ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE62 胎動

 

 マチエールがバックルを腰に当てる。ベルトが伸長し固定した瞬間、叫んでいた。

 

「Eフレーム、コネクト!」

 

 後ろからついて来た〈もこお〉の抱えるアタッシュケースから黒い鎧が放出される。

 

 それらがマチエールへと接合し、瞬時に構築していくのはエスプリという存在であった。

 

 ヘルメットを最後に被り、バイザーが降ろされる。Eを象った文字が浮かび上がった。

 

「マチエール。お前の眼にはまだ、奴はハンサムの姿なのか?」

 

「……悔しいけれどそうだ」

 

「覚悟は?」

 

「言うまでもないだろ」

 

「愚かしいな、エスプリ! その姿になってから、わたしを見るとは!」

 

 ヨハネの眼にはのっぺらぼうであるがマチエールにはあれがハンサムに見えているのだ。しかし、彼女は臆する事はない。それどころか果敢に攻め込んだ。

 

 相手へと阻むのは霧だ。霧が一極集中し、マチエールの拳を受け止めた。

 

「わたしだよ、マチエール。わたしに、拳を振るうのか?」

 

「お前は、おやっさんじゃない!」

 

「頭では分かっているんだろう。しかし、その眼と記憶は誤魔化せまい。さぁ、わたしと共に来るんだ。古い観念は捨て去ろう。新しい象徴として、わたしと――」

 

 そこから先の言葉を遮ったのはマチエールの蹴りであった。霧を突き抜けたマチエールの炎を纏った蹴りが相手へと食い込んだのだ。

 

「それ以上、おやっさんを愚弄しないでもらおうか。おやっさんは、この街を愛していた。あたしも、この街が大好き。だから、街を泣かせるヤツを、あたしは認めない! それがおやっさんの姿形をしていようとも! 過去と共に、全てを振り払う!」

 

 炎が噴出し、霧を払った。

 

 その瞬間、霧を生じさせていたポケモンが露になる。

 

 触手を持つポケモンであった。細長い胴体を持ち頭部が小さいが、瞳孔は射るように鋭い。

 

 そのポケモンの頭頂部に装備されているのは機械の装具であった。

 

「カラマネロ……催眠攻撃で人々を操り、その者の最も愛する存在を模倣していたのか」

 

 ユリーカの声にカラマネロが触手を振るい上げる。

 

「正体が割れては仕方あるまい! カラマネロアームズ、わたしと共に、奴らを滅ぼせ!」

 

「やはり、Eアームズ……!」

 

 ヨハネの確信にエスプリが続ける。

 

「もう、分かった。Eアームズだって言うのなら、倒す事にいささかの躊躇いもない!」

 

『エレメントチェンジ』の音声と共にヒトカゲのボールが排出される。カラマネロが紫色の磁場を引いて触手を持ち上げた。

 

「サイコカッター!」

 

「なら、こいつだ」

 

『コンプリート。ウォーターユニゾン』の音声と共に「W」の文字に胸部装甲が輝き、水飛沫が思念の刃をいなした。

 

 カラマネロが連射するがどれも水の装甲を射抜く事さえも出来ない。

 

「くそっ! なら殴りかかる!」

 

 カラマネロが跳躍し接近する。

 

『エレメントチェンジ』で次に用いられたのはアギルダーであった。

 

『コンプリート。バグユニゾン』の音声と共にヘルメットの両側面に「B」の意匠が刻み込まれる。

 

 攻撃を回避したエスプリは舞い上がる砂煙の中、カラマネロを正確に照準する。

 

 右手首から放たれた毒の弾丸がカラマネロに命中し、その巨躯をよろめかせた。

 

「毒、か……。カラマネロ、その程度で」

 

「まだまだぁッ!」

 

『コンプリート。ファイアユニゾン』の音声を引き継ぎ、エスプリの身体が跳ね上がる。

 

 炎を纏った拳がカラマネロに直撃し、そのダメージがEアームズに亀裂を走らせた。

 

「そんな……。おい、お前! わたしは、ハンサムだぞ! この顔に! 恩師の顔に傷がつけられるはずが――」

 

「ゴチャゴチャ、うるさいんだよ」

 

 灰色のコートを纏った相手の頬へと怒りの攻撃が深く刻み込まれる。吹っ飛んだ相手の顔は特徴という特徴のない顔立ちであった。それもエスプリの一撃に醜く歪んでいる。

 

