ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE147 復讐

 

「よく……ここが分かったわね。コルニ……いいえ、イグニス、と言ったほうがいいかしら」

 

 パキラが振り仰いだのは要人のために造られたシェルターであった。当然の事ながら政府のお歴々以外には全くの極秘。このような場所を使えるのは四天王の身分である自分だけ。

 

 佇むイグニスには幾重もの傷がある。ここに来るまでにセキュリティシステムが起動し、その道を阻んだはずだというのに。

 

 ――全てのセキュリティを超えて来たというのか。

 

 その執念。何もかもを超えていく怨念めいた執着にパキラは口角を吊り上げる。

 

「あなた、やっぱり、見込んだ通りだったわけね」

 

「アタシは、見込まれてここに来ているんじゃない」

 

 イグニスが双刃を振り翳し、こちらを睨み据える。

 

「――アタシのために、ここまで来たんだ」

 

「よく言うけれど、私は負けるつもりはないし、ここでやられる気もない。言ったでしょう? 賽は投げられた。最終兵器を止めようにも私の命一つでは贖えない」

 

「贖う? 何を言っている? アタシは元より、復讐に生きているんだ」

 

 肉迫したイグニスに放たれたのは炎熱であった。

 

 炎のフィールドがシェルター内部を押し包む。

 

 パキラは傍に佇む二体のポケモンを従えていた。

 

 片や、立派な鬣を有するポケモン。もう一体も同種であったが、鬣は背筋に伸びていた。

 

「カエンジシ。言っておくけれど、嘗めない事ね。私だって、四天王の一角。その実力は、ただ単にコネでのし上がったわけじゃない」

 

 カエンジシが吼え、炎のフィールドを波打たせる。

 

 その中で、イグニスが腕時計型の端末に手を伸ばそうとした。

 

「させない。カエンジシ、炎のフィールドの炎熱を変更なさい」

 

 その一声だけで、炎の熱量が二倍近くに膨れ上がる。イグニスはボタンを押したが、変身は成されなかった。

 

「何で……」

 

「精密機械と見たわ、その腕時計。だったら、ちょっとした熱量変化で異常を来たすのは目に見えている。突然に倍近く熱を上げてやれば、機械は磨耗し、機能しなくなる」

 

 イグニスが膝を折った。

 

 当然の事ながら鎧を身に纏っているイグニスは生命維持に限界が生じているはずだ。

 

「何で……」

 

「何か、辞世の句でもあるのかしら?」

 

「何で、ここまでの実力者でありながら……じィちゃんを殺した!」

 

 決死の言葉であったのだろう。

 

 だがパキラからしてみればつまらない事を聞くのだな、という一事であった。

 

「メガシンカを司るコンコンブル、彼を殺すのに迷いなんてあるわけないでしょう。メガシンカ技術はフレア団のためにあったのだから。お陰でフレアエンペラースーツというものが完成したけれど、あれも張りぼてね。王なんて、最初から要らなかった。私が天に立つために、ブラフになってくれさえすれば、ね」

 

「そんな事のために、じィちゃんを殺したって言うのか」

 

「そんな事? 組織でのし上がるのは当然の事よ。それに、支配が欲しいのも当たり前。あなた、何を勘違いしているのか分からないけれど、私が組織に忠誠を誓って、なおかつ四天王の地位に甘んじているとでも思った? 私はね、支配が欲しいのよ」

 

「支配、だって……」

 

 パキラは両腕を振り翳して最終兵器のコンソールを見やる。

 

「だって、こんなにも、この世界は素晴らしいのだもの。それを支配するなんて快感に違いない。でも、私が矢面に立って、それで支配するのでは反感がある。だからフラダリやシトロンを利用させてもらった。まぁ、最終兵器起動の前では、この二人は死んだも同然なんだけれど」

 

 切り捨てた男達など知った事か。その言い草に、イグニスがやおら立ち上がった。

 

 まだ立ち向かう体力があったとは。少しばかり嘗めていたか、とパキラは指示を飛ばす。

 

「カエンジシ。フレアドライブ」

 

 カエンジシが全身から炎を発し、火炎の塊となってイグニスへと猪突する。

 

 イグニスはそれをまともに受けた。防御も儘ならないイグニスへと、二体のカエンジシによる連携攻撃が突き刺さる。

 

「どう? これが四天王の実力!」

 

 イグニスのEスーツに亀裂が走った。

 

 双刃を杖代わりにしてようやく立っているという様子だ。

 

「……お前は、何でアタシを利用した」

 

「一番使えると思ったのよ。クセロシキの研究成果も欲しかったし、何よりも復讐に駆られているあなたなら、簡単に篭絡出来ると思った。何も見えていないあなたなんて、いつだって切れたし。まぁ、俗に言う、馬鹿とハサミは使いよう、という奴ね」

 

 イグニスが抵抗しようとするが、カエンジシ二体による相乗した「かえんほうしゃ」に焼かれ、身動きすら取れないようであった。

 

