ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE FINAL 愛をください

 

 荒れ果てたエイセツシティの雪花は平時の美しさを失っていた。

 

 砂塵のように混じっているのは人死にの鮮血と、失われた兵器の廃棄物だろう。

 

 マチエールは〈もこお〉を引き連れ、エイセツシティの土を踏んだ。

 

 一度だってミアレから出ようとも思わなかったが、来ようと思えばカロスはどこへでも行けるのだな、というのが単純な感想だった。

 

「行こう。〈もこお〉」

 

 マチエールは雪原を踏み締めつつ、鈴なりのホルスターに留めたポケモン達を自覚する。

 

 ――ヒトカゲは最も長い相方だ。何度も助けられた。この先もきっと助けになるだろう。

 

 ――ニョロトノは頼りになった。ハンサムの影を一番に感じさせてくれたポケモンでもある。どうか、その存在が長く続きますように。

 

 ――アギルダーはいつも最前線で戦ってくれていた。戦局を切り拓く役目のこのポケモンに何度助けられたのか分からない。ユニゾンした際には貴重な目となってくれていた。

 

 そして、と振り返った先には〈もこお〉がいる。

 

 右も左も分からぬうちから共にいる存在。きっと、誰かがくれた祝福の形なのだろう。

 

〈もこお〉は、最高の相棒は読めない眼差しのままであったが、今ならば分かる。

 

 その眼差しがいつでも見守ってくれていた。

 

 自分が間違えてしまいそうな時、いつでも見てくれていたのだ。

 

 感謝してもし切れない。マチエールは歩みを進めようとした、その時である。

 

「マチエールさん!」

 

 最初、幻聴かと思った。

 

 だが、テレポートでこの場所に運ばれてきた彼は見間違えようのなかった。

 

「ヨハネ君……」

 

 ヨハネはフーディンのテレポートを使い、この場に赴いてくれていた。

 

「ミュウツーは、この先に?」

 

 尋ねた彼にマチエールは頬を膨らませてやった。

 

「うん。でも、君は間が悪い。あたし、後悔が残るの嫌だから、この場所までは一人で来たんだよ? ユリーカだって同行を拒否させたんだ。それを、君が破ってどうする」

 

 その言葉にどこかばつの悪そうなヨハネは視線を彷徨わせる。

 

 それが可笑しくって、マチエールは腹を抱えて笑った。

 

 不思議であった。

 

 最後の戦いなのに、命が終わるかもしれないのに、ここまで心が穏やかだなんて。

 

 フラダリとの決着もついた。もう、思い残す事は何もないと思っていたのに。

 

 ヨハネが現れたせいで、全てがぐちゃぐちゃだ。覚えず文句を漏らす。

 

「あーあ! あたし一人で何もかも終わらせるつもりだったのにな!」

 

 ヨハネは言葉を躊躇っていたが、やがて意を決したように声にする。

 

「マチエールさん、僕は、エスプリの助手だ」

 

「うん? そんなの分かってるよ」

 

「でも、助手ってのは、探偵がいないと成立しない」

 

 ヨハネが拳を突き出す。思わずきょとんとした。

 

「――帰ってくると、誓って欲しい」

 

 ああ、そういえば。マチエールは思い返す。

 

「君と最初に出会った時もそうだ。こうして、拳を突き合わせて……。でもあの時とは逆だね。あたしがいつも、突き出す側だったのに」

 

 いつの間にか、彼も頼りになる存在になっていた。自分にとってかけがえのない人に。

 

 マチエールはその拳にコツンと自分の拳を突き合わせる。

 

「僕はいつまででも覚えている。あの日、流星雨の夜の事を。エスプリに出会った日の事を」

 

 お互いにあの日を境に全てが変わったのだ。

 

 ヨハネは真っ直ぐに自分を見据えている。

 

 応えるべきだな、とマチエールは感じた。

 

「あたし、本当は怖い」

 

「知っている」

 

「……死にたくない」

 

「知っている」

 

「カロスのためだとか、そんなのどうだっていい。あたしは、いつまでもただの探偵でいたかった」

 