「おやっさんは死んだ! もういない! でも、あたしの魂に! 心に、その志は引き継がれている。だから見ていて、おやっさん。これが、あたしの! 変身!」

 

 ヨハネはエスプリを呼んでボールを放り投げる。『エレメントチェンジ』の音声と共にバックルのシャッターへとボールが埋め込まれた。回転し紫色の磁場を広がらせる。

 

 全身に走ったエネルギーラインが茨の形状となって放出される。

 

『コンプリート。ドラゴンユニゾン』の音声を受けたエスプリの両腕から茨の鞭が引き出された。

 

 一撃、さらに一撃がカラマネロを打ち据える。あまりの連撃に、まずいと感じたのか相手トレーナーが手を払った。

 

「カラマネロ! 思念を吹き飛ばして離脱だ! このまま戦い続けても得策じゃない!」

 

 カラマネロがEアームズによって思念の渦を形成し、その場から跳び退ろうとする。

 

 それを茨の鞭が絡め取った。

 

「――逃がすと、思っているのか?」

 

 巻き返したエスプリが肉迫し、もう一方の手から引き出した茨の鞭で鋭く打ち据える。

 

 その攻撃にカラマネロの頭部に装着されたEアームズに亀裂が走った。

 

「さ、させるな! これ以上は……」

 

「これ以上は、何だ? もう限界なのか? 生憎だが、あたし達の受けた傷は、こんなもんじゃない」

 

 エスプリがハンドルを引くと『エレメントトラッシュ』の音声が鳴り響く。片腕に茨が結集し、手首から伸びたのは紫色のエネルギーの凝縮体の剣であった。

 

 カラマネロが最後の足掻きのつもりか、思念の刃を複数形成する。

 

「ふざけるなよ……。わたしには、まだ、組織での働きと! それに見合う対価が! まだ!」

 

 鋭く閃く思念の刃の連射にエスプリは一歩だって退かない。それどころか、力に変えて前に進む。

 

 一歩、また一歩と近づいてくるエスプリは相手にとって地獄の使者に見えた事だろう。

 

 男が仰け反り、カラマネロが大きく手を引いた。

 

「馬鹿、力ァッ!」

 

 全ての力を結集したまさしく捨て身の一撃。しかし、それをエスプリは満身で受け止めた。

 

「……今のが、愚かしくもお前に操られたあたしに、相応しい痛みだ。相棒の分でもある。そして、これが」

 

 紫色の剣を咆哮と共にエスプリが突き出した。

 

 Eアームズを貫いた剣筋に彼女の声が相乗する。

 

「――探偵戦士として、生きる事を決めた。あたしの、決意だ」

 

 払い上げられた一閃でEアームズが両断される。Eアームズを失ったカラマネロが明らかに弱体化した。

 

 クリムガンのボールが排出され、エスプリが白の姿に戻る。それでも、相手のトレーナーからしてみれば充分な脅威だ。引き下がろうとした相手を、エスプリがすぐさま掴み上げた。

 

「今さら逃がすワケないだろ」

 

「た、助けてくれ。何でも! 何でもする!」

 

 その姿も顔立ちも、最早ハンサムの面影もない。人心を掌握していた悪鬼の姿は消え失せていた。

 

「何でも……? だったらさ」

 

 エスプリが片腕のEスーツを解除した。

 

 次の瞬間、その拳が男の頬にめり込んだ。

 

 吹き飛ばされた男が失神する。

 

「受け止めろよ。これが、あたしの、おやっさんを侮辱された怒りだ」

 

 終わったのだ。ヨハネはカラマネロへと駆け寄ろうとする。その瞬間、どこからともなく赤い光が奔った。

 

 覚えず避けるとその赤い光にカラマネロが回収される。

 

「どうやら……三体目のEアームズプロダクションタイプは、それなりの働きをしたようダガ、それもここまでの様子」

 

 視界に入ったのは白い仮面を被った男であった。目元も赤いゴーグルをかけているせいで窺えない。

 

 しかし何者なのか、はその赤いスーツから問うまでもなさそうだった。

 

「フレア団……」

 

 警戒するヨハネに男は言ってのける。

 

