ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE15 翼手

 

「あれ……うん、どこ、ここ?」

 

 マチエールの視界に入ってきたのはここ数日で見慣れていなかった木目の天井であった。

 

 何度目かの薄い覚醒と眠りを行き来していると声がかけられる。

 

「やれやれ。事ここに至ってキミはまだまだ呑気だな」

 

 見知った声にマチエールは飛び起きる。浮遊するルイが情報処理しており、その向こう側の執務机で相棒がコンソールに向き合っている。

 

「あたし、寝ちゃったんだ……」

 

「それよりも、家を家と認識出来ないほどに日和見になっているとは思わなかったよ」

 

 ユリーカの厳しい声音にマチエールは眉をひそめる。

 

「そんなだから、あたしは出て行った」

 

「でも私以外、この街で誰が、Eスーツの整備を行える? いずれ行き詰るのは分かっていたはずだ。だからこそ、私もキミの身勝手を許した。その結果が、無関係な人間を巻き込む事だとは思いもしない」

 

 ヨハネは、と視線を巡らせる。

 

『ヨハネさんなら居ませんよ。〈もこお〉と出て行きました』

 

 ルイの返答にマチエールは混乱する。どうしてヨハネが、否、それよりも〈もこお〉と一緒に、と言ったか。

 

「〈もこお〉が、何を……」

 

「キミがあまりにも頼りないから、相棒の鞍替えをしたのかな」

 

 それを聞いた時にはマチエールは蹴りを放っていた。空気を割る一撃にも相棒は動じない。背もたれの高い椅子を叩き割ってやったのだが、キーを打つ手を止めなかった。

 

「また物を壊す。キミは物に当たり過ぎだ」

 

「ユリーカ……。〈もこお〉とあたしの間をそういう風に言うのは、君だって許さない」

 

「存じているよ。キミと〈もこお〉の間柄を茶化すとろくな事が起きない」

 

 ユリーカが口に含んでいたキャンディを取り出し、それを振ってみせた。

 

「相変わらず、糖分の奴隷のクセに」

 

「そっちこそ、暴力と金さえあれば何でもやる癖は変わっていない」

 

 マチエールは押し黙りユリーカの背中を睨み据える。金髪の少女は何一つ変わらない。

 

 ――いつだって、彼女は自分など歯牙にもかけない風体だ。

 

「あたしが必死になっているのを、嗤っているの?」

 

「そんな事はないだろう。なにせ、私だってEスーツに関わった人間だ。それなりにキミ達との距離感は分かっている」

 

「だったら! 今すぐにでも追わないと」

 

「〈もこお〉を、かい? それともヨハネ君? もしくは連中、か」

 

 全てであった。敵の陰謀は潰さなければならない。

 

「ファイアユニゾンでも倒し切れなかった。今度こそ仕留める」

 

 歩み出しかけて、その足元がふらついた。

 

「そんな足取りでよく言う」

 

 ユリーカの超然とした態度が気に入らない。マチエールは振り向いて叫んでいた。

 

「だって! こんな事をしている間にも街は泣いている!」

 

「熱くなるなよ、マチエール。キミは感情論に走り過ぎだ。もっとロジックで考えるといい。スーツの整備も儘ならぬ中、迂闊に飛び出してEアームズに敵うとでも? それほど相手は優しくはないはずだ。今は、Eスーツの修復を待て。私が言えるのはそれだけだ」

 

「……でも、ヨハネ君を巻き込むわけには」

 

「もう随分と後戻り出来ないところまで来させておいてから言うんだね。彼はやるよ。そうと決めたらやる。眼を見れば分かる。同じ眼をしている人間が近くにいるからね」

 

 悔しいがユリーカの言う通りだ。ヨハネには正義感がある。だからこそ、自分の目の届かぬところで無理強いはしたくない。

 

「でも、あたしは……」

 

「でも、だとか、だけれど、が多い相棒だ」

 

 すっとユリーカが指を立てると黒い鎧が浮かび上がりマチエールへと飛びかかった。咄嗟に腕を翳すと肩から腕にかけて装着される。

 

「修復を終えたEスーツの切れ端だ。即席で使うなら出来るだろう」

 

 片腕だけのEスーツを目にしてマチエールはぼやく。

 

「……止めないのか」

 

「止めれば言う事を聞くのかな」

 

 そのつもりはない。マチエールは片腕に宿った力に拳を握る。

 

