モンスターハンター 4~4G設定の長編   作:紙粘土

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第三章 黒い騎士篇


23話

────生きてる。

ダラハイドが厄海の上空を飛行し観測したグラン・ミラオスは、海底からダラハイドの姿をじっと見返すようだった。水面とともに揺らめく姿は擬態する気もないようで、はっきりと〝それ〟が鼓動を奏でていると伝わってくる。

……生きてた。かつて故郷を沈めた伝説の龍は生きていた。産毛が逆立つ。彼の人生の歪曲は、全てこの龍に始まったのだ。

 

 

リオレウスはとても気高い生き物だ。

きっと今自らが背に跨るこの竜も、本来ならば自由に空を羽ばたいて、大自然の中で雄大に生きていたに違いない。妙な催眠効果さえなかったならば。

 

「……すまないな、これが最後の戦いであるよう至力を尽くす。そうしたら、かつてお前とした約束を果たそう」

 

ダラハイドはそう言って、リオレウスの頬を撫でる。

……友達だった。もうずっとずっと昔のことだ。この竜は世界で唯一の友だったのだ。

 

 

・ ・ ・

 

 

命辛々生き抜いた原生林から、生還出来たのは一人のハンマーのおかげであった。まだ年若く、住まいに勤める衛兵よりもずっと幼いその青年は、しかし今まで見たどんな大人よりも逞しかった。ベースキャンプに連れてってくれると言ったハンマーは名をイツキと名乗った。

ただでさえ鈍足な子供の足で、しかも飛竜の卵を抱えたまま行くと言うダラハイドをイツキは咎めたりしなかった。

「重たいぜ。俺は手を貸さない。その卵を救いたいなら、自分の手で運ぶんだ」

イツキはそう言ったけど、ダラハイドを置き去りにはしなかった。代わりに運んでくれはしないけど、イーオスが近付かないよう追い払ったり、足場の悪い道は身体を支えてくれたりもした。

ズワロポスが水草を啄むぬかるんだ道に出た時に、ベースキャンプはあと少しだと励ますように笑ってくれた。すっかり日は暮れていて、今夜はここで野宿しようとモンスターに見つかりにくい茂みを漁る。その時には原生林での野宿が三日目に及んでいたから、ダラハイドも勝手を覚えていた。先ず焚き火を炊くため薪を集めること。それに卵を隠す穴を掘ること。汚れるとか布団がないとかそんなことは、三泊もすれば些細なことだと身に染みる。奴隷出身だったためか、粗末な寝床にも嫌悪感はあまりなかった。

 

ちょっと待ってろと言ったイツキは、十五分ほどしたら生肉を手に戻ってきた。

 

「今夜はズワロポスの肉だ。脂身の多い肉は好きか?」

 

「うん!好きだ!」

 

兄弟のいなかったダラハイドにとって、イツキはいつしか兄のような存在になっていた。この三日間の食事はジャギィノス、コンガ、ヤオザミときて今夜はズワロポスという献立だ。ヤオザミは魚介独特の臭みと癖が強いため、スパイス代わりにニトロダケをスライスして一緒に食べるのだと教えてくれた。辛いものは苦手でなかったはずだけど、かつてないビリビリとした辛味にダラハイドは咳き込んで、イツキはそれを見て笑ってた。ジャギィノスはメスだけあって赤身がとても柔らかく、好きな味だと喜べば「待ってな、もう一頭狩ってやるよ」とイツキは茂みの奥へと消えて、数分でおかわりを用意した。イツキの好物でもあるらしい。

 

「ズワロポスを食ったことは?」

 

火で肉を炙り、焦げないようにグルグルと回しながらイツキが問う。肉焼き機と呼ばれるもので、ハンターなら誰でも持ってるアイテムだという。

 

「ないんだ」

 

「そうか、美味いぜ。ただ脂っこいから女は嫌いなやつも多いな」

 

やがてイツキは、いつもの鼻歌を歌いだす。決まって肉を焼くときになると、イツキはいつもこの歌を歌う。理由はよくわからないが、曰く「肉を焼くときは歌うもんだ」ということらしい。何度も聞いているうちに、ダラハイドはぼんやりと覚えてしまった。

