マスク・オブ・グレィズ   作:屋鳥 吾更

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刃物色のクダキ 編
第一話  隠してる からだじゅうぜんぶに《前》


 ガラス(まど)穿(うが)たんばかりの鉛雨(えんう)。山の木々をわななかす轟雷(ごうらい)。現代文明にとほうもなく巨大な影を落とす雲蓋(うんがい)

 誰かが、つい1時間前までのすがすがしいほどの青空の情景を、カンバスからナイフで切り取って、代わりに干からびた古着を()りつけでもしたのかと(かん)ぐってしまうくらい、天気のうわきとは非常識であっけらかんとしたものでした。

 

 これをぼうっと見ていた私は、はて第三者の目に、どのように(うつ)っているんでしょう。眠たそうな子でしょうか。さびし子でしょうか。はたまた、頭のよさが煥発(かんぱつ)しまくりの超インテリ少女でしょうか。まあ最後のはないと思いますね。このあいだの中間考査で私が、学年全体で見てもドにまみれるくらいの平均順位を叩き出したことは周囲の知るところですし。思うに”眼中(がんちゅう)にもない”でしょう。

 

 今どき自分のことを(いん)キャとかいっちゃう孤高の一匹狼タイプが多いように感じますけど、価値基準はどこにあるんだろうって思います。ひびきだけ聞くと社交性とか以前に、もっさりしてそうで……アソコとか……だから私は、仮にそんなかれらと(たぐ)えられる(いん)(もの)だとしても、自分で自分のことをそうは評価しません。

 

 ただ、学校の昼休みにもかかわらずひとりお弁当を食べて、することもなくぼけっと外を(なが)めている”(ひか)えめな性格の人間”、だと。だけど正直なところ、さびし子っていうのも、大概(たいがい)当たっているなと思いました。

 

 なんてったって私を取り巻くのは、話題の合わないお母さんに、出会って3か月たったかどうかという素性(すじょう)の知れない同級生たち、事務的に板書を写し取らせる(ノートさせる)だけでコミュニケーションしてくれない教科の先生……そして、みんなと仲よくしようとしない()(ごし)な私。誰も悪いわけじゃないけど、孤立する人がうまれてしまう環境って、ままあることなんでしょうか? うまく、かみ合わないだけかもしれませんけどね。

 

 私の日々は、学校に来て、学校から帰って、教科担任に課された宿題に手をつけて、スマフォでネットニュースとかSNSのとりとめのない記事を見て、明日の学校のために22時、遅くても24時には就寝(しゅうしん)する。そんな感じで、冗談抜きで人とのかかわり合いがありません。

 

 友だちですか? そうですね、あの二人なら……でも今はあんまり。そんな気分にならないんです。きっとこれから、二人が私を内輪(うちわ)にさそってくれたとしても、素直によろこんでいられるかどうか。そんな(おり)、教室のこれまた私と反対の(はし)っこから、二人の女の子がちょこちょこ歩いてやって来ました。

 

「あのさ……」

 

「おはよう、佐仲(さなか)さん」

 

「ああ、うん、おはよ」目が合うなり声かけをくれたのは、短いツインテールがチャーミングな佐仲 圭門(けいと)さん。

 

上沢(かみさわ)さんも。おはよう」

 

「おはようーん」彼女の(となり)に立っている、セミロングの少しウェーブがかった髪にふわふわしたふいんきの子が上沢 あみさん。

 

 例の、高校で唯一(ゆいいつ)の、私の友だちです。

 

「じゃなくてユキ、朝からシカトとかどういう了見(りょうけん)だ? ()()()()かあ?」

 

「別に……」

 

「わたしだって、今朝から何べんも目からビーム送ってたのに、気づかないなんてー!」

 

「送られすぎて突然変異起きるかもしれないから、ちょっと控えてね……」

 

「上沢の目はUV出せるのか。レジンアクセ作って売れば、金になるな」

 

「どうしよー、わたしさらわれちゃう……」

 

「頭だけ落とされて、剥製(はくせい)にされるかも」

 

「いやあー!」

 

「グロい話やめ!」だいたい私がそんなことさせな……こほん。

 

「ごめん。べつに二人に不満とかあるわけじゃなくて……ちょっと、不幸がね」

 

 すると佐仲さんも上沢さんも、示し合わせたようにそろって顔をしかめます。

 

「ああ。それは、悪かったな」

 

「いいよ気にしなくて! 私なんか全然。ちゃんと、会いに行ってなかったし」

 

「おじいさん?」上沢さんがぽつりといいました。

 

「よくわかったね」

 

「だって、前にお風呂で転んでから重篤(じゅうとく)だって……」

 