 ザマないな、とパキラは感じる。

 

 どれだけ高尚な理念を描いたところで、どれだけ復讐に身を焼いたところで、所詮弱ければ地を這い蹲るしかない。

 

 弱者はこの世の敵なのだ。

 

 勝者の理論のみがまかり通り、弱者は死ぬか、口を閉ざすしかない。

 

 それが世の理。

 

 パキラの人生は全て、それに集約された。

 

 勝つための理論を組み上げるのに、何も実力だけを上乗せする必要はない。

 

 謀略もまた、実力の内だ。

 

 イグニスがあまりの炎熱に力尽きようとしているようであった。パキラはそこで、二体のカエンジシの攻撃を中断させる。

 

「どう? コルニ。あなた、私の下についてみない? もうフレア団もなくなるし、新しい組織の力というのも必要になってくる。天才、シトロンも死に、フラダリも死ぬ。そうなれば必然的に新たな実力者が必要になってくるのよ。その先駆けになろうって気はない?」

 

 悪い話ではないはずだ。

 

 少なくともここで死ぬよりかは有益のはずである。

 

 しかし、イグニスは双刃を振り翳し、焼け焦げた鎧を持ち上げさせた。

 

 復讐の青い炎が内側で燻っている。

 

「ふざけるな。アタシは、何もかもを投げ打ってここにいる。新しい支配? 新しい力? そんなもの、どうだっていい」

 

「どうだって、いい?」

 

 ぴくりとパキラが眉を跳ねさせる。

 

 あまりに強気な言葉を吐くものだからパキラは片手を薙ぎ払った。

 

 カエンジシの突進攻撃がイグニスの腹腔に突き刺さる。

 

「言いなさい。私に従う、と」

 

「……嫌だね」

 

「カエンジシ! 焼き尽くしてやりなさい!」

 

 最早猶予は存在しない。従わない駒ならばすぐに殺してしまえばいいのだ。

 

 カエンジシが再び火炎を吐き出そうとしたその時、放り投げられたのはモンスターボールであった。

 

 そういえば、とパキラは回顧する。

 

 ルチャブルの〈チャコ〉は、どこへ行った?

 

「〈チャコ〉。そいつに決めるのは、どうやらアタシの役目じゃないらしい。あんたの役目だ」

 

 空中でモンスターボールが割れ、ルチャブルが腕を組んで飛び出した。

 

 その眼差しには憎悪が浮かんでいる。

 

 やられた、とパキラは感じていた。

 

 今の今までルチャブルを隠して戦っていたのか。

 

「でも、カエンジシの敵じゃない!」

 

 もう一体のカエンジシがルチャブルへと攻撃を見舞う。

 

 それよりも素早く、ルチャブルはカエンジシの背後へと回り込んだ。

 

 放たれたのは拳と蹴りのみ。だが、的確に急所を狙った攻撃はカエンジシを戦闘不能にするのに充分であった。

 

 ルチャブルがこちらへと目を向ける。

 

 パキラは虚勢を張った。

 

「馬鹿ね! 所詮はポケモンよ! 私はさらに上を行く事が出来る! ファイアロー!」

 

 繰り出されたのは真紅の鳥ポケモンであった。鋭い嘴と風を切る翼を有している。

 

 ファイアローはその特性ゆえに格闘タイプにしてみれば弱点足りうる。

 

「ファイアローの特性は疾風の翼! 先制で決める! ブレイブバード!」

 

 ファイアローの姿が黄金に彩られ、瞬時に閃光の如くルチャブルを突っ切った。

 

 ルチャブルは習い性で回避したものの、その肩口からは鮮血が流れている。

 

 ファイアローはその素早さ、攻撃力共にトップである。どう考えてもルチャブルで戦える相手ではない。

 

「今なら、まだ許してあげるわ、コルニ。私と共に来なさい」

 

「お断りだね。アタシは、もう自分の道は自分で決める」

 

「そう……残念ね!」

 

 カエンジシが二体同時に炎熱の中に身を浸し、イグニスへと突っ込んだ。

 

 援護しようとしたルチャブルをファイアローが妨害する。

 

「あなたの主人は賢くない道を選んだようね。ここで焼き尽くされ、あなたはファイアローにズタズタにされるのよ。これで、そう! これで終わり!」

 

 ファイアローが再び黄金の光を帯びて瞬間的に速度を増す。ルチャブルに突き刺さりかけたその一撃に、赤い光が投げかけられた。

 

 粒子となってルチャブルがモンスターボールに戻される。炎の中のイグニスがそれを握り締めた。

 

「心中がお望みみたいね。それとも、ポケモンへの優しさのつもり?」

 

「……ゴメン、〈チャコ〉」

 

「謝ったって! あなたに下される判決は死よ!」

 

 パキラはイグニスが最早勝負を投げたのだと思い込んでいた。だからこそ――次の瞬間の行動には絶句した。

 

