ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE36 決断

 

 部屋から出てきたユリーカをヨハネは出迎えた。包帯だらけで、ところどころが痛む。

 

 その姿を一瞥するなり、ユリーカが言葉を投げる。

 

「包帯男だな、それじゃ」

 

「ですね……。結構酷い有り様だ」

 

「……マチエールの脳に異常はないとは言い切れないが、思っていたほどではなさそうだ。次の戦いまでに完全回復は可能だろう」

 

 懸念事項を言われてヨハネは少しだけ気分が楽になったのを感じた。

 

「よかった……、マチエールさんが無事で」

 

「無事で? ヨハネ君、キミは勘違いをしているな」

 

 キッと睨みつけられてヨハネはたじろいだ。ユリーカが舌鋒鋭く非難してくる。

 

「いいか? キミがやったのは三重に無茶だ。ユニゾン状態のボールを無理やり剥がそうとする! エスプリに代わって戦おうとする! 自分の手持ちを離す! 全部、無茶だ! 無茶過ぎる!」

 

 ここまで言われると立つ瀬がない。ヨハネは曖昧に笑った。それをユリーカが気を悪くしたのか、頬を引っ張ってつねる。

 

「笑うんじゃない!」

 

「イタタ……。分かった、分かりました! もう、こんな無茶はしませんよ」

 

「約束だぞ」

 

 手を離されて、ヨハネは頷く。

 

「ええ、もう。こんなのは二度と」

 

「掌、痕になるみたいだな」

 

「火傷みたいに引きつって痛いです」

 

 右手には包帯がぐるぐる巻きにされており、この傷は一生取れないのだと言う。ユリーカは少しだけ気後れした様子だった。

 

「悪い事をしたな。それもこれも、あのバカがバカをしたからだ」

 

「いえ、僕も随分と、馬鹿だったって話です」

 

 右手に視線を落とす。いくらかの勲章のように思えていた。マチエールを自分でも守れたという、少しばかりの自負。

 

 しかしこんな事を言えば、また手痛いしっぺ返しを食らうに違いない。ヨハネは黙っておいた。

 

「大バカが二人もいる仕事場で大変だ、まったく。ルイ! データ収集は終わったか?」

 

 ルイが廊下を渡ってきてユリーカのホロキャスターにデータを転送する。ユリーカは端末に表示された数値に苦々しい顔をした。

 

「やはり、か」

 

「やはり、というのは?」

 

「アギルダーとのユニゾンに際して、今までのユニゾンと同じように考えていたらダメだという事だ。今までは身体で操っていたが、今度は脳だけで操らなければならない」

 

 その意味するところが分からずにヨハネは首を傾げる。

 

「脳だけ、って……」

 

『バグユニゾンは所有者の聴覚、視覚、嗅覚、全ての神経系統の感じ取る刺激を数十倍に引き上げるんですよ。しかも、その引き上がり方が尋常じゃない。いきなり、虫の感覚に落とし込まれたようなものです。慣れる暇がない』

 

 ルイの説明は以前聞いたユリーカの説明と似通っていたが、その重みが違うのは目の前でバグユニゾンの結果を見たからだろう。

 

「慣れる暇がないユニゾンに、どうやって耐えるんですか?」

 

「私は緩衝材を作る事にした。バグユニゾンの際に、Eスーツのシステム側からのバックアップを設け、直接的にバグユニゾンの効果を出にくくする。しかしそれは、本来のユニゾンの性能を下げる事に他ならない。それでも、エスプリがユニゾンしていられるのは、せいぜい三十秒だろう」

 

 その数値に驚愕する。たったの三十秒。それだけで、レパルダスアームズに届くのか。

 

 感情が顔に出ていたのだろう。ユリーカはすぐさまその懸念を読み取った。

 

「短い、と思えるかもしれないが、ユニゾンシステムの仕様上、これでも随分譲歩した。最大に引き出して三十秒だ。三十秒を超過すると、安全装置が働き、その後二時間はユニゾンが使えない。これは使用者をより安全圏に置くための措置だ。そうしなければ、他のユニゾンと同様の頻度で使いかねない」

