「全く……なんのために西に行ったんだ。あれほど見つかる前に仕留めろと言ったのに。おかげで西シュレイド地方でも狂竜ウイルス研究機関ができてしまったし、今じゃあっちのハンターも抗竜石をぶら下げる始末だ」
口だか肥溜めだかわかりゃしないとアドルフは思う。まともな会話が出来そうもない。それくらいに臭く嫌味ばかりを言うのだ、彼の伯父という人間は。
「西シュレイドに消えた極限化セルレギオスを、あっちの連中に見つかる前に始末する……そういう任務だったはずだ。ギルドカードまで発行させてやったのに、あろうことかハンターごっこに夢中になりおって」
二年前、アドルフが西シュレイドに渡ったのには理由があった。秘密裏に戦争兵器として極限化モンスターを研究する東シュレイド国は、〝極限化モンスターを認知されること〟そのものを阻止したかったのだ。そのため偶発的に極限化したセルレギオスがヒンメルン山脈を越えたとの報せを受けて、国軍はアドルフに指令を出した。
西シュレイドは氷海や砂漠を始め奥地になるほどハンターでなければ進入不可の地域が数多に存在するため、アドルフはハンターとしてのギルドカードを発行されて、争竜石をぶらさげ単身国を渡ることとなる。
「伯父上、説明したはずだが。〝ただのハンター〟では行動範囲が狭いのですよ。どこに行ったか見当もつかないセルレギオスを探すためには、〝どこへでも行けるハンター〟になる必要があったんですがね。すなわち、G級です」
「ぬかすな。結局『我らが団』とやらのハンターが仕留めたそうではないか。その後も音信不通になりおって。よもや亡命する気かと騒がれたのだ、馬鹿め」
酒を飲むと毎回同じ話をする奴がいる。伯父の場合は決まって二年前の話を蒸し返すようだった。ネチネチ、ネチネチ、いつまでもアドルフを責め続けるのだ。ワイングラスが乱暴に置かれ、不快な音が耳を触った。脇のボトルはもう殆ど残っていないが、このペースならもう一本は飲むかもしれない。
「だから……ウカムルバス討伐に成功したというのに、あなたがG級許可証の発行を阻止したんですね?」
「ふん、ガキめ。よく聞け、あれはハンター協会とやらのとあるツテに、金を握らし発行させたギルドカードだ。目立たれては困るのだよ。あのような短期間に下位からG級とやらになど、嫌でも話題に登ろうものだ」
「……音信不通だった件も、遭難したのだと説明したはずですが?」
「白々しい嘘を抜かすな。どれだけお前の後処理をしたと思ってる」
豪華なソファー、金の装飾の施したテーブル、足場は暖かな毛皮を敷いて、天井からはシャンデリアが吊るされる。この贅沢と絢爛を詰め込んだ部屋に鎮座して、伯父はハムを齧りながら延々と説教を繰り返している。
リオレウスにワクチンを投与した帰りに、うっかり姿を見られたのが失敗だった。
「挙句、ギルドカードを返せと申したのに失くしたとは何事か」
「ハンターというのは過酷なのですよ。どこで紛失したのか皆目見当つにません」
「過酷だと?汚らしく、貧乏臭く、泥だらけの野蛮な人間ばかりでないか。大体────」
握り拳がみしりと鳴った。あとどれくらい、この聴くに耐えない戯言に耳を侵されるのだろう。いっそ竜でなく、この男を斬り殺してしまえたら……
不意にそんな殺意が沸く程度には、伯父を腹の底から嫌悪している。
こんなものの〝都合〟のために、二年前幸せを手放した。それを悔いる余裕もないまま、アドルフは地獄の底にいる。
二年前、もっと、もっと力があったなら、今頃きっとまだあの仲間達と一緒に居たのに。
……………………
ザボアザギル二頭狩猟
ドスバギィ撃退
セルレギオス撃退
極限化ラージャン狩猟
ウカムルバス討伐
ダレン・モーラン狩猟
錆びたクシャルダオラ観測
ベリオロス亜種狩猟
ディアブロス狩猟
ティガレックス狩猟
闘技大会出場
ギギネブラ Aランク
ドボルベルク亜種 リタイア
ガノトトス亜種狩猟
オオナズチ撃退
??? 観測
アドルフは懐からギルドカードを取り出して、二年前で更新の止まった戦歴を見た。
ギルドカードの返却を伯父に求められ、拒絶するために「失くした」と嘘をついてまで隠した宝物だ。
