ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE11 錯綜

 

「雁首揃えて来ちゃって。取って来いくらいは出来たみたいだね、ヨハネ君」

 

 執務椅子に座ったユリーカが笑みを浮かばせる。癪で仕方がないが、マチエールが歩み出た。

 

「ユリーカ」

 

「何? マチエール。外の世界に触れて、ごめんなさいが言えるようになった?」

 

 挑発的な言葉にもマチエールは屈しない。大人の対応を見せるはずだ、と思っていたヨハネは次の瞬間、放たれた蹴り技に瞠目した。

 

 執務椅子の背もたれが破砕されている。それほどの威力を誇る蹴りだった。

 

「あんたにはウンザリ!」

 

 普通なら及び腰になるだろう。だが、ユリーカは臆する事もない。

 

「こっちこそ、こんなに愚かな相棒は願い下げだ」

 

 頭部のデデンネが鳴く。マチエールが踵を返した。おろおろとルイが声をかける。

 

『い、いいんですか? マスター。行っちゃいますよ、マチエールさん』

 

「構うもんか。行かせておけ。どうせ、一人で街は守れやしない」

 

「あんたこそ、机の上でしか戦えないくせに」

 

 毒づいたマチエールにユリーカは肩を竦めた。

 

「最小限の戦闘行為だ。私の存在は外に露見していない。それに比べて、キミはさ。目立ち過ぎなんだよ。前回に、今回だってそうだ。動かなくていい時に動き、動かなければいけない時に迂闊だ。そういう風だから、コロモリ使い一匹を取り逃がす」

 

 その声音にヨハネは悟った。ユリーカはコロモリ使いについて知っている。だが、ここで開示するつもりはないのだ。

 

「ユリーカ……さん。知っているんですね、今回の事件の首謀者を」

 

「だからどうする? ヨハネ君、キミならば分かるはずだ。誠意、というものが」

 

 誠意。口にすれば消えてしまいそうなその言葉だったが、ヨハネにはこの時、ユリーカの存在がなくては街を守れない事が実感出来た。自分達だけでは限界が生じる。

 

 何よりも、ユリーカは分かっているのだ。この事件の真犯人を。

 

 ならば、自分のプライドなどどうでもよかった。

 

 ヨハネは床に手をつき、ユリーカに土下座する。

 

「頼みます。ユリーカさん。僕達は、どうしても勝たなきゃいけない」

 

「ヨハネ君? 顔上げて! 何やってるのさ!」

 

「これが誠意って奴だよ。マチエール、キミには分からないものさ」

 

「やめさせるんだ! ユリーカ!」

 

「いいや、もう充分だよ、ヨハネ君。誠意は見せてもらった。マチエールがどう考えようとも、キミ達に協力したくなった」

 

「あたしは……、ヨハネ君、顔を上げて。あたしも、大人気なかった」

 

「私も冗談が過ぎたかな。もういいよ、ヨハネ君」

 

 そう言われてヨハネは顔を上げた。ユリーカはコンソールに向き合い、解析情報を回す。

 

「ルイ、ここまで出てきた条件に合致するトレーナーを炙り出す。難しくはないだろう?」

 

『それは、そうですが……、バディ再結成ですか?』

 

 嬉しそうに声を弾ませるルイにユリーカは告げる。

 

「ひとまずは、かな」

 

「あたしだって、完全に納得したわけじゃない」

 

「ただここは、ヨハネ君の顔を立てる、という名目でいい」

 

 ユリーカとマチエールの言葉にルイが嘆息をついた。

 

『……お二人とも素直じゃないですねぇ』

 

「ルイ、速く情報を集めるんだ」

 

 ルイが手を掲げるとあらゆる機械へとその指先から伸びた白銀の線が繋がれる。

 

 情報が瞬時に処理され、その結果がユリーカの操る端末へと送られてくる。

 

「絞り込みの条件付けを行う。キーワードは、無秩序、法則なし」

 

「……でもそれが引っかかりだから、相手が分からなかったんじゃ」

 

 ヨハネの言葉にユリーカはチッチッと指を振る。

 

「分かっていないのはそっちのほうだ。どうして無秩序に他人を襲わせる? Eアームズの持ち主ならば、法則なしで他人を襲うのもリスキーだ。野生個体だと疑われないため? そんな事もあるまい。第一、捕まってしまえばお終い。コロモリ一体くらい、ちょっとした手だれならばすぐに無力化出来る。それでもコロモリにこだわるのは、相手の劣等感の表れだ。弱いポケモンが複数の人間を殺す事に意味を見出している」

