ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE66 見敵

 

「ああ、ヨハネ君。帰ってきたんだ? すまないが、コーヒーを……」

 

 そこでユリーカの声が途切れた。

 

 帰ってきたヨハネの連れている人間が目についたからだろう。ヨハネは俯く事しか出来ない。負けて、この場所をむざむざ教えたなど、彼女らに伝えられるはずもない。

 

「ここが、仮面の怪人のアジトかぁ。趣があるね」

 

 のどかなコルニの声とは裏腹にユリーカは戦闘の緊張を帯びさせた。

 

「動くな! 動けば即座に攻撃に入る!」

 

 いつの間に配備していたのか、天井裏から現れたのはおびただしいタレットの銃口であった。

 

 ヨハネでさえも動けなくなる。しかし、コルニは動じもしない。

 

「タレットか。普通の人間なら危ないよ?」

 

「お前、何だ? あのバカと同じにおいがするな……。ヨハネ君、キミの責任追及は後だ。今は、こいつを始末する」

 

「始末? 変な言い回しだな。で? どこに仮面の怪人が? 少年」

 

「一斉射撃用意! ヨハネ君、そこから動くなよ。撃て!」

 

 ユリーカの命令でタレットから銃弾が発射される。コルニはそれらの軌道を読んでいるかのように、全て、回避してみせた。

 

 ヨハネはあまりの出来事に膝を落とす。

 

 自分の周りの壁には銃弾で出来た穴だらけであった。

 

「ゆ、ユリーカさん……」

 

 ユリーカは舌打ちする。

 

「何者だ? タレットの弾丸を避ける、加えて殺意の欠片もない。並大抵の人間ではないな」

 

「そんなの、確認するまでもないじゃない。あのさ、もっと建設的な事を話し合おうよ」

 

 落ちた薬きょうを拾い上げたコルニが息を吹く。その薬きょうとて、高熱のはずだが彼女は全く、臆する事もない。

 

「建設的……。大いに結構だ。お前は何者なのか」

 

「アタシの名前はコルニ。シャラシティのコルニだ」

 

 拳を固めて自己紹介するコルニにユリーカは片手を上げる。

 

 ルイを呼びつけてコルニの情報を探ろうというのだろう。ルイは一瞬だけ現れただけだったがコルニの驚くべき動体視力には映ったらしい。

 

「あれ? 何今の? 幽霊か何か?」

 

「答える必要はない。シャラシティのコルニ……。なるほど、検索結果には並ぶほどの、有名人だ。メガシンカの継承者でもある」

 

「よくご存知で。マスタータワーで継承者をやらせてもらっています。その時に使うのはルカリオだけれど、今はどうにもならなくってね。この子、〈チャコ〉を使っている」

 

「ルチャブル……。飛行・格闘の複合か。また、厄介な敵だな」

 

 瞬時に知り得たユリーカにも舌を巻くが怯えすら浮かべないコルニも同等の脅威であった。

 

「敵、ね。あんた達の観念じゃ、アタシも敵になるんだ?」

 

「そりゃそうだろう。勝手に土足で人の事務所に入って、ポケモンも出している。臨戦態勢だと思われても、おかしくはない」

 

「戦い手がいないんじゃない?」

 

「いるさ。マチエール!」

 

 直後、ヨハネの傍の壁が粉砕した。

 

 現れたマチエールはユリーカから情報を受けていたのか、既に戦闘の気配を漂わせている。

 

 即座に打ち込んだ掌底がコルニの背筋に命中したかに思われたが、コルニは躍り上がって避け切った。

 

 舌打ちするマチエールが今度は蹴りを放とうとする。コルニも足を伸ばし、放たれた蹴りが交差して鞭のような鋭い音を響かせた。

 

 マチエールの拳を、コルニは受け止めてカウンターを顔面に放とうとする。それさえも予見したマチエールは咄嗟に膝を決めた。

 

 コルニの肘が叩き割られたかに思われたが、その時には踊るようにコルニは射程から逃れていた。 

 

 ローラーシューズを巧みに使い、回転を加えながらコルニは渾身の蹴りを撃つ。

 

 マチエールが腕で受け止めようとするがあまりにも攻撃力が高かったのか、僅かによろめいた。

 

 その隙を見逃さず、コルニが拳を真正面からぶつけようとする。

 

