ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE81 毒性

 

「中間報告です」

 

 アリアの声にクセロシキは手を払う。

 

「後にしたまえ。今は、思ったよりこれが大変でネ」

 

 自分の設計したものとは言え、この活動は予想外であった。

 

 タマゲタケアームズ。一個のコアを中心としたタマゲタケ百体前後の集合進化。発動に成功したものの、全く制御が利かないのだ。費やしたトレーナーさえも飲み込んでしまうその強欲にクセロシキは絶句していた。

 

「まさか、トレーナーの制御を失い、暴走するなど。このままではワタシのクビも危ういヨ。制御出来ないEアームズなど造るべきではなかったか」

 

「その事に関してです。クセロシキ副主任」

 

 改まった言い草にクセロシキはようやくそれが重要な連絡である事を悟った。

 

「何だネ?」

 

「エスプリが死にました」

 

 衝撃ではあった。エスプリと交戦したデータはあるものの、常時送られてくるはずのバックアップが乏しいのだ。

 

 そのせいで勝敗云々は頓着していなかった。

 

 しかしまさか……。あのEスーツの使い手が?

 

「負けた、というのかネ?」

 

「ええ。タマゲタケの全身から発生させる粘菌と毒素が、Eスーツの防御と突破した、と」

 

 監視につけているフレア団員からの報告だ。まず間違いないだろう。だが、クセロシキには疑問があった。

 

「生命維持装置が作動すれば、タマゲタケ程度の胞子、すぐに排出出来そうだが……」

 

「それが、思っていたよりもどうやらタマゲタケ百体の毒素は有害のようでして……。このデータを」

 

 アリアの差し出したデータを受け取ってクセロシキは瞠目する。

 

 モニターしていた毒素の数十倍の毒がタマゲタケの総体――モロバレルより放出されているとの報告であった。

 

「馬鹿ナ……。こんな毒素は想定していないヨ……」

 

「わたくし達はとんでもないものを、造り出してしまったのかもしれません……」

 

 アリアも呆然としている。クセロシキは仮面に手をやって考えを巡らせた。

 

 このままではミアレは死の街だ。それは避けなければならない。今まで、局所的なテロ行為には及んできたもののバイオテロとなれば後々の対処にも追われる。

 

 何よりも――望んでの結果ではない。

 

 これはミアレに住む一千都民の命を対価にしたとんでもない存在の誕生であった。

 

「……モロバレルを排除する方法は?」

 

「現時点では……」

 

 濁した語尾に苦々しさが宿る。自分達は今までとて戦力になれば制御など二の次だと思ってはいた。

 

 しかし、毒を放出し続けるタマゲタケ百体に、それらが合わさった形のモロバレル。

 

 あまりに危険である。

 

 クセロシキはコンソールに拳を叩きつけた。

 

「……已む終えん。こちらから排除指令を出す。Eアームズの電波は有効のはずダ」

 

 クセロシキは緊急排除ボタンを押し込んだが、それを受け取った様子はない。それどころか、モニターされる毒素の数値が急上昇した。

 

「何故……」

 

「まさか、モロバレルは自身に敵対する全てに対して防衛本能を働かせているというのか……。だとすれば、これ以上モロバレルに干渉する事そのものが、あれの毒を強める結果になる」

 

 これでは対処出来ない化け物を造り出すだけだ。クセロシキの焦燥に通信が不意に繋がった。

 

 シトロンからのものである。

 

 こんな時に、とクセロシキは通話を取った。

 

「何か?」

 

『おや、副主任ともあろうお方が、ぞんざいな受け答えだね』

 

「後にしてもらえないでしょうか。今は」

 

『モロバレルアームズ、面白いものを造ったね』

 

 読まれている。クセロシキは息を呑んだ。

 

「あれは、ワタシの関知を超えて……」

 

『分かっているよ。キミは何だかんだで手綱は手離さないタイプだ。だから今回のモロバレルはイレギュラーなのだろう。しかし、いい功績にはなったじゃないか。エスプリを倒したんだって?』

 

 既に伝わっているというわけか。構成員の伝達を疑うわけではなかったが、クセロシキは落ち着きを取り戻そうと深呼吸する。

 

「……話はそれだけですか」

 

『いや。ぼくならばあのモロバレル、止められるよ。どうする?』

 

 天才、シトロンの手にかかれば自分の造り出した失敗作など児戯に等しいか。だが素直に頭を下げるわけにもいかなかった。ここで譲れば、これ以降もずっと、シトロンにイニシアチブを許す事になる。そうなれば自分の推し進めているミュウツーの再生計画も取って代わられるだろう。

 

 やる気を出していない今こそ、自分の天下なのだ。だというのに、おめおめとここで逃げ帰って堪るか。

 

「……こちらにも手はあります。ワタシの造り上げた作品ダ。無論の事、制御方くらい」

 

『ほう? ならば見せてくれよ。そうじゃないと、このままじゃミアレは死の街と化す。それを王が容認するかな?』

 

 王に見限られればそれまで。クセロシキは慌てて言葉を紡いだ。

 

「方法はある。黙って見ていてもらおう」

 

『分かったよ。何もしない。モロバレルの事は任せた』

 

 通信が切れる。研究者としての矜持が、天才に譲る事を拒んでいた。その結果として訪れるのが最悪の道であったとしても、今は、ここで譲ればお終いだという、その一事であった。

 

「クセロシキ様……、本当に、方法はあるので?」

 

 クセロシキはコンソールに向き合い、いくつかの策を試す。

 

