ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE88 感覚

 自分を見るなり、サンタは死人を見るような目を向けた。イイヅカも同様だ。

 

「生きていたのか……」

 

「ごアイサツだなぁ。当たり前じゃん」

 

 サンタが泣きじゃくり始める。どうやら自分が死んだ、という情報が行き渡っていたらしい。

 

 イイヅカは、というと意外に冷静であった。

 

「……奴らが?」

 

「まぁね。生き返ったってワケ」

 

「本当に……、生きているのか……、マチエール……」

 

 泣きながらこちらの顔を窺うサンタにマチエールは笑顔を咲かせた。

 

「この笑い方もニセモノっぽいかな?」

 

「よかった……生きてる……」

 

 余計に泣かせる要因を作ってしまった。困惑しているとイイヅカが口を挟む。

 

「ユリーカ嬢と、ルイ嬢の消息がぱったり途絶えた。何かあったな」

 

 目ざといイイヅカの声にマチエールは首肯する。

 

「ちょっと面倒な事になっちゃってさ」

 

 事の次第を話すと、二人は理解してくれた。だが、ユリーカの身柄とルイ・アストラルの交換に関して、イイヅカは疑問を口にする。

 

「ちょっと待て。では今、ハンサムハウスにいるのは」

 

「ルイ・オルタナティブ。向こうさんもルイを使っていたみたいだね。でも、可愛げも何もない、本当に生意気なだけのルイだよ」

 

 その言葉を聞いてイイヅカが顎に手を添える。何か気になったのだろうか。

 

「ルイ・オルタナティブ……。それの製造者は分かるか?」

 

「多分、あたしの蘇生を施したヤツと同じだと思う。とは言っても、あたしも気がついたら生き返っていたから、情報は何とも」

 

「いや、いいんだ。ただ……、ルイというシステムについて少しばかり調べを進めてみた。そちらの、ルイ・アストラルだったな。あれも情報屋界隈では電子の妖精の異名を取っているんだ。それほどまでに情報戦では優れている。そんな稀有な代物が二つも三つもそろうわけがない。俺は持論として、ルイ、というシステムのアーキタイプがあると感じた」

 

「……難しい事、あたしに言われても」

 

「簡単に言えば、ルイには基になるガワがあった、という事だ。ゼロから作られたわけじゃない」

 

 それは初耳であった。

 

 ルイはユリーカの造り上げた独学のOSだと思っていたからだ。

 

「基なんてあるの?」

 

「四年前のホウエンに記録がある。デボン、という巨大企業の解散時に記録があった。一人の科学者が造り上げた専用OSであったらしい。それが二年前、カントーに持ち込まれ不正にコピーされた。そのコピー品が、カロスに出回っている、と考えられる。ただ、このOSは基になる素材をコピーするだけで相当なデータ量を食う上に、実際に起動出来るかも分からない眉唾でな。稼動個体数が極端に少ないからデータがほとんど取れていないんだ」

 

「そんな代物だったの……?」

 

 イイヅカは一度言葉を切り、憶測だが、と述べた。

 

「ユリーカ嬢はそのOSを読み取り、解読出来た数少ない人間だったのだろう。ただ、それほどの高性能システム、カロス全土を牛耳る組織が使っていないとも限らない。偶然の一致、だと思いたい」

 

「思いたいって事は、どこかにその考えを結論に出来ない理由があるんだ?」

 

「……正直、ルイ・オルタナティブを見たわけじゃないが、似通っているのだとすれば、その発生に偶発的なものよりも、必然性を見出してしまう」

 

 必然性。

 

 ユリーカと同じような思考回路を持つ人間の存在。あり得なくはない。元々、ユリーカもフレア団の側だ。

 

 しかしそれは、同時に疑問もはらんでいる。

 

「何だって、そんな重要なシステムを交換条件に出したんだろう?」

 

「それが引っかかっている。交換するのなら、もっと相手にとって不利益なものでいいはずだ。エスプリの復活だって、相手の出方を見てからでいいのに、ここまでフレア団が便宜を図る理由が存在しない」

 

「あたしを蘇らせるのにも、一つや二つ仕掛けがあっても驚かないつもりだけれど」

 

「あるのだろうが、今は見えないだけかもしれないな」

 