 その拳に下段からアッパーを決めたマチエールはなおも抵抗の意思を見せようとした。

 

 コルニの口元にもいつの間にか笑みが浮かんでいる。

 

 マチエールは一瞬たりとも気を抜かず、射抜くように手刀を突き刺そうとする。

 

 肩口を狙った一撃。コルニはバック宙を決めて逆さになり、回転蹴りをマチエールの攻撃網に叩き込んだ。

 

 マチエールの防衛術に比すれば遊んでいるようにも見えるコルニの動きだが、真に押されているのはマチエールのほうであった。

 

 少しずつ攻め手がなくなっているのがヨハネのような素人でも分かる。

 

 蹴り上げようとしたマチエールに、コルニは跳びかかり、射程を縮めた。マチエールの好機だ、と思われたが、彼女は苦い表情を浮かべる。

 

 近過ぎるのだ。

 

 至近の距離に近づいたマチエールの防衛手段は存在しない。

 

 王手か、と思われたその時、マチエールは唾を吐いた。

 

 コルニの頬に唾がかかる。

 

 一瞬、時が止まったかのように、コルニが呆然とした。

 

 マチエールはすかさず距離を取る。

 

 構えを取ったマチエールに比して、コルニは頬に吐き付けられた唾を指先でなぞり、そっと瞑目した。

 

 瞬間、見開かれた眼には殺気が滾っていた。

 

 先ほどまでの動きとは明らかに違う。

 

 殺すための格闘術がマチエールへと襲いかかる。手刀が本物の刃と見紛うほどの速度で放たれ、マチエールの鼻頭を切った。

 

 滴る鮮血に臆する事もなく、マチエールも同速の手刀で応戦する。

 

 マチエールの眼に浮かんでいるのは常のような飄々としたものではない。

 

 殺人者の冷酷さを漂わせたマチエールの拳が空気を割る音さえ生じさせる踏み込みと共に、コルニへと肉迫する。

 

 コルニは手先だけでそれを弾き落とし、翼のように展開した手刀でマチエールの首を掻っ切ろうとした。

 

 まさしく一進一退。

 

「そこまで!」

 

 ピタリ、とお互いの暴力が止まる。

 

 マチエールの放とうとした裏拳がコルニの顔のほんの数センチの距離まで接近していた。

 

 同様にコルニの手刀も今にマチエールの頚動脈を掻っ切らんという距離であった。

 

「この場所に死体を並べたくない」

 

 ユリーカの言葉にようやく我に帰ったのか、マチエールがハッとする。

 

「ヨハネ……君?」

 

 今さらに自分の存在を感知したらしい。ヨハネは息を詰めるほどの殺しの応酬に吐き気を覚えていた。

 

 口元を押さえて粉砕した壁から外に出て胃の中のものを吐き出す。

 

 我慢出来なかった。殺人者に成り果てようとしたマチエールが、でもあったが、あのコルニの殺気。中てられたようにヨハネは呻いた。

 

「シャラシティのコルニ。実力は本物と見た。それに、照合もしておいた。どうやら間違いなく、シャラシティジムリーダーコルニなのだと、理解したよ」

 

「遅いよ」

 

 むくれるコルニには先ほどまでの殺気は微塵にもない。本当に先ほどの豹変はなんだったのだと疑いたくなるほどだ。

 

「ユリーカ。こいつ、何?」

 

 マチエールの問いにユリーカは苦々しく口にする。

 

「本物の実力者……、格闘術のエキスパートだ」

 

 マチエールがコルニを見据える。コルニはおどけるように笑顔を浮かべた。

 

「よろしくね」

 

 差し出された手をマチエールが警戒の眼差しで捉える。ここで潰しても? と目線で問いかけているのが分かった。

 

「まだだ。実力は分かっただろう?」

 

 その言葉はマチエール以上であるのだと暗に示している。マチエールがその手を握ろうとした時、コルニは手を引っ張り返す。

 

「何だかなぁ……。拍子抜け、かな。こんなのが、フレア団を追い詰めている、いや、追い詰められている仮面の怪人の中身?」

 

 侮辱の言葉にいつ殺人が始まってもおかしくなかったが、マチエールは堪えたようだ。

 

「ユリーカ。言ったのか?」

 

「いや、まだ憶測だ。シャラシティの名高いジムリーダーであるコルニが、何だってこんな都会に? 一生分の安寧はあっただろう?」

 

