ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE32 蠱毒

 

 Eスーツのアタッシュケースを手に向かったのはミアレシティ南部に位置する裏通りであった。

 

 カフェが軒を連ねる中、街のデッドスペースとも言える断崖にマチエールは赴いている。

 

〈もこお〉が足に擦り寄ってきて周囲を落ち着きなく見渡していた。

 

 サイコパワーを操る〈もこお〉からしてみれば、雑多な思念が集まってきて嫌悪さえ催すのだろう。

 

「ちょっとだけ我慢してね、〈もこお〉」

 

 裏通りで待ち構えていると情報通り、赤スーツの構成員が現れた。この裏通りを貸し切って取引をする予定であるというのをイイヅカから買ったのだ。

 

 買ったはずの裏通りに関係のない人物がいる事に相手が驚愕したのが伝わる。

 

「誰だ?」

 

「こいつらをけしかければ、例のEアームズ使いも出てくる。だったら、やってやる」

 

 腕を掲げるとアタッシュケースから飛び出した黒い鎧の一部が吸着した。それを目にして赤スーツ達が困惑する。

 

「エスプリ、か……?」

 

 逃げる、という選択肢を取られる前に、マチエールは踏み込んでいた。跳躍したマチエールが赤スーツの肩を引っ掴み、そのまま膝蹴りを見舞う。昏倒した赤スーツを突き飛ばし、もう一人の赤スーツを壁際に追いやった。Eスーツの腕で羽交い絞めにする。

 

「く、苦しい……。貴様、何のつもりで……」

 

「言え。今回のEアームズの使い手の、手持ちポケモンは?」

 

「し、知らない」

 

 締め付けを強くする。赤スーツが呼吸困難に陥りながら必死に喘いだ。

 

「ほ、本当に知らないんだ! それは秘匿権限があって……」

 

「要するに、お前らを締め上げたって出ないってワケか」

 

 咳き込む赤スーツを離し、マチエールは超越者の眼差しを向ける。赤スーツの腹を蹴り上げて呻かせた。

 

「組織の末端団員がピンチ、でも来ないか?」

 

 拳を固めて赤スーツをけん制する。本気の眼で構えられた姿勢にもう一人の赤スーツが通信を繋いだ。

 

「達す! エスプリ発見! こちら、ミアレ南部の……」

 

 その通信を、マチエールはわざと聞き流していた。これで敵が来るはずだ。今回は好条件のはずである。

 

 街に湧いた断崖絶壁。相手からしてみれば動きにくい事この上ないはず。

 

「ここなら、敵の手持ちを割り出せる」

 

 マチエールの確信に赤スーツが喚いた。

 

「こ、小娘がぁ! 八つ裂きにしてくれる!」

 

 赤スーツがボールを繰ろうとする。マチエールはその瞬間、片手を薙ぎ払って変身を完了させていた。

 

 黒い鎧のパーツが赤スーツの腕を払い、ボールを取り落とさせる。

 

『ノーマルユニゾン』の電子音声が響く中、――エスプリは赤スーツ二人を締め上げる。

 

「ここで、殺しちゃったほうが早いかな? どうせ、相手を炙り出すための道具だし」

 

 ひぃ、と短い悲鳴を上げた赤スーツにエスプリが拳を掲げる。

 

 その瞬間、湧き上がった殺気に肌が粟立つ。

 

 習い性で跳び退った空間を引き裂いたのは紫色の疾駆であった。獣型の四肢に、死神の鎌を想起させる鉤のような尻尾を有している。その尻尾が武器であった。

 

 目にすれば、大きさもそれほどでもない、ポケモンである。

 

 細長い曲線美を描く足に、最大限まですり減らした体躯。レパルダス、というポケモンであった。通常と違うのは、背中からまるで翅のように推進剤が突き出ている事だ。その推進剤から常に紫色の粒子が放出されている。その粒子が四肢に纏いつき、音を消しているのである。

 

「なるほどね。タネが割れれば、でも怖くはないかな」

 

 推進剤と、粒子による二重の索で通用していた無音走法。しかし、今は宵闇でもなければコンテナの森林でもない。都市部に存在するデッドスペースである。

 

 この狭い空間で相手は半分の性能も出せまい、とエスプリは確信していた。

 

 しかし、Eアームズを有したレパルダスは慌てるでもなく、エスプリを凝視する。薄い水色のゴーグルがあり、それと所有者が視界を同期しているはずであった。

 

『エスプリ自ら出向いてくれるとは思わなかったよ』

 

 男の声だ。エスプリは緊張を走らせる。

 

