ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE5 逃水

 

「失態ですよ、ミスアリア」

 

 その言葉に眩い光が投げかけられてアリア――ヒガサは目をしばたたいた。

 

 相手はフレア団の幹部連である。今回の失策について、説明責任を取らされているのだ。いわばここは審問所である。

 

 周囲からやたらと視線を感じるのは錯覚ではないのだろう。カメラ越しに、数百人をゆうに越えるフレア団構成員が、自分を見張っている。

 

「お言葉ですが、皆さま。あんなものが来るなど、誰も予想出来ません」

 

 脳裏にあったのは漆黒の鎧を身に纏った劣等生――マチエールの姿。いや、『エスプリ』と名乗っていたか。どちらにせよ、あれは脅威であった。

 

「エスプリ、と言ったか。あれに関して、どう判断すべきか……」

 

「処遇の如何によってはミスアリアの刑罰を軽減してもいい」

 

 自分がやれなければ、他の人間が台頭してくるだろう。ヒガサは声を張った。

 

「わたくしには……! まだ秘策がございます」

 

「秘策、だと?」

 

 このような時のために、常に二手三手は上を行くのがフレア団での役どころだ。ヒガサはすっと指差す。床にミアレシティの地図が表示された。円形の街並みの中に、赤く毒々しい光が宿る。

 

 点在するそれがヒガサの秘策を示していた。

 

「Eアームズ、アリアドスの真価はこれにこそあります。まだ完全に破壊されたわけではありません。機能は生きています」

 

 自分の発した言葉に全員がざわめく。Eアームズに関する取り決めはまだフレア団の中でも穏健派と強硬派に分かれているのだ。自分の行動次第でその均衡は破られる。

 

「Eアームズの運用は勘繰られぬように、が鉄則のはずだ。ミスアリアは動き過ぎなのでは?」

 

「連日の怪人騒ぎ、貴女でしょう?」

 

「ええ、わたくしです。しかし考えなしではありません。全てはこのための布石。いくらエスプリとやらが強くとも、こればっかりはどうしようもありません。これが読めねば、我々の勝利」

 

 ちらつかせた勝利の美酒に何人が寄り付くか。ヒガサは試していた。この瞬間に、審議される側とする側が逆転したのだ。

 

「……よかろう。少しだけ、審問を伸ばす。ただし、ミスアリア。これが失敗すれば後はない」

 

 中でも重々しい声音はフレア団の重鎮の存在を示していた。ヒガサは恭しく頭を垂れる。

 

「きっと、いい報せを持ち帰りましょう。我らフレア団こそが、カロスの真の支配者たるために」

 

『フレア団の未来に! 栄光あれ!』

 

 相乗した声音に審問の終わりが成された。次々に消え行くカメラの気配を感じつつ、最後に残った審問者が声を振り向ける。

 

「ミスアリア。Eアームズ使いとして、問おう。エスプリとはどのような相手であったか」

 

 情報を出し惜しめばフレア団全体の指揮に関わる。ヒガサは傅いて煮え湯を飲まされた相手を思い返した。

 

「あれは……、Eアームズを全身に纏っているも同義。纏うタイプのEアームズがあったとは思いませんでしたが」

 

「最重要機密である。出来れば事は慎重に進めたい」

 

 やはりあれは、フレア団の失策なのだろう。何かがあって、あの劣等生にフレア団の悲願たるEアームズの結晶が渡った。

 

 それを詮索するのは賢くない。

 

「仰せのままに」

 

「探偵戦士、エスプリ、か。あのEアームズの真の使い方を知っていれば、あるいは、であるな。いいか、ゆめゆめ油断するでないぞ。Eアームズを使う者の心得である。あくまでもポケモンの能力を拡張するだけの代物。過信すれば」

 

「毒となる、でしたね」

 

 言葉尻を引き継ぐとヒガサは顔を上げた。

 

「分かっております。しかし、あの者が使っていた纏うタイプのEアームズ。話に聞いていたカウンターイクスパンションスーツではないのですか?」

 