 

 

「うし!上手に焼けたッ!」

 

歌の終わりにイツキは嬉しそうに肉を炙るのをやめ、こんがりとキツネ色になった肉をダラハイドに差し出した。程よい焦げあとに、未だジュウジュウとなる脂の匂いは、口に入れる前から美味だと確信出来るほどだ。

 

「アドルフ、食えよ!」

 

「やった!兄ちゃんありがとう!」

 

 

イツキは色々なことを教えてくれた。ジャギィやイーオスなど鳥竜種は群れで行動し、また一際大きな身体に角やエリマキ、毒腺などを持つ長がいること。弱っちょろく見えるブナハブラは麻痺効果を持つ針を刺したり、防御力を下げる体液を人に吐きつけてきたりと中々油断ならないこと。あとは、リノプロスやファンゴは〝どんな状況でも〟空気を読まず横から突進し、身体をすっ飛ばされるため非常にムカつくことがあるのだとか。

 

ハンターになるのに特別な資格は必要ないという。学歴がどうとか、家柄や金がどうだとか、そんなものは一つも必要ないらしい。ハンターは特別な人間ではない。なりたいと思った人間が、努力しただけの姿であるのだ。そしてその世界は険しく厳しいものだけど、どこまでもどこまでも広がっている。

 

「お前だってなれるさアドルフ。俺の末の妹はお前よりもちっと小さいが、親父にヘビィボウガンを教わってるぞ。もう一人でならジャギィを狩猟できる」

 

ぱちぱち焚き火の音がする。イツキの背に、世界の広さを垣間見た。

 

 

「アドルフ……その卵、自国へ連れて帰ってどうするつもりだ?」

 

やがてイツキは、静かに問うた。

ここに置いて帰ったら、生まれたばかりの火竜は生存競争に耐えることができないだろう。既にこの卵の両親はいないのだから。

だがだからと言って、ペットのように育てられる生き物でもない。竜は人に懐かない。差し出した餌を受け取ることもないかもしれない。第一、子供が飛竜の卵を持って帰ってきたとして「助けたい」というのを容認する親など聞いたことがないものだ。せいぜいグルメ家に売られてしまう未来しか思い浮かばない。

 

「おれの伯父さん、モンスターの生態系研究所やってるんだ」

 

「研究所?」

 

「うん。どうやって成長するかとか、研究してるんだ。そこに置いてもらえないか聞いてみる」

 

そういや最初に卵を欲しがったのは伯父の方だったなと、イツキは思い出し納得をする。金儲けか食うのが目的だと思っていたが、研究資料が欲しかったのかもしれないと。ならば、確かに持ち帰った卵に居場所はあるかもしれない。ただし、目の前のアドルフ少年の望む形でないのかもしれないけれど。

 

「兄ちゃん。おれの母さん、死んだんだ。きっとあのリオレイアみたいに死んだんだ。だからこの卵は……置いてきたくない」

 

「……。わかった。けどなアドルフ、竜と人っていうのは難しいんだ。竜の近くにいるということは、悲しい運命と隣り合わせに生きてくってことなんだぜ。それだけは忘れるなよ」

 

イツキはそう言って、幼い頭を撫でていた。

 

 

 

再会した伯父は積荷が台無しになったことにたいそう機嫌を損ねていたが、アドルフが卵を持ち帰ると知るや否や踊るように喜んだ。かくして卵はガラスケースの中で孵化する。小さく外殻の未発達なリオレウスを、ダラハイドは飽きることなくいつまでも眺めた。孵化の瞬間に立ち会ったのもアドルフであったし、その前から毎日毎日卵に話しかけ続けていたのもまた彼だった。

 

悲しいことに人の手では竜を育てることができない。竜の育成や飼育は昔から幾度も試みがあったが、ある程度以上の大型竜には未だ成功例がないのである。

それには様々な原因があるものの、最大の理由は「人の手から餌を貰わない」ということだった。そのため生態系の研究が進み、何を食しどのように成長してゆくのかまでわかっているリオレウスでさえ、長くは生きないだろうと言われてた。

