世界は傾いてる。俺がバランスを取ってる。
「……優子、遅い。もうすぐ試合が始まっちゃうわ」
「ぜぇっ……はぁっ……っ!」
「……急いで。試合始まっちゃう」
「さぁぁぁぁ! 泣いても笑ってもこれが最後! 二年生試験召喚大会、決勝戦を開始いたしまーす!」
優子が壇上に上がったことで、夕暮れの校庭に新野すみれの絶叫が響き渡った。
司会のすみれは、左腕と右太腿から血を流し若干フラフラしているが、根性で持ち堪えている。
清涼祭二日目。数多の負傷者と人間性の破壊を生み出した地獄のトーナメントも、ようやく最後の一戦を迎えようとしている。
「決勝に進出したのはこの二組! まずは学年主席・霧島翔子さんと、学年有数の秀才・木下優子さん! 文月学園が誇る超高学力・美少女コンビです!」
大歓声。
ステージ上では翔子がいつも通り無表情で立ち、その隣では優子がいつも通り猫を被った笑みを浮かべていた。
ただし、その右手にはまだ生暖かい血液が付着していた。
あと制服になんか土がついてるし、右手には大きなスコップがある。
「そして対するは~」
すみれが一瞬、言葉を止める。
「なんか知らないけどここまで勝ち上がってきたFクラスのゴミ二人!しねっ!」
「紹介が雑すぎるよ!?」
「せめて名前を先に言えッ!」
罵声。ブーイング。紙コップ。あまりにもアウェー。それでもバカ二人は戦うしかないのだ。
そもそも、なぜ彼女たちはここまで必死になっているのか。
説明しよう!
優勝者の夢を如月コーポレーションが叶える。
その話を聞いた翔子は、明奈と雄二を永遠に自分へと縛り付けるため、浮気(二人が他の女を視界に入れた瞬間)に反応して爆発する結婚指輪を作らせようとしていたのである。
愛とは束縛。爆発とは信頼。それは死が二人を分かつまで続く。
つまりはまぁ、好きすぎて滅というやつだ。爆裂LOVE、ただしPEACEはない。
そんな地雷系女子をマジな地雷にするような狂気の商品を世に出してはならない。
そう!明奈と雄二は保身ではなくこの文明社会の正気を保つために戦うのである!
以上!
「決勝戦まで残るなんて中々やるじゃない。だけど、そんな奇跡もここまでよ」
息を整えた優子が挑発的に笑う。
「ぬかせ。言っておくが俺たちがお前らを狩る側、つまりハンターなんだぜ?」
「はちみつください」
「バカは黙ってろ」
フンターらしく乞食をする明奈だったが、あえなく雄二に拒否されて肩を落とす。
そんなFクラスコンビを見ていた優子のこめかみに青筋が浮かぶ。
「そういえば、坂本君?この間のBクラスとの模擬戦では、腹が立つくらいに卑怯なマネをしてくれたらしいわね。あたしの格好させた秀吉に無茶苦茶なことさせた挙句、下らない噂まで流して。ゼッタイニユルサナイコロシテヤル」
「ちょ待てよ!あの時、俺は模擬戦に一切関わってないぞ」
「……あれは明奈がやったこと。雄二じゃない」
「あっあっあのっ優子ちゃん?そのっあれは違くて、えとっ!」
翔子による無慈悲な裏切り。
味方に背中から撃たれた明奈は、滝のような汗を流した。
「は?なにそれ?じゃあ“あれだけのBクラス男子を惑わしておきながら彼氏のいない木下優子は思わせぶりなクソレズだ”ってデマを流したのは?」
「……それも明奈。友達が多いからすぐに噂が広がる」
「知らないようだが、このバカ女はデマ拡声器って呼ばれてるぞ。大体のフェイクニュースはこいつが発信源だ」
