ANNIHILATOR   作:オンドゥル大使

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EPISODE8 邂逅

「間に合った!」

 

 ヨハネは高空を飛翔するゴルバットと、〈もこお〉から得られた情報を基に現地へと赴いていた。

 

 ミアレ美術館。数々の至極の品々が集められた、このカロスでも重要な場所。

 

 その裏手にある針葉樹林に異変を感じ取った〈もこお〉の思念を受け取って、ヨハネは駆け込んだ。

 

 ミアレ美術館の裏手は整備されているが、明らかに人工芝と思しきカモフラージュの痕がある。

 

「ここだ。ここから、相手が出てくる」

 

 そう口にした瞬間、空気が噴出し、エレベーターのエアロックを解除していく。開いた地下への入り口から身を覗かせたのは巨大な機械蜘蛛であった。

 

 エスプリの壊した部位には応急処置が成され、巨大蜘蛛が再び自分の前に屹立する。

 

『あら? 特待生。さすがね。ここを見つけ出すなんて』

 

 拡張されて聞こえてきたのはやはりヒガサの声だ。ヨハネは苦々しく言い返す。

 

「何でですか! 先輩!」

 

 何故、このような馬鹿な真似をするのか。その意味を含んだ問いにヒガサは鼻を鳴らす。

 

『よくって? このカロスは、正しき民族が正しく支配するべき高潔な地。それを、異文化と異教徒に踏みしだかれ、その意義さえも失ったこの雑多なミアレの街。それを美しいと思えるの? わたくしは、壊す事に、何ら異議を唱えない』

 

 ヒガサの意思に応じて巨大蜘蛛がその脚部を薙ぎ払う。風圧にヨハネは吹き飛ばされそうだった。

 

「そんなもので街を壊したら、取り返しがつきませんよ!」

 

『取り返し? 何を取り返すというの? もうこの街は不浄よ。壊して作り直すしかない』

 

「なら、僕は敵になります! ゴルバット!」

 

 命じた声にゴルバットが急降下してくる。その翼が刃の輝きを帯びた。

 

「エアスラッシュ!」

 

 ゴルバットの風圧の刃に機械の蜘蛛は脚部を揃えて防御する。その表皮には傷一つない。

 

『Eアームズを、嘗めているのではなくって? アリアドスアームズ、ハーモニクス開始。Eアームズ、コネクト!』

 

 巨大蜘蛛に生命の光が灯り、その脚が蠢いてミアレ美術館を踏み潰そうとする。

 

 ヨハネは必死に抵抗した。

 

「先輩! ミアレは美しい街だ! あなたのやり方は間違っている!」

 

『何が! こんな穢れた街、壊れてしまえばいい!』

 

 振るわれた脚部の一撃にヨハネは受け止め切れずに吹っ飛ばされた。背後にあるのは固い鉄筋である。

 

 背骨が叩き折られた――と感じたが、その前に一陣の風が吹き抜けた。

 

 風はヨハネを包み込み、軌道を変えさせる。

 

『何者!』

 

 ヒガサの声にようやく自分が生きているのだとヨハネは理解した。

 

「何が……」

 

 その視線の先にいたのは赤い頭部を持つポケモンだ。ローブの如き紫色の体躯をしている。

 

 素早く動き回り、一ところに留まっていない。ヨハネを降ろしたのはミアレ美術館の前庭であった。

 

「お前は……」

 

 知っている。アギルダーと呼ばれるポケモンだ。しかし、どうして――。

 

 その疑問にアギルダーは瞬時に掻き消えて巨大蜘蛛へと攻撃を仕掛けた。アギルダーの体重はさほど重くない。当然、一撃の重さもないわけだが、この場合、ほとんど見えないポケモンという事が幸いした。

 

 アリアドスアームズに乗っているヒガサにはその存在すら感覚出来ないのだろう。

 

『どこにいるの!』

 

