セルレギオス極限化個体発見が巷を騒がせ、その後のドンドルマ管轄圏の各地域では、それに続くかのように数種の極限化個体が観測された。氷海のガララアジャラ、水没林のグラビモスと、狂竜ウイルスを克服したモンスターが度々報告されたのだ。
墜落事故発生から約二年。
極限化個体の認知は広がり、今ではG級の扱うべく危険案件の一種として、抗竜石の普及とともに討伐依頼は成功率を高めつつある。
それに伴い、ハンターの間には奇妙な騎士の噂が流れてた。
キメラ装備と呼ばれる多種な防具編成でスキルを重要視したその騎士は、極限化モンスターの現るところに颯爽と駆けつけ、依頼を受けたハンターを無視して暴れまわっているという。
決して人の敵ではないその騎士は、しかしハンターからしたら大いに反感を買っていた。狩猟に乱入し、勝手に討伐して去ってゆくのだ。獲物を横取りされたような不快感が募るは当然だろう。
また問題はそれだけではなかった。G級狩猟区域とは許可証のない者は立ち入ることさえ禁止されてる。しかし騎士は許可証を提示するどころか強行突破で狩猟区域に突入するのだ。
かくして謎の騎士は危険人物認定されて、さながらお尋ね者のように協会に追われることとなる。
ツバキの元に奇妙なゴア・マガラの調査依頼が舞い込んだのは、丁度そんな折だった。
飛行船の墜落により重傷を負ったツバキは数日間意識が戻らず、また回復後も復帰までに時間を要した。狩猟の腕にハンディが残らなかったことが、不幸中の幸いだろう。
同乗していたトウクは奇跡的に擦り傷で済み、真っ先に原因究明に乗り出したという。
そして、シドは────……
「ツバキさん、行きましょう」
新しい仲間がそう言った。
ツバキは現在、イツキの立ち上げたギルドに所属している。あの頃の仲間はもういない。
あれ以来ダラハイドとは連絡が取れず、また便りを出したノイアーはとっくに姿を消していた。「ここに帰ってきてもいい」と言ってくれたシドの家は、すっかり空き家になっていたのだ。
「ああ。天空山?」
「はい。なんでも現地の目撃情報では〝混ざってる〟そうですよ」
ギルドマスターは兄のイツキだったが、書類とにらめっこしたり細かな管理云々はトウクの方が得意分野だ。
そのためごく自然にトウクは副マスターを務めていた。イツキの妹であるツバキもまた補佐役として、ギルドメンバーは敬意と信頼を寄せてくれてる。
この二年間の奮闘した成果でもある。そしてそれは、まんま仲間の喪失を嘆き涙した時間でもあった。
今のギルドメンバーは良い者ばかりだ。だけどもう、あの頃のような輝きはきっと二度とない。それだけは妙に確信している。
あの日々は人生の黄金時代であったのだ。今はもう、誰もいない。
「〝黒い騎士〟の情報は、集まったの?」
ツバキはポーチに弾薬を詰め込みながら尋ねてみる。
もしや、黒い騎士はダラハイドでは……。初めて噂を聞いた時から、そんな予感がかすかにあった。キメラ装備独特の特異な風貌をしたその騎士は、身の丈を超える剣を背負っていたという。
また極限化モンスターとダラハイドの〝事情〟を考えたなら、なんらかの理由から極限化モンスターを追いかけていても不思議じゃなかった。
あの騎士は、アドルフ・ダラハイドではないのだろうか。こんなことを考えるたび、ツバキの胸は過去への残滓に締め付けられる。たとえダラハイドであったとしても、今更どうにもならないのに。
「イツキさんが情報収集にあたっていますが、今のところ特には……。ツバキさん、気を付けてください。ゴア・マガラということは、極限化じゃないにしろ黒い騎士が来る可能性があります」