この戦歴はツバキとの出会いであり、ノイアーやシドとの友情がこれでもかと詰まってる。失われた幸せの記憶の結晶だった。
きっと、あの四人でなければ成しえなかった。一つ一つが、昨日のことのように頭を巡る。
戻りたい。
戻りたい。
けれど戻れるはずがない。それを知るから、アドルフはここに留まっている。
もう道は別れているのだ。
震える指で触れた瞼の裏側に、今尚赤がこびりついてる。それは曖昧な予感などではなく確信だった。まばたきの狭間に、ひきずりこまれるように罪悪感が満ちてゆく。アドルフは奥歯を噛み締めた。
微熱に浮かされた脳が後戻りはできないのだとぼんやりと告げて、彼は一歩を踏み出すのだ。
〝さあ、行こうか〟
……………………
「こいつはナチュラルか?それとも人為的な極限化か?どっちだと思うよ、ツバキ」
厚い雲のせいで空は暗く、朝だか昼だかわかりにくいが、時計と腹の空き具合から朝というのは察してる。
相変わらず降雪量は容赦なく、足場の悪さや視界の悪さに拍車をかけてくるけど、寒さだけは免れた。運動すりゃあ温まる、身体はそういうふうに出来てるからだ。
氷海に生息するはずのガララアジャラの亜種が、巨体を雪に沈めることなく滑ってくる。そこ赤く光る眼光と、口元から立ち昇る黒い邪気にも似たウイルスに、極限化は明白だった。ガララアジャラ亜種は寒冷地域での迷彩効果を高めるためか、寒色系をベースとした独特で複雑な体色を持つ。そのため吹き殴る吹雪の中では、姿が蜃気楼もさながら揺らめいてしまうようだった。
「ナチュラルだといい。人為的なら人の管理下にあるはずだ。ならこいつは誰かの命令で襲ってきたことになる。ナチュラルだって思いたいよ」
ツバキは背中の銃をぐるりと回し、中折れ式のバレルを地面に突き立てた。巨体であればあるほど貫通弾は相性がいい。なれば五十メートル近い体躯をも観測されるガララアジャラやその亜種は、比較的やりやすい相手だろうか。
「同感だ、よっ!」
イツキは力を溜めた腕を思い切り振り回し、鋭い嘴に向けてハンマーを振るう。ガキン、と鈍い音がして、直後にイツキは舌打ちをした。やはり、硬い。渾身の力を込めようとも、最高クラスの斬れ味だろうと無関係に弾かれる。極限化個体の最も厄介な性質の一つだ。ダメージがあるのかないのかわかりゃしない。
……この二年、変化したのはハンターランクだけではなかった。G1だったツバキはG2に昇格し、イツキは特別許可証すら持っている。だが最も大きな変化とは、〝極限化モンスターと戦う術を手に入れたこと〟ではなかろうか。
先にそれを使用したのはイツキだった。抗竜石と呼ばれるそれを武器に提げ、極限化したモンスターと背反するように白い光が切っ先に宿る。武器を弾かれなくするものだ。人はこれを〝心撃〟と呼び、限られた者だけに与えられた力であった。
人間はモンスターのように極限化は出来ないけれど、対抗すべく手段はきちんと持っているのだ。もう一度振り抜かれたハンマーは、今度は弾かれることなく打撃を与える。
ずり、と後ろ足が雪に沈んだ。荒れる風音に耳が既に麻痺しかけてる。ガララアジャラの亜種には原種のような鳴甲はなく、しかしよく似た形状で後頭部や尻尾などには一際発達した特異な甲殻が立ち並ぶ。これらの甲殻は通常種の〝音を増幅させる〟効果は持っていないものの、代わりに非常に高い撥水性を持っていた。「撥水甲」と呼ばれるものだ。
「……よし!」
ツバキもまた抗竜石を武器に使った。……今ならわかる。二年前、ダラハイドが幼体のラージャンに用いたアイテムはこれだったと。抗竜石の認知が広まったのは〝とあるハンター〟が極限化したセルレギオスの討伐という一連のプロセスの結果でもある。時系列にしてセルレギオス発見や極限化を研究機関が知るより先に、ダラハイドは抗竜石を持っていてかつ用途を知ってたことになるのだ。
去り際にダラハイドは言っていた。自分の国は、もうずっと昔から極限化について研究を重ねていたのだと。あれもつまり、そんな事情の一端だろうか。
幼体といえど極限化したラージャンを前に、撃ち抜かれた気功の痛みも覚えてる。あの日自分を救ってくれたダラハイドの力と、同じものを手に入れたのだ。