 コルニはユリーカへと向き直り、声高に言い放つ。

 

「あんた達さ、手緩いんじゃないの? こんなのでフレア団と戦う? 拍子抜け以上に、片腹痛いね。あいつらはこんなままごとに付き合っているわけか。アタシは違う! アタシは、連中を根絶やしにする。そして、これも宣言しておく。アタシは、間もなく、エスプリと等しくなる存在だ!」

 

 ヨハネは絶句していた。マチエールも気圧されているようだ。

 

 エスプリと等しくなる。その意味するところにヨハネは自然とローラーシューズに目線を向けていた。

 

 ユリーカも解析済みのようである。

 

「変わったローラースケートを履いている。全部機械だ。それも、精巧な、今の技術を十年は上回る。そして一番に解せないのは、その能力。Eアームズだな?」

 

 まさか、とヨハネは目を見開いた。しかしEアームズならば納得出来る。

 

 ユニゾンを発声した事を、自分は言ったほうがいいのだろうか。その疑問を解く前にコルニが口にしていた。

 

「そちらと等しい力のはずだけれど?」

 

「どこで手に入れた……というのもやぶへびだな。お互いに探られたくない腹があるらしい」

 

 ふんと鼻を鳴らしたコルニはローラーシューズで床を引っ掻いた。

 

「気に入らないね。でも、同時にそそる。情報を手に入れる速度、それにアタシに対抗し得る存在……、いいや、まだまだかな。その真の力を見せてもらっていないもの」

 

 一瞥を投げたコルニにマチエールが睨み返す。

 

「戦う力を得たいのならば、お門違いだ。他をあたってくれ。私達は何も、何でも屋じゃないんだ。探偵だよ、コルニ。その意味するところを、分かってもらえるかな」

 

「そういうのがぬるい、って言っているんだけれど、まぁいいや。いずれ分かる。連中がいかに本気なのかを。そして知るだろう。自らの無力さを、ね」

 

 コルニが身を翻す。その背中を呼び止める言葉を誰も持たない。

 

 ヨハネは目線だけで追っていた。コルニの眼差しには敵意はなかった。

 

「バイバイ、少年。あんたとのバトルは面白かったよ。でも、そこで固まっているでくの坊とは、駄目だね、まるで相手にならない」

 

 マチエールがぎゅっとこぶしを握り締める。

 

 コルニが立ち去ってからマチエールが吼えて拳を地面に叩きこんだ。亀裂の走った床を目にしてユリーカが声にする。

 

「物に当たるな、バカ」

 

「でも……、悔しいよ、ユリーカ……!」

 

 今まで自分達を馬鹿にする連中はいなかった。いたとしても、それを制するだけの力と言葉を持ってきたのだ。

 

 それを一蹴されたのが戦っているマチエールには我慢ならないのだろう。

 

「私とて苦いさ。あんな奴が、この街に来るなんてね」

 

「あいつは何? どうやって倒せばいい?」

 

「逸るなよ、バカ。アイツを倒す事が最重要課題じゃない。ヨハネ君、カチコール集めは?」

 

 言われてようやく思い出す。モンスターボールを届けるとユリーカはそれを明かりに透かした。

 

「どう見ても、ただのカチコールにしか見えないんです。Eアームズを背負っているわけでもない」

 

「そのはずなんだが、市街地に大量出現。放ってはおけないだろう。まぁ、それ以上の存在が現れたわけだが」

 

 本当の目的はカチコールの大量発生を突き止める事。今はコルニと争っている場合ではない。それを暗に伝えたのだろう。マチエールの周囲に渦巻いていた敵意が少しずつ凪いでいった。

 

「……あたしも、何匹かは」

 

 ユリーカに差し出すマチエールは敗北者の苦渋を噛み締めているようだった。ユリーカは受け取ったボールをルイに渡す。

 

「こいつらの解析を頼む。そうだな、恐らくは群生地で突き止められる」

 

『ですが、カチコールは北方で手に入るのでは?』

 

 ルイの疑問はもっともだ。どうして市街地にいるのか。その追求が先だと思われたがユリーカは言い含める。

 

「どこで発生したのかを突き止めろ。それだけでいい」

 

 ルイはどこか納得のいかないようにカチコールのボールを抱えて奥にとって返す。ユリーカが呟いた。

 

「……壁の修繕費が高くつくな」

 

 

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