「それも、全て分かってる」

 

「分かっていても、君は止めないんだね」

 

「止めても行くんだろう?」

 

「分かってるじゃん」

 

 マチエールは懐からバックルを取り出した。〈もこお〉をボールに戻し、バックルに装填する。

 

 最後の変身だ。

 

「ヨハネ君、見ていて。これが、探偵戦士、エスプリの決着だ。Eフレーム、ファイナルコネクト!」

 

 待機音声の響く中、アタッシュケースから弾き出された黒い鎧が暴風域を作り出す。

 

 一つ一つが装着される度、血潮が宿るのを感じた。

 

 最後にヘルメットが被さり、バイザーが降りると「E」の意匠が刻み込まれる。

 

 直後、黒と黄金が反転した。

 

 装甲が眩い黄金に変化し、黒いラインが全身に走っている。

 

「探偵戦士、エスプリ。ここに見参」

 

 エスプリマグナに変身を遂げた自分を、ヨハネは見守っている。

 

 ここにも当然だと思っていた眼差しがあった。

 

 だからもう迷わない。

 

 エスプリマグナはそのまま雪原を歩んでいった。

 

 ヨハネだけじゃない。全員が、自分の今を繋いでくれた。

 

 それを理解しているから戦える。

 

 視界に入ったのは人間というのにはあまりに白い体色を誇る異形。かつて自分の装着していたカウンターEスーツを身に纏ったミュウツーが振り返った。

 

 自分のものとはまるで異なる全身武器のような姿。

 

 お互いに戦う事でしか分かり合えない。

 

 それが理解出来ていた。

 

 ミュウツーのカウンターEスーツがぼんやりと薄紫色を帯びる。

 

 直後、エスプリマグナを襲ったのは微少なレーザーであった。幾千の熱線がエスプリマグナの歩みを止めようとする。

 

 エイセツの永久凍土を融解させ、完全に焼失させるほどの熱量はしかし、薙ぎ払った腕の一閃で相殺された。

 

 エスプリマグナの放つその威力は恐らく、最終兵器を内包したミュウツーと同質。

 

『……行くぜ』

 

 脳裏でルイの声がする。

 

 自分とミュウツーとの戦いの間に補完が成され、カウンターEスーツの能力を無効化する。

 

 それでしか勝てない。

 

 だが、お互いに判断したのはもう一つ。

 

 ミュウツーが僅かに浮かび上がりながら地表を滑走する。

 

 それとエスプリマグナが地を蹴ったのは同時だった。

 

 瞬時に肉迫した両者が選び取ったのは超接近戦。

 

 放った拳が同時にお互いの胸元を叩いた。

 

 激震。

 

 雪原が震え、大気が鳴動する。

 

 瞬間的にビッグバンが生じたかのような衝撃波が押し広がり、雪に染まった空間が消し飛んだほどだ。

 

 無辺の白の中、エスプリマグナとミュウツーは技でも、ましてやまともな攻撃でもない。

 

 削り合うかのように殴りつける。

 

 拳がめり込み、エスプリマグナの装甲を一部剥離させた。

 

 激痛に呻く前に、こちらの反射した拳がミュウツーのカウンターEスーツを叩き据える。

 

 ミュウツーの姿が幻視される。

 

 装甲に押し包まれた最強のポケモンの真の姿は、咽び泣く小さな存在であった。

 

 ――どうして? どうして争わなきゃいけないの?

 

 そんな純粋な問いが浮かび上がってくる。

 

 否、これはミュウツーの思念か。

 

 ミュウツーはただ、この世に生まれたかっただけなのだ。

 

 戦うために生まれたのではない。

 

 それは共に同じであった。

 

 答えるかのように、エスプリマグナは拳を打ち込む。

 

 カウンターEスーツの肩部が吹き飛んだ。返す刀のアッパーが腹腔を破砕する。

 

 バックルに亀裂が走り、黄金の血潮が溢れ出した。

 

 エスプリマグナの拳がミュウツーの装着するカウンターEスーツのバックルへと叩き込まれる。

 

 放射する薄紫色の輝きは最終兵器の残滓か。

 

 この戦いに、最早美学など存在しない。

 

 ――どうして? どうして?

