闘技大会本部は、一件を「オオナズチが乱入した可能性大」と発表した。ツバキがナルガクルガを見たと言えども、他に目撃者がなかったばかりに確定情報の扱いを受けなかったのだ。
都市伝説じみた〝消えるナルガクルガ〟────すなわち希少種と判断するより、「姿を消すことのできる特徴」からオオナズチが連想されるのは、当然といえば当然である。
青白い月色をした、姿を消せる迅竜が存在する。そう記された書物や噂話は存在するが、いずれも正式な調査報告書ではないのだから。
希少種と呼ばれる魔物がいる。その名称からも分かる通り観測例が極めて少なく、狩猟経験あるハンターともならば更にごく少数だろう。
観測例がごくわずかという点や危険度が極めて高い点などは古龍も同じであるが、扱い自体は大分に異なる。古龍は希少ながら存在を誰もが知り得るけれど、希少種は存在そのものを疑る者も少なくないのだ。
協会の文献には黄金に輝くリオレイアや白銀色のリオレウス、爆破する鱗粉を振り撒く超巨大なティガレックスなどが確認されている。此度消えたナルガクルガも、存在が認められたならきっとそこへ名を連ねることだろう。
ペイント塗料は街を遥か離れた辺境の、聳え立つ塔まで続いていたと報告された。
…………
ハリマグロを釣りに来ていたはずなのに、図らずしもガノトトスが釣れてしまった。そんな経緯で始まった狩猟は佳境を迎え、足を引きずった敵を仕留めに四人が海へとダイブする。
シドは水中戦を好きではないようで、眉間を歪めなんとも奇妙な顔だった。ノイアーは意外にも泳ぎが下手だ。砂原育ちであることを考えたら当然かもしれない。足の付かないほど深い水を泳いだ経験は今までになく、まして狩猟のために潜るのは不慣れの極みであっただろう。初めてラギアクルスと戦った時のノイアーは、仔猫のように波打ち際で背中を丸めて、シドの裾を握って離さなかった。今でこそ不器用なりに泳ぎまくっているけれど。
逆にダラハイドは泳ぎが上手い。実に器用に泳ぎ回る。相当な重量だろう大剣を、難なく背負ったまま水を掻くのだ。もしかしたら、海の近くで生まれ育ったのかもとツバキは思った。
弱ったガノトトスの泳ぎは力ないものだった。水中に奇妙な呻きともつかぬ鳴き声が響く。ダラハイドが剣を振りかぶってた。拙い泳ぎでノイアーがそれを追いかける。先回りしたシドがエリア移動を阻止せんばかりに立ちはだかる。
とどめの一撃はツバキの弾だった。絶命したガノトトスにナイフを突き立て、剥ぎ取りが終われば浜へと戻る。水を吸った装備はいつもより重たくて、水中の軽やかさを忘れたような怠惰感が身体を覆っていた。
「リオレウスになった気分」
ポツリと言ったのはノイアーだ。
「なんでリオレウスなんだ?」
尋ねたのはダラハイドだ。
水中戦の後の感想が、天空の王者とはどういう理屈か。空中と水中はあまりに違うのに。「だって」ノイアーは続ける。
「だって海底があんなに遠い。海底って地上なら大地だよね?地からあんなに自分の身体だけで離れたことない。上より下のが距離があんだよ」
ノイアーは空を指差した。彼方をガプラスが飛んで行く。太陽の光に瞳が細まる。
あの、浮遊感。三次元的に動き回れる開放感。前後左右だけではなくて、上下まで意のままに移動できるということは、なんて自由なことだろう。それが、あんなに高いところだったら。
「水ん中って飛んでるみたいじゃん。私だけ?」
「……いや、わかる気がする。一つ違うのは、竜は飛ぶことに感動しないというだけだ。魚が泳げることを感動したりしないだろ。我々人間も、走れることに感動しない。当たり前にそうする。リオレウスも、飛ぶことには無感動だろうさ」
ダラハイドの言葉に、なるほどなあとシドは頷く。確かに、リオレウスは飛ぶことに感動を覚えたりはしないだろう。結局それを羨んだり感動したりするのもまた、人であるが故の感情なのだ。
「ダラハイドって頭いいね」
ノイアーは素直に感心していた。
「そうか」
