ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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蝸角篇
EPISODE28 撹乱


 

 跳ね上がる。

 

 宵闇を引き裂いた紫色の疾駆が襲い掛かったのは、黒い鎧の仮面にだった。

 

 バイザーが輝き、掲げた腕がその一撃を受け止める。それでも減衰し切れない衝撃波が嬲り、空気を震わせた。黒い鎧が軋む。

 

 迂闊にも、その攻撃に対して、――エスプリは遅れを取っていた。反撃しようと回し蹴りを叩き込むも、その時には相手は既に離脱している。

 

 闇の中、音もなく相手は接近し、こちらの首を正確無比に狩ろうとするのだ。エスプリは息を詰まらせてホルスターのボールを繰った。このまま、白の『ノーマルユニゾン』のままでは相手取れるほど、相手の能力は低くない。

 

 ヒトカゲのボールをセットし、シャッターがくわえ込む。両手首と足首に「F」の記号が宿り、炎が迸った。

 

『コンプリート、ファイアユニゾン』の機械音声が響いた瞬間、首狩りの鎌が振るわれる。エスプリは磨き上げられた闘争本能で受け止めていた。炎が噴出し、拳に纏いつく。

 

 直後に返す刀を打ち込もうとしたが、一撃で狙えなかった首を何度も狙うほど相手も嘗めていない。すぐさま消え去った気配にエスプリは困惑していた。

 

「そう長く、あたしを相手取ろうとは思っていない。ヤツは一撃離脱戦法を取っている……」

 

 問題なのは相手の姿さえも捉えられない事だ。自分の感知網では、相手がどのようなポケモンなのか、どのようなEアームズを装備しているのかさえも分からない。

 

『消耗戦だ。エスプリ、周囲の状況を』

 

〈もこお〉のサイコパワーを介してユリーカが指示を出してくる。周囲には隠れるに足るコンテナが居並んでおり、どこも死角になっていてもおかしくはない。

 

「誘い込まれた、って感じだね。どうにかして、相手を感じ取らなくっちゃ負ける」

 

『ヨハネ君を配置は出来ない。相手の正体も分からないんじゃ、足手まといだ』

 

 それも分かっている。しかし、今までの敵とは一線を画していた。正体さえも掴ませないほどの敵。どこにどう潜んでいるのかも察知出来ない。

 

「ファイアも限界時間が来る。それを待たれてちゃ難しいよ」

 

『かといって、こちらから打って出るのも下策だ。相手の術中に既にはまっているようなものだからな』

 

 拳を握り締める。このコンテナの森林の中に、相手は確実に存在しているのだ。しかし、色濃い闇と静寂がそれを邪魔する。

 

 ファイアユニゾンによって戦闘本能が研ぎ澄まされているのにもかかわらず、拳が全く触れないのはどうした事か。

 

「……そっちから、来いっての」

 

 挑発してみても相手は乗らない。いつ、いかなる手段を用いてくるのか、まるで分からない。

 

 恐怖であった。這い登ってくる恐怖は、正体不明の相手を目にした先天的な、生物としての脅威を意味する。

 

 拳を一発でも叩き込めれば、そこから先は――。

 

 そう考えている途上で、背後に気配が降り立った。振り返り様の正拳を放つ。炎が一瞬だけ相手を照らし出した。

 

 てらてらとした、艶のある紫色の鎧に身を包んだ、痩躯。獣型のようであるが、確認する前に目の前で鋭い攻撃が咲いた。鎌のように振るわれた何かが装甲を叩き据える。

 

 辛うじて腕を交差して衝撃を減衰させるも、その時には真正面に敵は存在しなかった。

 

 どこへ、と首を巡らせようとするとまたしても背後に冷たい感触が発生する。跳躍した空間を何かが引き裂いた。

 

 あまりに素早い。

 

 迎撃の蹴りを放ったものの、今度は相手を照らす前に消失させてしまう。

 