 

 それはある種の意味を内包していた。バグユニゾンは、他のユニゾンほど使えない、という事だ。

 

「バグユニゾンは……、多用出来ない」

 

「そうなるな。だからこそ、強力なユニゾンであるとも言えるが」

 

 しかし、その使い方を誤れば自らに手痛いしっぺ返しが来る。否、これまでのユニゾンシステムとてそうであった。赤も、青も、どちらもエスプリの精神の成長と共にあったのだ。

 

「その事、マチエールさんは」

 

「伝えてある。だが、アイツもバカだからな。理解出来ているのかと言えば半々と言ったところだろう」

 

 ユリーカはマチエールのバグユニゾン使用に反対なのだから当然だろう。しかし、ヨハネはアギルダーとのユニゾンなしに倒せるほど、今回のEアームズの相手は容易くないのだと身を持って感じている。

 

「レパルダスアームズ……、速さを確約し、その上精密さえも兼ね備えています。どうやったって、あのスピードを超えるものを繰り出せるとは……」 

 

 濁したヨハネにユリーカが窺う。

 

「何だ、ヨハネ君は懐疑的なのか? エスプリでは、あのEアームズに勝てないとでも」

 

「そうは言っていませんよ、ただ、今までとは相手が違うという話です」

 

 格上の相手に、如何にして食らいつくか。勝利のビジョンが、今回ばかりは見えなかった。しかしユリーカの声には諦めはない。

 

「ヨハネ君、キミが慎重になるのも分かるし、今回、私とて危うい綱渡りだとも思っている。しかし、カウンターEスーツは全てのEアームズを破壊する。これは大原則だ」

 

 どうしてそこまでEアームズの破壊にこだわるのか。そういえばヨハネは聞いていなかった。

 

「その……別に破壊にこだわらなくともいいのでは? だって、Eアームズに相対するのに、こっちは分が悪いじゃないですか。どんどんとタネが割れる中、相手ばっかり強化されてしまう」

 

 不利に立たされるのは明らかだ。それをユリーカは理解していないはずもない。

 

 彼女は、その言葉を咀嚼するように頷いてから、ルイを顎でしゃくる。

 

「ルイ、ちょっと席を外してくれ。ヨハネ君と、二人で話したい」

 

『えっ、構いませんが、マスター。バグユニゾンの最終調整は』

 

「一任する。なに、後はアイツ次第さ」

 

 ルイが立ち去り、ユリーカと二人きりになる。思えばユリーカがこうして改まって話をするのは初めてかもしれなかった。

 

「ルイに任せていいんですか? 最終調整は、相棒であるユリーカさん直々のほうが」

 

「相棒、か。そういえば言っていなかったな。何故、私とマチエールが組んでいるのかを。キミも、詮索するような人間じゃなかったから、言うタイミングを逃していたが」

 

 気になっている事ではあった。ユリーカほどの頭脳ならばもっとEスーツに適した人間と組んでもおかしくない。それを、自分に抵抗してくるようなマチエールを選んだ事が解せなかった。

 

 彼女なら、何も言わない忠実な駒を従えてもいいはずである。

 

「……マチエールさんと、何かあったんですか?」

 

「ある一件でね。私とマチエールは出会った。元々、私はEアームズの開発構成員、つまりは研究者であったんだ」

 

 瞠目するヨハネにユリーカは笑いかける。

 

「それほど奇異ではないだろう? だってEアームズに関する知識も、Eスーツに関する事も、だ。知り過ぎている」

 

 それは思うところがあったが、本人の口から話されるとなれば別だ。

 

「ユリーカさんは、Eスーツを開発する側だった……、という事は」

 

「ああ、連中と同じ穴のムジナだ」

 

 フレア団。その名を知らなかったのか、あるいはわざと教えなかったのかは分からない。ただ、無関係ではないと彼女自身から語られた。

 