「その言葉は、容易に口にするべきではないな」

 

「だからこそ、今、この機会を狙っているのです」

 

 他の幹部達の消えた今ならば、話の分かる人間には通じるだろう。

 

「カウンターEスーツ。あの時、消えたものだとばかり思っていたがな。実在しており、しかも我らに牙を剥くとは」

 

「カウンターEスーツの情報は」

 

「アリア女史とて、教えられんよ。まだあなたは三級フレア団員だからね。この情報閲覧権限は二級フレア団員以上である」

 

 やはり、自分の権限ではまだ届かないか。アリアは歯噛みしつつ次の言葉を探った。

 

「今次作戦の遂行によって、昇級される可能性は」

 

「ゼロではないが、今回はマイナスをプラスに持って来る事を優先したほうがいい。あなたの評価は下がっている。数に限りのあるEアームズを使い潰したとなればね」

 

「アリアドスアームズはまだ完全に墜ちたわけではありません。相手に一泡吹かせる覚悟はあります」

 

「その意気や、よしとしよう。あなたの意見を反映するのにも時間がかかる。Eアームズの開発は依然として、我らフレア団の悲願であるのだから」

 

「必ずや、敵を血祭りに上げてみせましょう」

 

 踵を揃えてフレア団のポーズを決めると通話越しの幹部は応じた。

 

「期待している」

 

 その一言でこの場における審議は先送りになった。

 

 しかし、脅威が去ったわけではない。

 

 エスプリと名乗る相手の駆逐。Eアームズの重要性に関して言えば、知られただけでもそれはまずいのだ。

 

「特待生、それにあの劣等生。必ず、借りは返して差し上げるわ」

 

 胸に深く刻み、ヒガサは踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段、男一人の部屋に突然の来訪者とはいえ、少女がいるだけでも華やぐものだ。

 

 行く場所がないというのでヨハネは自分の部屋に招いた。不都合はなかったが、マチエールはそこいらを物色し始める。

 

「何してるのさ」

 

「何って、こういう時はまず物色しろって」

 

「誰に教わったんだよ……」

 

 呆れつつ、ヨハネは椅子を引き寄せてきた。飾り気のないヨハネの部屋には簡易ベッドと本棚、それにデスクと小型テレビ。その対面にキッチンがあるだけだ。

 

「刑務所みたいな部屋だね」

 

 その形容には参ったが自分でもプライベートを持ち込まない部屋なのは自覚している。

 

「まぁ、趣味と言えば勉強くらいのものだし」

 

「勉強が趣味なの? ヘンタイじゃん」

 

「変態って……。まぁ、言わんとしている事は分かるけれどさ」

 

 自分でもおかしな事だとは思っている。無趣味だと言うのが嫌で勉強に明け暮れているのだ。

 

 コーヒーを入れてマグカップを差し出す。湯気をゆらりと上げるコーヒーをマチエールが手に取って口に含んだ。

 

 しかし途端に渋い顔になる。

 

「まっずい。うちで入れたほうがおいしいよ」

 

「うちって、帰る場所あるんだったら」

 

「帰れって? 生憎、この案件が済むまで帰るなって言われている。あたしに一人でどこまでやれるのか、今回はしきんせきだって。何だろう? しきんせきって。親戚みたいだね」

 

「試金石、ね。君を働かせているのが何者なのかは分からないけれど、もしかしたらヒガサ先輩……いいや、アリアとか名乗っていた彼女を誘き出すために、君を遣わしたのかもしれない」

 

「ヤツら、あれで終わらないよ。絶対、仕返しに来る」

 

 確信めいた声音にヨハネは肩を竦めていた。

 

「それが分かっているのなら、何で、あんな真似をしたんだよ」

 

「だって、Eアームズは全部壊さなきゃ。それがあたしの役目だし」

 

 ぴたりと手を止める。Eアームズ。それは何度もアリアとその仲間達が繰り返していた言葉だ。

 

「……なぁ、Eアームズって何なんだよ。あんな、機械の蜘蛛みたいなのがそれだって言うのか?」

 