 苛立ちを募らせた声音に差し込むように、アギルダーが跳躍からの攻撃を見舞う。一撃自体は鋭くはないが、素早さから来るその気配には相手も困惑しているはずだ。

 

『振るい落としなさい! アリアドスアームズ!』

 

 脚部が盾のように一点に集中しアギルダーの攻撃を完全に防ぐ。その隙を狙い、展開した脚部装甲から棘が射出された。

 

 寸前で避けたものの、その棘の威力は容易に窺い知れる。紫色に染まった毒針だった。

 

「あんなもの……。どうすればいいんだ」

 

 ゴルバットではどれほど攻撃しても致命打にはならない。このままでは消耗戦を続けるばかりではない。単純に、押し負ける。

 

 その予感が胸を占めた、その時であった。

 

「――間に合ったようだね」

 

 振り返った先にはエスプリが佇んでいた。しかしその漆黒の鎧は衝撃と粉塵に汚れ、戦闘意欲とは裏腹にダメージは深刻であった。

 

『来たわね、エスプリ。でも、間に合わないわ! アリアドスアームズ、脚部兵装展開!』

 

 アリアドスアームズの脚部装甲が次々と開く。中にはびっしりと毒針が収納されている。

 

『追尾せよ! 毒針!』

 

 一斉に放たれた毒針が幾何学の軌道を描いてエスプリへと殺到する。

 

 思わずヨハネは叫んでいた。

 

「避けて!」

 

 しかしエスプリは回避をしようともしない。それどころか向かってくる相手に応じるように、すっと姿勢を沈めた。まるで水鳥のように軽やかに、エスプリは立ち向かおうと言うのだ。

 

「逃げる? 馬鹿を言っちゃいけないよ。あたしは、逃げるくらいなら最初から戦っていないんだから」

 

 毒針がエスプリを射抜こうとした。しかしエスプリは跳躍し、毒針一つ一つを足場に使い、中空に躍り出る。

 

 針路を見失った毒針が次々と爆発を閃かせた。

 

 毒の効果を持つ光の華が広がっていく。薄く靄のように毒ガスが広がった。ヨハネはハンカチで口元を覆う。

 

 しかしエスプリはその毒ガスの靄を突っ切った。

 

 まるで流星のように、エスプリが飛び蹴りの姿勢を取る。

 

 毒針のミサイルが追撃しようと爆発を閃かせ、ガスに押し包もうとするが、それを破っていくのは輝きであった。

 

 白く、眩く輝く一筋の流れ星。

 

 その流れ星の切っ先がアリアドスアームズの頭頂部を打ち破った。

 

 突き刺さった箇所からショートの火花が干渉し、青く明滅したEアームズは一瞬後には脚部ごと破壊されていた。

 

 操縦席に収まっていたヒガサはその球体型のコックピットに守られたのか、壊れゆくEアームズの中から排出される。

 

 ヨハネは魅入っていた。

 

 六本の脚を持つ巨大蜘蛛を、たった一人で。何の力添えもなしに彼女は打ち破った。

 

 蜘蛛の骸に佇む漆黒の戦士に、ヨハネは暫時呼吸すら忘れた。

 

「これで、Eアームズの破壊は完了。あたしの、今回の任務も……」

 

 ぐらり、とエスプリが傾ぐ。

 

 思わず、ヨハネは駆け寄って抱きかかえた。

 

 毒ガスによる腐食と、爆発によるものと思われる打撲痕。それに様々な傷を負って、エスプリ――マチエールは首を振った。バイザーが強制的に開き、少女の相貌を見せている。

 

「大丈夫?」

 

「あ、うん……。ちょっとばかし、食らい過ぎたかな。まだ視界がぐらついてるや」

 

 乾いた笑いさえも浮かべてみせるマチエールにヨハネは感嘆を通り越して恐れすら抱いた。

 

「何で、こんな無茶を……」

 

 自分なら出来ないだろう。しかしマチエールは朗らかに笑う。

 

