モンスターハンター 4~4G設定の長編   作:紙粘土

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第二章 黄金時代篇


9話

「前々から言おうと思ってたけど、砂漠じゃなくて砂原だ」

 

大砂漠での狩猟を酒で労い合う、夕暮れ時の酒盛りの最中にノイアーが言った。焚き火を中心に四人は車座になっており、彼女イチオシのデルクスを串刺しに焼いている。ツバキはキモを一口食べて、癖の強さに顔をしかめた。

 

「砂原……?」

 

「そう、だから、私は砂漠から来たんじゃなくて砂原から来たの。砂漠は旧大陸の砂地だよ。こっちは砂原。よく同一視される」

 

出身地の話題になった時だった。現在地が大砂漠ということから、自然と話題が砂漠になる。そういえばノイアーは砂漠だよねとツバキが言えば、ノイアーはムッとしたような顔だった。

遠方にいれば砂原も砂漠も似たり寄ったりな場所である。地形こそまるで異なるものの、観測されるモンスターの種も近しいし、昼にはクーラードリンクが、夜にはホットドリンクが欠かせないという特徴も一致する。「むしろどう違うんだ」と尋ねたのはダラハイドである。

 

「じゃあ来る?」

 

砂原は比較的近場であった。モガからタンジアへの連絡船を目指して旅する彼らにとって、砂原は通り道である。だが海を渡らず大砂漠に来た時点で、遠回りなど今更だった。

 

「多分今夜は流星群が見れるよ」

 

その一言が付け足されたら、三人が即座に頷いた。

 

 

 

…………

 

 

 

風が、冷たい。

ホットドリンクを飲んだ一同は凍えることこそないけれど、肌を打つ冷気に無意識のうちに肩を抱いた。一面が青く光って見える。どこまでも続く砂は白く輝いて、それが夜空の青さを反射させたているためだろう。

 

「この辺で生まれた」とノイアーが指し示した場所は、村はおろかキャンプの跡すら残っていない砂地であった。とても人の生活していた痕跡のないその場所を見て、補足するようにシドは言う。

 

「放浪する民族出身なんだ、こいつ」

 

なるほどな、とダラハイドが頷く。一箇所に留まらず、一族単位で移動を続ける民族は少数ながら各地に確かに存在してる。過酷な砂原を生きる彼女の民族は、一箇所に定まることで生じるたくさんのリスクを熟知するのだろう。常にデルクスの群れを追いかけて、広大な砂原を移動しながら生活するのだ。ノイアーの自由過ぎる性格も、そんな出自に影響されたものかもしれない。

 

「じゃあ、今どこに故郷があるのかわからないの?」

 

不思議そうにツバキは言った。故郷とそもそも呼ぶべきものかも疑問が残るが。帰るべき家や、家族が、常に移動するとはどのような感覚なのだろう。

 

「うん、わからない。でもこの砂上のどっかにいるよ。ツバキは、家族がずっと家にいんの?」

 

問い返されて、ツバキはそういえばと思い返す。彼女の実家はノイアーと違い移動したりはしないけど、家族は各地に散り散りだった。両親は既に他界しており、兄達は彼女と同じくハンター稼業についてるためだ。だがそれを寂しいかと聞かれても、寂しいとは少し違う。

きっとどこかで元気にしてると信じているし、タイミングが良ければ帰郷の折に会えるのだ。そういうものだと思っていたから、きっとノイアーもそうなのだろう。

 

 

「……故郷か」

 

ぽつりとダラハイドが言った。その横顔が寂しげに見えて、ツバキはいつかの話を思い出す。十二歳で成人の儀を終える彼の国は、その理由を「子供を大人とみなせれば、傀儡政権が容易いからだ」と決めつけた。彼の国は、王族が腐っていると、辟易したような顔だった。ダラハイドは、自分の故郷が好きではないのかもしれない。

 

 

「ダラハイドはあんまりそういう話しないな」

 

横からノイアーがそう言った。生まれだの故郷だのの話になれば、決まって彼は遠い目をする。シドはノイアーの首根っこを捕まえた。

 

「言いたくないこともあるだろ、あほ」

 

そうさりげないフォローをするシドを見て、やがてダラハイドはくつくつ笑った。シドは、優しい。前にノイアーはそう言ったけど、なるほど確かに優しい男だ。

 

 

「すまないなシド。……言いたくないんじゃなくてな、無いんだ」

 

ぽつりと言葉は落とされた。砂原に風が吹き抜ける。水場の少ないこの地の風は、どこまでも渇いていくようだ。

 

