ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE20 流儀

 

 待ち合わせ場所には十分遅れる流儀。

 

 それがイイヅカの持ち合わせている処世術であった。別にその十分の間に何かを仕上げるだとか言うわけではない。ただ、十分だけ相手をやきもきさせると、こちらの切り出す話題に対しての円滑度合いが違ってくる。さっさと立ち去りたい心理をつき、余計な社交辞令や挨拶を先送りに出来るのだ。

 

 すぐに情報を得たい時に限って、イイヅカは十分遅れた。その間に、相手も情報を整理しやすいだろう。

 

「ああ、悪い」

 

 片手を振ると、待ち合わせた相手が渋い顔をする。清潔感のある精悍な顔つきの紳士。それが通話口の相手――サカグチであった。

 

「悪い、なんて欠片にも思っていないくせによ」

 

 こちらの手はずを分かっているのか、サカグチは煙草を踏み消した。既にサカグチの足元には三本近くある。

 

「情報のさばくのに手間取っちまってさ」

 

「世事はいい。行くぞ」

 

 歩きながらの会話が一番に目立たない。それをお互いに了承しての行動である。

 

「情報の集積点に行ってみた。あいつが自殺した原因も調べたが……妖精を追いかけるな、か。なかなかに出来過ぎた警句だな」

 

 あの領域にはサカグチも至ったのか。彼はそれでもその警告を切り抜けた、という事なのだろ。

 

「どう思う? 妖精の領域って言うのは」

 

「電子の妖精、存在自体はまことしやかに囁かれてきたが、実在するかどうかとなれば話は違ってくる。いや、そもそも、だ。お前が追いたいのは妖精じゃなくって、妖精の蛍火が照らす何かなんだろう?」

 

 話が早くて助かる。イイヅカはコートのポケットに手を入れる。取り出したのは今回の情報を纏めたUSBメモリだ。

 

「妖精が何かを照らしている。ただ、常人には妖精の光が眩し過ぎて何の事やら……ってわけだ」

 

「妖精を追うな、って言われておいて、その妖精の足取りを追うばかりか、眩惑されているってわけか、お前は。そりゃ呆れて自殺したくもなるな」

 

「狂ってはいない、本当だ。俺はただただ、記事にしたい。一面記事を取りたいだけなんだ」

 

「トップ屋魂ここに極まれり、だな。お前、まだ記事に合理性だとか、主張を求めているのかよ」

 

 サカグチはほぼ同期だ。自分の方向性は分かっているはずである。

 

 記事における正当性、その記事の及ぼす社会性を追及するイイヅカの姿勢にはついて来られないと言いつつ、それを羨ましいとも思っている人間の一人であった。

 

「一面記事が取れれば、命なんて要らない……。そこまでストイックにはなれないが、俺のかけるものはご理解されたかな?」

 

「妖精を追うな、その光を追及するなんてもってのほかだ。そう言われているのに、お前は追うんだな。命が要らないのか?」

 

「冗談。命は三度の飯よりも大事さ。ただ、命大事に、じゃ進みきれない道もあるんでね。ガンガン行かせてもらっている。そいつが一番早い時もある」

 

「早死に、の間違いじゃないのか?」

 

 サカグチが怪訝そうにする。イイヅカは首筋を掻っ切る真似をした。

 

「死ぬ時は、せめてベッドの上で、とかは言わないから、すぐに殺して欲しいものだ、ってのは思っているさ。安楽死したいんだよ、そういう点では」

 

「変わり者、とは思えないのは、こっちもその稼業に足を突っ込んでいるからかもな。どこか、それを貫けるお前が羨ましくもある」

 

「こっちだって。家族を持つなんて想像がつかない」

 

「持ってみると意外と居心地はいいものさ。ただし、それに辿り着くまで、お前は何度も挫折しなきゃならんがな」

 

 会話も前哨戦は終わり、人々の足もごった返してくる。ターミナルの前に訪れていた。

 

「ターミナルを襲おうとしたテロ組織、ってのは案外近くにいる」

 

 不意に切り出したイイヅカにサカグチは厳戒態勢を強いているカロス警察を見据えた。

 

「あれでも、足りないって言うのか」

 

「いや、見当違いだ。もうターミナルなんて襲われないだろうに」

 

 テロ行為そのものが目的ではない。イイヅカの結論にサカグチは視線を振り向けた。

 

「何が目的だったって言うんだ?」

 

「そこから先を知りたかったら、盾にはなってくれるんだろうな?」

 

 条件付きだ。しかし、サカグチは諦めも早い。

 

「お前の事だから、その辺は抜かりないと思っていたよ。それに、こっちも妖精をある程度追った。退路が薄らぐくらいには、な」

 