 そこで二人は顔を伏せてしまって、詮索(せんさく)することをやめたのです。私がもっと感情を()()めてさえいれば、もっと二人の気持ちをつぶさに感じ取れていれば、こんなに沈んだ空気にはならなかったのにと、私は自分を(うら)みました。「(何も、二人にさびしさを押しつけなくてもよかったじゃん)」こうして、私は今まで他人とふれ合う機会をのがしてきたのでしょうか。きっと二人もがっかりしたに違いありません。

 

 と、佐仲さん、胸をおさえる手を震わせながら「えっと! こんなときにいうのもなんだけどさ! 来週の月曜に!」

 

「海行かない?」「あー! うわーん、上沢が台詞(せりふ)とったー! ライターにいいつけてやるー!」「佐仲ちゃんだって、わたしの(伸ばし棒)勝手に使わないでよ!」「なんだとー、やるかー!」「やんべやんべ!」

 

「……で、結局なに?」

 

 はじめ佐仲さんの話を聞いていたはずなのに、今は何がなんだかよく理解できていない私がいました。

 

「あ? いや、今度の祝日に海でも行かないかって。毎日学校やら親の小言(こごと)やらで何かとキュークツだろ? たまの休みくらいパーッとはだかになって、真夏の海でパラダイム・シフトしよってっ!」

 

「その使い方あってんの? それに」

 

 いいんでしょうか? 親族の一人が亡くなったというのに、(あつ)かましく遊びに出かけるなんて……「ユキちゃん」

 

「?」

 

「きっといま海を見たら、これまでで()()()()きれいに見えると思うよ」

 

「バカ、それなぐさめになってねえわ!」

 

 いわく、blues(鬱気分)bluest(最も青い)をかけた超エキサイティングなギャグだそう。

 

「まあ……そのなんだ、ユキがしょげてるとあたしらも張り合いないっていうか」

 

「佐仲さん……」

 

「天国のおじいさんも元気ビンビンになるくらいはしゃいじゃおうよー!」

 

「上沢さん……それただのエロジジイじゃん」

 

「さすがに孫娘(まごむすめ)にゃ(たぎ)らんでしょ」

 

 二人のはげましがうれしくて、いつしか私の目には熱いものが浮かんでいました。このやりとりがあって学校から帰るときの私の心は、悪天候なんて気にならないくらいの、満天の晴れもようになっていたんです。面と向かってだと恥ずかしくて伝えられなかったけど、二人にはすごく感謝しています。ヘタすぎたけど。

 

「――出鬼(いでき) (すすぎ)さん(あて)のお手紙です」

 

「はあい」

 

 ちょうど家についたところで郵便屋さんに声をかけられ、直接はがきを受け取りました。おばあちゃんからでした。裏には季節のあいさつと、肉筆でおじいちゃんの訃報(ふほう)が書かれていて、先日お母さんから「~って電話があったよ」と聞いたときよりずっと重く、胸のあたりに悲しみが()しかかる感じがしました。近日中にお葬式(そうしき)をするみたい。

 

 私はずっと、誰かの死の前に立つことを(こわ)がっていました。どうしてかわかりません。とにかく、そのしらせを聞いたときに私は、からだの中心がザワザワして、首のつけ根あたりが()れるような気がしてきて……あの感じを受け入れたくなかったんです。

 

「(もし、私がお葬式に出ることが、おじいちゃんにとってうれしいことだったら……)」でも、受け入れなきゃだめですよね。本当にその場に行って、ちゃんと自分の気持ちに決まりをつけないと、いつまでたっても弱腰なままですよね。きまってますよね。

 

「――よし!」すかさず私はSNSで、友だち二人に宣言しました。”海たのしみだね!”って。

 

 

 週末、私は隣町にでかけました。歩きと、電車と、歩きでもって。自転車は前に事故しちゃったから不安で乗れないし、お母さんの車はもう半年近く油を差していないから乗れないしで、これしかなかったんです。ていうかそもそも自転車の姿はありませんでした、また勝手にお母さんが使ったんでしょう。すべて、自転車に乗れば痩せられるという風説(ふうせつ)のせいでした。いいです。今日でかけて来た目的は、美容室に行くことでした。

 

 うちの家周辺には店構(みせがま)えがスナックのそれのバーバーババーしかありませんから、思い切った買い物には向いていません。お菓子を出してもらえるのはいいところなんですけど。

 

 そうして私が目指したところは、お母さん行きつけのお店でした。でも、私は今日が三回目です。ドア上のチャイム機が鳴ってから席に案内されるまで、あまり歓迎されていなかった気がして、自分はガラポン抽選会の残念賞ティッシュの立ち位置なんじゃないかと不安になってしまいます。

 

「いらっしゃいませ。今日の気分はいかがですか」

 