今のところは点滴から強制的に栄養摂取させているけれど、いずれは通用しなくなる。成長につれエネルギー源は不足し、衰弱し、やがては死ぬものと、大人達は考えている。研究者達が見放さないのは、竜の赤子がとても珍しいということと、死後の解剖が貴重なデータになるからなのだ。

 

この時既に人為的な極限化についての研究が始まっていたことを、ダラハイドは知らなかった。

研究者たちは極竜玉の移植を試みたものの、一日と持たずに竜が死亡してしまう結果が続いた。狂竜ウイルスの抗体が圧倒的に不足するため、自力克服でない極限化に身体が耐えられなかったのだ。

この解決策として狂竜ウイルスの抗体は幼少期から少しずつ摂取させる方法が効果的と判明してたが、そうすると別の問題にぶち当たる。すなわち、幼少期の竜が人の手には育てられないということだ。

幼体でなければ極限化に耐える身体を作れないのに、成体でなければ研究も実験もできないという八方ふさがり。よもや研究そのものが頓挫しそうな雲行きである。

なればこそ、リオレウスが卵から孵って一週間後、柔らかくミキサーで崩されたジャギィノスの生肉を、ダラハイドが食べさせるのに成功したと知らせを聞いて研究者たちは戦慄したのだ。

 

 

「な?やっぱジャギィノスの赤身がいいだろ。俺もそれが一番好きなんだ」

 

何も知らないダラハイドは、リオレウスが小さな口にぱくぱく肉を押し込んでは、こくんと飲み込む様に歓喜していた。イツキと原生林で過ごした数日間、一番好きになったジャギィノスをリオレウスが気に入ったことが嬉しかった。

 

「脂っこいのは好きか?もし好きならズワロポスを頼んでやるからな」

 

そう言ってダラハイドが頭部を撫でても、リオレウスはまるで嫌がる素振りを見せない。先日研究者の一人が点滴を取り替えようとして、うっかり指を千切られかけたばかりのために、それは信じ難い光景だった。

 

リオレウスが、懐いた。

それは紛れもなく一つの奇跡であったのだ。

 

 

 

火炎袋が発達してくると、リオレウスは微力ながらに火を吐くことが可能になった。そこで肉を焼きながら一緒に食べるというのが、慣れない貴族社会や軍学校に放り込まれたダラハイドにとっての、唯一の安らぎの時間であった。

ヒンメルン山脈の麓で獲れたというポポの肉を、リオレウスの小さな炎がジリジリと焼く。

 

「ん~ん~、いや、違うな。ン~ンン~、んんん~、こうか」

 

ダラハイドは鼻歌を歌ってた。リオレウスが不思議そうな顔をするから、「ハンターが肉を焼くとき歌う歌さ」と教えてやった。あの時イツキがいつも楽しげに歌っていた。そして決まって、「上手に焼けた」と嬉しそうに笑うのだ。

そのうちリオレウスも覚えたのか、ダラハイドが歌えばそれに合わせて足踏みしてくるようになる。とはいえ火加減が安定しないのが原因なのか、生焼け肉やコゲ肉になってしまうことも少なくなかった。

 

「なかなか上手に焼けないなぁ」

 

そう言って苦笑しながらも、その肉を一緒に啄ばんだのだ。

 

 

 

翼が発達してくると、逃げ出さないように足枷が嵌め込まれるようになる。また、狩猟で自然に力を付けられない代わりじゃないが、木刀を手に対人戦術が叩き込まれるようになる。

リオレウスはダラハイド以外には野生の獰猛さを剥き出しにしてみせるため、自然と彼が世話係になっていたけど、本人は世話係でなく友達だと思っていた。

 

一年の殆どが寒さに覆われる東シュレイド王国だけれど、うち二ヶ月間だけ暖かな季節が訪れる。ダラハイドはリオレウスと芝生の上に寝転がり、貴重な暖かい風と花の匂いにはしゃぎ回った。この二ヶ月間だけは、荒れ果てた大地に僅かな緑が見られるからだ。