「謎の黒い蝙蝠」

 

 切り出した話題にもサカグチはついてくる。

 

「集団幻想じゃないのか? 機械のポケモンだなんて」

 

「いや、間違いない。それに相対する、仮面の怪人」

 

 本題に入った話題に比して、人々の雑踏が掻き消していく。声を潜めるまでもなく、サカグチとイイヅカは戻れない会話を繰り返していた。

 

「仮面の怪人、一部じゃ正義の味方、だなんて言われているな」

 

「そいつに肉迫しようとして、俺は」

 

「妖精に行き会った、か。ようやく結びついたよ」

 

 サカグチの得心にイイヅカはここから先の情報の読み合いが大切だ、と再認識する。ここから先、読み違えたほうが負ける。

 

 まず聞くべきは一つ――。

 

「妖精に妨害されても、まず一つだけ確認したい。仮面の怪人が実在するのか、如何の話だ」

 

「噂話程度だな。しかも、ここ数日だけの。時折人々の間に流布する、よくある噂じゃないのか?」

 

「それにしちゃ、ここ数日が動き過ぎなんだ。何かあったのか、なかったにせよ、仮面の怪人の足取りを追うにはここ数日の動きから逆算するしかないと思っている」

 

「ポイント、どこに出現したのかは」

 

「既にメモはしてある」

 

 抜かりなく手帳を取り出し、歩きながらサカグチと情報交換した。

 

「こちらで押さえたのは三箇所。ミアレシティ北方と、北東に近い場所だ。消防が目撃している。背丈は普通、声質は、少しだけ加工されていたが、若いのは確かだったそうだ」

 

 目撃情報である。それもかなり有力なものであろう。イイヅカはこちらもそれに見合った情報を提供する。

 

「ミアレの下水道から出現し、爆弾を食い止めた……とある。黒い蝙蝠ポケモンとの戦闘を目撃したサラリーマンもいたが、こちらは泥酔に近い状態であり、証言の食い違いもあった。……だが、ここでみそになってくるのは誰が、見たかではなく、どの状態で目にしたか、だ。サラリーマンの相方に繋いでみた」

 

「すると? 何か分かったのか?」

 

「蝙蝠ポケモンに攻撃されそうになったのを防いだ、とある。仮面の怪人はミアレの人々の敵じゃない」

 

「味方、って早合点しない辺り、お前らしいな」

 

 正義の味方、という文句はどこか信じ難い。どこに正義があるのかも分からないのに。

 

「他の目撃証言も似たり寄ったりだ。蝙蝠ポケモンの攻撃から守ってくれた、だの、機械のポケモンの爆撃を防いだ、だの。ただ、あまりに確定情報が少ない。存在した、というレベルには達しいるんだが」

 

 その存在がイコール実在、ではないのだ。イイヅカの言葉の含みを察したのか、サカグチが言葉を継ぐ。

 

「つまり、仮面の怪人の目撃情報だけでその存在の正体に辿り着くのにはあまりに情報不足。妖精を頼りたくもなる」

 

「そういう事だな」

 

 厳戒態勢を敷くカロス警察の動向も目にしつつ、イイヅカはどこか冷淡であった。どうせ、警戒しても相手は網にもかかってくれまい。

 

「それで、この場合、どちらを追うべきか、とお前の中で判断が付けかねている。機械のポケモンか、仮面の怪人か、というところだろう」

 

「……正直なところ、機械のポケモンに俺はヤバさを感じている。仮面の怪人でもかん口令が敷かれた。記事には載せるな、とのお達しだ。だっていうのに、機械のポケモンは……、何も言ってこない。それが逆に不気味なんだよ」

 

「機械のポケモン、なんて言ったって、鋼タイプだとか言い逃れはいくらでもありそうなもんだが、今回目撃されたのってそんな生易しいものじゃないんだろう?」

 

 情報にはこうある。まさしく機械の蝙蝠であった、と。

 

 武装も、爆撃も、実際にあったのだとしたら? その脅威ははかり知れない。そんなものが頭上に迫ってきて、いつ攻撃されるかも分からない恐怖をミアレ市民に与えるわけにはいかないのだろう。

 

「……でもどうしてだか、こっちのチェックは入らない。今、ストップがかかる情報は仮面の怪人のほうだ。これに関してはどう思う?」

 

「思うに、機械のポケモンのほうが高次権限を持っているだとか、だろうな」

 

「高次権限……。それって、つまり」

 

「なかった事に出来る、って事だろう」

 

 この業界にいると何度か遭遇する事柄であった。

 

 なかった事に出来る。それは権力の強みだ。

 

 死んだ人間も、あった被害も、全て「なかった事」で済ませられる。トップ屋なら余計に煮え湯を飲ませられた相手である。権力の笠を着た何者か。

 