「違うよっ!私はちゃんと“優子ちゃんは百合乙女だ”って伝えたもん!クソレズなんて言ってない!」
「………………あー、なるほどね?」
優子がニッコリ笑った。
「そっかそっかー。なーんだ。灯台下暗しっていうか、これなら秀吉を埋葬する必要もなかったのね。とんだ無駄骨だったわ、あっはっはっはっはー」
「埋葬?」
明奈の笑顔が引きつった。
「優子ちゃん?今、埋葬って……」
「このきたならしい阿呆がァーッ!」
「キケロガッ!?」
怒りのドロップキック炸裂。
明奈は奇麗な放物線を描いてステージ上を飛び、二回、三回と壇上をバウンドした。
十二鬼月の鬼の毬みたいな動きだ。ufotableが制作したら興行収入300億円を突破しそうな光景だった。
そして、ここがスケートリンクなら審査員全員が満点評価を下しただろう。
見なよ……オレのバカ女を……。
すみれはガッツポーズをしながら大声で実況する。
「吉井選手が飛んだァーッ!?これは酷い!待ったなしの先制攻撃だァーッ!」
倒れた明奈の胸倉を優子が掴む。
「アンタのせいで!知らない男子から妙な目で見られ続けたのよ!」
「令和の時代はガールズラブも市民権を得ているから大丈夫だよ!百合はすべてを解決する!」
「あきなぁぁああああ!アンタがッ!泣くまで!殴るをやめないッ!」
優子のタイプ一致マッハパンチ(威力60)が明奈の顔面に降り注ぐ。
これぞ男女平等パンチ!
殴ってるのは男よりも漢な美少女だけども。
「す、すみません!木下選手!召喚獣ではなく対戦相手を直接攻撃するのは禁止です!」
「うるさい!この一発だけだから!」
「もう12連発入ってます!」
「誤差よ!」
「明らかに誤差の範疇に収まりません!」
すみれが必死に止めようとする。
「いいですか、落ち着いて聞いて下さい。このままでは貴女、失格になりますよ?」
「わかったわ!ふーっ……!ふーっ……!よし、アンガーマネジメント成功!ぶん殴る!」
「できてなぁい!全然マネジメントできてないよ優子ちゃん!」
「6秒耐えた上でアンタを殴ると決めた!この選択は冷静に考えた当然の帰結よ!」
「失格!木下選手は試合開始前の暴力行為により失格ですっ!」
「そんなっ!?こいつが悪いのに!?」
優子は膝から崩れ落ちた。
「代表……ごめんなさい……。あたし、何の役にも立てなかった……」
「……気にしないで」
翔子は無表情のまま優子の肩に手を置く。
「……いつものこと」
「慰める気ある!?」
冷酷な追撃。仲間の傷口に塩を塗り込む翔子であった。
なお、ギャグマンガのごとく復活した明奈は、鬼の首をとったように優子を煽る。
このバカ女、自分が優位に立つことが何よりも好きなのである。
「いえー!ぼーくらの勝ちだ、おーまえの負けだ」
「もう一回ぶん殴るわよ!?」
「えぐしゅぎ~!」
「木下選手やめてください!退場!今すぐ退場してください!」
「くっ……!」
唇を噛んだ優子は、恨みがましい眼差しを明奈へ向ける。
「覚えてなさいよ、明奈!試合が終わったら第二ラウンドだからね……!」
「人を殺す目をしてる!」
「安心しなさい。埋める穴ならもう掘ってあるから」
「何が安心なの!?」
スコップを肩に担ぎ、優子はステージから降りていく。
その背中には、敗者とは思えないほどの達成感が漂っていた。
「はい!というわけでAクラスは早くも一人脱落!霧島選手単独での戦いとなります!」