 今は見えない仕掛け。必ずあるのであろうが、自分に探れるのだろうか。

 

 きっと、それを見つけるのは自分ではないという予感はしていた。

 

「どっちにせよ、マチエールが生きていてよかったよ。ぱあっと打ち上げでもしないか?」

 

「その気持ちは山々だけれど、実は片づけなきゃいけない事件があってね」

 

「タマゲタケか?」

 

「知ってるの?」

 

 イイヅカの情報面での特化は以前にも増して明らかであった。彼はミアレシティのほとんどの情報を管轄下に入れているのだという。

 

「すごいよぉ、イイヅカ君は。こっちの言った事大体、覚えているんだもん。教える側も気合入っちゃうよね」

 

「いや、俺も教わる事のほうが多いんだが、元の家業が活きてくれているみたいでね」

 

「タマゲタケを倒さなくっちゃいけない。情報が欲しい」

 

「何で、ルイ・オルタナティブを頼らない?」

 

 当然の疑問だったが、マチエールは直感を述べた。

 

「気に入らない。それが全部」

 

「マチエールらしいな」

 

「その通りかもしれないが、ユリーカ嬢とルイ嬢がいなくなっている上に、相手のシステムを掴まされたんだ。ある程度の譲歩は必要のはず」

 

「譲歩って言ったってさ。こちとら散々だよ……。ユリーカもルイもいないってのに、タマゲタケは毎日現れる。捕まえたってキリがない」

 

「そういえばイグニスは? ルチャブルはいるんだろう」

 

「駄目。全然言う事聞かないし、そもそも動かないよ。ご主人の命令待ちなんだろうね」

 

「頼みの綱は大半が切れたわけか」

 

「そういう事。困っているのはお互い様」

 

 サンタは戸惑いつつも事態の整理をはかっているようだった。

 

「タマゲタケを捕まえたい、というか倒したいんだよね? だったら、余計にルイは要るんじゃないか? システムなしでこの街は渡り歩けない」

 

「分かっているんだけれど、どうにもあたしじゃ無理っぽいよ」

 

「シュラウド君は? 彼ならば冷静だろう」

 

「そのはずなんだけれど、ヨハネ君にばかり苦労はさせられない。あたしも、出来る事はしなくっちゃ」

 

「その過程でここに来たってわけか」

 

 ようやく得心したサンタにマチエールは尋ねた。

 

「どうにかしてタマゲタケを捕まえる方法、っていうか、相手の出方を知りたい」

 

「とはいっても、前回みたいにモロバレルに進化してからの動きじゃないと掴みづらい。百体前後がひしめいているとなるとね……」

 

 やはり複合進化を待つしかないのか。

 

 そう感じた瞬間、マチエールの感覚が研ぎ澄まされた。

 

 何だ、と思う間に街の声が耳に入ってくる。否、耳というよりも全神経が異常に発達し、この街で巻き起こる全てを俯瞰しているようだった。

 

 この感覚は、とマチエールは耳を塞ぐ。

 

 手前のサンタの声がいやに喧しく、イイヅカの声もぐわんぐわんと脳を揺らした。

 

 一点に鋭敏化させようと絞る。

 

 それと同時にこの感覚の正体を掴んだ。

 

 ――これは、バグユニゾンの時のものと同じだ。

 

 しかし、アギルダーはボールの中である。それ以上に、変身もしていないのに能力が行使されるはずがない。

 

 きつく目を瞑ると先ほどの感覚が嘘のように消え失せた。

 

 ハッと周囲を見渡す。

 

 サンタとイイヅカが顔を見合わせた。

 

「どうした?」

 

「今……、あたしどうなって」

 

 その考えを遮るようにホロキャスターが鳴り響く。通話に出ると焦った声が弾けた。

 

『マチエールさん! 今、どこに?』

 

 ヨハネだ。マチエールはうろたえ気味に答える。

 

「サンタちゃんとイイヅカのオジサンと一緒だけれど……」

 

『街の南東にモロバレルが出る! そいつを倒さないと……!』

 

 恐らくはルイからもたらされた情報なのだろう。マチエールはそれを察して頷いていた。

 

「オーケー。任せて。合流する」

 

「マチエール嬢。シュラウド君か」

 