「そう警戒するもんじゃないヨ。ヨハネ・シュラウド。それに、カウンターEスーツの持ち主……エスプリだったか。殺さずにおいてくれた事一応感謝すべきかナ?」

 

「勘違いするんじゃない。あたしは、義を通すためにやった。お前らのためでそいつを生かした覚えはないよ」

 

「随分とじゃじゃ馬のようダ。しかし、そうなってくると彼女は……」

 

 視線を向けたのはユリーカであった。ヨハネは覚えずその視線を遮るように前に歩み出る。

 

「ホウ……」

 

「ヨハネ君……、私の事なら心配は」

 

「いえ、そうでなくとも相手にこちらの手の内が割れるのはまずいんです」

 

 あえて、ユリーカの名前は呼ばない。一つでも間違えれば全滅する。

 

 その緊張を走らせた時、男は恰幅を揺らして笑った。

 

 その笑い声に暫時呆けたほどだ。

 

「何が、可笑しい……?」

 

「いや、失敬。あまりにもナイトであったから、少しばかり……、微笑ましくってね」

 

「僕には力がない。でも、彼女らの盾にくらいはなれる」

 

「強がるなヨ、ヨハネ・シュラウド。お前はそれほど強くない事は分かっているが、その内に秘めたもの、その闇は思い知っている。報告書の体で纏められていたからネ」

 

 どうして、とヨハネは目を見開く。

 

 連中は何故、自分のような下っ端に興味を持つのか。

 

 その疑問を解消する前に相手は手を払った。

 

 いつの間に展開していたのか、周囲には赤スーツの人々に囲まれていた。完全な包囲だ。逃げ出す事も出来やしない。

 

「動かないほうがいい。ワタシは、ただ単に適合者の回収に来たに過ぎないのだからネ」

 

「戦いが本懐ではない、と?」

 

 エスプリが拳を握り締める。いつでも飛び出せる構えに男はフッと口元を綻ばせたようだった。

 

「喧嘩っ早いから、今回のような絡め手を使わせてもらった。その場合、Eスーツの持ち主、エスプリはどう動くのか、をモニターしたのだが、問うまでもなかったナ」

 

「お前を倒し、陣形を崩れさせる」

 

「やってみるといい。ただし、彼の命は保証しない」

 

 赤スーツが銃口を向けたのはエスプリではなく自分だった。ヨハネは全員から銃口を向けられて身体が強張る。

 

「盾にでも何でもなると豪語した少年だが、実際のところお前達がそう軽んじているわけではないのは、連携を見れば分かる」

 

 エスプリが歯噛みしたのが伝わった。ユリーカもそうだ。いつの間にか、自分が足枷になっている。

 

 ヨハネは渾身から叫んでいた。

 

「エスプリ! やってくれ! こいつを、このまま逃がしちゃいけない! 腕の一本でもいい。Eアームズを増やされる前に、こいつを……!」

 

「ヨハネ君……しかし」

 

「やるんだ! 決意したんだろう? エスプリ!」

 

 その言葉がエスプリに迷わせていた最後の一線を決断させた。低く姿勢を沈ませてエスプリが構えを取る。

 

 鋭く跳躍したエスプリが腕を突き出し、男へと襲いかかった。

 

「命知らず……いや、恐れ知らずか。今の戦いで精神的に成長もしたらしい。だがネ……、届かぬ拳が、この世には存在する。ボールジャック機能、スタンバイ。ウイルス、送信」

 

 振り上げられたその手から伸びたのはボールの赤い粒子であった。飛び出したのは先ほどのカラマネロである。

 

 しかし先刻と一線を画していたのはその性能だ。

 

 飛びかかったカラマネロがエスプリの腕を締め上げる。Eアームズ頼みの戦い方とはまるで違う、ポケモントレーナーがするような戦法だった。

 

「こいつ……強くなっている?」

 

 その疑問に応じるように、男のスーツが手首から肘まで捲れ上がっていた。内側に脈動するのはエスプリと同じ、黒い装甲だ。

 

「いつまでもこちらが後手に回ると思うナ、エスプリの一味。我々も進化している。これはEスーツの、本来の性能を開花させたものだ」

 

「……イクスパンションスーツ壱番機」

 

 忌々しげに放ったユリーカの声に相手が反応する。

 

「何だ、そっちでも理解している奴もいるじゃあ、ないか。そもそもイクスパンションスーツはこういう風にポケモントレーナーの能力を拡張するためにある。今は通常よりもポケモンを強化する事くらいしか出来ないが、逃げる時間くらいは稼げそうダナ」