「……フレア団の事を」

 

「Eスーツに関しては開発責任があったが、正直、フレア団の、組織の事は割とどうでもよくってね。ルイに雑務を任せていたせいでフレア団という名前も、ましてやその実情がどうなのかも、知りもしなかった」

 

「でも、Eアームズは知っていた」

 

「それも、前に話した通り、表向きの意味しか教えられていなくてね。医療用、能力の拡張用、とだけ。つまり世のため人のためになるのだと教えられていたわけだ」

 

 自分もある意味では被害者だと言っているのか。その沈黙を推し量ってユリーカは肩を竦める。

 

「被害者面するつもりはないよ。ただ、知らなかった。そして、俗に言う知らない事が罪、というのが、私の場合当てはまった。私が、何も知らず、ただ黙々と開発作業している間に、幾つもの命が失われたらしい。その過程で、マチエールは大切なものを失った。彼女がおやっさんと呼ぶ存在だ」

 

 マチエールの記憶に触れた時、その名前が出てきた。彼女が度々口にするものでもある。

 

「ハンサムハウスの初代所長でね。マチエールの、言ってしまえば教育係であった。彼女の育ての親と形容しても差し支えない。今のアイツの人格形成はほとんどおやっさんとやらによるものだ」

 

 その言い方だと、ユリーカとの接点はなかったのか。ヨハネは尋ねていた。

 

「おやっさん、っていう人は、何を遺していったんですか? だって、マチエールさんの記憶に、あれほどまでに……」

 

 先を濁したのは知っている事を勘付かれたくなかったからだろう。ユリーカはすぐに悟った。

 

「その言い草だと、〈もこお〉のビジョンで見たようだな。その通り、壮絶な――地獄があった。その地獄の果てに、私はアイツに訊いたんだ。悪魔になれるかどうか」

 

 地獄。自分では推し量ることも出来ないほど、マチエールとユリーカの間で何かが起こった。その結果、今の探偵業に落ち着いたのか。

 

「マチエールさんは、その問いに、何て?」

 

「二つ返事だよ。悪魔になれる、ってすぐに答えた。そして、アイツは悪魔になりつつも、どこかで人間を忘れないようにしたいと思っている。だから人を守る。この街を泣かせないと決めているのさ。ただの破壊者、殲滅者の悪魔ならば、誰でもなれる。しかし、アイツはそうじゃない。ただの破壊者に終わりたくないと思っているに違いないんだ」

 

 Eアームズからしてみれば、破壊のために使わされた悪魔、か。

 

 カウンターEスーツの名前が今になって意味を帯びてくる。まさしくEアームズからしてみれば対抗策そのもの。

 

「マチエールさんは、このミアレのために、どこまでも尽くすつもりなんでしょうか」

 

「尽くす、というよりもそれしか生き方を知らないだろうな。おやっさんとやらが守り通したこの街に、アイツは絶対に涙を流させないつもりなのさ。どれほど傷を負っても、どれほど自分をないがしろにしてでも」

 

 それだけの覚悟が自分にはなかった。目の前のマチエールを守る、それだけしか自分にはない。大きなものを守り通せるだけの力も、それに叶う理想も、ないに等しい。

 

 しかし、目の前の少女を守りたいと思うのは、いけない事だろうか。

 

 傷つき、膝を折り、それでも前に進もうとするマチエールを応援したいと思うのは、それは間違っているのだろうか。

 

 分からない。答えが簡単に出る問答ではない。

 

「僕は……ただマチエールさんの姿を追っているだけだ。エスプリの影を、ずっと追っているだけなんだ」

 

「今はそれでもいい。だが、キミもいずれは決める。何をするために、ここにいるのか、何のために、アイツを見守っているのかを。その時、私が出来るアドバイスは少ないかもな」

 

 最後は自分で決めろ、という事か。

 

 ヨハネは拳をぎゅっと握り締めた。

 

 

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