 はきはきとした声音(こわね)がヤに()をかけて無関心そうな店員さんが後ろに立ちました。(かがみ)ごしに20代後半くらいの、しっとり落ち着いた外見の女性がみえます。

 

 そういえば偶然か必然か、過去二回の美容師さんもこの人でした。ヘアセットやメイクアップは、お客さんとの信頼関係が第一だとテレビで。もしかすると美容室には表面に見えないだけで、キャバクラみたいな永久指名制度があるのでしょうか。

 

「あの、その、リッチな感じでお願いします」注文は女性の腕に任せるつもりで、冗談めいたふうないい回しをしました。

 

「リッチな感じとはなんでしょう……」

 

 面と向かって聞き返さないで! 女性は、まゆ毛をぴくりとも動かさず、いたって真剣な表情をしています。それはともすると投げやりな要求に腹を立てているようにも(うつ)りました。

 

「ひえ! す、すみません!」

 

「そうですね。わかりました。全体的にエアリーにして、毛先を少し巻くというのでどうですか」

 

「あ……はい。それでお願いします」

 

 私の無鉄砲な注文も、かるがるとごく自然なものに解釈(かいしゃく)してしまった美容師さん。また、それからの準備も迅速(じんそく)なものでした。

 

「以前も来ていただきましたね。高校生さんですか」

 

「はい、そこの私立で」

 

「これから夏休み……いいですね。さぞ楽しみでしょう」

 

「はい! ちょうど昨日友だちと海に行く約束をして、ってそれは夏休みの話じゃないんですけどね」

 

「それは。(髪型を変えたら)お友だちからも大好評ですよ、きっと」

 

「そんなー」

 

素敵(すてき)にしてさし上げますよ」

 

 ああ、今まで私はなんてもったいない真似をしてきたんでしょう。この美容師さんが、こんなにもやさしい人だったなんて……知りませんでした。知ろうともしませんでした。以前にもこうして世間話をしようと何度も試みてくれていたのかもしれないと思うと嬉しくて、私はつい向こうのメンドウも考えずに話し込んでしまったのです。学校での話、家での話、なんでもしました。並みのカウンセラーさんより気持ちよく話せたかもしれません(未経験でしたけど)。だからこそ、帰りぎわには寂しさが(おさ)えられませんでした。でも、また会える、この人には。

 

「おじいちゃんとは、次が最後になるのかな……」

 

 

 ついでに散歩がてら立ち寄ったショッピングモールで、気がつくと洋服店の水着コーナーにいました。海に行くことに乗り気ではありましたけど、さすがに一人で買い物にくるほどの熱意はなかったわけで。使命感ってコワイ。

 

 (さいわ)い、店員さんたちはほかのキレーなお客さんの相手でいそがしいみたいで、髪型だけハイテンションな私はまたも歓迎されていませんでした。まあ、ネトショでウィンドウショッピングが日課の私にすればなんでもないんですよね。「(声かけられる前に、えらんじゃお!)」

 

 私が会計をすませてお店を出たのは、ほんの10分後のことです。えらく即決でした。美容室代に(くら)べればずいぶんと安価ですからね。とはいえ、今後散財(さんざい)には気をつけないと……

 人前でアガりやすい自分としては、これが英断とはいえませんけど、せっかくオシャレに目醒(めざ)めたんだから! という意識に応援されてしまいました。佐仲さんと上沢さん、()めてくれるかな? おじいちゃんはチャリオッツしまって! いろんな意味で節操(せっそう)がないのは、ゆずりの気質なんでしょうか。え、私だけって? いったじゃないですか。私はクラスの人たちの”眼中にもない”くらい”控えめな人間”だ、と。だから誰も、私がちょっとやそっとはじけたからって気にしません。そうに違いないのです。さあて、早く帰って準備しなきゃっ!

 

 (きた)る翌週、国民の祝日、台風上陸を(うたが)われるはげしい暴風雨が地方一帯を(つつ)み込み、アリ一匹もバカンスへは行けない状況でした。朝八時、佐仲さんから電話が。『おいユキ! 今日の予定はサーフィンに変更だ、(ふね)をだせ!』と衝撃的発言。「マグロ漁でもするの……」この子の口から出た言葉がギャグじゃなかった日はないけど、このときばかり本気でトチ(くる)ったんだと思いました。「とにかく中止よ、ばか!」

 

 そして火曜、おじいちゃんのお葬式当日の空は、天災さえもけっ飛ばし、あらたなお(むか)えを待望(たいぼう)しているといわんばかりに一点のくもりもなく晴れ渡っていました。表現が不謹慎(ふきんしん)? いったのは(じつ)(むすめ)のお母さんです。でも同感しました。これだけ異常事態が続くと、明日あたり天国行きのバスが来るのではと心配になりますからね。おじいちゃん、法要ちゃんと行くのでもう許してください……。

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