 

 高速でタイピングされて情報が弾き出される。投射されたのは一人のトレーナーの顔写真であった。

 

 見た事もない少年である。十歳になったか、そうでないかと言うほどの幼さ。

 

「こいつだ」

 

 だからか、その言葉にヨハネは目を見開く。

 

「何で……、子供じゃないか」

 

「私達も子供だが、こいつはもっとだな。経歴を軽く調べた」

 

 エンターキーが押されるとルイが経歴を読み上げる。

 

『どうやら恒常的ないじめに遭っていた様子。担任教員は分かっていながら黙殺し、彼の闇を育ませた。コロモリのトレーナー登録者の中でも最も弱いと目されます』

 

「そんな、レベルの低いポケモンとトレーナーが、何故?」

 

「逆だ。レベルが低いからEアームズなんかに頼る」

 

 印刷された顔写真をマチエールは引っ手繰った。

 

「これがあればいいんだよね?」

 

「ああ。マチエール、後は足で稼ぐといい。キミにはそれがお似合いだ」

 

「言われなくとも」

 

 マチエールが事務所を出て行く。ヨハネは追いそびれてしまった。

 

「その、僕も行きます」

 

「アイツだけでも充分だと思うけれど? なにせ、裏通りはアイツのほうがよく知っている」

 

「でも、ここ数日、マチエールさんと行動を共にした責任もありますし」

 

 その言葉にユリーカが手を止めて振り返った。何やら吟味するような眼差しである。

 

「キミ……変わっているね。マチエールなんかのために頭を下げたり、私みたいなのに敬語を使ったり、どう考えても異常だ。調べ回したいよ」

 

「調べ回ったって、僕は普通のトレーナーですよ」

 

 ユリーカはしかし、手を組んで笑みを浮かべた。

 

「どうだかね。私はキミこそが、マチエールの前回の戦闘を最小限に留めた、一種の要因なのではないかと思っている。マチエールだけではもっと目立っていたし、何よりも相手のEアームズに後手に回る事になっただろう。アリアドスアームズを無事破壊出来たのはキミの功績が大きい」

 

「いや、そんな。僕はただ、ちょっと手伝っただけで」

 

「アイツ一人では何も出来やしない。行ってやるといい。私はここで大丈夫だ」

 

 ユリーカが再びコンソールに向き合う。その背中へとヨハネは尋ねていた。

 

「その……Eアームズって何なんですか? マチエールさんからある程度聞きましたけれど、ポケモンの能力を拡張するなんて」

 

「異常かい? だがね、元々Eアームズは医療用、介助用だったんだ。足のないポケモンや手のないポケモンのために、この社会に貢献する開発であった。そう言えば、キミの見方も変わるんじゃないかな?」

 

 介助用。そのような事は初めて聞いたし、その事実があるのとないのとでは大違いだ。

 

 元々はポケモンを助けるための開発であった。だが……。

 

「だが、歪められた」

 

「開発、先駆者の分野なんてみんな歪んでいるものだけれど、機械によるポケモンの能力拡張、及び能力補完なんて悪用されないと思うほうがどうかしている。お察しの通り、あまりに強い能力の補完はそれによって新たな支配が可能なのではないかと思わせられた。それを先導する組織もある」

 

 赤スーツ達を思い返す。彼女らが、Eアームズを悪用する団体なのだろうか。

 

「マチエールさんが、変身するエスプリも、Eアームズなんですか」

 

「あれは特別だ。Eアームズを破壊するためのEアームズ。カウンターイクスパンションスーツと呼ばれている。まぁ、キミには推し量る事の出来ない代物だ。まだ、ね」

 

 手を払われる。話はここまで、という合図だろう。ヨハネは立ち去りかけて、ユリーカの背中を見やった。

 

 彼女はここで何を見続けてきたのだろう。

 

 この街の何かを見据えているような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マチエールは裏通りへと分け入っていくので追いつくのは至難の業だった。

 

 ようやくその背中を見つけると彼女は〈もこお〉と共に深部へと進んでいく。

 

「こんな、街の深くまで」

 

「潜らなくっちゃ見えない事もある。それに、顔写真で他人を特定したんだ。ある種の犯罪だよ。それなら、そういうのに精通しているヤツらに聞く」

 

 精通している連中、と考えてヨハネにはいい集団が思い当たらなかった。

 

