モンスターハンター 4~4G設定の長編   作:紙粘土

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第二章 黄金時代篇


13話

……ああ、これは夢だな。

 

ダラハイドはすぐにそうと理解する。

日がなあまり夢を見る方ではないせいか、時たま見た時はこうして「夢だ」と自覚することのが多いのだ。

嘆くべきは、毎度それが嫌な夢であることだった。自らの脳が形成した曖昧な視界には、質素な布団に包まる子供と、その頬を撫でる母親がいる。それは幼い頃の彼と、今は亡き母親の姿であった。

 

 

「……どうなるの?」

「大丈夫よ、父さんを信じなさい」

「母さんは?」

「一緒よ、ずっと」

 

……ああ、〝この夢〟か。

 

ダラハイドがそうと察するのもまた早かった。この夢は頭の中の情報をでたらめに繋ぎ合わせたものではなく、過去の記憶を掘り起こしたものなのだと。これは、血の繋がらない豪族を「父上」「母上」と呼ぶより昔、生まれた国で本当の家族と過ごした時間だ。

 

視界が揺れる。卓上のランプが揺らめいて、世界がどんどん暗くなる。

 

「母さん」

「……大丈夫、寝ていなさい。朝には終わっているから」

 

母はそう言って、不安を拭おうと笑顔を作った。

 

場面が変わる。

目の前は、水平線まで赤一色に染まってた。浜辺の端で、幼き日に見た絶望が。地獄を連想するのに十分すぎる炎が、絶え間なく空から落ちていた。

 

 

 

「────ダラハイド」

 

彼を呼ぶ声が鼓膜を揺らし、瞬間彼は現実の世界に引き戻される。

 

目を開いたら、夜空を背中に、心配そうに彼を見下ろすツバキの顔がそこにはあった。

 

 

「…………ツバキか」

 

「その、魘されてた……」

 

「ああ、……悪い。助かった」

 

シドとノイアーはすやすや寝ている。ナルガクルガのペイント塗料が続く塔へは、もう残り幾許かも残っていない。目前の草原で野宿をした晩だった。満月を控えただけあって、その夜空は美しい。

 

 

「昼間も様子、変だったよ。ダラハイド、水は飲む?」

 

「……貰えるか」

 

 

長らく見なかった悪夢だ。それを何故今見たのだろうか。

水をこくりと飲み干しながら、ダラハイドは嫌な予感を隠せない。それがこの先に待つナルガクルガの齎すものか、もっと別の何かであるのか、未だ正体はわからないけど。

 

「厄海の近くを通ってから、あんたは、ずっと変だ」

 

「なんでもない。そんなことよりだ、見ろ。月が綺麗だ」

 

「……それは、まぁ、綺麗だけど」

 

「魘されて、起こされなければ見れなかった月だった。ならば悪夢も見てみるものだな」

 

ダラハイドは微笑むが、ツバキは笑い返したりはしなかった。少し悲しげに俯き、しかし追求することもなく、ただ黙って膝を抱えてる。

 

そうだ、泣けるほど月が美しい。ただそれだけの夜に悲しくなるほど、なにか嫌な予感がしたのだ。その根拠もわからずに。不穏なものが差し迫ってくるような、ひどく悲しい予感がしている。ダラハイドは不安を誤魔化すように言葉を続けた。

 

「大丈夫、お前は俺が守るさ。ずっとだ」

 

約束するから、そんな顔をしてくれるな。そう頭を撫でられて、ツバキはまた息を飲む。ただ、輝く月の美しさに感嘆のため息を吐き出して、その中に言えなかった何かを隠した。

 

とても静かな夜だった。

 

 

……………………

 

 

 

ペイント塗料は残りわずかとなっていたし、予想はしてたがやはり足跡しかわからない。

塔の中にナルガクルガ希少種────便宜上ルナルガと呼ぶそれを観測したのは、偶然月が隠れた瞬間だった。

〝どうやって察知するか〟が狩猟における最大の課題となっていたが、二つほど案が出されてた。こやし玉で匂いをつけるか、マタタビ爆弾で匂いをつけるか。見えないなら嗅ぎとればよいというのが結論である。