「兄貴、いくよ」
ツバキは銃を真っ直ぐ構えた。同時にガララアジャラ亜種が尻尾を振り回し撥水甲を射出する。これは攻撃というわけではなく、周囲に撥水甲をばら撒く事に意味があるのだ。蛇竜種は狡猾さと知能の高さが顕著であり、それを存分に発揮した戦法が特徴的だ。撥水甲はただ水をはじくだけでなく、衝撃が加わった瞬間に形状が変化するという特性もあり、強い水流などが叩き付けられるとその流れの方向を大きく変化させる。この性質からガララアジャラ亜種が放つ水ブレスも、撥水甲にぶつけられると思いも寄らない方向へ飛び交う事になるのだ。
恐ろしいことにガララアジャラはこの特性を理解して、自分でばら撒いた撥水甲に自分でブレスを当て、その反射を利用して獲物の死角から的確に攻撃を当てていくという極めて独特な戦法を取る。
ツバキは真横に回避して撥水甲から距離を置くものの、不規則に乱反射する水流ブレスに距離は無意味なものと理解していた。
スコープを覗く。中央の十字に鋭い嘴が合わされば、あとはもう容赦なかった。彼女のアグナコルピオが火を噴いて、轟音と共に貫通弾を撃ちだしてゆく。風速は強く天候は最悪なものであったが、そんなことで彼女の命中精度は下りはしない。
二発、四発、……怯む。そうと確信すると同時にイツキのハンマーが降ってきて、脆いといわれる尻尾の先を打ち付ける。
五十メートル以上と言われる巨体が雪の上をぐるりと滑り、禍々しいウイルスを散らしながらガララアジャラは咆哮をした。飛び散ったウイルスが波紋状に残骸を残し、黒い沼をいくつも作る。まるでここは白い地獄のようではないか。
スコープの中の嘴が、痲痺牙を剥き出しにかぱりと開いた。その予備モーションで直ぐに察する。……ブレスが来る。
その高威力さ故に撃ちだすガララアジャラ自身も反動に上体をのけぞらせ、吹雪の中を水流が刃の如く放たれた。
────ダラハイドの武器は身の丈を超える大剣で、その側面から、常にツバキを守ってくれた。
この剣の内に入れと言って、二度とお前に被弾させたりしないと言って。
迫り来る水流をかわした刹那、浮かぶのは二年前の仲間の言葉であった。
ツバキに避けられたブレスは背後の撥水甲にぶち当たり、ランダム方向へ乱反射を開始した。ガララアジャラの瞳が細まる。最初からこれを狙っていたと言わんばかりに。
あてつけみたいな意地があった。
ガンナーは打たれ弱いけど、守られなきゃ駄目なほどひ弱になった覚えはないのだ。ダラハイドは勝手に守ると決めただなんて言う。けど、動きも納刀が遅く、全てにおいて鈍足にならざるを得ないヘビィの立ち回りはたった一つだ。
〝当たらないこと〟
シンプルだ。行動を先読みして一手早く回避行動をすればいい。
そこで必須スキルである回避距離アップを積み、フルチャージと複合させた装備編成が今の彼女の防具であった。ツバキは銃の重さに不釣り合いなほど身軽に動く。臥せった頭上を乱反射したブレスが過ぎた。ヒュウ、とイツキが口笛を吹く。
フルチャージとは、「ダメージをただの少しも受けていない状態」という限定的な状況で、強大な攻撃力を手に入れるというスキルだ。ただの少しもダメージを許されないということは、フルチャージを維持するには擦り傷すら負うことができないということだ。ブナハブラに刺されただけで、フルチャージは効果を失う。
点在する撥水甲を乱反射する水流ブレスをツバキは重々しい銃を背負いながら避け続けていた。側転し、低く伏せ、さながら氷上を踊るみたいに。
やがて撥水甲が脆く崩れて、ツバキは再び銃を構えた。
そうだ、当てつけみたいな気持ちだ。
あんたが守ってくれなくたって、私は被弾したりしない────そんな、ふうに。
「行くぞツバキ!もう〝解除〟だっ!!」
イツキのハンマーが光を放つ。この、一撃で。ちょうどそんな瞬間に、空から人影が降って来た。
吹き荒れる雪に指が悴む。その獰猛な天候故に、遠くにのたうつガララアジャラと、その背に跨る人影は疎らなシルエットしか視認できない。