「……問題ない。ハンデにもならないから」
「けっ!舐めやがって」
余裕綽々の幼馴染に、雄二は舌打ちする。
「それにしても、あいつら遅ぇな」
雄二が観客席を見渡した。
「おい吉井。秀吉とムッツリーニはどこ行った?」
「え?知らないよ?さっきまでいたんだけど」
「おかしいな。とっくに作戦開始の合図を出してるはずなんだが」
何かがおかしい。
決勝戦に向けて、雄二は秀吉と康太にある任務を命じていた。
どんな手を使ってでも勝つために準備をしてきたのだが、肝心の二人がいない。
「……探しても無駄」
「あん?」
翔子が平然と言い放った。
「……あの二人なら、もう来ない」
「なんでお前が知ってんだ?」
「……雄二が正々堂々と戦うはずがない。だから、最初から秀吉と土屋の動きを見張っていた」
「まさか、お前!」
「……優子に変装させて、照明器具にも細工しようだなんて」
「木下姉をけしかけるなんて卑怯だぞ!」
「……雄二がそれを言う?」
ぐうの音も出ない正論だった。
まさか優子の怒りによって、秀吉と康太が土の下へ埋葬されていたとは。
これでは盤外戦どころではない。今すぐ救助活動を始めなければ、Fクラスの人数が二人減ってしまう。
「くそっ!こっちの手を完全に読まれてやがった!」
「……雄二は昔から変わらない。私に勝とうとして、いつも悪巧みばかり」
「うるせぇ!勝てば官軍なんだよ!」
「……だったら勝ってみて」
翔子が微笑んだ。
「……私も、絶対に負けないから」
すると明奈がとてとてとそばに寄ってきた。
「ねぇねぇ。もしも翔子ちゃんを捕まえたらさ、パーフィニーしていいかなぁ?」
「パーフィニーってなんだよ」
「え!?知らないの!?ほんmoneyわかんのでskrrrr~?」
「……どうせ拘束してリンチとかだろ?まぁ、悪くねぇ作戦だな」
「え?」
雄二がニヤリと笑う。
「お前の召喚獣は観察処分者だから物に触れられる。翔子の動きを一瞬でも止められれば、俺が叩く」
「さっすが雄二!じゃあ、あとは流れで!」
「それでは決勝戦!使用科目は総合!試獣召喚!」
「「「召喚!」」」
三つの魔法陣が展開される。
雄二の召喚獣。
明奈の召喚獣。
そして、学年主席・霧島翔子の召喚獣。
「「「…………」」」
頭上に表示された点数を見て、会場が静まり返った。
明奈は自分と翔子の点数を交互に見る。
念のため目をこすって、もう一度見る。
「雄二。翔子ちゃんの点数、私の何倍なんだろうね」
「えげつねーな……悟るヒマも無しかよ」
「……私たち、これ勝てる?」
「この世界に絶対はない。勝つんだよ!」
「その言葉だけで何の根拠もないの、好きだよ!」
「うるせぇ!行くぞ!」
「おー!」
絶望的な戦力差。
それでもバカたちは前に進む。
二体の召喚獣が左右に分かれた。
「翔子ちゃーん!ハグしよー!」
「……やだ」
「つれないね!」
「……私は油断しない」
翔子の召喚獣が剣を振るう。
「ひゃあっ!」
明奈が寸前で回避。
その脇を雄二が走り抜ける。
「もらったァ!」
「……見えてる」
翔子は振り返らない。
「なッ!?」
雄二の拳は、剣の柄で受け止める。
そのまま身体を回転させ、二体まとめて薙ぎ払った。
「うおっ!」
「ふぎゃあっ!」
雄二と明奈の召喚獣が転がる。
「……覇者、覇道。退屈が過ぎる」
「まだだッ!まだ俺たちはっ、負けてねぇッ!」
「こうなったらやるしかないよ雄二!」