「うん。それに、竜の気持ちがわかるみたいな事を言う」
「……」
今度は、ダラハイドは相槌を打たなかった。〝竜の気持ちがわかるみたい〟……その言葉に、ツバキは妙な引っ掛かりを覚えてる。ツバキ自身、かつてそう思ったことがあったのだ。
ちらりとダラハイドを見る。その目は、どこか遠いところを見ていた。
「……で、ハリマグロは揃ったのか」
不穏な空気を避けるように、話題を変えたのはシドだった。彼はこういう時妙に気がきく。
ツバキはこくこくと頷いて、バッチリだよって笑ってみせた。
…………
採取から帰還した四人はクエストカウンターに赴いていた。サブターゲットであるガノトトスの狩猟を成したので、その報酬を受け取るためだ。
それ自体は別段面倒なこともなく、いつも通りに手早い手続きが済まされた。
「ツバキ様。ユクモのツバキ様ですね」
受付嬢がそう尋ねてきたのは、経歴を記録するためギルドカードを提示した時だった。至って業務的なはずの受付嬢が、このように尋ね返すとあらば何か要件がある時だ。
受付嬢はツバキに本人確認を行ったあと、一つの封書を差し出した。
「クエストの依頼書をお預かりしております。本人立会いの下協会にて提示するよう承っておりますが、今開封してよろしいでしょうか」
名指しの依頼だ。おお、と周囲がざわめいた。G級クエストカウンターで名指しとならば、相当に腕を買われた証拠であるからだ。
「……誰から?G級の依頼主にお得意さんはいないはずだ。特に、タンジアでは……」
元々の活動圏であったドンドルマやバルバレならば、上位時代からのツテが依頼を寄越す可能性も無くはなかった。だが、ここはタンジアなのだ。彼女は新顔の域を出ず、知名度ともならば皆無に等しいのに。
「ツバキ様宛にと、各地のクエストカウンターに連絡が来てます。厳密にはクエスト同行依頼ですが」
ああ、と彼女は頷いた。ハンターは各地を転々するため、特定の住所を持たない者が少なくない。あるいは、住居があれど滅多に帰らない。
そのためハンター同士が連絡を取り合いたい時は、住所でなく協会に手紙を預ける場合が多いのだ。各地のクエストカウンターに封書を出し、目当てのハンターが現れたら渡すように依頼するというわけである。差出人が同業者であり内容がクエストの同行を願うものならば、ハンター同士のネットワークだけに納得できる。これまで出会ったどこかのハンターが、ツバキの助力を求めているのだ。
「ここで開封して構わない。……誰から、どんな内容の?」
彼女が了承を示したら、受付嬢は丁寧に封蝋を剥がして読み上げた。
「差出人はユクモのイツキ様、ドンドルマの大老殿よりお預かりしました」
〝ユクモのイツキ〟────その名にツバキが目をキョトンとさせる。
「知り合いか?」
ダラハイドが聞く。
ツバキは小さく頷いた。
「……兄だ」
…………
形式的な挨拶は省略させて貰う。今回クエスト同行依頼を出したのは、火炎弾の連射性能にすぐれ、かつ腕の効くヘビィガンナーが必要だと思ったからだ。
結論から言う。ゴグマジオスと名付けられた超巨大モンスターの討伐に力を貸して欲しい。俺は今、ゴグマジオスをドンドルマ戦闘街に誘導し、各迎撃兵器を用いて狩猟する任に着いている。現在地を連絡してくれれば直通便を飛ばして貰えるよう手配してある。信用に足る仲間がいるなら同行してもらって構わない。詳細について聞きたいことがあれば言ってくれ。ゴグマジオスについて現状での調査結果を同封してある。協会が正式に発表してないモンスターのため、資料の扱いは厳重に頼む。
里一番と名高かった父のあとを兄弟皆々目指すようにハンターになった。彼女には八人の兄がおり、末娘の彼女を含めて九人が各地を狩猟のために飛び交っている。
その中でも幼少から「天才的だ」と称賛されて、兄妹でも飛び抜けた腕を持つのが次男であった。武器はハンマーを使っている。ずっと昔から、ハンマーだけを愛用している。