目を細めれば、身の丈を超える武器の切っ先が赤い光を放ってる。強風から身を守るように身体を覆う黒い毛皮と、そこから伸びる褐色の肌。王室騎士を彷彿させるヘルムの奥から、鋭い眼光が射していた。
「黒い騎士!!」
イツキが叫んだ。間違いない。特徴が全て一致している。
ガララアジャラの背に着地した黒騎士は、そのままハンターナイフを突き刺し続けた。ダウンを取るつもりなのだろう。暴れ狂う巨体の上で、騎士の身体は小さく見えた。小さいのに、なのになんて禍々しいのか。
毛皮のマントが背ビレの上部ではためく。そこから僅かに、ラージャンの尾に似た装飾が見え隠れする。金色の毛色は、それが激昂ラージャンのものとすぐにわかった。
まさか、あんな恐ろしいモンスターすら黒い騎士は狩りとったのか。
「ダラハイド!ダラハイドなんでしょう?!」
ツバキは叫んだ。声は吹雪や咆哮に紛れてゆくけど、なんとか声を届かせたくて。だのに黒い騎士はぴくりとも反応してくれず、一心不乱にガララアジャラにナイフを突き刺す。
「ダラハイド!!」
彼女が叫ぶ。聞こえないのか。聞こえていても無視しているのか。
「ツバキ待て!……問いただすのは、狩猟の後にしろ……!」
駆け寄ろうとしたのを制止したのはイツキだった。背に乗られ、ナイフを刺され続けるガララアジャラは惜しみなく巨体を振り回す。下手に近付けば弾き飛ばされてしまうだろう。まして極限化解除前である今は、その威力は計り知れない。
「兄貴っ」
「冷静になれ、どっかにレオが居るはずだ」
そう言ってイツキの視線は近場の崖の上を向く。あの騎士は〝上〟から現れたのだ。それが空からでないのなら、おそらくらあそこから飛び降りてきたのだろう。ならばレオも……
その時だった。足場がぐらりと揺れたのだ。
「え……!?」
雪が粉煙のように立ち登り、煙玉を使われたもさながら視界が白く濁った。ツバキは信じられないものを見た。ガララアジャラが、沈んでゆくのだ。ズズズ……と重々しい音を立て、撥水甲の聳える尾先が不自然に視界から消えてゆく。次に見たのは大地の割れたようなヒビだった。雪にいくつも溝が走って、それが分離しながら離れてく。
ツバキの腕をイツキは掴んで、そのまま後方に引っ張り込んだ。彼女がよろめきながら後退すれば、さっきまで足場であった場所まで崩れてく。やがてそれらは、奈落の底へと飲まれて消えた。
「……クレバス……!ヒドゥン・クレバスだっ、離れろ、でかい!」
ヒドゥン・クレバスとは通常のクレバスと異なって、積雪が表面を覆い隠してる状態を指す。そのため一見して足場は平坦なそれに思えるけれど、いざ体重をかければガラガラと崩れてしまうから恐ろしいクレバスのことである。言わば大自然の作った落とし穴だ。
ヒドゥン・クレバスは「隠される」という性質上、大規模でないことが一般的だが、ここヒンメルン山脈ではそんな常識は通用しないというのだろうか。五十メートル級のガララアジャラ亜種をすっぽり飲み込んでしまうほど、目の前のクレバスは巨大で深いものだった。ツバキは固い唾を飲む。あと一メートル前にいたら、イツキが引っ張ってくれなかったら……今頃。
覗き込んだ穴の向こうは〝深淵〟と形容するに相応しいほど闇が色濃い。ばらざらと縁の氷解が吸い込まれるように堕ちてゆく。この闇に、騎士とガララアジャラは消えてしまった。
ツバキは膝の力が抜けた。……ダラハイドが、ここに、落ちた。ガララアジャラと一緒に。その事実に胸を横殴りにされたようで、無意識に唇はわなわな震えた。
胸を蝕む絶望は、シドの死を知った時とよく似てる。また、仲間の命が消えるのだろうか。彼女はまばたきすらも忘れてた。このクレバスが、どれだけ深いのかもわからないのだ。
「……いや、ハンターなら、並大抵の〝高さ〟じゃ死なねえ」
努めて冷静に耳を撫でたのはイツキの言葉だ。雪がばらばら散っている。
「そうだろ?レオ」
〝レオ〟
その言葉にツバキは跳ね上がるように振り返る。同時に真っ白い雪の丘から、びくんと驚く気配を拾った。
「わかってる、出てこい。俺たちを忘れたわけじゃないだろ?」
イツキは続けた。そこにおずおずと現れたのは、複雑そうな、それでいて悲しげな目をしたアイルーだった。