「よしきた!まかせろ!」
「「ゆゆうじょうパパワー!」」
普段は犬猿の仲だが、腐れ縁とはいえ付き合いだけは長い。互いの考えなど手に取るようにわかる。
明奈が相手を撹乱し、雄二が死角から攻める。
翔子の反撃は雄二が受け止め、その隙に明奈が足元へ飛び込んだ。
「今だ!必殺――!」
明奈の召喚獣が両腕を広げ、翔子の召喚獣にがっちりと抱きつく。
たった1秒だけども、翔子の動きが止まった。
それでも雄二には十分な隙だった。
「翔子ォォォ!」
雄二の召喚獣が拳を振りかぶる。
「食らえッ!」
初めて拳が直撃した。
翔子の召喚獣が大きく後退する。
「入ったァァァァァ!」
すみれの実況に会場が沸く。
「学年主席・霧島翔子選手にFクラスコンビの攻撃が直撃!これはまさか!まさかの大金星があるかァーッ!?」
「やったか!?」
「バカ野郎!フラグをたてんじゃねぇ!」
「……なるほど」
翔子は自分の召喚獣が負ったダメージを確認する。
「……二人とも強くなった」
「でしょー!」
「……でも」
翔子が顔を上げる。
「……それだけ」
「え?」
刹那、明奈の視界から翔子の召喚獣が消えた。
そして死角から剣の峰が明奈の召喚獣へ叩き込まれた。
「ほぎゃああああああ!?」
明奈の召喚獣が吹き飛び、フィードバックで明奈自身もその場でゴロンゴロンと転がった。
「吉井選手!戦闘不能ォォォ!」
明奈は白目をむいたまま、ぴくりとも動かない。
そして、その攻撃の余波で雄二の召喚獣が膝をつく。
まさか剣を振った風圧だけでダメージを受けるなんて。
雄二はごくりと喉を鳴らした。
「……何度やっても無駄。私に勝てるわけがない」
その言葉は事実だった。
雄二だって小学生時代は神童と呼ばれていた。最近になって、もう一度勉強も始めた。愛する幼馴染の隣に立つために。相応しい漢になるために。
だけど、たった数週間で学年主席との差が消えるわけではない。
翔子は強かった。雄二より遥かに。
「……自分に勝ち目がないことなんて雄二もわかっているはず。それなのに、どうして抵抗するの?」
「あのな」
雄二は荒い息を吐く。
「はっきり言わせてもらうが、お前のやっていることは迷惑でしかない。お前は前へ進もうとしている俺を邪魔してるんだ」
「……迷惑?邪魔?」
「ああ」
雄二が拳を握る。
「俺は今まで色んなことから逃げてきた。勉強からも、自分の将来からも……お前からもな」
「……」
「だから、もう一度やってみようと思ったんだよ。誰かに認めてもらうためじゃねぇ。俺がそうしたいからだ」
翔子の表情が僅かに揺れる。
「それなのにお前は勝手に結婚だの、三人で暮らすだの、爆発する指輪だの……俺の人生を勝手に決めやがって!」
「……雄二を幸せにしたい」
「俺の幸せは俺が決める!お前じゃねぇ!」
怒声が響く。
「……もしかして、雄二は私のことが……嫌い?」
「はッ!何だかんだ言ってお前もバカだよな!」
「……?」
「言っておくが俺はお前のことを嫌っているわけじゃあない。あぁそうだ、認めてやるよ。どちらかといえば好きな方だ!」
「……雄二っ!」
「「「おおおおおおお!」」」
観客席から歓声が上がる。漢・雄二の遠回りでボール球ギリギリな告白に、誰もが興奮した。何せ学年主席の才女と、顔は整っているけど全体的にゴリラっぽい男のラブストーリーなのだから。これが美女と野獣のリメイク作品ですか?