 

 ――分からないよ。あたしにも分からない。

 

 生身のマチエールは涙を流しながら拳を打ち込んでいた。

 

 ――悲しいの?

 

 生身のミュウツーが拳を突き出し、マチエールの身体を激震が嬲る。

 

 ――ワカラナイ。生きているのに、理由は要るの?

 

 どちらの問いかけなのか。ない交ぜになった感情が堰を切り、共に涙していた。

 

 ――生きている。

 

 ――生き続けている。

 

 生命の鼓動が輝き、両者の拳となって重なる。

 

 ぶれたエスプリマグナとマチエールの拳。

 

 ミュウツーとカウンターEスーツの拳。

 

 それらが渾然一体となって最後の一撃をお互いに下した。

 

 かっ血し、共に膝を折る。

 

 もう動けなかった。

 

 ミュウツーも同じのようだ。

 

 動けない。

 

 このままであるのならば。

 

 蒸気噴射と共にミュウツーはカウンターEスーツを解除した。

 

 こうなってしまえばお終いだ。

 

 ポケモンの力に人間が勝てるわけがない。

 

 軋むばかりのエスプリマグナの装甲を、マチエールはバックルに手をやる。

 

 そのまま装甲の核となるバックルを引き抜いた。

 

 フレアエクスターミネートスーツが形を伴ったまま、蒸気噴射し、熱暴走を起こしている。

 

 お互いに殻を捨て去り、残っているのは生まれた時より持っている身体だけ。

 

 だが、決着はついたようなものだ。

 

 Eスーツの無効化には成功した。

 

 ルイが一つになったのだ。

 

「……お疲れ様。ルイ」

 

 そうこぼしたマチエールも満身創痍であった。一歩も歩けないほどに疲弊している。

 

 ミュウツーがこちらへと歩み寄ってくる。

 

 終わりか、とマチエールは予感した。

 

 だが、ミュウツーは攻撃してこなかった。

 

 その拳がすっと突き出される。

 

 ああ、とようやく理解した。ミュウツーが心の底から何を願っているのか。

 

 最初からそうだったのだ。

 

 誰もが皆、争うために生まれてくるわけではない。

 

 愛されるために生まれてくるのだ。

 

 それが望まぬものだとしても、愛される権利だけは誰にだってある。誰でも持っている。生まれながらにして、愛し愛し合う事だけが唯一、何も奪わない。何も奪われない。

 

 自分の血も、愛されるためにある。

 

 あまねく生命は皆、そのために存在している。

 

「……こんな簡単な事、分からなかったなんて」

 

 マチエールはミュウツーの拳にコツンと拳を当てた。

 

 瞬間、雪原を覆っていた吹雪が晴れ渡る。

 

 空を仰いだその瞳に映ったのは、見渡すばかりの流星雨であった。

 

 この星の数だけ、命がある。愛される者達がいる。

 

 生きているだけで、きっと、それは素晴らしい事なのだ。

 

(私はもう行く)

 

 ミュウツーが身を翻す。

 

 その命もまた、別の命と出会い、世界は回る。

 

「どこへ行くの?」

 

(ここではないどこかへ。私の求めている場所へ)

 

 きっと、誰もが旅路を行く旅人なのだ。

 

 マチエールは満天の空を仰ぎ見て口にする。

 

「人生という旅は続く、か」

 

 仰向けに倒れ込んだ。ははっ、と笑いが出てくる。

 

 なんて小さな存在。

 

 世界が、新たなる命の芽吹きを祝福していた。

 

 ミュウツーが浮かび上がり、飛び立っていく。

 

 その向こうに何があっても。

 

 命尽き果てるまで、旅は続く事だろう。

 

 ピシリ、とEスーツの仮面に亀裂が走った。最後の傷痕を残し、二つのEスーツは完全に沈黙した。

 

 




明日、エクストラエピソードを経て完結します
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