「借りていく」

 

「スーツの全修復は時間がかかる。頼むからあまり無茶はしてくれるな。私とて急いでいるんだ、これでもね」

 

 ユリーカはキャンディを改めて口に含んだ。今度は二本である。

 

「ルイ、ヨハネ君の行き先は?」

 

『それが……この街の北方でして。何を目指しているのか皆目……』

 

「北方にはターミナルがある。それを狙った相手を見越しての事かもしれない」

 

「ターミナルを潰そうとする相手をヨハネ君は一人でどうにかしようとしているのか? それは随分と無茶な」

 

〈もこお〉が付いているとはいえ、彼一人では丸腰同然。

 

 マチエールが身を翻そうとすると、背中に呼びかけられる。

 

「待て」

 

「何? あたし、もう行くから――」

 

「忘れ物だ」

 

 掛けられているのは男物のコートであった。喧嘩別れした際、事務所に置いたままになっていたのだ。

 

「おやっさんの……。あたし、これも忘れてたなんて」

 

 片時も忘れた時などなかったはずだった。だが、怒りのせいで前も何もかも見えなくなっていたのだろう。

 

 コートには皴一つない。ユリーカが仕立ててくれたのだと分かった。

 

 相棒の背中を見つめていると手を払われる。

 

「なにやっているんだ、さっさと行きたまえよ」

 

「……ありがと。ユリーカ」

 

「気持ち悪いな。キミから礼なんて」

 

「それと、ゴメン。あたし、随分と感情的になっていた。あの、喧嘩の事は」

 

「そんなもの、覚えている暇はない。脳のニューロンに記憶さえておく猶予があったら新しい事を覚えるのが私だよ。どうでもいい事を蒸し返すな」

 

 それで吹っ切れた。マチエールはコートに袖を通す。

 

「行こう。探偵マチエールの本領発揮だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開発責任者はクセロシキからモミジへと下ったらしい。

 

 ゴーグルをつけた女研究者のモミジはセキグチの全身に付けられたケーブルを検める。

 

「いい? 言っておくけれど、ハーモニクスは今までの比ではない。ココロモリと完全同調に近い状態まで引き上げさせてもらう」

 

 異論を挟む余地などなかった。自分は今、椅子に固定されており、手足が拘束されていた。舌を噛み切らないように猿ぐつわも噛まされている。何度か首を横に振ろうとしたが、モミジは聞き届けなかった。

 

「達す。ハーモニクス、ココロモリアームズ改。Eアームズ、コネクト」

 

 コネクト、の言葉が復誦されると全身に電流が走った。感覚野が研ぎ澄まされて視界がぶれていく。青く滲んだ視界の一部がココロモリの見ている視界と同期した。

 

「ハーモニクス、四十パーセント。順調にココロモリとの同調が成されていきます」

 

 意識が拡大され、ポケモンの領域に押し込まれた「セキグチ」という人間の自我は容易く溶けていった。薄まり、滲み、ポケモンの自我に包まれる。

 

 自然と恍惚の感覚に近かった。

 

 自分と他人の境界が曖昧になり、やがて消失点の向こう側へと消え行く。

 

「完全同調完了。ハーモニクス、正常値」

 

「了解。特殊車両班」

 

 繋がれた通信の向こう側も感知出来た。

 

 車両から引き出されていくのは黒い躯体である。ココロモリのモンスターボールを擁した、新たなるEアームズだ。

 

 自分はその小さなモンスターボールに押し込まれていた。

 

 海の底へと抵抗も出来ずに投げ込まれる感覚。深く、深海へと意識が没していく。

 

「ココロモリアームズ改、起動」

 

「起動、電熱線、上げ」

 

 瞬間、体内に熱を感じた。急激に増していく灼熱が自我境界線をぼやかし、ポケモンの野性の意識が明確になっていく。

 

 起動したのはココロモリを模しただけの巨大な蝙蝠型のEアームズであった。閉じていた翼を展開し、特殊車両から飛び立つ。

 

 腹腔に搭載したモンスターボールが高速回転し、ココロモリのスペックを限界まで引き出している。

 

 最早「セキグチ」という人間の尊厳は叩き壊され、Eアームズの部品の一部となっていた。

 

 ココロモリアームズが両翼で羽ばたき、ミアレの空を舞う。眼下の人々が振り仰ぐ中、ココロモリアームズは脚部に装備した銃身を向けた。

 

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