 

「生まれた地は沈んでな。……別の国で育った。だから、語るべく故郷がなくてすまない」

 

まるで、帰る場所がないような……そんな悲しい口ぶりだった。

 

また風が吹く。藍色の空の四方には、星が散り散りに光ってる。そのうちの一つが西へと落ちた。流れたのだ。

 

 

「ダラハイドは帰る家ないの?」

 

シドに首根っこを掴まれたまま、キョトンとした顔でノイアーが言う。他意なくこんな質問ができること、少しツバキは羨んだ。ノイアーの目は、何故空が青いか尋ねる子供のように丸いのだ。

 

「そうなるな」

 

ダラハイドは苦笑した。また一つ、星が流れる。

このまま流星は頻度を増して、やがて群れとなり空を光る群となるのだ。その前触れのように、ぽつぽつ光が落ちてくる。

 

「ふうん。私も帰る家どこかわかんないから、中々帰れない」

 

放浪の民であるノイアーの一族は、この広大な砂原を常に移動し続けてる。それを偶然に頼らず見つけ出そうとしたならば、海で一雫の真珠を見つけるくらいには難しい。帰りたいと思った時、いつでも帰れる家があることは、実はすごく恵まれたことなのかもしれない。

 

「ノイアーは何故、一族を離れたんだ。はぐれたら、再会が困難だとわかっていただろ」

 

「行きたいところに、行きたいから」

 

ダラハイドの問いに、あっけらかんとしてノイアーが言う。それから流星群が来るよと囁いた。生まれた地の夜空だけに、彼女は予期できるのだろうか。疎らであった星たちが、彼方から川のように一つの流れとなって押寄せてくる。

星の光は儚くて、だのにその数故に眩く光る。

 

「ダラハイド、シドがね、『疲れたら俺んちにいつでも来ていい』って言ったんだ。好きな時に帰って来いって。生まれた場所じゃなくても、帰る場所って誰かがくれたりすんだよ。だからダラハイドも来ればいいよ」

 

もう一年以上前、渓流で死にかけたノイアーを拾ったのはシドだった。あの日から今日まで二人はずっと一緒にいるけど、ノイアーは酷い人見知りと聞いていた。酷い人見知りの彼女が、どうしてシドだけに懐いたのか、その理由に触れた気がした。

 

きっと彼女は、シドがこういう男だから懐いたのだ。

 

 

「ばっ、お、おい……やめねえか。言うことないだろ、そんなこと」

 

「なんで。シド、そう言ったでしょうよ」

 

「いや、……言った。言ったが、」

 

「俺の隣にずっとって、」

 

「馬鹿ヤメロ!!!」

 

耐え切れずシドはノイアーの口を塞いだ。暗い砂原であるというのに、耳も頬も真っ赤なのがよくわかる。ノイアーがもごもご暴れていて、シドが本気で慌てていて、その様がとても微笑ましいからダラハイドが笑いはじめた。 

 

「お、おい……っ、ダラハイド!違う!」

 

「くく、……なんだシド。俺は何も言っていないが」

 

「っ……、だ、だから、違うからな……!こいつが特別とかじゃなくて、いや、特別じゃないと言ってもだな、そういう特別じゃないという意味だ……!」

 

段々支離滅裂になってきて、ツバキもまた笑い出した。シドはノイアーには弱すぎるのだ。

肌寒い砂原の風が吹く。星が空から降ってくる。昼間、ダレン・モーランと戦った身体はクタクタだけど、疲れを吹っ飛ばすような美しさが流れてく。

笑いながら、いつの間にか空を見ていた。流星群が、綺麗すぎて。

 

 

「だから、つまりだな……」

 

それから、おずおずとシドは言葉を紡いだ。照れ臭そうに咳払いをした後だった。

 

 

「いつか……家に帰りたくなって、それでも帰る場所がなかったら、俺の家を使っていい。狭くてよけりゃあ、ダラハイド、お前だって帰って来いよ。勿論ツバキも」

 

「でもベッドは私のだから、ツバキ達は床で雑魚寝」

 

しんみりした会話に割り込むようにして、口を出したノイアーの言葉がまた笑いを誘い出す。

やがて足元の砂場へ、じゃれあいながらシドとノイアーは倒れこんだ。仰向けになれば、世界が流星群に包まれたように見えるのだ。

 

「こうした方が、たくさん見えるよ」

 

ツバキがノイアーの横に寝転がる。仰向けになれば、視界の全てが空になるのだ。ツバキの更に隣にダラハイドもま転がった。四人で寝そべり見る空に、どこまでも星が続いてた。

