「……そうか。パキラを倒したか」
ユリーカはしかし、フレア団のシステムデータベースへのハッキング作業に忙しかった。
ルイを用いても最後の最後、最終防衛ラインを突破出来ない。
「何とか別の方法で最終兵器を止められないかと考えていたのだが……、一分もないだと……。ヨハネ君!」
ヨハネはつい先ほどまで同調して意識を飛ばしていた反動でよろめいていた。
しかし、力のある声音で言い放つ。
「僕にも、出来る事があるのなら……」
「コンソールに取り付いてくれ。私だけじゃさばき切れない」
「分かりましたけれど、もう三十秒もない……」
分かっている。防ぎ切れない。ミアレに降り注ぐ最終兵器の光を防ぐ手立ては存在しない。
それでも、最後まで足掻こう。
それこそが自分達に課せられた使命なのだから。
『残り十秒しかねぇ! 諦めろ! ユリーカ、ヨハネ! 照準をずらす事も出来ねぇし、ミアレはもう……』
終わった、とルイが宣言した瞬間であった。
光だ。
光の雨が降り注ぎ、ミアレという街を埋め尽くすのが分かった。
最終兵器の光。
薄紫色の命の光が、絶望の淵へと人々を陥れようとしている。
ユリーカは覚えず目を瞑った。
ヨハネも終わりを感じてか、「ゴメン」と言葉を添える。
しかし、何も起こらなかった。
破壊も、死も、何も巻き起こらない。
その感触にユリーカが疑問を浮かべた。
「おい、最終兵器は……」
『……ユリーカ。どうやらあれが、完成したらしい』
ルイの声音にユリーカは反射的にハンサムハウスを飛び出していた。
その眼差しの先に映ったのは、最終兵器の光を片腕で抑えている何かであった。
灰色の鎧を身に纏い、全身に白いラインが輝いている。
有機的なその姿は人間か、と思わせたが、あまりに白い体躯と、紫色の尻尾がそうでないのだと主張していた。
あれこそが、フレア団の真の切り札。その名は――。
「……ミュウツー」
遅れて飛び出したヨハネがその姿を目にして震撼する。
「あれが、ミュウツーだって言うんですか……」
ミュウツーは軽く手を払う。
それだけの動作で最終兵器の光が鎧の中へと吸収されていった。
ミアレ全域を覆った薄紫の光を取り込んだミュウツーの鎧に同じ色のラインが輝く。
『これで、ミュウツーは最終段階に至った』
響き渡った声の主は、ユリーカのよく知る相手であった。
街頭モニターにその姿が映し出される。
「シトロン……!」
『市民の諸君、安心して欲しい。偽りの王は暴かれ、ミュウツーが全てを支配する。フレア団の真の王は、この人造ポケモン、ミュウツーだ。諸君らに見せよう。王の雷を』
ミュウツーが片腕を掲げる。その掌の上で練り上げられていくのは紫色の球体であった。電磁を放出してそれが形を成した瞬間、ミアレの高層建築へと攻撃が放たれた。
『サイコブレイク』
瞬間、膨れ上がった放射熱が高層建築を焼き尽くす。キノコ雲が上がり激しい光と熱の渦がミアレを一気に地獄へと染め上げた。
悲鳴が連鎖する中、シトロンが言い放つ。
『これが、最終兵器を手にした最強のポケモンの力だ。最終兵器でさえもミュウツーの前ではその力を増強するための踏み台でしかなかった。さて、ここで相談だが、ミュウツーによる支配を受ける受けないか、キミ達に問いたい。なに、そう難しい話じゃないよ。今までフレア団が実効支配してきたこのカロスという不浄の地に、人造ポケモンが降り立つだけの話だ。ミュウツーに敵うポケモンなんていないし、エスプリなんて論外だよ。ミュウツーは逃げも隠れもしない。エイセツシティ、ポケモンリーグ本山へと、ミュウツーは来る三日後、攻撃を仕掛ける。その時こそ、新たなる支配の誕生だ。ミュウツーを倒したければそうするといい、カロス地方の人々よ。ただ、今の攻撃を見て純粋に、ミュウツーを倒せると思うかどうかは分からないけれどね』
シトロンの映像が途切れ、ミュウツーが音もなく飛翔していく。
空を舞う悪魔の姿に、ミアレの人々はただただ言葉をなくすばかりであった。