その兄から、ツバキを名指しで指名するなど初めてのことである。バサルモスの狩猟ですら、ヘビィの彼女を呼びつけたりなどしなかったのに。それだけ相手が強大なのか、或いはこの齢になって初めて、兄に認められたのだろうか。
「ツバキ、いくの?」
ノイアーがキョトンとしたまま尋ねる。ツバキは頷く。
「……行こうと思う。作戦は一ヶ月後だ。直行便をくれるらしいから、移動は一週間あればいいと思う。
だけど先ずは、あのナルガクルガを追いかけよう」
そう言って、釣ったばかりのハリマグロを顎でしゃくった。せっかく採取にまで赴いて、次の満月を待ったのだから。闘技大会ももはや有耶無耶であり、四人は辞退してしまってる。
「そうこなくてはな。ところで……」
ダラハイドが笑う。
「仲間の同行を許可する旨が書かれているが、当然『一緒に行こう』と誘ってくれるんだろ?」
振り返れば、勿論ついていくと言わんばかりの笑顔を浮かべたノイアーに、苦笑したシドもまた頷いていた。
「ありがとう。一緒に行こう。とりあえずナルガクルガの狩猟だけど。今夜、出発しなくちゃ」
…………
怖いくらいに静寂だった。
闘技大会の日と同じく夜空は晴天なのに、塔に近付く程霧が濃くなるようだ。それを、この先にある海の影響だろうとシドは言う。切り立つ崖のせいでわかりにくいが、この先には海があるのだと。
「……本当か」
意想外にダラハイドが驚いた顔をした。それはなにか、妙な緊張感を孕んだものだ。
「……?あ、ああ。知らない奴も少なくないぜ。この先、昔は停留所みたいな小さなもんだが港があった」
ここに停留所が存在したのは十年以上も昔のことだ。貿易船の給油のための港であったが、貿易そのものが行われなくなったために廃れてしまい、やがては無人となり朽ち、ついには存在も忘れられてしまった場所なのだという。旧大陸と新大陸を繋ぐ海路は逆方向にあるために、この先にあったかつての貿易国を知る者は少なく、シドもまた国の名まではわからないという。
「すっご……こんな崖の向こうが海なんだ?」
人のとても通れそうにない道程に、ノイアーが不思議そうな顔をする。港があったというのに、その港に行く道筋がまるで見えない。それこそ優れた飛行能力でもなくば、とても越えられないだろう。吊橋の一つもありゃしない。
「いつから地形がこんななのかは知らねえが、もちっとマシだったはずだ、昔は」
「どゆこと?」
「この先の海、厄海って呼ばれてる」
厄災の厄に、海。字面だけでも不穏な言葉に、「ほう」と皆々の相槌は意味深だった。
「船が何隻も行方不明になったんだよ。その頃から地形も変わり始めたらしい。ああいう場所は、近付かねえ方がいい。調査隊まで帰って来なかったってんだから」
その海は赤く、空もまた血を彷彿させる紅蓮色に光るという。浜には沈んだ船の残骸が打ち付けられていて、この世の終わりのような景色が広がる。見るだけで絶望に呑まれるような場所。それが、厄海とよばれる海域である。
「最近〝また〟だと?」
ダラハイドが、神妙な面立ちで問いかけた。
「……?気になるのか。タンジアに伝承も残ってるぜ。ほら、あっちの端に灯台が見えるだろ。タンジアにあるのと同じものだ」
シドの指差す彼方には、小さくも特徴的なそれがある。魔除けの灯台だ。
……十数年前のこと。このタンジア周辺に数多の厄災を齎す龍が現れたのだ。かつて人々は百の島を滅ぼし、千の船を沈めた厄災の化身たる龍を討たんと剣を持ち、激戦の末海に沈めることに成功したという。その時に、二度と惨劇が繰り返されぬよう祈りを込めて建てられたのがあの灯台だ。「黒龍祓いの灯台」と呼ばれており、タンジアから厄海を囲うように点在している。
「…………ダラハイド、顔色が真っ青だ……大丈夫?」
ツバキがマントの裾を引く。冷静さを崩さないはずの彼は、しかし目に見えた動揺を瞳に映していたのだ。声を発さず唇が動く。〝厄海〟〝黒龍祓い〟……かつてこの海を襲った惨劇に、彼は何を思うのだろうか。