前者ではルナルガが移動してしまう可能性が指摘され、結局彼らが用意したのはマタタビ爆弾だった。

「あいつ猫っぽいし、ゴロゴロしちゃわないかな」

冗談じみた顔でノイアーが笑う。狙いを定めて、着火しながら。

 

放り投げられた小タルはルナルガの足元に転がり、やがて盛大に爆発してマタタビ特有の匂いを充満させた。

残念ながらアイルーのように目を回すことはなかったけれども、匂いをつけることには成功できた。それに、薄っすら紫色の煙が体毛に残って、僅かながらに視認もできた。

 

先陣を切るのはノイアーだった。抜き身の剣斧はギラリと光り、禍々しいほど巨大な切っ先を迷う事なく〝なにもない〟空間に叩き込むのだ。

ナルガクルガはとても珍しいことに、その外皮を硬くし攻撃に耐える殻を持ってはいない。鱗から体毛が生えており「堅い外殻で攻撃を受け止める」のではなく、「滑らかな体毛で攻撃を受け流す」方向へ向けて、鱗が特殊な進化を遂げている。しかし希少種とならば肉質も硬化してるというのか、鈍い感触にノイアーは顔を顰めてた。

こいつ、硬い。そう彼女が吐き捨てる。ナルガクルガとは思えないほどに。

ツバキは既に銃を構えて、シドもまた駆け出している。

四発ほど貫通弾の手ごたえを感じた刹那だ。ツバキは、ゆらりと赤い眼光の残像を見た。

突風が吹き、それが一瞬で背後に回る。怒り状態のナルガクルガが目を赤く光らせることは、既に承知の事実である。だが怒り状態におけるスピードの上昇は、原種や亜種とは比べ物にならないほどだった。

 

「ツバキ!伏せろ!」

 

ダラハイドが叫ぶ。ガードのできないヘビィボウガンは、その動きの遅さから相手の動きを先読みしての回避しかない。そんな彼女が完全に背後を奪われたのだ。ダラハイドは全力で駆けていた。

 

……あのナルガクルガ、隻眼なのか?

討たれる刹那にツバキは思った。赤色の眼光が、ひとつしかない。

 

「ダラハイド、駄目だ!」

 

彼女の頬に、マントが触れた。駆けつけたダラハイドがルナルガとツバキの間に割り入る。直後、血飛沫が散るのをハッキリと見た。大剣でのガードが間に合わないと踏んだダラハイドは、その身体を彼女の盾に使ったのだ。返り血にルナルガの頭部が浮き彫りになる。

 

ノイアーは既に走っていた。咆哮にも似た叫びとともに、全力の一撃が赤くなった頭部をめがける。斧は剣に変形し、属性エネルギーを放出していた。

だのにルナルガはそれより速い。まるで瞬間移動でもしたかのように、紙一重に剣斧の切っ先を飛び越えて、ノイアーの横髪がスッパリ切れる。

「は?」

間抜けな声が喉から落ちた。残像しか、見えなかったのだ。衝撃はノイアーの足首を思い切り突き抜けて、そこで初めて、彼女は反撃にあったことを自覚した。

 

「ノイアー!」

シドが叫んだ。ノイアー自身、左足首が切断されたかと思ったほどだ。

幸いなことに足はつながっているけれど、足の指が動かない。折れてしまったのかもしれない。

 

「下がれ!モドリ玉でノイアーを塔の上に連れてけ!!」

 

シドが叫び抜刀する。

 

「早く!時間は稼ぐ!」

 

この中で一番俊敏なシドは、スピード勝負に出るつもりなのか。赤く光る刀を手に持ち、その目に闘志を光らせた。

 

その時だった。

不意に月が雲に隠れて、ルナルガの姿が浮き彫りになる。闘技場の時よりよりハッキリ見えるその姿は、ツバキの予想通りに隻眼だった。そして、尻尾の先が既にない。

 

────歴戦。

そんな言葉がぴったりなくらい、身体に古傷が残ってるのだ。こんな強さを、かつて知らない。

 

 

鞭のように尻尾がしなる。威嚇するようにルナルガは吠えた。

〝デテイケ〟

まるでそう念ずるように。片目だけをギラギラ赤く光らせるのに、追撃せずに吼えるのだ。

〝ココカラ・デテイケ〟

 