 しかし全てのパルスが遮断され、完全にスタンドアローンの状態に陥った事が示されただけであった。

 

「アリア女史……、迎撃部隊を出す他ない」

 

「迎撃、ですか。しかし今保有しているEアームズはもう……」

 

 その通り。Eアームズとて一回に造れるのは限度がある。本来ならばトレーナーを頭脳に据えるはずのEアームズが今回ばかりは完全な暴走。

 

 トレーナーさえ死ねばEアームズは物理上止まるはずなのだが、そのトレーナーを取り込んだモロバレルはどう足掻いても止まる術がない。

 

「已む終えんナ……。ワタシが出る」

 

 それしか方法がないだろう。部下に醜態を晒すわけにもいかず、かといってシトロンに任せるのには自分が許せない。

 

 アリアが付き従い、恭しく頭を垂れた。

 

「わたくしも」

 

「しかしアリアドスでは……効果的な手は打てないだろう。女史は、シトロン主任の動きを注視していてくれ。ワタシが、止めよう。適任のはずダ」

 

 久方振りに触れるモンスターボールには相棒が入っている。試験型のEスーツを身に纏い、クセロシキは外界へと続くエレベーターに入った。

 

 アリアが声をかける。

 

「ご武運を」

 

 クセロシキは直通エレベーターに収まり、Eスーツを起動させる。

 

 ユーザー認証がゴーグルに投射され、クセロシキはそれらをクリアした。

 

「……皮肉なものだナ。来る日のために用意しておいた駒を、ここで使うなど。自分の尻拭いのために……」

 

 モンスターボールを握り締め、クセロシキはミアレの市街地に出た。

 

 Eスーツの人工筋肉が跳ね上がり、クセロシキはマーカーを付けたモロバレルの現在地へと跳躍する。

 

 Eスーツの加護があっても所詮はプロトタイプ。カウンターEスーツの性能ほどではなく、ただ単に筋力を増強しているだけだ。

 

 モロバレルの移動速度は遅く、追いついたクセロシキはモンスターボールの緊急射出ボタンに指をかけた。

 

「ここで終わらせるが運命……。出でよ」

 

 押し込もうとしたその時、甲高い鳴き声が弾かれた。

 

 視線を上げるとゴルバットがモロバレルの行く手を遮ろうといくつも風の刃を精製し、壁を作っている。

 

 それを操っているのは紛れもない。

 

 ヨハネ・シュラウドであった。

 

「彼が……。エスプリの遺志を継ごうというのか」

 

 相手もこちらを見つけたらしい。その眼に敵意が宿るよりも先に、ヨハネは叫んでいた。

 

「止めるんでしょう! だったら!」

 

「今は停戦、か」

 

 クセロシキがモンスターボールより繰り出したのは狐の頭部を持つエスパーポケモンであった。両手にスプーンを握っており、それを曲げると思念の嵐がモロバレルを煽った。

 

 モロバレルがタマゲタケ数体を剥がしながらこちらへと向き直る。

 

「行くゾ、フーディン」

 

 フーディンが構え、スプーンに紫色の刃を拡張させる。

 

「サイコカッター!」

 

 思念の刃がモロバレルを突き崩そうとする。しかし、モロバレルの表皮は思ったよりも堅い。

 

 薄皮を破っただけで、モロバレルはタマゲタケを分散させる。何をするのかと窺っている間に、周囲に紫の霧が立ち込めた。

 

 ハッとしてフーディンに命じる。

 

「サイコウェーブ! 薙ぎ払え!」

 

 霧を払わせるが、ヨハネはどうするのか。彼は、というとゴルバットに空気の皮膜を晴らせて自分を守った。

 

 判じたのだろう。

 

 この霧は有毒である。それも、粘菌を混じらせた性質の悪い代物だ。一呼吸で死に絶えるであろう。

 

「よもや、ここまで成長しているとは……。恐ろしいネ……」

 

 しかし、これで消すのに躊躇いがなくなった。フーディンが思念の突風を叩き込もうとしていると、視界の隅にタマゲタケが映った。

 

 次の瞬間、タマゲタケから有毒ガスが噴出される。

 

 至近の攻撃に反応が遅れた。

 

 フーディンの膝を折り、自分を覆っている思念の皮膜が危うくなる。クセロシキはガスマスクを装備し、何とか凌ごうとした。

 

「生命維持装置を全開に……。これで、数分は動けるか……」

 

 しかしその見積もりよりも速く、汚染濃度が高くなっていく。最早、フーディンを引っ込めざるを得なかった。

 

 ヨハネは、というと空気の層を作って毒ガスを分離しているが、長くは持たないだろう。

 

「お互いに、運がないネ……、ヨハネ・シュラウド。仇を討ちたいのは分かるが、共に散るしか、ここでは……」

 

「諦めない、僕は絶対に」

 

 強い語調にクセロシキが面を上げる。ヨハネの双眸に浮かんだ鋭い意思の光にたじろいだほどだった。

 

「僕は! もう逃げないって決めた!」

 

「しかし、ヨハネ・シュラウド……。最早、我々に出来る事は……」

 

 ヨハネも歯噛みしたようだ。ゴルバットで紙一重のバランスを保っているだけ。空気の層が少しでも乱れれば、毒ガスを前にヨハネは死んでしまうだろう。

 

「フーディンだけが切り札であったのに、これでは」

 

 そのフーディンも不意打ちを受けてもう攻撃不能。

 

 ヨハネはしかし、その眼差しに闘志を燃やした。

 

「僕達だけでも、やらなくっちゃいけないんだ!」

 

 

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