ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE125 愉悦

 

 影が凝っている。

 

 瞑想中に入ってくる人間に対して行うべき事はまず切っ先を向ける事。事情はその後で問う。

 

 それがガンピの信条であった。

 

 向けられた大剣の切っ先に対して、影は身じろぎもしない。

 

 分かっていて来たのか、と半ば呆れさえも浮かぶ。

 

「何の用だ、パキラ」

 

 女の名を呼んでやると、パキラは艶めいた唇から言葉を紡いだ。

 

「エスプリはどうだった?」

 

「羽虫の些事」

 

 その一言に集約されていた。パキラはくすくすと笑う。

 

「あのエスプリを羽虫と呼ぶなんて、あなたくらいよ」

 

「今の今まであれに手こずってきたのか。フレア団とやらも手ぬるいな」

 

「そう言わないで。エスプリは今までフレア団を散々手こずらせてきた。仇敵よ。それをあなたが倒す。なかなかに粋な立ち位置じゃない?」

 

「我はさしずめフレア団からしてみれば救世主、か」

 

 ふんと鼻を鳴らし、ガンピは立ち上がる。片手の筋力だけで持ち上げていた大剣の重さが今は心地よい。

 

 元々、鍛錬に限界はないと思っている。

 

 それが今回、Eスーツの適合者として現れるとは思っていなかっただけの事。

 

 座敷の奥には鎧武者さながら、フレアエルダースーツが鎮座している。

 

 今は上半身裸のガンピは己の鎧に目を留め、すっと大剣を突き出した。

 

 鋼のように鍛え上げられた身体。何もかもを徹底的に叩きのめす覚悟の肉体。

 

 ガンピは大剣の柄を握り直し、その場で居合いの太刀を放つ。

 

 空気中の分子が一気に剥がれ落ち、座敷の畳でさえも一斉に逆立ったのが気配で伝わった。

 

 それほどに、研鑽を極めた一撃。

 

 通常の敵ならば粉砕する。

 

 パキラが乾いた拍手を送った。

 

「いつもあなたってば、芝居めいているわね」

 

「芝居? この世は全て芝居よ。我々は、三千世界を歩き、酔いしれる一時の旅人に過ぎない」

 

 芝居の中で、どれだけ主役に近い地位を得られるかは全て、日々の鍛錬にかかっている。

 

 己がどれほどの位置にいられるかは己が一番よく知っているのだ。

 

 ガンピは大剣の刀身を睨んだ。

 

 戦いの前に刀身を見ると、その戦の決着が見えるという。

 

 それは戦いの日々に身を置いた武士のみが体現出来ると言われている強者の頂。

 

 今宵、ガンピの勝ちが見えた。

 

 大剣がエスプリの身体を貫き、その血潮が次の戦いへの糧となる。

 

 同時に、それが見えたという事は――。

 

「前回、仕損じたか」

 

 手を抜いたつもりはなかったが、相手とて必死であったのが伝わった。

 

 あの渾身の蹴りに全てが集約されているように思われた。

 

 灼熱と火炎。爆発による衝撃波。なるほど、通常ならば倒されているのはこちらであろう。

 

 通常ならば、の話であるが。

 

 ガンピは自らが凡夫であるという自覚はない。

 

 誉れ高い、戦士であるという自負がある。この場にいるパキラでさえも、自分の手にかかれば児戯であろう。

 

 それほどまでに四天王の中では力がずば抜けていると。

 

「しかしエスプリ。手強いという評は嘘ではないようだ」

 

「見えたのね? 今回の戦いの行方が」

 

「毎度、見え過ぎるというのもつまらないものよ」

 

 四天王になってから勝ち星が分かるようになった。否、それ以前から、ある程度の勝負運がついて回っている。己の負けがあるとすれば、それは死の瀬戸際のみ。

 

 それほどまでに、自分にとって敗北は縁が薄い。

 

 死と同義語と言い換えても全く遜色がないだろう。負ける時は恐らくこの命が潰える時。

 

 つまり、死でもってのみ、敗北の苦渋を味わう事が出来る。

 

 縁遠い感情を味わう意義など、ガンピには想像も出来なかったが。

 

「この剣で、エスプリを断ち割ればいいのだろう?」

 

「断ち割れるのならば、ね。正直なところ、イグニスも邪魔だけれど、あれは私が目的。下手に介入しても面白くないと踏んでいるはず。だからエスプリ単体を相手取ると思えばいい」

 

「エスプリか。あの業火の蹴りが、さらに強くなっていればあるいは、ではあるが」

 

「何? あなた、敵に期待しているの?」

 

「期待? せぬほうがどうかしている。我は今まで常勝。この記録を塗り替えられる時、我はさらに成長できる」

 

「前向きね」

 

「前しか見ていないと評されているようなものよ」

 

 ガンピは鎧を身に纏い、修練場から出て行く。

 

 エスプリとの決着をつけるため。何よりも、自分に課せられた使命だ。

 

 強者との戦いで得るものがる。それが何であれ、自分はさらなる高みへと至れる。

 

 楽しみで仕方がない。

 

 戦闘の愉悦にガンピは静かに、口元を綻ばせた。

 

 

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