 

 

 

「……ダラハイド、よかったね」

 

「ああ。ツバキ、シドの家に〝里帰り〟の時は同行してくれるだろ」

 

「それで一緒に雑魚寝する?」

 

背中の砂はひんやりとして冷たいけれど、柔らかく肌を撫でてくる。

 

「存外雑魚寝も悪くないものだ」

 

「……そうだね」

 

耳を澄ませば、星の足音まで聞こえそうな空だった。

 

 

 

 

ツバキは昔を思い出してた。彼女の故郷は山奥で、空には木々が手を伸ばすけど、星がやはり美しい。こうやって寝転がって空を見るのは、自然と幼い頃を彷彿させるものなのだ。

 

彼女の父もハンターで、同じくヘビィを担いでた。彼女は、父を目指してヘビィボウガンを選んだのだ。

 

父はこの星のように白銀色に輝いた、世にも希少なリオレウスに召し討られたと、教えられたのは幼い頃だ。父のオトモが泣きながら片腕の、肘から先だけを持ち帰った。語られた熾烈な戦いの一部始終を、手練れと名高いハンマーの兄と聞いていた。

 

あの日からどれほど経ったのか。全ての竜に憎しみを抱いた日もあった。すべがらく自らもまた竜の仇と知ったのは、初めて殺されかけた日のことだった。。自分もまた、竜の父を殺し続けてきたのだと。

 

ハンターとはそういうものだ。ダラハイドはその言葉を好きだと言った。彼女はそれを嬉しく思った。

 

「ツバキ、何を考えてる?」

 

傍らのダラハイドがぽつりと問うた。視線は空の星に釘付けなままだ。ツバキは小さく「父親のこと」と返事する。ユクモでベテランと呼ばれた父親は、身内の贔屓目無しに偉大なガンナーだったのだ。

 

「……そうか。どんな家族なんだ」

 

……何故、ダラハイドはそんなことを聞きたがるのか。故郷は沈んだと言っていた。では家族はどうなったのか、なんとなく尋ねるのが憚られてる。彼は宝物を羨むような口ぶりだから、在り来たりな「家族」にすら羨望するのかもしれない。

彼は世界の未知の側面を知っている。なのに、どこにでも有り触れた当たり前の日常に飢えている。

 

「父はヘビィガンナーで、拠点はユクモだけど大老殿では特別許可証を渡されていた。私は小さかったけど、凄腕だって、兄が教えてくれた」

 

父はいつも、龍の頭を模した銃を背に構えてた。

 

「一番上の兄はよく父と衝突してた」

 

「二番目の兄が抜きん出てると、前に言ったな」

 

「そう。ハンマーを使う。なんていうか、〝ブラキディオス〟みたいな兄貴。双剣使いの親友と、あっちこっち放浪してる」

 

形容句が〝ブラキディオス〟とは如何なるものか。愉快になって笑いながらアシュは聞く。ツバキは「挑戦者つけて暴れ回ってる」とぽつぽつ語った。

 

「それから?」

 

「……、それから……」

 

それから、三番目の兄は……。彼女は語る。在り来たりな話ばかりだ。だけどダラハイドが楽しそうで、ツバキはゆっくり語り続けた。

 

 

 

…………

 

 

 

「おかしい」

 

気候の変化に最初に気付いたのはノイアーだった。無数の星が散り散りに輝き、中央には川のように流星群が横断してく。大自然の生んだ宝石箱だ。それを、何故か暗雲が東から徐々に覆い始めたのだ。

 

それは本来ならあり得ないような雲行きで、この地の気候に熟知したノイアーの眉が顰められるには十分過ぎた。

わかりやすく言うなら南風が唐突に北風に変化するような、自然なことらしからぬ変化であった。少なくとも彼女の知識の範疇で、このような変化は見たことがない。しかし実際に雲が迫ってくる。シドは墨汁を思い出した。墨汁とは彼の故郷で文をしたためる時に用いる独自のインクだ。それをこの夜空にぶちまけて、星を黒く塗り潰してしまったような、そんな暗雲が滲むように広がってゆく。

 

ツバキは同時に、風が徐々に強まるのを感じてた。最初は穏やかだった砂原の風は、速度を速めながら強大なものに変化してく。例えば海なら、穏やかな海原に唐突に嵐が出現したような、そんな不自然な強風だった。

 

「おかしい」「変だ」

 