 疑問をぶつけるとマチエールはコーヒーで喉を潤して首を傾げた。

 

「うまく言うのは難しいけれど、Eはイクスパンション、つまり拡張、って意味なんだよね。ポケモンの能力をその機械が補助して、何倍にも拡大する兵器、らしい」

 

「らしいって、君が戦っていたんだろ? 蜘蛛と怪人の噂話の正体は君とヒガサ先輩だった」

 

 その帰結にマチエールは清々しく微笑んだ。

 

「まさかあたしが噂の的だとは」

 

「笑っている場合じゃなくって! 正直、あの赤スーツの連中は何を考えているんだ。ミアレの、都市部の地下にあんな兵器を置くなんて、間違っている」

 

「じゃあ、どうする? ミアレの市長か誰かに掛け合って、あんな兵器を使っているヤツがいるんです、って訴える?」

 

「それは……現実的じゃない」

 

 分かっている。相手が秘密結社である事くらいは。その力の及ぶ範囲が一市長レベルであるのは巨大蜘蛛の運用の程度から鑑みても納得だ。

 

「分かってるじゃん。そうだよ。ミアレがどう動いたところで握り潰される。相手はミアレシティを……いや、カロスを手中に置いていると思っていい」

 

 それほどまでの組織を何故、今まで誰も検挙出来なかったのか。疑問は膨らむばかりであったが、ヨハネはまず目の前の疑問から解決していく事にした。

 

「君は……何でそんな奴らと戦っているんだ?」

 

「あたしは、言ったじゃん。探偵だって」

 

「探偵って、一国家と戦うほどのものじゃないだろう」

 

「結果的に国家と戦うとか、そういうヤバイ方向に転がっているだけで、あたしの本業はしがない探偵だよ」

 

 コーヒーをすするマチエールが嘘を言っているとは思えない。本当に、探偵業なのか。だとすれば、彼女は一体何者なのだ。

 

〈もこお〉がマチエールのスカートを引っ張る。どうやら〈もこお〉もコーヒーが欲しいらしい。

 

「人間用のコーヒーでいい?」

 

「ああ、水でいいよ。熱くすると〈もこお〉は飲めない」

 

 コーヒーの粉末を水で溶き、皿に注いでヨハネは〈もこお〉に差し出してやる。〈もこお〉は少し警戒した後、ぴとっと舌で舐めた。

 

 しかし飲んだのは一口だけでもう興味を失ってしまったらしい。

 

「おいしくないからだよ」

 

「だったら、早くこの事件を解決したほうがいい。僕はコーヒーをおいしく入れられないからね」

 

 しかしどこから辿っていくべきなのだろう。ヨハネの視線は自然とマチエールに装着された鎧が入っているアタッシュケースへと向けられた。あの時、マチエールの一声で生き物のように駆動した謎の鎧。

 

「その鎧があれば、相手と同等に渡り合えると思っていいのかな?」

 

 指差すとマチエールは首をひねった。

 

「どうかな? あたしだってEスーツの能力を全て理解しているわけじゃない。あいつのほうが分かっているくせに、あたししか付けられないから使っているだけの話だし」

 

 あいつ、と繰り返される相手はどうやら情報をマチエールよりもよく理解している人間のようだ。その人物と会うべきだと感じたが、彼女が言うには帰れないらしい。

 

 全てはこの事件を解決せねば。

 

「でも、一撃で相手のEアームズってのを倒したんだろ?」

 

「あれ、壊れてないよ。まだ動く」

 

 その言葉にヨハネは目を慄かせた。あれだけの兵器がまだ稼動すると言うのか。

 

「じゃあ何で、逃げたりなんか……」

 

「あれ以上、君と〈もこお〉を守りつつ戦えない。それに、相手はまだ一回目程度だ。わざと逃がして尻尾を掴む。その時こそ、相手を根絶やしにする」

 

 飲み干したマチエールはそう結んだ。つまり最初から、あの場での戦闘は目的ではなかった。

 