「その……悪人?」

 

「情報提供者だよ。悪人、って呼ぶのは憚られる」

 

 裏通りにふと開けたところがあり、その片隅に人が座り込んでいた。奇妙ないでたちである。

 

 サンタ服に身を包んでおり、サングラスをかけていた。中年の男なのだが、そのサンタ服のせいで余計に奇抜に見える。

 

「サンタちゃん」

 

 マチエールが呼ぶと中年男が顔を上げる。その眼に驚愕の色が宿った。

 

「ま、マチエール? 何しに来たんだ?」

 

「そううろたえなくっても。情報源、サンタちゃんなら詳しいでしょ」

 

 対等に話すマチエールにヨハネは唖然としていた。相手が何者なのかも分からないのに、マチエールの声には躊躇がない。

 

 サンタ、と呼ばれた中年男はサングラスをかけ直した。

 

「今さ、新しいクスリにキマっているところだから、生憎と正常な判断は出来ないかもしれないけれど……」

 

「それでもいいよ。サンタちゃん、この街にいるトレーナーに関して言えばすぐに辿り着けるでしょ。この顔写真の子供」

 

 サンタはそれを受け取るなり、怪しげな機械を取り出した。赤い光を放っており、それが写真の情報を読み取る。

 

「出たけれど……、弱小トレーナーだな。トレーナーズスクールの在校生だ。成績もあまりよくない。素行は悪くないんだが、あれだね。勉強しても駄目なタイプ。いや、勉強すればするほどに、駄目さが際立つタイプかな。成績は中の下で、印象には残りづらい。いじめを受けていたようだが、それを誰も咎めなかったらしい」

 

 一瞬でそこまで分かってしまう機器は何なのだとヨハネは訝しげにしたが、マチエールは違う疑問を抱いたらしい。

 

「トレーナーズスクールって事は、ヨハネ君、知らないの?」

 

「この子の年齢なら、僕らとは違うクラスだったと思う。まだ、塾通いでも年齢差があるからね」

 

 知っていればすぐさま反応するのだが、クラスが違えば顔も知りえない。

 

 サンタはヨハネを窺って声を潜めた。

 

「誰? 彼氏?」

 

「いや、全然」

 

 すぐさま否定されてヨハネは少しだけへこんでしまう。

 

「まぁ、いいけれど。マチエール、この子、数日前から不登校だ。学校に顔を出していない。その代わり、と言っちゃなんだが、いじめをしていた子供達が傷害事件に巻き込まれている。順序がバラバラだから、これを事件として結び付けている人間はいないようだけれど」

 

 点が線になった。

 

 一見無秩序、法則なしの事件がここに来て意味を帯びてくる。

 

「やっぱり、意味があったんだ……」

 

「この子、どこにいるのか分かる?」

 

「それが、住所情報にアクセスしようと思うと攻勢防壁がある。これは組織立った代物だ」

 

 Eアームズを擁する組織が彼を守っている。その確信にヨハネとマチエールは視線を交わし合った。

 

「ありがと、サンタちゃん。これ、謝礼」

 

 手渡されたのは数枚の紙幣である。これだけの情報のためにマチエールは相当積んでいたようだ。

 

 サンタは受け取って笑みを浮かべる。

 

「ありがとさん。でも、気をつけなよ。こいつの情報が読めないって事は」

 

「相当な悪事に加担している可能性が高い。分かっているよ。忠告どうも」

 

「付き合いが長いから、こうして言っているんだから」

 

 サンタの声にマチエールは手を振った。ヨハネはその背に続く。

 

「あのサンタとか言う人、何者なんだ?」

 

「情報屋、って言うのかな。ミアレギャングの一角だよ」

 

 ギャング、という言葉にヨハネは思わず萎縮する。

 

「そんな、悪人みたいな……」

 

「悪人って、ギャングはギャングとしか言いようがないし、それにあたしだって無関係じゃないからね」

 

 どういう事なのか、聞き出そうとしたが今の自分にはその勇気がなかった。

 

「この子の名前も分からなかったわけなんだけれど」

 

「まぁ困るのはそれだけれど、ヨハネ君、ここからは君の役目だ」

 

 そう言われてヨハネはきょとんとする。

 

「何が?」

 

「トレーナーズスクールでかまをかけられるのは、君のような特待生だろう?」

 

 自分にも出来る事がある。それだけでヨハネにとっては意義があった。

 

「分かった、調べよう」

 

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