ゴア・マガラ、ひいてはシャガルマガラと、狂竜ウイルス、そして極限化モンスターは一つのラインで繋がっている。なれば、騎士の介入も充分にあり得ることなのだ。
「わかってる」
短くツバキは頷いた。その騎士と、会ってどうするというわけでもないのに。
………………
トウクはあの時なにがあったか、事細かに語ってくれた。突如、大量の業火に晒されたこと。飛行船が墜落した時、弾け飛んだ木片でツバキが気絶したこと。シドがツバキを庇い、降り注ぐ火の玉をモロに受けてしまったこと。
ユクモに眠るノイアーを降ろして間もなくのことだった。謎の攻撃になす術もなく飛行船は墜落し、たくさんの死傷者を出すこととなる。ツバキが目覚めたのはギルドの医療施設で、実に三日以上経過してからのことだった。
厄海はどうなったのだろう。ダラハイドは、極限化したリオレウスの背に跨り、グラン・ミラオスを討伐すると乗り出した。戦争を起こさないために。
グラン・ミラオスに沈められて国土を失った難民が、同盟国に雪崩れ込み混乱を呼んだというのが発端だった。
彼女なりに文献を漁ってみたこともある。
グラン・ミラオスは、「不死の心臓」を持つという。これが名前の通り不死の器官であるのなら、厄海は永久に取り戻せないではないか。それで難民達は足りない領土を確保するべく、グラン・ミラオスの討伐ではなく他国への戦争により領土拡大を目指すことに方針を変えてしまったのかもしれない。
ダラハイドは狂竜ウイルスに感染しないという特異体質を持ったために、その先陣を切るべく役割を強要された。だけど彼は、ハンターになりたがっていたのに。
ルナルガの出現後トウクの計らいから調査隊が厄海に乗り出したのは飛行船の墜落から一週間後のことだった。
その時、墜落地点の周辺には数多のクレーターが残されて、何か……大戦の爪痕のようなものが残るばかりであったという。そこでグラン・ミラオスが観測されることはなく、また黒きリオレウスやダラハイドの姿も見つからなかった。戦いの行方がどうなったのかは誰も知らない。
時同じくして奇妙なことに、ゴグマジオスが姿を消した。
「なにか、大きな歯車が動いた気がする」
討伐作戦の延期を受けてイツキの述べた言葉がそれだった。グラン・ミラオスの再来疑惑と姿を消したゴグマジオス。伝説級のモンスターが二頭も異様な動きをしたことは、どこかで、大きな何かが動いていると感じざるを得なかった。
・ ・ ・
ドンドルマを発って早六日、ツバキはシナト村に到着していた。今回のメンバーは三名だ。ツバキを筆頭に大剣と操虫棍。イツキは後ほど合流する手筈である。
操虫棍の男はシナトに思い入れがあるようだった。……曰く、昔に水没林を救った凄腕の操虫棍使いは、シナトの出身ということらしい。オオシナトと呼ばれる蝶にも似た、美しい猟虫を使いこなすハンターに、どうやら憧れているという。
「ここで憧れの人が生まれたんですよ、どきどきしませんか」
そうはしゃぐ操虫棍は、興奮のせいか年齢よりも幼く見える。
「おい、天空山は目前なんだ。落ち着けよ」
窘める大剣は操虫棍とは対照的に、生真面目で落ち着いた性格だった。
同じ大剣でも全く違う。
同じ仲間でも全然違う。
それは比べて優劣をつけるべく事象などではないはずだ。目の前の二人も、他のギルドメンバーも、皆腕が立つし信頼における人間だった。だのに不意にこんな時、思い出してしまう顔がある。
無茶をするノイアー、心配そうに追いかけるシド、それをくつくつ笑いながら眺めているダラハイド。あの三人の朗らかな顔が、いつまで経っても色褪せない。