「だってあたし、この街が好きだし。だから、街を泣かせるような真似をするヤツってのは許せないんだ」

 

 本当に、打算も何もなく、それだけが行動原理だと言いたげだった。

 

 事実、マチエールの笑顔はそうなのだと思わせられる。

 

 ヨハネは頭を振った。

 

「……それだけの事でここまで命張れるのなら、君は大したもんだ」

 

「そうかな。あたしは別に、フツーだと思うけれど」

 

 ミアレ美術館の裏手で巻き起こった戦闘に気がついた人々が集まりかかっている。マチエールは再びバイザーを降ろし、エスプリとして跳ね上がった。

 

「もう行かないと」

 

 その背中にヨハネは呼びかけていた。女々しいかもしれない。それでも、自分は、彼女のような存在に憧れた。

 

「もう、会えないのかな……」

 

「分からない。でも、あたしはこの街を守り続ける。それだけが、あたしに出来る唯一の事だからね」

 

 エスプリは飛び上がり、自身のポケモン達と共に駆け抜けていった。

 

 刹那の邂逅であった。しかし、自分にとっては忘れられないだろう。

 

 ヨハネはフッと笑みを浮かべて身を翻そうとする。いつまでもその背中を追うのでは、未練がましい。

 

 そう思って立ち去ろうとすると、足元を引っ張られた。

 

 目線をやると〈もこお〉がヨハネの足に引っ付いていた。

 

「えっ……あ、マチエールさん? 〈もこお〉、また忘れてる!」

 

 その言葉は届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナー登録されていないね。このポケモン」

 

 ミアレシティにある研究所に訪れたヨハネに告げられたのはその事実のみであった。

 

〈もこお〉のトレーナー登録先からマチエールの足取りを掴もうとしたのだが、何と〈もこお〉はトレーナー登録、つまり「おや」のいないポケモンであった。

 

 ならばこの小さなニャスパーはずっと自分の意思でマチエールについていっていたという事なのだろう。

 

 にわかには信じられず、ヨハネは再三の調査のし直しを提言した。

 

 だがそれはすぐさま棄却される。

 

「ダメダメ。他がつかえているんだから。先の謎のテロ行為で出たおや不明のポケモンは多いんだ。それらをいちいちさばいていたら時間がいくらあっても足りないよ」

 

 Eアームズによるテロ行為は結局報道されなかった。

 

 あの凶悪な兵器の存在も、それを操る組織の影も一切掴めないままだ。結局、事件があった、という事実だけが一人歩きしている。

 

 蜘蛛の怪人も、それと戦う正義の味方も、人々の噂程度に留まるばかり。

 

 しかし自分は知っている。確かに存在したのだ。彼女は、そのために身を削っていたのだと。

 

〈もこお〉を連れたまま、ヨハネは表通りに出た。

 

 あの日のように〈もこお〉が思念で自分に語りかけてくる事はない。無表情のニャスパーは、依然、無表情のまま。自分の慕っていたであろう存在に呼びかける事もなく。

 

「お前、かわいくないなぁ」

 

 普通ならマチエールを見つけようとでもするだろうに、〈もこお〉にはその気配すらない。

 

 一方でヨハネは諦めていた。

 

 もう彼女には会えないのだ。その感傷が胸を掠めるのも一瞬。

 

 もう自分はいつも通りの生活に戻るしかないのだと悟っていた。

 

 タクシーを呼び止めてスクールに通おうとする。

 

 あれから先、ヒガサは出席していない。噂では途中退学したと言うが、その事実は定かではなかった。

 

 その取り巻きも同じくして行方不明に。何かあったのだとまことしやかには囁かれるも、Eアームズの事も、ましてや謎の赤スーツの組織の事も、何一つ知らないクラスメイト達は憶測を並べ立てるばかりである。

 

 タクシーの後部座席に乗り込もうとすると、〈もこお〉が突如として機敏に動いた。

 

 ヨハネの制止を振り切って反対側の車道を突っ切る。

 