 翻弄する相手は影すらも居残さず、その速度は残像というものを発生すらさせない。

 

 まさしく存在そのものが消え失せており、こちらの感知網は最大のはずなのに、離脱した相手の気配さえも追えない。

 

「こんな……、こんなに完璧な逃げ切りなんて、あり得ない」

 

 ポケモンである以上、気配を完全に遮断するなどあり得ないのだ。あり得るとすれば、元の素早さに加えてEアームズが作用している場合である。

 

 しかし今までの相手は所詮、Eアームズによって「操られている」と言っても過言ではなかった。この相手は違う。Eアームズ本来の用途として「拡張性能」としている。

 

 素早さを限界まで拡張し、こちらの意識を確実に奪いに来ているのだ。

 

「こんな攻撃、可能だなんて……」

 

 ハッとして腕を掲げた。マチエールとしての習い性が効いたのか、胸元を狙った相手の攻撃が鋭く突く前に、両腕でガードしていた。

 

 しかし防御されたと反応するや否や、相手はすぐさま諦めて離脱する。

 

 こちらが組み付く暇さえも与えない。

 

 赤いラインが明滅し始めた。ファイアユニゾンの限界時間が来ようとしている。

 

 せめて一矢報いる。エスプリは地面に拳を突き立てて、力を込めた。ハンドルを引き『エレメントトラッシュ』の音声が響く。その瞬間、地面を伝って導火線の如く炎が走り、一つのコンテナへと引火する。瞬間的に膨れ上がった爆発で相手の逃げ場を消す作戦であったが、爆発の光が僅かにこちらのバイザー越しの視線を眩惑させた。

 

 その、ほんの一瞬に満たない隙を相手は逃さなかった。跳躍した相手が斜め上から首を狩ろうとしてくる。

 

 咄嗟に反応したエスプリが後退のステップを踏んだ。

 

 地面に突き刺さったのは相手の尻尾であった。Eアームズによって拡張されているのか、ほとんど鎌か、刃に等しい。

 

 その死神の包囲網を潜り抜けて攻撃を加えようとするが、そんな時に限って炎の属性の加護は得られなかった。

 

『エレメントトラッシュ』で使い切ったばかりである。白のユニゾンの状態では相手へと致命的な一撃を与えるのには至らない。

 

 拳を振るったものの、Eアームズの堅牢な鎧を前に、相手の表皮を叩いたのみ。ほとんどの性能は吸収された結果となった。

 

 跳躍した相手を追おうとしたが、あまりに遅い。その時には別のコンテナの背後へと隠れているようで、もうその姿の残滓さえもない。

 

 舌打ちが漏れる。

 

 こうも消耗戦になるとは思っても見ない。

 

 ヒトカゲのボールが排出され、エスプリは次の一手を打つ事にした。まだ使いこなせていないが、それでも負けないためには必要である。

 

 ニョロゾのボールをバックルに埋め込む。胸部装甲を「W」の青いラインが貫いた。

 

『コンプリート。ウォーターユニゾン』の音声が響き、エスプリは攻撃姿勢に入る。

 

 水のユニゾンは相手の攻撃を受け流し、相手へと反撃する。しかしその反面、弱点がユリーカとのデータ共有で明らかになっていた。

 

 跳ね上がった相手を感知出来ない。攻撃を受け止めてからエスプリは気が付いた。

 

 弱点その一、は反応速度があまりに遅い事だ。受け止める事を前提とした設計のウォーターユニゾンは咄嗟の判断に弱い。水の効力が相手の一撃をいなすものの、それは一時的なもので、すぐさま反撃に転じられるほど、赤の時ほど強力ではない。

 

 それでもエスプリは反応してみせた。突き刺さった相手の尻尾による一撃は釣り針のように先端が曲がっている。

 

 食い込む仕掛けになっているのであろう。水のユニゾンに対し、食い込む仕様は逆に格好の的であった。

 

 水の砲弾を掌に溜め込もうとする。しかし、その時にはもう相手は釣り針のような攻撃を緩めていた。

 