「なかった事に出来る相手が、機械のポケモンの側だとするのなら」

 

「ああ、そっちのほうの組織が強い」

 

 踏み込めば首を刈られる。機械のポケモンの案件は一歩退けば許される。それは超越者の余裕だ。なかった事に出来る者達の強さである。

 

「仮面の怪人は、じゃあ、個人レベルでの動きだって言うのか?」

 

「そう考えるのが妥当だろうな。妖精も、仮面の怪人を擁護している人間の一人だとするのならば頷ける」

 

 しかし個人にしては、あまりにもその情報網が発達している。通常の人間の情報の扱い方ではない。

 

「ハイスペック端末でもぶら提げているってのか?」

 

「仮面の怪人だ。それくらいあってもおかしくはない」

 

 話題がそろそろ尽きかけていた。憶測を並べ立てるだけならば電話でもいいではないか、と思われているかもしれない。だがイイヅカには直接会って情報を交換する意味があった。

 

「何で、わざわざ、俺がお前と会う事を選択したと思う?」

 

「こっちの都合に合わせるため、ってお優しい気持ちじゃあるまい」

 

 サカグチも勝手知ったる仲だ。イイヅカはかねてより思っている事を口にしていた。

 

「カロスの人間ならば当たり前におこぼれに預かっている先端技術、ホロキャスター。これに関して、興味深いレポートを読んだ」

 

 今もポケットの中にホロキャスターはある。それはカロスなら子供からお年寄りまでみんなだろう。

 

「レポート?」

 

「曰くホロキャスターの電波に関する論文で、カロスの電波は他地方の電波と違って一度集合地点が定められているんだと。その集合地点に集まった情報をもう一度分散させて各ホロキャスターへと送り返している。集合地点において、情報は分析され、統合され、なおかつ解析される」

 

「まどろっこしい言い方だな。つまりは?」

 

 一呼吸置いて、イイヅカは言っていた。

 

「つまり、カロスの人々の扱う情報は一度、検閲を受けている。その情報の集積点にいる団体が全て、糸を引いているっていう陰謀論だよ」

 

 サカグチが目を丸くしていたが、やがて笑い出した。

 

「イイヅカ。面白いが、それには致命的な穴がある上に、そんなファンタジーは信じられない」

 

「俺もファンタジーだって分かっているし、その論文を書いた学者は総スカンだったらしい」

 

 肩を竦めるとサカグチは右胸を叩いた。煙草をいいか、という合図だろう。首肯を寄越すとサカグチは煙草に火を点けてから語り出す。

 

「まず一つに、カロスだけで何万人、いや、何億人いると思っているんだ? そんな人々の情報を逐一監視していたら、それこそスパコンなんて目じゃない監視体制が必要になってくるだろう。そこまで律儀な連中なら分かるはずだ。全監視網に目を通すよりも、一部の人間だけを監視したほうが得なのは」

 

 それが致命的な欠陥というわけか。イイヅカもその論調には特に反論する気はない。自分でも無理な話だと半分分かっているからだ。

 

「だな。全員を監視するのはどだい、無理な話だ」

 

「もう一つ、分母と分子が釣り合っていない。監視には当然、使用者よりも多くの人間の協力を要する。つまり十人を監視しようとすれば、十人以上必要なんだ。となると、カロス全土、数億人を監視するのにもう数億人いる。これじゃ釣り合いが取れないし、一国家でも興さない限り、監視の強化も、ましてや緩める事も出来ない」

 

 つまるところ不可能なのだ。イイヅカはサカグチの論点に特に穴があるとは思えない。

 

「言う通りだと思う」

 

「欠陥その三は、そんな地下組織があったとすれば、それはもう一国家のレベルを超えている。一つの巨大な発明を支えるために、もう一つの巨大な組織が必要だとすれば、ホロキャスターが生まれた時点で、カロスに住む全員、鎖に繋がれたも同義ってわけだ。そこまで出来る組織がまどろっこしく盗聴だけ? それが信じられない」

 

「みみっちいにもほどがあるな」

 

 それはイイヅカも感じていた。わざわざ盗聴されている、というだけの話に大きな組織を持ってくるなど愚の骨頂。

 

「つまりはな。組織に対して、発明のバランスが釣り合っていない。逆も然り。機械の蝙蝠の派閥がもし、そのホロキャスターの一味だとしても、どうしてここまで隠密になる? いや、違うな。こんな中途半端な隠密は隠密とは呼ばないんだ。間抜けでもある。カロス市民に気取られずにやるべきだ。だって言うのに、お前みたいなのが尻尾を掴めたりするってのが」

 

