右足を軸にしてエスプリが一歩、一歩と炎を滾らせながらガンピへと駆けていく。
ガンピは動かない。
その攻撃を満身で受け止めようというのだ。
どちらが無茶なのか。
それは次の瞬間に決するであろう。
飛び蹴りの姿勢を取ったエスプリの蹴りがガンピへと突き刺さり、直後、大気を割る烈風が弾けた。
火炎が舞い上がり、火の粉が宵闇を融かしていく。
高空展開していたヨハネでさえも煽りを受けかねなかった。
それほどまでに高密度な一撃。
火炎の中、通常ならば焼け落ちているであろうガンピを、ヨハネはしかし、その眼で捉えていた。
エスプリは蹴った後の姿勢だが、ガンピは立ち竦んでいる。
勝ったのか、と判じかけた瞬間、冷たい声音が弾ける。
「――やはり、その程度か」
ガンピが大剣を振るう。それだけで炎が霧散した。
エスプリは、というとほとんど黄金の光が消え失せている。
満身創痍のエスプリへと、ガンピが歩み寄るがエスプリは咄嗟に振り向けないほどに疲弊していた。
薙ぎ払われた大剣の一撃にエスプリが無様に地面を転がる。
「どうやら渾身の一撃であったようだが、届かなかったようだな」
「嘘だ……そんな。届かないなんて……」
嘘だと叫びたい。
しかしひりついた喉は答えを先延ばしにする。
その間にも、ガンピが這い蹲ったエスプリを足蹴にした。
「立て、敗者。負ける側には負ける時なりの義務がある」
エスプリが立ち上がれないでいるとガンピはふんと鼻を鳴らした。
「……立てないのならば、その身に刻め。敗北というものを。そしてもう二度と、我の前に立つな」
ガンピが剣を携え、バックルのハンドルを引く。
『エレメントトラッシュ』の音声を前にしてエスプリは対抗策どころか、立つ事も儘ならない。
ガンピの身体がエネルギーの皮膜に包み込まれる。
恐ろしく密度のある体当たり。その末に待っているのは身体を両断する太刀。
それが放たれるかに思われた。
ヨハネはここで立ち塞がらなくて、何が助手だ、と感じていた。
「クロバット! 僕を降ろしてくれ! やっぱり、もうエスプリは……」
萎えそうになった気力ではあるが最後の盾にはなる。
そう判じたその瞬間、空間に声が響き渡った。
「情けないぞ! 何だそのザマは! マチエール!」
その声音にヨハネだけではなかった。
全員がハッとその方向を注目する。
工場地区に入る門扉の前で、憮然と佇むのは金髪の少女。その名前を自分は知っている――。
「ユリーカ……さん?」
信じられなかった。ユリーカはフレア団に軟禁されているはずである。
だというのに何故。
エスプリも同じようで困惑している。
「何で、ユリーカ……」
「情けない! 私がいなければ、こんなにも! お前は情けなく負けるのか? 言っておくが、負ける時でも絶対に諦めるなと言ったのはお前のほうだぞ。だというのに、ここまで来てその醜態……恥を知れ!」
ユリーカの罵詈雑言に戸惑っているその時、ガンピの背後の空間へと、高速で降り立つ何かがいた。
「後ろか!」
振り返り様の斬撃はしかし、空を裂く。
「どーこ狙ってんのさ。遅いね、まったく」
空間に立ち現れたのは青い装甲に銀の血潮を滾らせた――イグニスであった。
胸部装甲が開いており、内部の核が輝いている。
「イグニス……コルニなのか……?」
イグニスがガンピの剣を翻弄する。
その間にエレメントトラッシュのエネルギーは霧散してしまった。
「時間切れ。残念だね」
「貴君、何奴……」
「なぁに、ちょっとした野暮用で来たわけ」
イグニスは這い蹲っているエスプリへと接近すると、その腹腔を思い切り蹴り上げた。
咳き込んだエスプリへとイグニスは声を投げる。
「しゃんとしろって! アタシに、やり方が間違っているって言ってのけたあのエスプリはどこへ行ったのさ! やり遂げるのならば、最後までやりなよ! それこそ、命を賭けて」