 

 赤スーツ達の上空にヘリが飛んでくる。投げ出されたスロープに掴まり、赤スーツ達が離脱していく。その中にはカラマネロを操る先ほどの男の姿と、白い仮面の男の姿があった。

 

 カラマネロがボールに戻され、仮面の男が鼻息をつく。

 

「さよならダ、エスプリの、この街の正義を信じる一味よ。いつかはその理想に打ち砕かれる時が来るだろう」

 

 予言めいたその言葉にエスプリは言い返していた。

 

「ならば、あたしだって言う。お前達は滅びる。いつか、あたしの手で!」

 

 お互いに言葉を交わし合い、仮面の男は嗤ったようだった。

 

「また会える日々を心待ちにしているヨ。ワタシの興味はあの方と違って、もっぱらエスプリのほうにあってネ」

 

 ちら、とこちらが窺われたのが分かった。あの方、と形容された存在が例の青年と同じとは限らないが、どうしてだかそのような気がしていた。

 

 ヘリが飛び去っていく。それを眺める事しか、今は出来ない。

 

「でも、いつかは、追いつく」

 

 そう口にしたのは誰だったのか、その場で問い質す人間はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 査問会は終わったのですか。

 

 そう型式通りの質問をされてシトロンは肩を竦めた。

 

「見れば分かるだろう。それで、キミがここにいるという事は失敗したんだな」

 

 自分の存在が打っていた手の失敗だと思われると癪であったがアリアはそれを受け止めた。

 

「残念ながら……」

 

「少しばかり分が悪いが……、いいよ、ぼくも連戦で疲れていたんだ。しばらくはキミ達に譲ろう」

 

「それは、どういう意味ですか?」

 

「言葉通りの意味さ。一時だが、ぼくはEアームズ開発を離れる」

 

 それは衝撃的な宣告であった。では自分達は見捨てられるのか。その思いに口をついて出たのは詰問であった。

 

「……監視者の命ですか?」

 

「まぁ、半々かな。それに、キミらだってもうプロダクションタイプのノウハウは得たはずだ。一度、ぼくなしでやってみなよ。きっとそれなりの成果が出る」

 

「信用して、いいのでしょうかね……」

 

 掌で踊らされている可能性もあるのだ。しかし、シトロンは笑みを浮かべるばかりであった。

 

「信じなよ。ぼくだって途中で全部投げ出すのは好きじゃない。それに、彼の事も気になる」

 

「ヨハネ・シュラウド……」

 

 どうして特待生の事を天才が気にするのか。その疑問は常にあったが、殊更問題にも上げなかった。

 

 しかし思えば奇妙なものだ。エスプリと関わらなければ交わらなかった線である。

 

「彼は今も正義と悪の板ばさみにある。それをもっと顕著にすれば、彼の変化をもっと分かりやすくモニター出来るかもしれない」

 

「何のために?」

 

「言う利益、あるのかな?」

 

 そう言われてしまえばこちらには質問する口はなく、アリアは身を翻そうとする。

 

「では、わたくしはこれで」

 

「カラマネロはクセロシキが?」

 

 投げられた疑問に必要最小限の言葉で返す。

 

「ええ。適任でしょう」

 

「適任かもしれないが、少し引っかかるな。どうやってあのエスプリから逃げおおせた?」

 

「わたくし達に任せてくださればいいのです」

 

 後は、と無理やりその会話を打ち切ったアリアにシトロンは一言だけ返す。

 

「成果があったら言ってくれよ。ルイは残しておくから、好きに使うといい」

 

 どうしてそこまで諦めがいいのか。不気味でもあったが、勘繰られないのはこちらにとって利になった。

 

 クセロシキのラボに帰ると、彼の右腕に装着されたそれが輝いていた。

 

 黒の装具だ。忌まわしきエスプリのものとほぼ同一規格である。

 

「これが、真のイクスパンションスーツダヨ。主任は勘付いた様子は?」

 

「今のところは」

 

「そう、か。ワタシも準備に入る。プロダクションタイプのデータがあればこのスーツと併せて使えるかもしれない。ここからは新たな時代のEアームズが席巻する」

 

 その宣言にカプセルに入った準備段階のポケモン達が胎動する。

 