「解せない、だろうな」

 

「まぁ一言で言うとそれに集約される」

 

 捲くし立てて疲れたのか、サカグチは深く呼吸した。煙草の煙を全身で吸収しているようだ。

 

「……俺からしてみれば、そいつらが盗聴している、って噂を流すこの行為自体に罠があるような気がする」

 

「わざと民衆の不安を煽り、一種の混乱に陥れる、か。パニック映画とかじゃありそうだ」

 

「俺やお前みたいなのが真実に辿り着こうとしている、とかいうのもな。さもありなん」

 

 二人して三流パニック映画の世界に放り込まれたような心地になる。しかしここは現実だ。現実に生きている分には現実で歯を食いしばり、地に足をつけなければならない。

 

「まぁ、その組織に関しては一旦置いておくとして、それで? まさかこれで終わりじゃあるまい?」

 

「妖精を追うな、だ。これ以上は」

 

 戻れないぞ、と暗に付け足した声にサカグチは鼻を鳴らした。

 

「こっちだって必死なんだ。一方的な情報はなしにしてくれよ」

 

「仮面の怪人、そいつの写真を特定する……もっと言えば本物と偽者を区別する術を見つけた」

 

 自分の隠し玉はこれであった。サカグチは周囲を気にする。本物と偽物を区別する眼。それは記者にとってしてみれば相当な代物である。

 

「……マジなのか」

 

 声を潜めたサカグチにイイヅカは言いやる。

 

「逆に目立つぞ。堂々としてろ」

 

「いや、しかし……。今までは、もしもの話だったから余裕ぶれたが、お前の話が急に……迫真めいてきたものだから」

 

「マジだよ。大マジだ。仮面の怪人の写真を判別する際、必要なのは三つの要素」

 

 サカグチには言ってやらなければならない。そうやって退路をなくしてやらなければ、この人間は地獄の手前で踵を返す。

 

「三つ? そんなにあるのか?」

 

「仮面は反射体である事、が一つだ」

 

 当たり前の事であるがバイザーは光を反射し、中を透過しない。しかし、これにこそ秘密がある。

 

「当たり前じゃないのか?」

 

「バイザー表面に、僅かだが点滅する表示がある。E、と読めるがこれはある一定角度から常にそう見えるように巧妙に表示された、ある種の符号に近い。その符号を俺が発見した、というわけだ」

 

 歩きつつ、サカグチに写真の入った茶封筒を渡す。取り出してサカグチは写真を検めた。

 

「……確かに。眼を凝らさなければ分からないが,E、と表示されているように見えるな」

 

「それともう一つ。全身を走る白いライン」

 

 仮面の怪人の体表には白く輝くラインがある。そのラインが写真に映った時の光の度合いが判別の材料になっていた。

 

「このラインは、オリジナルの写真と、他の合成された写真とでは全然写り方が違うんだ。これも符号だろう。オリジナルのほうが全身を覆っているみたいに写る」

 

 サカグチは写真を眺めつつ、静かにこぼした。

 

「お前、よく見つけ出したな……」

 

「目を皿にしていれば分かるさ。あとは、前回のテロの時、大量に偽の画像が出回ったのもでかい。コラ画像には一種の違和感が付き纏う。今回はそれだったと言うだけの話だよ」

 

「三つ目は?」

 

 聞かれるがイイヅカはあえて三つ目は明かさなかった。

 

「言えない」

 

「どうして?」

 

「これは俺自身の生命線だ。だからこれを言う時は、もう諦めた時だって思っている」

 

 そう言っておけば、退き際を心得た戦友は理解を示した。

 

「なるほどな……。だが、今まで聞いたのだけでも結構、目から鱗だったんだが」

 

「その写真ばっかり見ていれば嫌でも目につく。問題なのは、俺以外にそれに気づいている奴がいて、そいつの正体が」

 

「妖精、ってわけか。こりゃ、妖精を追いかけたのはどっちだって話だな」

 

 妖精のほうからこちらを見つけ出したのだ。逃しはしない、とイイヅカは心に決める。

 

「俺は近々、妖精を追い詰めるための策を弄するつもりだ。お前は、その時、どうしている? 俺に協力するか。あるいはここで退くか」

 

「退くって、ここまで見せておいて退くのはないだろうに」

 

 サカグチの眼には記者魂がめらめらと燃えていた。好奇心の塊である。

 

「じゃあ来るか? 戻れなくなるのは分かっていても」

 

「お前から誘っておいてそれはないだろう。第一、こっちの協力がいるはずだ」

 

 その通り。一人では決して突破出来まい。火の矢が飛んでいる中を歩いているのと同義。

 

「ああ、どうしても、戦いにはいるんだよ。協力者が」

 

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