変化があからさまになってきて、全員はほぼ同時に跳ね起きた。大袈裟だが天変地異のようなのだ。なにかが起こると直感している。

強まり続ける風速に、周囲の砂がばらばら舞ってる。星がすっかり姿を無くして、周囲が暗闇に包まれた。無意識に四人は背中を寄せ合い、それぞれ周囲を警戒する。三百六十度を、八つの瞳が見据えてた。

 

「……砂原は砂中に生息する種が少なくない。下も、見た方がいい」

 

ノイアーはそう付け足したけれど、この気候の変化に思い当たる種が砂原にいないこともまた知っていた。真っ先に浮かんだベリオロス亜種は独自の器官から竜巻を発生させるけど、このように雲ごと呼び寄せて天候に影響したりはしない。まして、夜行性ではないはずだ。実に奇妙なこの空気を、いかように形容したものだろう。

次に反応を示したのはツバキだった。東の空をばっと見上げて、視界の不自由な暗闇の空に目を凝らす。

 

「ツバキ、どうした」

 

「……聞こえた。風を切る音だ、飛来音。空から、来る」

 

聴覚に自信を持つツバキが、確信したように東を見据えた。空だ。空から、なにかが、来る。ぴりぴりとした緊張が走る。何かって……なにが来るというのだろう。この砂原で飛行能力に優れた種とはなにがいるのか。知識を漁る。真っ先に浮かぶのはやはりベリオロス亜種だったが、そうでないと理解してる。

他に砂原の飛竜といえば、ティガレックスも一応だけれど空を飛べる。飛行は苦手らしく地上での活動のが多いけど。

ディアブロスもまた翼を持つが、飛行能力は優れていない。少なくとも、彼方から飛来するようなことは出来ないはずだ。……あとは、ならばなにがある。リオレウスやリオレイアは世界の各地に分布してるが。もしくはセルレギオスかと危惧しつつも、捉えた飛来音に独特の、金属の擦り合うような鱗の音は混じらなかった。

 

 

「お、おい……ノイアー、どうした」

 

ノイアーの異変に、最初に気付いたのはシドだった。ツバキの言葉に皆が東を警戒していた時だ。「……あり得ない」と、小さくノイアーは呟いたのだ。その唇が震えてる。

 

「おい、ノイアー……!」

 

「シド、変だ。あり得ない。雨の匂いがする。砂原なのに、雨の匂い」

 

ダラハイドが目を細めた。東の空に、小さな影が滑空してる。その距離故に小さく見えた龍の影は、しかし確かな存在感と威圧感を放ってた。

 

「……雨?雨だと」

 

砂原に雨など降らない。乾いたこの地は、僅かなオアシスを目指し熾烈な生存競争が繰り返される場所なのだ。少なくともノイアーが生まれてから一度も降ったことはないし、彼女の両親もまた雨など見たことないと言ってた。その、雨の匂いが漂っている。恐らくあの黒い雲が放つのだろう。

 

「……雨が」

 

やがて鼻先に雫がぽたりと落ちてきた。砂原に、雨が降る。アシュはこの異常の正体を悟って声を低くした。

 

「クシャルダオラだ」

 

東の空から暗雲と強風を引き連れて、夜の砂原にクシャルダオラが飛来している。

 

クシャルダオラ……別名は鋼龍だ。全身が鋼鉄の強度と性質を持つ鱗や甲殻に覆われていることからこう呼ばれてる。

出現時には大木が折れんばかりの突風や、数メートル先の視界をも奪う暴風雨が観測されることが多々あるらしい。

モンスターが現れるだけで天候が荒れ狂うなど、そうと記録を見て尚信じ難い現象だろう。こうして目撃するまでは、誰もが話半分程度にしか信じない。

 

だが目の前の光景はどうなのか。この乾燥帯である砂原に、雨風が凄まじく吹き荒れている。雫と砂が巻き上げられて、横殴りに全身を打つのだ。そのうち泥水のように泥濘んで、足場がずるりとした感触になった。

 

「クシャルダオラ……あれが……」

 

風で髪が真横に靡く。巻き上がる砂を煩わしそうに空を見た。轟々と吹き荒れる雨風を全身に受けながら、ツバキは飛来する古き龍を眺め続けた。

 

 

「なあダラハイド、……クシャルダオラって確か、黒銀色だよな」

 

シドが言った。その声は酷く切迫していた。

クシャルダオラは四人を目掛けてるわけでもなく、ただ空を東から西に滑空している。それはいうなら、偶然すれ違った程度だろう。存在に気付いてないかもしれない。未だ視線が交わることなく、彼方の空を嵐を引き連れながら飛ぶのみなのだ。だのに何故、シドの顔が強張ってるのか。