そして今この場に二人を邪魔する者はいなかった。ここはFクラスではない。他人の幸せを茶化しつつも祝福できる美しい文明社会なのだ。Fクラスってやっぱ民度おわってんね。
「公開告白キタァァァ!」
「もう付き合っちゃえよ!てか結婚しちまえ!」
「ウェディングベルを鳴らせー!」
「キッス!キッス!キッス!からの!入籍!入籍!入籍!」
「うるせぇ!まだ話の途中だ!」
雄二が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「だがなッ!お前だけじゃなくあのバカ女まで愛せって言うなら話は別だ!そんな気色悪い恋愛、俺が許さねぇ!」
「……美少女を2人も侍らせられるのに?それを嫌がるなんて理解できない」
「俺だってお前のことが理解できねぇよ!どうして俺がバケモノと結婚しなきゃいけないんだ!?そんなのまっぴらごめんだぜッ!それにたった1人の女をトコトン愛するのが男ってもんだろうがッ!」
「……雄二は一夫一妻制に魂を縛られているから、そんな無意味でつまらない意地を張っているッ!」
「知ったことかッ!」
雄二の召喚獣が立ち上がる。
「男にとって見ればどんな人間でも"安いプライド"があれば"戦える"んだ、何とだって!」
ボロボロの拳を握る。
「どんなに無意味だろうが、つまらないものだろうが、俺は俺のプライドを貫き通す!」
雄二の召喚獣がメリケンサックを構えて翔子へと突進する。
これが、最後の突撃だ。
「カッコつけたがりで不器用なのが男ってヤツなんだよッ!」
「……雄二のわからずやッ!」
翔子の召喚獣が剣を振り抜く。
「ぐおおおおおおおッ!?」
雄二の召喚獣は派手に吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「決まったァァァァァ!坂本選手、戦闘不能!二年生試験召喚大会を制したのはAクラス!霧島翔子・木下優子ペアです!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
大歓声。鳴り響く拍手。こうして地獄のトーナメントは幕を閉じた。
結局のところ、どれほど熱い想いを抱こうとも学力差は覆せなかったのである。
勉強しろよバーカ!
「…………負けちまったか」
雄二が悔しそうに拳を握り、唇を強く噛む。
悪巧みを潰され、明奈との連携も破られた。
やれることは全部やった。それでも翔子には届かなかったのだ。
そんな彼に翔子が歩み寄った。
「……雄二。私の勝ち」
「ああ、完敗だ。やっぱりお前は強えよ」
「……うん。でも、雄二も強くなった」
「はっ。お前に言われるまでもねぇよ」
雄二は立ち上がると、翔子と向かい合った。
「なあ、翔子。俺はずっとお前に相応しい男になろうとしてきた」
「……知ってる。嬉しい。でも、もうそんなことしなくていい」
「なんだと?」
「……だって私の隣にいてくれさえすればいいから」
「お前はそれでいいかもしれねぇが、俺には俺の意地があるんだよ。勉強だって続けるし、お前の親父さんにも認めさせてやる」
「……お父様が反対したとしても問題ない。私が捻り潰すから」
「絶対にやめろ。ただ、追いつくまでお前を待たせる必要もねぇよな」
「……雄二」
「なぁ、次の休み一緒に映画でも見にいかねぇか?」
「……デート?」
「まぁな。今まで散々待たせちまったしな」
雄二は渋い表情で頭をかく。
一見すると不機嫌なゴリラのようだが、ただの照れ隠しだと翔子は見抜いていた。
「改めて言わせてくれ。お前のことが好きだ翔子。俺と付き合ってくれ」
一瞬、目を見開き、雄二の顔をじっと見つめる。
「……もう一回」
「は?」
「……今の、もう一回言って」
「二度も言わせんな!恥ずかしいだろうが!」
「……お願い」
「くっ!だから、お前が好きだって言ってんだよ!」
翔子は両手で口元を覆った。
耳まで真っ赤だった。
「……私も大好き。末永くよろしくお願いします」
「言っておくが、婚約するわけじゃねぇからな?」
「……ちっ」
「てめぇ。あとな!あのバカ女も含めた三人で結婚だなんて死んでも御免だからな!」