 イイヅカの声にマチエールは行かなきゃ、と応じていた。

 

「あたし、戦わなくっちゃいけない」

 

「一度死にかけたのに、マチエール、そんなに頑張る事……」

 

「ありがと、サンタちゃん。でも、あたしじゃないと出来ないんだ」

 

 駆け出したマチエールには最早、声は届かなかった。南東、と脳裏に裏通りの近道を呼び出す。

 

 最短ルートで向かった先には一体のタマゲタケが蹲っていた。

 

 異常にモンスターボールの意匠を施した頭頂部が発達している。倍以上に膨れ上がったその部位から毒の霧が漏れていた。

 

「このままじゃ……」

 

 またしてもミアレは毒に沈む。マチエールはヨハネの到着を待つ余裕はなかった。

 

 モンスターボールを振りかぶり、叫ぶ。

 

「行けっ、ヒトカゲ!」

 

 飛び出したヒトカゲが着地するなり息を吸い込んだ。

 

「火炎放射!」

 

 膨れ上がった炎熱がタマゲタケを呑み込む。通常のポケモンならばこれでも瀕死効果を狙えるはずであった。

 

 しかし、目の前のタマゲタケは炎を払い、異常発達した頭部を揺すって毒の霧を皮膜のように用いていた。

 

 皮膜で炎は防がれる。

 

 マチエールは舌打ちして次のポケモンを繰り出す。

 

「アギルダー!」

 

 アギルダーがボールから出るなり高速に身を浸した。瞬時にタマゲタケに接近し、攻撃を叩き込む。

 

 しかし浅いのは分かっている。

 

 僅かにたたらを踏んだタマゲタケへと、次の一手を放った。

 

「ニョロゾ!」

 

 転がしておいたモンスターボールをタマゲタケが踏み締めて足元からニョロゾが出現する。

 

 水の砲撃を掌に溜めたニョロゾがタマゲタケに攻撃を打ち込んだ。押されたタマゲタケにヒトカゲが接近攻撃を試みる。

 

「炎のパンチ!」

 

 赤く輝いた拳がタマゲタケの頭部を殴り据える。その瞬間、毒の熱波がタマゲタケから放出された。

 

 ヒトカゲは押された形となり、吹き飛ばされてしまう。

 

「ヒトカゲ! こいつ、毒をこんな風に……」

 

 毒は変幻自在なのか、ニョロゾの水相手にも立ち回っていた。種子を放出したかと思うと、そこから連鎖的に毒が放たれてニョロゾは後退せざる得ない。

 

 アギルダーの直接攻撃には、タマゲタケはついて来られないものの、さほど痛くも痒くもないのは分かっている。

 

 このままでは、と歯噛みする。消耗戦を続けるばかりでは勝てない。

 

「ヒトカゲ! こいつを進化させる前に仕留める! もう一度、火炎放射!」

 

 ヒトカゲが放った熱線を、タマゲタケは頭部で受け止める。タイプ相性上は有利なはずなのに、タマゲタケには一切、圧された感覚はない。

 

 やはり、ポケモントレーナーとしてだけの実力では、Eアームズを使用するポケモンには勝てないのか。

 

 タマゲタケが自身を回転させてアギルダーの攻撃を弾き、ヒトカゲの火炎放射を跳ね返そうとしてくる。

 

 ヒトカゲを辛うじて逃がしたが、先ほどまでいた空間を覆ったのは溶解する毒の液体であった。

 

「このタマゲタケ、さらに強く……」

 

 押し切れない。マチエールはバックルへと手を伸ばす。

 

 その瞬間、様々な声が脳裏に鳴り響いた。

 

 ――力を使え。奪い、溺れ、その末に闇に呑まれろ。

 

 キィン、と脳内に残響する声の正体は不明である。しかしマチエールは膝を折ってしまった。何者かが自分にエスプリの力を使わせようとしている。それも自分の望まぬ方向で。

 

 何がそうさせているのかは分からない。

 

 ただ漠然と――この声に従っては駄目だと感じる。

 

 必死に声を振り解こうとするマチエールにタマゲタケが自身の三体のポケモンを振り払った。

 

 やはり変身するしかない。

 

 だが、変身するのが正しいのか依然分からないままだ。

 