その言葉にエスプリが声を漏らす。
「命……あたし、でももう」
「それで終わりなら、私はお前と組んだつもりはないぞ」
ユリーカが歩み出てエスプリに言葉を投げかける。
「ここで終わりのバカなら、私は組んだつもりはない」
エスプリは萎えかけた身体に熱を通すように膝を叩いた。よろり、と立ち上がったエスプリの躯体に再び闘志の炎が宿る。
「……うるさいな。馬鹿、馬鹿って」
「死人は! 倒れ伏していろ!」
薙ぎ払われた大剣の一撃をエスプリはバック宙で回避して距離を取った。
再び構えられるのは飛び蹴りへの布石である。しかし、次の一撃に賭けるそれは尋常ではない集中力であった。
黄金の輝きが全身に至り、直後、その光が反転する。
手首と足首から黄金の炎が点火した。
ラインが全て金色に染まり、エスプリのバイザーの両目へと雷撃のような文様が至っている。
その文様はデュアルアイセンサーを経由し、赤く輝かせた。
「ここで潰えろ。敗北者!」
ガンピがバックルのハンドルを引く。『エレメントトラッシュ』の音声が響き渡り、大剣をその場に突き刺した。
地面のエネルギーが大剣からガンピへと流れ込み、飛び退ったガンピの眼窩が赤く輝いた。
悪鬼の様相を呈したガンピに対し、エスプリはすっと両腕を身体へと寄せていく。
その瞬間、地面に文様が刻み込まれた。
開いた蓮のような文様がエスプリの両足に至り、照り輝く。
直後、動き出したのは両者同時だ。
ガンピが跳躍し、大剣を足がかりにしてさらに跳んだ。両足蹴りである。
それに比してエスプリも跳んだ。
今までの片足蹴りではない。
こちらも導き出した答えは、――両足蹴りであった。
両者が空中でぶつかり合い、もつれて落下する。
静かであった。
莫大なエネルギー同士が相克したとは思えないほどの静寂。ヨハネは最初、打ち損じたものだとばかり感じていた。
その一撃がお互いの身体に突き刺さったにもかかわらず、それは意味のない攻撃として受け流されたと。
エスプリは倒れ伏したまま立ち上がらない。
固唾を呑んだヨハネの眼に映ったのは、よろりと立ち上がったガンピであった。
ガンピが倒れ伏すエスプリを見やり、夜空に咆哮した。
「見よ! 勝った! 我の勝ちだ!」
だが、それにしてはあまりにも、とガンピも訝しげになる。
爆発も起こらなければ、衝撃波もまるでない。
エスプリを倒した余韻など、全く存在しない。
「あるいは、このような静かな決着こそが、エスプリの最期に相応しいのかもしれないな」
そう呟いたガンピが歩み出した途端、その膝を折った。
まさか、とヨハネはガンピの黒い鎧に浮かび上がった印を目にする。
赤く、黄金に染め上がったエスプリの蹴りの印が熱く煮え滾る。
「馬鹿な! 我が渾身の一撃が!」
ガンピが振り返ろうとしたその時、印を中心として亀裂が走った。
瞬時に亀裂が溶岩の如く沸騰し、ガンピの鎧を切り裂く。
直後、であった。
イグニスがヨハネとユリーカを守るように前に出る。
火柱である。
膨大な熱量の火柱が立ち上った。
あまりの爆発力に空間が震え、夜が割れたようであった。
宵闇を切り裂いた赤い亀裂の中に佇むのは、全身に黄金の血潮を行き渡らせたエスプリである。
火柱が鎮まった場所に忽然と立ち竦むエスプリは己の身体に流れる血潮を目にして呟いた。
「金色の、血……」
それだけではない。エスプリのヘルメットにも黄金の意匠が至り、両目を彩っている。
雷の如く奔った文様がその怒りと能力を体現していた。
「エスプリ!」
ユリーカの声にエスプリが向き直る。
ガンピは身体の芯まで焼かれており、欠片さえも残らなかった。
工場地帯の片隅で火が燻っている。
「これが……エスプリの、真の力」