「……わかってる」
「お、おう。そうか」
意外な返答だった。
とうとう翔子にも人間の言葉が通じたのである。
「……まずは雄二とデート。それから明奈との結婚も進める」
「わかってねぇじゃねぇかッ!」
「……私は諦めない。雄二のことも、明奈のことも」
「くっ!この欲張り女が!」
「……雄二だって、自分の意志を曲げないって言った。私も同じ」
どこまでも平行線だった。
だが、以前とは一つだけ違うことがある。
雄二はもう、翔子の好意から逃げようとはしていない。
そして翔子もまた、ようやく幼馴染の口から聞けた愛の言葉に、今までになく幸せそうな笑みを浮かべていた。
「……雄二」
「今度はなんだよ」
「……大好き」
「お、おう」
「……後で婚姻届にもサインして」
「だから話が早ぇんだよ!」
「霧島さーん!優勝おめでとうございます!それでは如月コーポレーションからの優勝賞品!貴女の夢をお聞かせください!」
すみれの声に、雄二の顔が青ざめる。
そうだった。試合には負けたが、本当の地獄はこれからなのだ。
「……私の夢は、雄二と明奈とずっと一緒にいること。だから、浮気すると爆発する結婚指輪を三つ」
こいつ、告白しても変わらねぇじゃねぇか。
絶望のあまり雄二は天を仰いだ。
だが、幸いにも如月コーポレーションの担当者は、爽やかな営業スマイルでこれを拒否した。
「申し訳ございません。人体に危害を加える機能は弊社のコンプライアンス上、対応いたしかねます」
「よっしゃああああああッ!!」
キングコングのように雄二は雄叫びをあげた。
法治国家バンザイ!文明社会バンザイ!
科学技術の暴走を食い止めたのは、企業倫理という名の最後の良心だった。
「……残念。でも、普通の結婚指輪でもいい」
「それなら大丈夫ですね!」
「マジかよ……」
「……あと遊園地の貸切チケットもお願い。雄二と明奈を幽閉したい」
「泣けるぜ」
悲しいことに敗者に拒否権はない。
何はともあれ、波乱の試験召喚大会は幕を閉じた。
「おい吉井!起きろ!秀吉とムッツリーニを掘り起こすぞ!」
「……うえっ!?まだ生きてるの!?」
「勝手に殺すな!」
ちなみに二人はなんとか無事だった。
・・・・・・・・・
「ったく!とんだ一日だったぜ!」
「もう帰りたいよぉ……」
試験召喚大会を終え、補習室へと戻ってきた明奈たち。
心身ともにボロボロな彼らを出迎えたのは、渋面を浮かべた美波だった。
「アンタたち、ようやく戻ってきたのね!」
「美波ちゃん!どうしたの?」
「大変なのよ!瑞希のお父さんが、あの子を転校させるって言い張ってるの!」
「えぇっ!?瑞希ちゃんが転校!?」
「説得しようとしてるんだけど、全然聞いてくれなくて……!」
なんということだ。
ようやく悪夢から解放されたと思ったら、今度は大切な友達との別れが迫っているではないか。
「よーし!それじゃあみんなで説得しよう!」
「吉井、お前は余計なことを言うんじゃねぇぞ」
「なんでさ!?」
果たして彼らは、瑞希の転校を阻止できるのだろうか。
もっとも、そんな心配は杞憂だったのかもしれない。
なぜなら、誰よりも転校を嫌がっていた瑞希自身が、既に自分なりの答えを見つけていたのだから。
■アフリカの武器商人
犬や馬を馴らすように人を屈服させることは出来ない。
強く叩かれる程必死で抵抗するのが人間だ。
気力を失わせ、思い通りにするには心を挫かなくちゃならない。
人は戦いに尊厳を求めるらしい。
人を殺すにも適切な方法があると。
理性を捨て、無感覚になる。
人を殺すという恐怖に耐えるにはそうする必要があると。
そんな考えはブチ壊せ。
人を殺すということがどれ程汚く恐ろしいことか教えてやれ。
自分がそれを楽しんでいることを教えてやれ。
人間に対する先入観をブチ壊してやれば敵は恐れを抱く。
恐れられれば強くなる。
だが、それは飾りに過ぎないことを忘れるな。
ライオンが吠えたり、ゴリラが胸を叩いたりするのと同じだ。
本当の自分を見失ったら。恐怖に負けたら。
力を失い、人間以下の存在になる。
そうなったら終わりだ。