「すいません、待っていてください」

 

 タクシーを止めておいてその背中を追う。〈もこお〉は路地の一つに飛び込んでいった。

 

 ヨハネも飛び込むや否や、巨体が舞い、その背中に押し潰された。

 

 タンクトップの大男が昏倒して吹っ飛ばされてきたのだ。手を振るい、助けを求めようとする。

 

「あれ? 君……」

 

 その声にヨハネは目線を振り向けた。

 

 浅く焼けた肌に、二つに結った黒髪。睡蓮のように透き通った瞳がこちらを見据えるなり疑問符を浮かべている。

 

 その足元には〈もこお〉がいた。

 

「マチエール、さん……」

 

「まただよ。今度は五万の仕事。何だと思ったら襲いかかって来た。嫌になっちゃうね。表にはろくな仕事が転がっていない」

 

 マチエールはここ数日の隔絶などまるで感じさせない声音でヨハネに話しかけてきた。幻か、と自分の神経を疑ったが、目の前のマチエールは本物である。

 

 アタッシュケースを手にし、軽々と振り回している。

 

「もう会えないと思っていた」

 

「会わないほうがいいと思ってね。でもほら、〈もこお〉、忘れてきちゃったの気づいてさ。あいつが怒るの何のって……。で、仕方がないから〈もこお〉捜しをここ数日やっていたワケ。でも、表通りって難しくってさ。迷うし仕事を斡旋してもらったと思ったらガセだし大変だよ」

 

 髪をかき上げた彼女はてらいのない言葉でヨハネに説明する。ヨハネはその突拍子もなさに笑えてきた。その様子がおかしいのか、マチエールも笑う。

 

「ねぇ、何で? 何で笑えるんだろう?」

 

「分からないよ。でも、何となく……よかったんだって事は分かる」

 

「うん、〈もこお〉も拾えたしね」

 

〈もこお〉を連れて彼女はまた行ってしまうのだろうか。そう思うと、ヨハネは胸を締め付けられるような感覚に襲われた。

 

「あの! 探偵をやっているんだったよね?」

 

 呼び止めたマチエールは何事かと振り返る。

 

「うん、そうだけれど」

 

「僕、自分で言うのもなんだけれど捜し物には自信がある。現に、〈もこお〉から辿って君に辿り着けた」

 

 マチエールは思案するように中空を睨んだ後、首肯した。

 

「そうだね。あたしばっかり繰り出されるの癪だし、お手伝いの一人くらい連れて帰っても文句ないでしょ」

 

「手伝いでも。出来る事があるのなら」

 

 ヨハネの声音がよほど切迫していたからだろう。マチエールは微笑んだ。

 

「おかしなヤツだなぁ。いい仕事もっといっぱいあるよ? 何で難しい探偵業なんて?」

 

「それは、その……」

 

 しどろもどろになっているヨハネに対し、マチエールは淡白であった。

 

「まぁ、いいけれどね。あたしばっかり足で稼がされるのは飽きたし面倒だ。助手、ってヤツかな」

 

 助手の立場でも、自分はマチエールの傍に居られるほうがいい。あの取り残された感覚を味わうのは二度と御免だった。

 

「よろしくお願いします、って頭を下げるべきなんだろうかな」

 

「さぁね。まぁ、あいつが見定める部分もあるだろうし、その辺、こっちはこっち、あっちはあっちだろう。よろしくね……えっと、ヘンタイ君?」

 

 名前を覚えられていなかったか。ヨハネは肩透かしを食らった気分であった。

 

「ヨハネ・シュラウド。よろしく」

 

「ヨハネ君ね。うんうん、分かった。よろしく」

 

 拳が突き出される。あのEアームズを倒したほどの拳とは思えないほど、小さく、少女のものであった。

 

 ヨハネはその拳につき合わせる。

 

 コツン、と固く、お互いの拳が触れ合った。

 

 

 

 第一章了

 

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