 離脱する相手に今さら水の砲弾が放たれる。

 

 弱点その二。攻撃に至るまでの速度が遅い。

 

 水の一撃は時に重く、時に何よりも軽い。

 

 跳躍力や、敏捷性に優れるものの、その一撃は赤の時より軽く、何よりも攻撃までのロスが痛い。

 

 水の砲弾も威力はそれなりにあるものの、速い相手には意味を成さなかった。

 

 既にコンテナの中に隠れ潜んでいる相手を追おうとしても、水のユニゾンは遠距離の相手を追うのには適していないのだ。

 

 赤以上に射程が限られており、なおかつ射線を外した時の隙が大きい。

 

 前回のようにサワムラーが真正面から攻撃してくるから意味があったものの、こちらの不意を突く今回のような相手に青のユニゾンはあまりに相性が悪かった。

 

「どうする……? どうやって、ヤツを……」

 

 その時、胴体を割る一撃が拓いた。釣り針のような尻尾が水のユニゾンを得たエスプリの胴を引き裂く。しかし一撃は水のユニゾンの効力によって無効化される。問題なのは反撃に移るまでの時間差。

 

 攻撃された、と理解してから水を溜め込み、背後の相手へと叩き込めるかどうか。

 

 水によって攻撃を無効化する、という事は、相手の離脱も素早く助けてしまうという事。

 

 こちらの水の砲弾が背後の相手を叩き込もうとした時には、もうそこに敵はいない。

 

 これではいたちごっこにも等しい。だが、こちらには体力の限界と、時間制限がある。

 

 ヒトカゲを出して二重の構えを取るべきか。

 

 否、それでも相手の素早さに追い込める気がしない。

 

 アギルダーを出して相手へと叩き込むか。

 

 否、アギルダーの一撃は軽過ぎる。致命傷にはならない。

 

 自然と次の手が導き出されていた。エスプリはバックルの上部にあるボタンを押し込む。

 

『エレメントチェンジ』の音声が響き、ニョロゾのボールが排出された。

 

「賭け、だけれど、これしかない」

 

 アギルダーのボールを握り締める。

 

 まだ試していないユニゾンと言えば、アギルダーのユニゾンしかない。そのままバックルに埋め込もうとした瞬間、バックルのシャッターが閉じた。ボタンを押しても、ハンドルを引いても開かない。

 

「ユリーカ? Eスーツにハッキングを?」

 

『エスプリ。今は離脱しろ。白の状態でも逃げる事は出来るはずだ』

 

 確かに白でも逃げに徹するのは容易い。しかし、ここまで敵を追い詰めておいて逃げるなど、エスプリのプライドが許さなかった。

 

「……撤回しろ。あたしは、ここでヤツを仕留める」

 

『無理だ、今は従え、エスプリ。ここで敵は倒せない』

 

「やってみなくっちゃ、分からないでしょうに」

 

『いや、もう充分だ。一度、本部に戻ってデータを整理する。ルイがデータの整頓をしてくれている。わざわざこちらの手を晒すのは面白くない』

 

「あたしは、やれるって言っている……!」

 

 アギルダーのボールを無理やりはめ込もうとすると、〈もこお〉から放たれるサイコパワーが強まった。

 

 途端に頭痛が酷くなり、視界が眩む。

 

「何を……」

 

『ヨハネ君。エスプリの回収を。今回の戦いは一度持ち越しだ。勝てる勝てないではなく、今は無理だと言う判断だ』

 

「ふざけないで。あたしは、やれる……」

 

『出来るな? ヨハネ君』

 

 その時にはエスプリは膝を折っていた。遠くからゴルバットが飛んでくるのが分かる。エスプリは歯噛みしてゴルバットの足に掴まった。

 

 相手の攻撃網から逃れ、安全圏に至った時にはエスプリは膝を叩いて悪態をついた。

 

 

「クソッ!」

 

 

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