニスの心臓を突き刺したのである。

 

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