「不死の、心臓…………」
やがてダラハイドは、それだけポツリと口にした。
……………………
「トウク、ここに居たのか」
声をかけた親友の声に、トウクと呼ばれた男が振り向く。
「イツキ」
二人は同郷だった。知り合ったのは遠方の狩猟でのことであったが、同郷と知り打ち解けたのがきっかけだ。
トウクは双剣を持ち、ナルガクルガの防具を愛用している。
ハンマーを扱うイツキは歳上であるが、親友たるトウクに敬語など使わなくてよいと言った。それでもトウクが敬語を使うのは、根本が律儀な性格のせいだ。
「どうしました」
「ああ。妹から返事が来た」
「ツバキちゃんですよね、どうでした」
「来るってよ。ただ、今希少種を追ってるらしい。そっちが終わったらすぐに、だと」
やれ希少種とは、あいつも立派になっちまった。そうイツキはポツリと言った。眼差しは嬉しそうであり複雑そうだ。尊敬していた父親が、希少種に討たれたせいだろう。彼とツバキの父であるヘビィガンナーは、銀色のリオレウスに焼かれて亡くなり、墓には右腕しか埋まっていない。
「希少種か。凄いですね」
風が吹く。芝生がさらさら揺れていた。
ドンドルマの戦闘街を遠目に見つめ、イツキは来たる決戦の日を思い浮かべる。此度の任務は、これまでとは類を見ないほど大掛かりなものだろう。
「……なあ、希少種って、いつから希少種なんだろうな」
背のハンマーを地に置いて、胡座をかきながらイツキは言った。双剣に砥石を滑らす投稿が、キョトンとしたのち朗らかにする。
「さあ。火竜は希少種同士でつがいになるって聞いたことありますよ」
「いや、うーん。なんていうかな。ああいうのって産まれた時から〝違う〟のか、っつう話。亜種や希少種は亜種・希少種からしか生まれないのか。それとも原種が突然変異の個体を産んだり、あるいは進化とかしてなるもんなのか」
まるで学者の考察もさながらだ。イツキはがさつな男であるが、妙に学術的な方向に興味を抱くことがある。すごいのは、それが大概何か重要なものに繋がる
ことが多いのだ。だからトウクも、ハイハイと聞き流したりしない。
「それこそ種によりませんか。火竜なら突然変異でもわかりますが、ガララアジャラなんかはそもそも属性が変わってますから、遺伝子云々より環境に適応するための進化でしょう。アグナコトルも良い例ですよ。
ただ、希少種は……どうでしょうね」
トウクは希少種を見たことがない。だがティガレックス希少種を目撃したという記録によるなら、そのサイズは原種や亜種を逸脱するほどの巨体であるという。あんなものが原種の卵から産まれるのかと、どうにも想像がつきそうにない。
「ラギアクルスの希少種は、原種、あるいは亜種が成長した姿って言われてたよな」
「はい。確かにラギアクルスはそうですね」
「なら、ナルガクルガはどうなんだ?」
瞬間、ぴたりと風が止まってしまった。
なんで、突然ナルガクルガなどと言い出したのか。そもそも、ナルガクルガに希少種などいたのだろうか。
トウクは自らの双剣を見る。何故、こんな話が始まったのか……ナルガクルガは、彼にとって思い出深い存在なのだ。それをイツキはよく知っている。
「ナルガクルガは、希少種として生まれてくるのか。それとも、ラギアクルスみてえに強個体が希少種に成長だか進化だかを成すもんなのか」
そんなの……知るわけがない。トウクの手のひらが僅かに震え、双剣の切っ先がカタカタと鳴る。〝あいつ〟を斬った感触は、今でもよく覚えているのだ。
……渓流だった。切り立った大岩の上で、そのナルガクルガは自らの尻尾で遊んでいたのだ。まだトウクがハンターになり間も無い頃の話である。今よりずっとガキで、比べ物にならないほど弱かった。
あの頃トウクはしょっちゅう渓流に赴いては、乱舞の練習に朝から晩まで励み続けた。
後にG級個体であったと知る〝そのナルガクルガ〟は、そんな未熟なトウクの前に現れたのである。
ナルガクルガは、何より強く速かった。だのに決して、彼を殺そうとはしなかった。