間違いない。古龍の武具に、顔の傷。硬い毛並み。父、タイジュのオトモ────否、相方だったレオがいる。
「……久しぶりだな」
「旦那の、子供……イツキさん、ツバキさん」
レオが答える。
「あの騎士は、何者だ?何故極限化モンスターを狙い回す?知ってるのか、今じゃ協会は彼をお尋ね者扱いなんだぜ」
「……」
レオはとてとてと歩み寄り、たった今主人の消えたクレバスを見た。吹き荒れる風すら飲み込んで、風鳴りは悍ましい雄叫びのような音だった。レオの耳がぴくりと動く。
「追う気か?」
「……旦那は生きてます。僕は、旦那を二度と死なせない」
轟々と鳴る恐ろしい風。光すらも届かない深いクレバスの底へ、レオは飛び降りて追うという。
……レオ。震える声でそう呼んだのはツバキであった。
「レオ、騎士は、アドルフ・ダラハイドなんでしょう?なんで一緒に?」
聞きたいことが山とある。だのにレオは、悲しい目をして首を左右に振るだけだった。
「ごめんなさい。旦那のことは、話しちゃいけないって言われてます」
「……っ!レオ!私は、私達は仲間だった!シドと、ノイアーと、ダラハイドと私は、仲間だったんだ!騎士と話したい!」
「…………ごめんなさい」
レオはそれでも、首を縦に振ることはなかった。胸を軋ますように辛い顔をした後に、あっさり前へ踏み出したのだ。
ぴこん、と気の抜けた音がした。ハンターなら誰しも知ってるのこの音は、サインと呼ばれるものだった。ツバキは思わずクレバスを見る。サインは、この下から放たれた。騎士がレオを呼んでいるのだ。
────生きてる。
「行かなきゃ」
「レオ!」
「……ツバキさん、イツキさん。僕たちは滅びた王都、シュレイド王城跡を目指しています」
レオはそう言い残し、やがてクレバスの中へと飛び込んだ。
………………………………
血が、ぽたぽたと白に染みてゆく。装備の隙間から流れたそれが、雪に花を咲かせるみたいに。
騎士は背中で呼吸していた。クレバスは予想外なことであったが、こうして生きてるだけマシなものか。見上げた空から注ぐ光が蒼色で、幻想的なものだと思った。四方を氷に覆われているせいなのか、それとも真っ白い世界の作用であるのか、光が蒼く輝くのだ。息絶えたガララアジャラ亜種の鱗を背もたれに、彼方の空を騎士は見上げる。
……少し、血を流し過ぎてしまったろうか。ホットドリンクは飲んでいるのに尚肌寒い。
「旦那、反対の腕を貸してください。そっちにも包帯巻きますから」
「……ああ」
「…………。さっき、旦那の昔の仲間に会いましたよ。叫んでたの聞こえました?」
「……いや、咆哮で人の声は聞こえなかった。仲間か……誰だった、女か?」
「ツバキさんです」
「……!」
ツバキ。懐かしい名前。
騎士は「そうか」と短い相槌で済ますけど、動揺があったことをレオは気取れた。やはり、大切な仲間だったのだろう。心のどこかでは、今もまだ────。
「…………レオ。二年前が、黄金時代だったと話したな」
黄金時代。比喩的でもあるその表現は、衰亡に至るまでの歴史の中で、最も繁栄した時代や全盛期を指す言葉だ。
二年前、四人でいた頃。それが黄金時代であった。ダラハイドにとっても、ツバキにとっても、全員にとっての大切な時間。あれは四人の黄金時代で、二度と戻らない過去の中の宝石だった。今はもう、こんなに血塗れになってしまった。
「ツバキさん、旦那と話したいって言ってました」
「……そうか」
「話さないんですか?」
「…………いや、そんなことない。ただ────」
がちゃ、と金具を外す音がする。騎士はヘルムをそっとはずして、血と汗で額に張り付いた前髪を上へかきあげた。その端正な面立ちは、鬼神の如く竜を殺す姿からはかけ離れた秀麗さを持っていた。瞳は悲しみを湛えたような色をする。そして喉には、痛々しい傷跡がくっきりと刻まれていた。嗄れ声の原因だ。ある時激戦の日々の中で喉をやられて、かつて滑らかだった声は消えた。
「ただ?」
「ただ、ツバキは、悲しむだろうな」
そう言って騎士は目を閉じた。脳裏には、いつも隣にいた仲間の笑顔が巡ってた。