ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE34 茨道

 

 ゴルバットに掴まれて担ぎ込まれたエスプリからまずヘルメットを取ってやった。

 

 ユリーカは手を薙ぎ払い、ルイに命じる。

 

「生命維持装置を全開にしろ! 絶対に死なせるな!」

 

『は、はい!』

 

 ルイのサポートによってスーツに刻み込まれた生命維持装置が作動する。どうやらアギルダーのユニゾンを試したのは一瞬の事であったようで、生命維持装置に不調は見られなかった。

 

 しかし重篤であるのは変わりない。ユリーカはルイにマチエールを任せてゴルバットを仰ぐ。

 

 事務所までエスプリを運んだ功労者の姿がない。

 

「ヨハネ君は? どうなった?」

 

 ゴルバットは翼を畳んで顔を伏せるばかりである。まさか、と最悪の想定が脳裏を過ぎった。

 

 すぐさま通信回線を開き、自分の知っている限りの人間に声をかける。

 

 ヨハネの写真データを配布し、一斉送信した。

 

「今、送信した少年が恐らく重態だ! 絶対に助け出してくれ!」

 

 マチエールを助けたのだ。ヨハネは、今死ぬべきではない。

 

 ユリーカの広域通信に何人かの情報通が応答した。その人々の情報網が即座に構築され、ヨハネの居場所を特定する。

 

「まだ、ヨハネ君は裏通りか……! ゴルバット! 主人を運んでくるくらい出来るな? 〈もこお〉もいるはずだ、すぐに頼む!」

 

 ゴルバットが翼を広げて飛び立つ。

 

 よく出来たポケモンだ。主人の命よりも他人の命を優先出来た。否、そうしろとヨハネが命じたのか。どちらにせよ、この一戦は苦いものとなった。

 

 ユリーカは応急処置を終えたマチエールを見据える。スーツの再生能力のお陰で、マチエールの身体には目立った外傷はない。問題なのは脳であった。

 

 アギルダーのユニゾンを試したのならば過負荷がかかり、脳が無事で済むはずがない。

 

「……私が想定した中で、最悪の展開になってしまった」

 

 ユリーカが項垂れて椅子に座ったのを、ルイは見届けて口にする。

 

『……マスターは、頑張っていますよ』

 

「ヨハネ君にももっと言い含めておくんだった。危険だと、もっと言っておけば……」

 

『後悔したって仕方がないです、マスター』

 

「……だが、ルイ。私達は人間なんだ。システマティックになったつもりでも、所詮は割り切れない一個人なんだよ。どうしても、後悔って奴は胸を掠める。こんなバカの仕出かした所業でも、それが私に責任がないとは言えない」

 

『マスター……』

 

 マチエールにだけ責任の所在を問える立場ではない。ユリーカは待った。マチエールの目覚めと、ヨハネの無事を。

 

 ガラにもなく祈ったほどだ。神など信じていなくせに、今だけは祈っていた。

 

 数分ほど経ったろうか。窓をゴルバットが叩いた。ヨハネを連れて来たらしい。ユリーカは招き入れるなり、すぐに処置に対応した。

 

 ヨハネのほうが、外傷が酷い。肩口の傷を目にして思わず目を背ける。

 

「なんて、無茶を……」

 

 意識が落ちているらしい。ユリーカはルイへと声を飛ばす。

 

「緊急処置の準備を! 闇医者は何分で着くって?」

 

『あと五分だそうです!』

 

「二分以内に来させろ。重態の人間が二人も、だ。これじゃ、私だってどうしようもない。マチエールもそうだが、ヨハネ君も……。何で、そんなに先走る……。私が動けないのが、意気地がないみたいじゃないか」

 

 二人ともどうして、そこまで自分を賭けられるのだ。ユリーカには分からなかった。

 

 訪れた闇医者はヨハネの傷を診るなり、すぐに処置に取り掛かる。

 

「治りますか?」

 

「この街の情報を仕切る妖精らしくないね。治すよ。あなたにはたくさん借りがある」

 

 そう答えた闇医者が処置をしている間、ユリーカは別室で待機していた。コツンと冷たい靴音が響く。

 

 イイヅカがユリーカの慌て様を察して訪問していた。

 

「いい、か?」

 

「……ああ、生憎私しか無事な奴はいないが」

 

「二人とも、重傷だって聞いた。敵はレパルダスのEアームズ体。相当な素早さを確約したのはそのせいか」

 

 ユリーカの先ほどの慌てふためいた情報のやり口にイイヅカは一家言あるようだった。フッと口元に諦観の笑みを浮かべる。

 

「ダメだな、私は。いざという時に冷静になるのが、探偵業の鉄則なのに。取り乱して余計な情報を与えてしまった。向こうもそれに気づく。レパルダスアームズから仕掛けられた場合、逃げ切れる保障はない」

 

「随分と弱気な言葉だ。ハンサムハウスの所長が逃げ切る、なんて」

 

 イイヅカの言葉繰りにも今は返す気になれなかった。

 

「私は臆病者だよ。ヨハネ君がこうなる事も、マチエールがこうなる事も予期していたはずなのに。だっていうのに、現実にこうなってしまうと、もうどうしたらいいのか分からない。ルイを頼ったってルイは所詮、システムだ。人間じゃない。私には、何もない……」

 

「それが、俺に情報屋の道があると諭した人間の言葉とは思えないな」

 

 他人にはいくらでも言える。だが自分は結局、甘ったれなのだ。

 

「……私の言葉通りに人生を歪めた事、後悔しているだろう?」

 