〝あいつくらいに速くて強い乱舞ができたら……〟そんな願望が芽生えたのは、二度目の敗北からだった。
「イツキ、何言ってるんです」
「お前の〝師匠〟の話だ、乱舞のな」
はぐらかすことなくイツキは言った。
あいつは、〝そのナルガクルガ〟は死んだのだ。切断された尻尾から作られた胸当てを、トウクは今でも大事に使ってる。
G級許可証を持つベテラン四人に追い詰められたナルガクルガを、最後に見たのもトウクである。
協会が討伐令を出したのだ。どうにもならない運命だった。ただ、師と仰ぐこともないままに、ひたすら挑んでは返り討ちに遭い続けたナルガクルガの、片目が痛々しく潰れていたのも覚えてる。
死んだはずなのだ。
月が輝く、とても美しい空だった。近場の滝から霧が漂う青白い夜。かつて逆立ちしたって叶わなかった強敵の姿をそこで見た。
泣きそうだった。いや、泣いてしまった。
せめて、自分がとどめを。そう半ば無意識に剣を構えて、渾身の乱舞で斬り込んだ。ベテランの四人組が追いつく前に、せめて自分がと思ったのだ。
きっと取るに足らない人間だった。弱くて情けのないハンターだった。だけど、このナルガクルガに恥じない乱舞がしたかったのだ。あの日トウクは、泣きながらナルガクルガを斬ったのだ。
ナルガクルガは、避けられたくせに動かなかった。首元から跳ねる血飛沫も確かに目に焼き付いている。だから、あいつは死んだはずなのだ。死んでない筈のない出血だった。
だけれど、誰も死骸は見ていない。
「トウク。お前言ったよな、『消えた』って」
核心に触れるイツキの眼差しは、一つの可能性を示唆してたけど、トウクはまだ意図がわからない。
「……よしてください。ボロ泣きだったんです。あいつは恐ろしく速いから、濡れた目では見えなかったんだって言ったでしょう」
あの日ナルガクルガは乱舞を受けて、高々な咆哮を残して消えたのだ。
追わなかったのではない、追えなかった。後には、夥しい血の池だけが残っていた。
真っ赤な返り血を受けて泣き続けるトウクの元に、やがて四人のベテランハンター達は追いついた。死骸こそどこにもなかったけれど、出血量などの状況から生きてるはずもないと判断されて、協会は正式に討伐は成功したと結論を出した。
「でもよ、観測隊が捜索しても、ついに亡骸は見つからなかった。そう言ったよな」
「だから、よしてください。ナルガクルガは亡骸を見られたがらないって言いましたよね?死に場所を選ぶんです。だから、きっと見つからないところで……」
そうだ。そうに決まってる。だってそうでもなくば、オオナズチでもないのにどうしてナルガクルガが消えるのだろう。
消えたのではなく、消えたように見えたと思う他にないではないか。あの日の月の美しさまで覚えているのに。
しかしイツキは、トウクの胸当てに拳を当ててこう言った。
「俺の妹は今、〝消えるナルガクルガ〟を追っている。希少種じゃねえかって話だ。満月の夜、消えるナルガクルガに出会ったそうだ。その時のペイント塗料を追っている」
その刹那、トウクの瞳にあの日の追憶が逡巡しだした。
立ち込める霧と美しい月。血を散らしたナルガクルガが天を仰いで咆哮をして、トウクは堪らず耳を塞ぎしゃがみこんだのだ。
やがて突風が吹き抜けた。飛び立つ瞬間すらも見ていないけれど、風圧で羽ばたいていることはわかった。何か言おうとして、だけど間に合わなくて、……そしてナルガクルガは消えたのだ。月の光を浴びながら。
「……本当ですか」
嘘なんかつかねえさ、とイツキは笑った。懐からツバキの返事を取り出して、羊皮紙に記された文字を見せつける。
そこには、乱入を受けた闘技大会の経緯とともに、仲間とナルガクルガを目指す旨がはっきりと書き綴られていた。厄海の麓の塔に赴くことも。
「俺は今ドンドルマを離れられねえんだ。妹を迎えに行ってくれてもいいんだぜ」
ハンマーは言う。
次の満月まで、あと一週間だと付け足して。