 イグニスが胸部装甲を力ずくで引っぺがし、内部を露出させたのである。中央に輝く核を取り払い、その代わりにモンスターボールを埋め込んだ。直後、青い輝きがシェルターの中を満たした。

 

 覚えず眩惑されたパキラが手を翳す。

 

 胸部装甲を中心に広がった波紋がイグニスの装甲を青く満たしていく。その鼓動が拡張し、イグニスのバイザーが口元の部分までせり上がった。

 

「まさか、これがズミを下した……イグニスの真の姿」

 

「Eフレーム、ファイナルイグニッション! 瞬神超者、イグニスコアハート、ファイナルフレイム!」

 

 装甲がパージされ、イグニスコアハートの内部で燻っていた青い炎が全身に纏いつく。

 

「カエンジシ! 炎で焼き尽くしなさい!」

 

 カエンジシ二体の炎が相乗するも、イグニスコアハートはその炎さえも吸収し、身体に纏いつく炎熱を強化させた。

 

「炎の鎧を纏っているって言うの……でもそんなの、内部にいるコルニ本人が持つわけ……」

 

「そうだ。だから、もうこれが本当に最後」

 

 イグニスコアハートが双刃を振り翳す。双刃から放たれた光がカエンジシを怯ませた。

 

 瞬間的にその姿が大写しになる。

 

 肉迫してきたあまりの速度にパキラは気圧された。

 

「ファイアロー! ブレイブバード!」

 

 ファイアローが黄金の輝きを誇ってイグニスコアハートへと突撃する。

 

 イグニスコアハートを確実に仕留めたかに思われたその一撃はしかし、侵食する炎に阻まれた。

 

「いいの、あなた……死ぬわよ」

 

 Eスーツの限界点を遥かに超えている。

 

「それでも、アタシは」

 

 前に進む。その意志がありありと窺えた。

 

 パキラはファイアローにさらなる攻撃を命じる。

 

「フレアドライブ!」

 

 接触点から炎が弾かれ、イグニスコアハートを焼き尽くそうとした。炎がのたうち、バイザーが炎熱で罅割れる。

 

 眼窩の部分が落ち窪み、破砕した。

 

 その奥から覗くのは意志を携えた眼差しであった。

 

「アタシは……戦い抜く!」

 

 全てを捨てた少女の最後の一声であった。

 

 復讐のために掲げられた双刃がファイアローを退け、パキラを袈裟斬りにする。

 

 その一撃にパキラは膝を折った。

 

 イグニスコアハートも限界が近いらしい。

 

 荒い呼吸の中、その刃の切っ先をこちらに向けた。

 

 王手である。

 

「……まさかここまで、やるなんてね」

 

「パキラ……いや、ファウスト。あんたは何で」

 

「私は、悪に生き、悪に死ぬのがお似合いなのよ。そういう星の巡り会わせというものがある。そういうのを知っていると、女は何度でも生まれ変われる」

 

「ファウスト……」

 

 パキラは切り裂かれた部位を押さえて自嘲する。

 

「結局……悪魔と契約したのはあなたではなく、私であったという事ね。ファウストは悪魔の計略にはまり、最後、墓穴に埋もれて死ぬ」

 

 ここが墓穴か、とパキラは手の中にあるボタンを押し込んだ。

 

 最終兵器発射のカウントダウンが始まる。

 

「何をした!」

 

「全てを終わらせるのよ。フレア団の最終目的、私は支持していなかったんだけれど、でもまぁ、この終わりも、悪くはない」

 

 イグニスが鎧を解除する。

 

 プロトEスーツは青い炎に包まれて焼却されていった。

 

 使い物にならないスーツを脱ぎ捨てたコルニがパキラを揺さぶる。

 

 パキラはフッと笑みを浮かべた。

 

「何で、あなた、泣いているの?」

 

 コルニ自身も伝う涙に困惑しているようであった。必死に拭い去り言葉を継ぐ。

 

「分からない、分からないよ……。でも、アタシ、どこかで、あんたに感謝もしていたのかもしれない。ファウストがいなければ、アタシはここまで来れなかった」

 

 皮肉なものだ。自身の仇の存在が彼女をここまで来させる原動力になっていた。騙していたのに、欺いていたのに、それがいつの間にか真実になっていた。

 

「感謝されるいわれはないわ。私は一人で死んでいくの。コルニ、あなたは行きなさい。最終兵器発動の際、ここにいれば被害を免れるわ。その後の世界をどう生きるのかは、あなた次第……」

 

 その言葉が最期の声となった。

 

 事切れたパキラを抱えてコルニが慟哭する。

 

 死んで欲しくなかったといえば嘘になる。だが、仇を取ったところで、虚しいだけであった。

 

 今まで自分を導いてくれたのは間違いようもなく、パキラでもあったのだ。

 

「ファウスト。アタシは……」

 

 最終兵器のカウントが一分を切った。

 

 最早猶予はない。

 

 コルニはミアレのユリーカに通信を繋いでいた。

 

 

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