「そりゃ、どうも。でも、ここじゃ、レパルダスの性能の半分も出せやしないだろう?」

 

『どうだかな。Eアームズは何のためにあると思っている? ポケモンの性能を拡張させるためだ!』

 

 跳ね上がったレパルダスが壁を蹴ってこちらに肉迫する。

 

 その速さが、あまりにも、尋常ではなかった。

 

 瞬きの間よりも短い時間で、相手は鉤状になった尻尾でエスプリの首を狩ろうとする。咄嗟に掲げた腕で防御するが、少しでも遅ければ確実に狩られていた。

 

 鎧が尻尾の一撃を弾くが、その反射さえもレパルダスは次の一手に用いる。

 

 反射角を利用し、レパルダスが間断のない攻撃網にエスプリを晒した。

 

 狭ければ相手の攻撃が制限される、と読んだこちらの策は逆効果となった。

 

 狭いがゆえに、相手から一定の距離が保てない。ユニゾンしようにも、防戦一方になってしまっていた。

 

 相手の攻撃は尻尾だけではない。牙、爪、あるいは体躯そのものを利用した跳躍劇。

 

 油断していたわけではないが、エスプリの防衛策をことごとく凌駕している。このままでは、と感じたエスプリは蹴り上げようとした。

 

 その射程を予期し、相手は飛び退る。

 

 一瞬の判断であった。しかし、それは攻防を分ける。この局面で取り出すべきは、相手への攻撃策。

 

 ヒトカゲのボールへと手が伸びかけて、指先を硬直させた。

 

 前回、全く歯が立たなかったではないか。

 

 むしろ、ここで選択するべきは――。

 

 エスプリの指先は自然とアギルダーのボールに伸びていた。

 

 ボールの中でアギルダーが身じろぎする。今は、戦闘という大音響の最中に咲いた、ほんの数秒の静寂だ。

 

 この数秒がしかし、勝敗を分ける要因となる。

 

 ――試した事のないアギルダーのユニゾンに賭ける。

 

 ボールを引っ掴んだエスプリは迷いを振り切るようにバックルのシャッターを開いた。

 

『ユニゾンシステム、レディ』の音声が響く。

 

『何で来るつもりだ? 言っておくが、大抵の防衛策は持っている』

 

「だったら、その策にない戦いを試すまで!」

 

 アギルダーのボールをセットし、ユニゾンシステムが出力された。

 

『バグユニゾン』

 

 電子音声が響いた瞬間、体表に走ったラインが明滅した。緑の光が発生し、全身を駆け抜けた途端である。

 

 ――鋭い音声が脳内を掻き回した。

 

 音だけではない。全感覚が研ぎ澄まされてエスプリは身体の表面を撫でる空気抵抗でさえも激痛を感じてしまう。

 

 風が吹き込むだけで全身に攻撃を受けたかのように足腰が怯んだ。

 

 後ずさっただけなのに、足の裏から這い登ってきた感覚が神経に棘を刺し込ませる。エスプリは頭を抱えたまま呻いた。

 

 ――何だ、これは。

 

 何が起こっているのか、自分でも分からない。全身のラインが緑色に明滅して、何度も激痛を神経系統に伝達する。

 

 終わりのない地獄のようであった。指先が麻痺し、スーツの内部から腫れ上がっているのが分かる。呼吸する事さえも出来ない。呼吸器に取り込んだ空気がまるで刃のように内臓を引き裂いていく。

 

 全てが敵であった。

 

 取り囲む全てが、刃や針となって、自分を襲う。

 

 エスプリが膝を折る。立っていられなかった。痛みに失神しかける。しかしそれさえも許さないほどの激痛であった。意識を失う事も出来ず、また痛みが襲いかかって来る。

 

「……助けて」

 

 発した声ですら、自分を傷つける凶器と化す。

 

 スーツの内部で循環するはずの空気が肌を刺し、エスプリは目を開けている事さえも困難であった。

 

 さなぎのように丸まってその場で痙攣する。

 

 最早、戦うだけの力など残っていなかった。

 

「たす、けて……」

 

『どうやら、自滅の道を選んだようだな。ここで、潔く死ぬといい』

 

 レパルダスが攻撃姿勢に入るが、そのような事でさえも自分にとっては些事であった。自分自身の呼吸で、自分は溺死する。

 

 喘いだ呼気を整える事も出来ず、エスプリは手を伸ばした。

 

「だれ、か……」

 

 弱々しい声に誰も応じてくれない。レパルダスの姿が大写しになり、その鎌のような尻尾が首を引き裂いたのが脳裏に閃いた。

 

 

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