「……くそ、秘薬……!」

 

ノイアーがじりじり地面を這って、ポーチに手をかけようとする。その瞬間だった。再びルナルガは跳躍し、あろうことかノイアーに飛び乗る。シドはすぐに刀を振るい、彼女を守ろうと攻撃をした。ルナルガの後ろ足に血が散ってゆく。だのにそれを気にもとめず、ルナルガはノイアーのポーチを咥えているではないか。

 

「ちょ、だめ、ルナルガ、ポーチ……!」

 

ノイアーが引っ張り返すけど、そもそも人間の腕力とモンスターの顎の力など比べるべくもないことだ。あっさりポーチは引き剥がされて、中身が地面にぶちまけられる。

 

「嘘だろ……!」

シドは顔を青くした。ナルガが賢いのは知っていた。だが、アイテムや用途まで理解するというのだろうか。長い尻尾が秘薬や回復薬の瓶を砕き、砥石を彼方へ弾き飛ばして、次々破壊の限りを尽くす。

 

次に攻撃したのはツバキであった。撃ち抜いた貫通弾がルナルガの前足から腰にかけてを突き抜ける。刃翼を傷つけ、怯みを与えた。だのに何故、こんなにも手ごたえがないのだろうか。

ひゅん、と一度風切り音がするたびに、ぶちまけられる毒棘に翻弄されそうになる。とかくあの尻尾が厄介すぎたのだ。こんな辺境に、ここまでの強敵がいようとは。

 

 

「ツバキ、無事か」

 

額から血を滴らせながら、ダラハイドが立ち上がる。いや頭部だけでなく、腕や胸元も裂けていた。あの一瞬に、果たして爪が何往復したというのか。ルナルガが、あまりに速い。

 

「ダラハイド!」

 

「……無事だな。よかった。まだやれるか」

 

 

まだ、闘志を手放さないでダラハイドが問う。いつか言ったのと同じように。全ての攻撃は受け止めるから、思い切り彼女は撃てばいいのだと。

 

「あれを倒すぞ、ツバキ」

 

「……でも、ノイアーが」

 

「大丈夫、惚れた女は死んでも守るのが男というものだ。そうだろう、シド」

 

 

 

「…………え」

 

その言葉に、ノイアーがキョトンとした声を出す。不憫なほど自覚されてなかったシドの恋心が、あっさりと露呈させられた瞬間だった。

 

「お、おい!ダラハイド!!」

 

シドが慌てる。

ノイアーが、その頬をみるみる赤らめた。

 

「馬鹿っ、ち、違う!くそ!ノイアー、とりあえず肩寄越せ!」

 

「…………うん」

 

「…………え」

 

普段なら「まだ戦う」とゴネるであろうノイアーが、どういうわけか、とても素直に頷いた。シドが素っ頓狂な声をだし、思わずツバキまで吹き出してしまう。

モドリ玉の緑の煙につつまれて消えた二人を尻目に。

 

 

「なあツバキ、あのルナルガ……なにを訴えているのだろうな。剣でしか語らえないのだろうか」

 

じりじりと間合いをつめながら、意味深なことをダラハイドは言う。

 

「あれだけの強さを持ちながら、何故とどめを刺しにこないんだろうな。あいつはなにを伝えたいんだ……?」

 

言語の通じない竜と意思の疎通はできない。ただ漠然と伝わるのだ。

 

〝デテイケ〟

〝ココカラ・デテイケ〟

 

それは縄張りを侵された怒りというより、もっと大きな意思を感じた。そもそも何故ルナルガが、闘技大会に乱入などしたのだろうか。

 

 

「その意思を、俺は知りたい」

 

ダラハイドが剣を振りかぶる。意思を知るには、竜とぶつかる他にないのだろうか。

 

「二人だけで戦うの、久しぶりだね」

 

「ああ。こうしてお前と背中合わせにするのが、俺は好きだ」

 

ツバキもまた銃を構え、銃口を蜃気楼の如く揺らめかせる身体に向けた。なにかを────意思をそこに持つというなら、竜と人とは、古来からこうする他にないのだ。彼女は、そう思っていた。

 


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