「いや、俺はベストな道を選ばせてもらったと思っている。ユリーカ嬢には感謝さえしている。それに、シュラウド君も。彼も勇気があった。だが、その勇気がどこか、自分を軽視してしまう結果になるんじゃないかと思っていた。俺にも落ち度がある」

 

 イイヅカは本気でマチエールとヨハネを心配して、ここに来たのだ。自分達を知っている「大人」として。

 

 それに比して自分はどれほどに「子供」か。勝手な理屈を並べ立てて、もう逃げの口上に入っている。

 

 普段なら眉一つ動かさない自分の脆い部分を見せたくはなかったが、結果はこの通りであった。どうしようもなく「子供」の部分を持て余すだけだ。

 

「私は、弱い。マチエールが本気でアギルダーのユニゾンを試さないように、もっと言っておくべきだった。でも、もっと根本のところで、甘かったんだと思う。アギルダーのユニゾンを試したところで、マチエールならば突破するのではないかと。しかし、そのマチエールでもさえも昏倒し、ヨハネ君も重傷の今、私に、何が出来るって……」

 

「ユリーカ嬢。ハンサムハウスの所長を買って出ているんだ。もっと毅然としているべきだと、俺は思うが」

 

「無理だよ。私は、アイツ以上にバカだ。圧し掛かる現実に、こうも耐えられないなんて……」

 

 両手で顔を覆う。もし、マチエールも、ヨハネも助からなかったら、と考えると足元が消えたように怖くなる。

 

 おぼつかない闇の中を歩むのは得意ではない。今まで、何だかんだでマチエールの後ろを、三歩ほど距離を置いて歩いてきた。その安全圏からしか眺めた事のない自分は突然に光を失ったも同義だ。

 

 マチエールという光がもしなくなってしまったら……。考えるだけで震えが止まらない。

 

「……ユリーカ嬢。俺にはいい慰めの言葉も浮かばないが、諦めるのは早いんじゃないか?」

 

 イイヅカの声音にユリーカは頭を振った。

 

「無理だ。エスプリも戦えない。ヨハネ君も……、私は……」

 

「――そんな事はありませんよ、ユリーカさん」

 

 不意に発せられた声にユリーカは顔を上げる。ヨハネが傷を押して部屋に入ってきていた。闇医者がそれを押し留めようとする。

 

「まだ傷が……!」

 

「いえ、今言っておかないと……。ユリーカさん。僕もマチエールさんも、自分の信念に従ったんです。マチエールさんはエスプリとして逃げたくなかった。僕も同じです。助手としてマチエールさんの役に立ちたかった。だから、無理してでも立っている。ユリーカさんは所長でしょう? 所長は、ボスはもっと、どっしりと構えていていい。僕らが傷ついたくらいで、脆く崩れ去るのは、所長らしくない……」

 

 その言葉を次ごうとして、ヨハネがよろめいた。闇医者が立て直そうとするが、ヨハネは手で制した。

 

「ユリーカさん! マチエールさんが目を覚ました時、僕らに出来ることは何です? 教えてください! あなたが、リーダーなんだ!」

 

 その言葉にユリーカはハッとした。彼らからしてみれば、自分が指針を示せる存在。この先どうなるのかを、決められるだけの力を持っている。

 

 しかし、とユリーカは歯噛みする。どうすればいいと言うのだ。ヨハネの言うほど、自分は強くない。

 

「……幻想だよ。ヨハネ君、キミが思うほど私は……」

 

「弱くたっていいじゃないですか。ただ、次の一言に、僕もマチエールさんも従います。それが、だって、探偵って奴でしょう?」

 

 弱くてもいい。弱くても、指針を示してくれ。ヨハネの言葉がある一面では眩しい。それほどまでに自分の存在に賭けてくれている。自分の言葉に賭けてくれている。

 

 涙がこぼれそうになったがぐっと堪えた。ヨハネとマチエールの前では泣くまい。

 

「……言っておくが、所長命令は茨の道だぞ」

 

「覚悟して、いますよ」

 

 ヨハネが膝をついた。闇医者が慌てて傷の応急手当をする。

 

「シュラウド君、あんなに意固地だったんだな」

 

 イイヅカの評にユリーカは笑みを浮かべた。

 

「まったくだ。マチエール以上のバカかもしれない。……だが、バカは嫌いじゃない。特に、こういった局面で諦めないバカは、バカっぽくていい」

 

「褒めているのか? 貶しているのか?」

 

 イイヅカの問いにユリーカは手を払う。

 

「無論、褒めている。私のやるべき事を成す。今は、そのために……」

 

 拳を握り締め、ユリーカは端末からルイを呼んだ。ホロキャスターより表示されたルイは掌サイズである。

 

『何でしょう? マスター』

 

「Eスーツに残っているログを漁ってくれ。アギルダーとのユニゾンの同調結果を知りたい」

 

 その言葉にルイは瞠目する。

 

『ですが……、アギルダーとのユニゾンは不明な点が多く、危険過ぎると、マスターが』

 

「前言撤回だ。恐らくこれを使いこなさなければ、我々は敗北する」

 

 こちらの覚悟を感じ取ったのか、ルイは僅かな逡巡の後に首肯する。

 

『分かりました。ですが、危険だと、ボクからは警告しておきます。アギルダーとのユニゾンの結果を、算出しますが、これがイコール使用可能かどうかの判断は』

 

「私がつける。アイツの、一応は相棒だからな」

 

 ホロキャスターのルイが消え、ユリーカは歩み出す。

 

 自分にしか出来ない戦いがあった。

 

 

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