 ――そうだ、これからが戦いなのだ。

 

 雪辱を晴らすため。それ以上に自分の執心を果たすために、ここから先はミスの出来ない戦いであった。

 

「必ずや、結果を」

 

 傅いたアリアにクセロシキがEスーツを装着した右腕を掲げる。

 

「そうだとも。我らフレア団に、栄光あれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこへ行った? 追い立てろ!」

 

 赤スーツが拳銃を保持して追撃を続ける。

 

 宵闇の中に紛れた対象をその眼が捉えた瞬間、上空から飛翔による自由落下攻撃を仕掛けてきた影が大写しになった。

 

 鳥ポケモンのようであったが、鍛え上げられ、自律した四肢と足腰は格闘のしなやかさを持っている。

 

 拳銃を振り翳すとその鳥ポケモンが足を払い、手から取り落とさせた。ホルスターのボールに手をかける前に、背後からカツン、と腰に冷たい感触を感じる。

 

「はい、追いかけっこはここまでだね」

 

 かけられた声に赤スーツは戦慄いた。

 

「皆……皆、お前にやられたのか……?」

 

「言ったでしょ? アタシはフレア団を許さない。一人だって生きて帰すつもりはないんだ」

 

 非情なる声に赤スーツは両手を上げて降伏を示す。

 

「見逃してくれないか? もう戦えない」

 

「うーん、どうしようかね? 〈チャコ〉」

 

〈チャコ〉、と呼ばれた鳥ポケモンは腕を組んで憮然とする。やはり飛行というよりも格闘の趣の強いポケモンだ。肉迫されて嫌な汗が滲む。

 

 一瞬だけ、ポケモンの監視が緩んだ。

 

 その隙にホルスターに手をかける。

 

「誰が、投降なんてするかよ!」

 

 振り向くと同時にポケモンを繰り出し相手へと致命的なダメージ。

 

 脳内で組み上げた鮮烈なイメージは、直後に裏切られた。

 

 ごきり、と嫌な音が響く。

 

 払われた足の一撃だけで、腕が折れたのだ。肘から明後日の方向に折れ曲がった腕に赤スーツは叫ぶ。

 

「オレの、腕がァっ!」

 

「やっぱりさ。こういうやつは一人たりとも逃がすべきじゃないと思うんだ、〈チャコ〉」

 

 振り上げられたのはローラーブレードを履き込んだ靴裏であった。そのままローラーブレードが叩き落される。

 

 肩口を狙ったものであったが、全身の骨を粉砕されたかのような衝撃が走った。

 

 当然の事ながら赤スーツは動けない。それも、ただのローラーブレードではなかった。

 

 踵の部分に当たる場所からまさしく刃のように部品が伸びており、車輪を内蔵した靴裏はさしずめ刀身であった。

 

 その切っ先が肩にめり込んだのだ。激痛、なんてものではない。灼熱に、赤スーツは喚き許しを乞うた。

 

「お願いだ……見逃してくれ」

 

 泣きじゃくった顔に相手は首を横に振る。

 

「だめだめ。何でお前だけを許さなくっちゃならないんだ? フレア団は皆、等しく、皆殺しだ」

 

 そのまま刃が引き抜かれる。

 

 月光の下、明らかとなったのは相手の顔立ちであった。

 

 少女である。

 

 金髪を奇抜なトリプルテールにしており、頭にはヘッドギアを被っていた。碧眼が射る光を灯し、こちらを睨む。

 

 その眼差しには一分の慈悲もない。

 

「〈チャコ〉、そいつの喉、潰そう。叫ばれるとめんどうくさい」

 

 後ろから鳥ポケモンが羽交い絞めにする。赤スーツが断末魔の叫びを上げる前に、その鉤爪が喉元を掻っ切った。

 

 血に染まった鳥ポケモンとその人物が踊り上がり、屋根の上で肘を立てて姿勢を沈める。

 

「この街にいるフレア団と戦う存在は、一人じゃない」

 

 足に装着したローラーブレードの内部骨格が蒼く輝く。その光がまるで灯火のように、闇の中でぼうっと揺らめいた。

 

 足首の辺りにチップが埋め込まれており、少女はそれを押し込んだ。

 

『ファイティングユニゾン』の音声が闇夜に響き渡った。

 

 

 

 

 

第六章了

 

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