「……でも、倒せるのかな。あんなに強い兵器だよ?」

 

「強いって言っても、まだ核となるポケモンの能力を拡張させているだけだ。あいつはあの状態を第一フェイズと呼んでいたけれど、その段階。言ってしまうと、図体がでかいだけの、ポケモンよりも弱い存在だと思っていい」

 

 マチエールはあれを弱い、と言っているのか。その事実に歴然としたが、それ以上にヨハネには懸念があった。

 

「でも、弱くてもあんなのが暴れれば……」

 

「ミアレシティは半壊するね」

 

 平静を保ったまま口に出来るのが信じられない。ヨハネは思わず声を荒らげていた。

 

「だったら! 早く倒しに行かないとまずいんじゃ……!」

 

 するとマチエールは眉根を寄せて額を突いた。

 

「あのさ、正義感があるのかないのか分からないけれど、そういう小さい正義じゃ、何も成せないよ。だって力がないんだもん。いくら、連中が間違っている、だとか、こんなのおかしい、って言っても、君自身に何の力もない。Eアームズ相手に、何も出来やしない」

 

 言われてしまえばヨハネは黙り込むしかない。自分には何も出来ない。それは分かっている。よく分かっているつもりだった。

 

 しかし、捨て置けない。この事実は、胸の内に留めておくのは危険であった。

 

「……でも僕は、知らん振りを決め込めるほど、出来ちゃいない」

 

「変わっているね。ああ、だからヘンタイなのか。こんなの、知らんぷりしておけばいいのに」

 

〈もこお〉を抱き上げたマチエールは簡易ベッドに歩み寄った。リモコンを手にしてテレビを点ける。

 

 マチエールの変身した姿が目撃されているかに思われたが、ありふれたドラマが放送されているだけだった。

 

「ニュース、やっていないのか?」

 

「そんなのやらないよ。だってあれだけでかい蜘蛛が暴れたって、絶対にニュースなんかじゃ取り上げないんだから」

 

「どうして? だって、あれはカロスの敵対者だ」

 

「市民にとっての敵が、国家にとっての敵じゃないって話」

 

 よく分からない。ヨハネが黙っているとマチエールは寝転がった。

 

「疲れちゃった。寝ていい?」

 

「ああ、うん。どうぞ」

 

 そう言った時にはマチエールは寝息を立てていた。何という無防備なのだろう。〈もこお〉を抱きかかえているとはいえ、彼女は警戒心も抱いていない。

 

 ヨハネはそっとアタッシュケースに触れてみた。簡単に持ち上げられるかに思われたが、全く動かない。

 

「重い……」

 

 歯を食いしばっても一ミリも引きずれなかった。それほどの重量を誇るものを、〈もこお〉とマチエールは軽々と振り回していたのだ。

 

 今さらに恐れが這い登ってくる。

 

 この少女は、一体何のために、自分の学校へ編入してきた? 

 

 彼女が握っている秘密は何なのだ。

 

 ヨハネはマチエールへと手を伸ばした。彼女が何者なのか知りたい。一言でもいい、何か秘密を聞き出せれば。

 

 その刹那、脳内にイメージが飛び込んできた。

 

 燃え盛る炎、泣き喚く少女、凶弾に倒れ伏す人影……、声が相乗し頭の中を掻き毟る。

 

 ――悪魔になれる?

 

 その問いに誰かが答えた。バックルを装着し、次の瞬間、襲いかかった光弾を跳ね除けて顕現するのは黒い疾駆。

 

 成ってしまった。運命がそうさせてしまった――。

 

 ヨハネは荒い呼吸をついて床に這い蹲った。

 

 今のは〈もこお〉のパワーだろうか。

 

 唐突に脳内に過負荷がかけられたような感覚であった。逆流するイメージの渦にヨハネはトイレへと駆け込んで胃の中のものを吐き出した。

 

 壮絶な記憶の連鎖である。

 

 一体、彼女は何者なのか。

 

 その答えは手を伸ばせば逃げていく逃げ水のように、今のヨハネには届かぬものであった。

 

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