幸せだった。幸せだったのだ。だのに唐突に運命は捻り切られて途絶えた。
ああ駄目だやめよう。彼女はかぶりを振ってから前を向く。天空山はもうそこにある。
「ハンターさん!」
その時だった。シナトに在中するクエストカウンターの受付嬢が、青い顔で走ってきたのだ。
「ハンターさん!やっぱり、ああどうしよう!ここを、『自分が始末する』って、男性が強引に走って行ってしまったんです……!」
三人はすぐにピンときた。
……騎士だ。キメラ装備の黒い騎士が、やはりここにも現れたのだと。
……………………
その姿は〝異形〟に尽きる。なればこそ騎士は、自らと似たもの同士と苦笑した。
極限化モンスターを執拗なほど狙い撃つその騎士は、極限化の大元……つまり狂竜ウイルスの発生源であるゴア・マガラに引き寄せられて現れたのだ。だ
頭部を首ごと覆うヘルムの奥で、騎士が片頬を釣り上げる。外部から見えないその笑みは、あまりに暗いものだった。
やがて背の武器に手をかけて、岩陰から間合いを詰めてゆく。背に羽織った漆黒色のマントが揺れる。
自らを〝黒い騎士〟と呼ぶ者がいると、騎士本人は自覚している。〝黒い〟という形容詞は、おそらくこのマントの色が与える印象だろう。実際は騎士のようと形容される甲冑とは程遠い防具なのだが、頭部を覆うヘルムだけは王室の騎士に近いのだ。そのせいでこんな渾名がついたのだと。
「黒い騎士」と忌々しげに呼びかけられたこともある。その呼び名を否定しないのは、本名が漏れるよりマシと判断したためだ。
大切なのは、目の前の敵を殺すことだけ。握力が武器の柄を軋ませて、隠しきれなかった殺気にゴア・マガラが振り向いた。
瞬間騎士が跳び上がる。重厚な装備を纏って尚も、人間離れした身軽さで風を切るのだ。ラージャンの毛皮から作った腰当てから、尾先にも似た装飾が見える。ヘルムの奥から眼光が光る。
すべがらく、すべがらく竜が憎かった。特に極限化したそれは有るべく理を捻じ曲げる、倫理の外の生き物だと感じてる。あってはならなかった。仲間を死なせずに済んだのに。そしてなにより────
騎士は思う。許されないし、許すこともできそうにない。
この身が全ての竜の仇になろうとも、騎士には憎むと決めた敵がいた。だから、殺す。殺気が全身から溢れ出す。もうそうやって生きてくことしか出来そうにない。
ゴア・マガラが牙を剥く。
地を揺るがすほどの咆哮を全身に受けながら、騎士もまた叫ぶ。二年前、悔やみきれない傷を負った黒騎士は、より強い力を求めているのだ。
ゴア・マガラは、まだ完成してない、未発達な角を天へ突き刺していた。まるでオーラのように狂竜ウイルスの感染源たる鱗粉が立ち昇る。
「旦那、待ってください」
後を追いかけてきたのはアイルーだ。騎士はオトモを一匹連れていた。
「旦那、早いですよ」
「ああ、悪かった。はしゃいだんだ、ゴア・マガラを見つけたからだろうな」
「〝はしゃぐ〟なんてご機嫌な相手にも見えませんよ。一人で行かないでください。〝仲間〟なんでしょう」
「……ああ。もう〝仲間〟はお前だけだよ。かつての〝仲間〟はもういない」
騎士は悲しそうだった。渾沌に呻き苦しむようにゴア・マガラが仰け反って、内包しきれなかった狂竜ウイルスを吐き散らす。爆ぜ上がる紫色の光の群れから、騎士は逃げようとはしなかった。
「……旦那、一人で戦ったら、戻れなくなる。旦那は────」
「行くぞ。〝それ〟は些細な問題だ」
直後に爆風が地面を震わし、ゴア・マガラは目の前の人間を仕留めようとドス黒いブレスを吐き出していた。