 不安の渦巻く胸中に声が響いた。

 

「マチエールさん!」

 

 ヨハネの声に目線を向ける。投げられたのは〈もこお〉とアタッシュケースだ。

 

 マチエールはバックルをセットし、ベルトを伸長させる。

 

「Eフレーム、コネクト!」

 

 アタッシュケースから放出された黒い鎧が弾丸の勢いを伴わせてタマゲタケに殺到した。

 

 タマゲタケが一つ弾き、二つ弾く間にはもう、マチエールはエスプリに変身している。

 

 最後にヘルメットが被さり、目元を覆い隠すデュアルアイセンサーが輝いた。

 

「探偵戦士! エスプリ、見参!」

 

 名乗りつつ、エスプリはタマゲタケに蹴りを放つ。タマゲタケが後退した瞬間、その身が光に包まれた。

 

 進化だ、と判じたマチエールはユニゾンを使おうとする。

 

 しかし、先ほどの感覚がついて回った。

 

 もし、この状態でユニゾンをして危険な領域に入ってしまえば……。

 

 僅かに躊躇わせる指先に、ヨハネが呼びつけてモンスターボールを放った。

 

 クリムガンのボールにエスプリは首肯する。

 

「……迷っている暇なんて、ない」

 

 ボールをバックルに埋め込むと、『コンプリート。ドラゴンユニゾン』の音声と共に茨の鞭が顕現した。

 

 両手首から茨の鞭を弾き出し、エスプリは手を薙ぎ払う。進化途中のタマゲタケが追いやられた。

 

 さらに追撃、と跳躍したところで巨大な腕に遮られる。

 

 既に進化を果たした部位を用いてタマゲタケが防御したのだ。舌打ちしてさらに、と下段から追い討ちする。

 

 その攻撃は阻まれた。

 

 完全に進化を遂げた相手がこちらを睥睨する。モロバレル。前回、苦渋を滲ませた相手である。

 

 しかし、Eアームズを所有している複合進化ではない。

 

 単体のタマゲタケが進化しただけだ。

 

 それは前回よりも脅威度が低いと判じていいだろう。

 

「こんの!」

 

 茨の鞭をしならせてエスプリはモロバレルを攻撃する。盾のような腕で防がれたが、ドラゴンユニゾンの不屈の攻撃網にさすがにたじろいでいるようだ。

 

 右から、左から攻め立てて、遂に防御が緩くなる。

 

 エスプリはバックルのハンドルを引いた。

 

『エレメントトラッシュ』の音声で右手に宿った鞭が一気に縦一直線の輝きを誇り、剣と化す。

 

 その剣を保持したまま、ゆっくりとエスプリは歩み寄った。モロバレルの毒の攻撃が着弾するがドラゴンユニゾンの表皮を掠めるばかりで痛くも痒くもない。

 

 攻撃射程に至った瞬間、エスプリは吼えた。

 

 まず相手の頭上へと一閃。攻撃を放とうとした瞬間、手元に痺れを感じた。

 

 毒か、と感じたが違う。

 

 毒の痺れというよりかは身体の内側から発生する何かだ。

 

 その感覚を掴みあぐねたまま、エスプリはモロバレルを断罪する。

 

 一直線に切り裂かれたモロバレルから排出されたのは小さなチップであった。学習装置なのであろう。

 

 他の個体と同期し合っているのが分かった。

 

「これを辿れば、他の個体も必然的に捕まえられるか」

 

 モロバレルが倒れ伏し、その身体から霧が生じたかと思うと、タマゲタケに退化していた。

 

 ヨハネがボールを投げて捕まえる。

 

「学習装置が手に入れば、まだこっちに有利に働く」

 

 行こうと駆け出したヨハネに、自分はすぐに走り出せなかった。

 

 今の感覚、説明するべきだろうか。それとも相談を……。

 

 ヨハネは怪訝そうにこちらを見やる。

 

「どうしたの? せっかく進化個体を食い止めたんだ。これからやるべき事は決まっている」

 

 ヨハネに言いかけて、エスプリはぐっと堪えた。これは自分の問題だ。軽々しく他者に話していいものではない。

 

「……何でもない。行こう」

 

 残りのタマゲタケを回収するためにエスプリは走り出した。

 

 

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