「最強の駒に仕立て上げてくれて、助かりましたよ。オーキド博士」
その言葉にオーキドはカプセルから出たミュウツーを思い返す。
四十年前とはまた違うミュウツーの誕生であった。
あの時はフジがストッパーになったが、今は誰も止める手段を持たない。
ミュウツーを破壊するのには最早、完成されつくしている。
「ワシは、またしても、間違いを犯した」
「いいえ、間違いなんかじゃない。これで、カロスはミュウツーのものだ」
「お主は、何がしたい? フラダリという張りぼての王を暴き、パキラを死なせ、その上でフレア団の玉座に立とうというのか」
「心外ですね。ぼくにそこまでの野心があるとお思いで?」
肩をすくめるシトロンにオーキドは言いやる。
「少なくとも、王と呼ばれた男を引き摺り下ろすほどじゃ。それなりの野心はあると見た」
「野心というのは形容の仕方の違いですよ。ぼくには、そんなものは要らない。名誉も、栄冠も何もかも、くれてやってもいい。幸いにしてパキラが四天王を無駄遣いしてくれたお陰で国防は手薄も同然。カロスは墜ちた」
その確信はあった。自分でも驚くほどの成果だ。
――ミュウツーは名実共に、最強のポケモンであるだろう。
四十年前の初代ミュウツーを遥かに凌駕する性能を持つポケモンだ。ただ、理解出来ないのはそのミュウツーに与えられた枷である。
「どうして、カウンターEスーツをミュウツーに?」
「首輪ですよ、博士。ミュウツーほどの強さならば人間に逆襲してもおかしくはない。でもカウンターEスーツを纏っている以上は、ぼくに隷属せざるを得ない」
そのために、エスプリからわざわざカウンターEスーツを奪い取り、この期を狙っていた。
シトロンという男は全てを読んだ上でここに立っているというのか。
「分からんな。ミュウツーにやらせるのはカロス地方の支配じゃろう」
「違いますよ。何を勘違いしているんですか。ミュウツーがやるのはカロスの支配なんて生易しいものじゃない。カロスの破壊です」
「何が、お主をそこまで駆り立てる? どうして、カロスを破壊したい?」
「破壊者に理由が要りますか? 最高の素材ですよ、博士。最終アナイアレイターとして、あのミュウツーは完全だ。今までの研究が全て実を結んだ。Eアームズも、Eスーツも、全てこの時のためにあった」
破壊者に仕立て上げるために、今までの犠牲があったというのか。それはあまりにも横暴である。
「ミュウツーが何を望んでいるのか、聞きもしないんじゃな」
「ミュウツーも望むのは破壊のはずですよ。あのポケモンは最も残虐な精神を持っている。そういう風にぼくが造った」
そう、通常通りに造られたのならばミュウツーはそういうポケモンのはずだ。
通常通りならば。
「ワシは、もう出て行く。ここにいる意味もない」
「意外ですね。オーキド博士。あなたは、最後の最後まで、見守る義務でもあるのだとそう感じていると思いましたよ」
「未来を作るのはワシのような老いぼれではあるまい。ワシは、エスプリにこれを報せに行く」
「無駄ですよ。最早、ミュウツーは放たれた。完全体です。止める手段なんてない」
「それでも、お主はエイセツシティに留めた。三日間。その理由は……」
自分でも止めて欲しいと思っているのではないか。その勘繰りを払い落とすようにシトロンは身を翻す。
「いいですよ。博士、あなたの今後は自由です。エスプリ側に戻っても構わない。ただ、あなたは悪魔を造った。それだけはゆめゆめ忘れぬよう」
出て行ったシトロンの背中を見送ってから、オーキドはこの時のためにと備えておいたシステムバックアップを呼び戻す。
ホロキャスターにコピーしておいたこのシステムこそが恐らく打倒ミュウツーの鍵となるだろう。
「ワシは、もう二度も間違った。だが未来を正すのは、若者の役目じゃ」
ラボの電源を落とす。
最早使い物にならないであろう、ミュウツー専用ラボは沈黙した。