 

「……ああ。一般には黒銀色と言われてるな」

 

「だよな。なあ、じゃあこれは……見間違えだったか。黒く見えたの、龍風じゃねえのか。風の隙間から見える外殻が……茶色だ」

 

「なんだと」

 

ダラハイドが青褪める。茶色なら、話が変わるではないか。その意味を知らないノイアーは呑気であった。

 

「ねえ、茶色って?亜種とかいるの?」

 

「ノイアー、違う。……茶色は、〝錆びて〟んだ。やばい」

 

シャルダオラの鱗や外殻は鉄と同じ特性を持つ。常に大気中の酸素と反応しており、時間の経過と共に徐々に酸化するため黒銀色だ。そのため一定期間毎に脱皮を繰り返して成長し、定期的に鱗や甲殻を新調する習性がある。

 

この脱皮直前の赤茶けた錆に覆われた個体は、酸化の影響によって普段ほど自由には動けない。そのため神経質になってしまい、通常よりもかなり狂暴性が増してしまうのだ。

 

「酸化?脱皮前?弱くなってる時期ってこと?」

 

「……いや、どうだろうな。比較したことがない。だが、危険度で言ったら段違いだ。目を合わせるなよ」

 

脱皮直前になったクシャルダオラ……ハンター達に「錆びたクシャルダオラ」と呼ばれる個体は、人里離れた場所に籠り脱皮を行う。これは脱皮直後の身体は鋼のような硬度を持たず、ハンター等の外敵からの攻撃を避けるためという説が有力である。

ではノイアーの述べたように「通常より弱い状態か」といえば、残念なことに答えはノーだ。

クシャルダオラにとってデリケートな時期だけに、普段は脅威と見做さない、ハンターではない人間も攻撃対象となってしまうという。かつては雪山を移動中の商隊が、脱皮直前のクシャルダオラに襲撃されたという報告もあった。

……つまり、ただでさえ天災に匹敵する存在たる古龍の、逆鱗に触れることになるのだ。遭遇だけで逆鱗とはまた不条理だけれど、そもそも龍に人の理屈が通用することの方が少ないだろう。

 

 

「ああ、確かに、……錆びてるぞシド。黒き龍風のせいで気付かなかった」

 

ダラハイドは声を潜めた。あれは錆びたクシャルダオラなのだ。このまま、気付かず通り過ぎてしまえ。念ずるように呼吸一つまでゆっくりになる。ざわざわと、全身の産毛が逆立つような、恐怖と興奮の中間のような高揚がある。クシャルダオラはゆっくりと高度を下げてゆき、四人の頭上を通り抜け、岩場の向こうに降り立った。ノイアーがぽつりと言う。

「あそこは……オアシスだ」

 

その瞳ははっきりとした危惧を映した。

 

 

「……シド、砂原の民はデルクスの群れを追いかけて、オアシスからオアシスへと移動する。あそこに、誰かいるかもしれない……」

 

ノイアーは「家族がいるかも」とは言わなかった。砂原に生きる部族はいくつも存在してる。だけど、ひょっとしたら。偶然と偶然が万が一にも重なったら。嫌な予感ほど当たるなどと、不吉な言葉もあるくらいなのだ。シドはゆっくり頷いた。

 

「……わかった。確認してきてやる」

 

「ちょっと、〝してきてやる〟って、シド、待ってろってこと?やだよ、一緒に行く」

 

「駄目だ」

 

即座にシドは却下した。ダラハイドはその意図までわかるのだろう。「土地勘のあるノイアーが居た方がスムーズなのに、なんでだ」とツバキが頭を捻れば、こっちへ来いと後ろへ招いたのち耳打ちした。

「……本当に、万が一ノイアーの家族がオアシスに居たとして、だ。今から我々が全力で向かっても、十五分はかかるだろう。その間に引き裂かれた身内の亡骸を、シドはノイアーに見せたくないのだろうな」

 

シドはそういう男だった。ノイアーは同行すると引かなくて、しかしシドもまたここで待てと折れなかった。割り込んだのもまたダラハイドだ。

 

「なら四人で行こう。だが、先に俺とシドが確認する」

 

ダラハイドは提案のあと、ツバキの肩をポンと叩いた。そして、彼女にしかわからないよう小さく言う。

 

「死体があったら合図する。そしたら、ノイアーを連れて離れてくれ」

 

ツバキは静かに頷いた。

 


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