 

「リオレウス……俺は明日、手術を受けるんだ」

 

青い空。流れる雲をじっと見ながら、ダラハイドはぽつりと言った。

リオレウスが言葉を理解するかは知らない。だが漠然と、意思の疎通は出来てる気がする。リオレウスはたとえ意味がわからなくとも、じっと聞いててくれるのだ。だから、話すだけで心が軽くなった気がした。

 

 

「喉に手術をしなけりゃならない。痛そうだ……」

 

やさぐれたい気持ちを愚痴れば、その頬をざらついた舌先が舐めた。

それからリオレウスは彼を背に乗せ、足枷の許す高さを飛んでくれたのだ。まるで元気付けるみたいに。

 

 

この友情を、戦争に利用するために黙認されてきたなんてこと、どうして気付くことが出来なかったのだろうか。

〝幼かったから〟

そんな理由では自分を納得させられなくて、今でも彼はずっと悔やんでる。でも、だったら、どこで何をどうしていたら良かったのだろう。

 

喉の手術が終わり、それがゲネル・セルタスの女王のフェロモンが改良されたものだと聞いて、最初は意味がわからなかった。

「嗅覚を利用した催眠の性質から、常に身につける必要があってな。体内に埋めたのは紛失と機密漏洩のリスクを考慮してのことだ。安心しなさい、体内といっても皮膚の一枚下だ」

なんのために?聞けば伯父はにたりと笑って、「すぐにわかる」と囁いた。

一週間程度の入院生活を終えてその理由を突き付けられる。

目の前に、抗竜石を素材に作られた鎖で雁字絡めにされて、低く呻く黒い竜が運ばれたのだ。全身からオーラのように黒と紫の狂竜ウイルスを登らせて、苦しげに呻くその竜が、唯一にして一番の友達だったリオレウスだと知った時、ダラハイドの頬には涙が流れた。

 

 

〝竜の近くにいるということは、悲しい運命と隣り合わせに生きてくってことなんだぜ。それだけは忘れるなよ〟

 

イツキの言葉を思い出す。

 

 

覚えてるよ。忘れてなかった。でも、イツキ兄ちゃん。悲しい運命って、こんなにも残酷なものだったのか?

 

 

数年前、兄のように慕ったハンマーが残した助言は、彼の想像の及ばぬ角度から心を横殴りにしたのであった。

 

 

もう、リオレウスに自我はなかった。瞳にはなんの感情もなく、まるで剥製のようだった。

だからダラハイドが「止まれ」と命じてそれにリオレウスが従ったのは、かつてあった友情ではなく催眠効果によるものだろう。

 

自分のせいだ。

自分が仲良くなったから……。

唯一の世話係であったダラハイドには、こうなる前にこっそりリオレウスを野生に放つ千の瞬間があったのだ。だのに、それをしなかったから。だからこんなことになってしまった。

研究の成果が最高の形で実現されて、満足気に笑う大人たちの真ん中で、少年の日の彼はいつまでも泣き続けてた。

 

 

 

……………………

 

 

 

何故、残酷な大人たちの命令に従って、リオレウスを操ることをやめないのか。

理由は簡単だ。元来極限化したモンスターは短命なのだ。それは狂竜ウイルスが本来持つ性質に基づくもので、いくら克服しようともいずれは増えすぎたウイルスが命を蝕んでしまう。故に、リオレウスは定期的なワクチン投与が欠かせなかったが、このワクチンはダラハイドが命令に従わなければ渡して貰えないものだった。

ダラハイドとリオレウスに友情があったことを理解した大人たちは言ったのだ。

「その竜を死なせたくないだろう?」

ダラハイドは黙って頷き、戦争のために極限化されたリオレウスの背に乗った。言われるがままに訓練をし、人形のようにリオレウスを操る術を覚えた。いずれ起こす戦争で、街を思うがままに焼き払うことができるように。そうしなければ、大切な友達がウイルスに侵されて死ぬからだ。

だけどずっと、戦争なんか起こしたくないと葛藤していた。そんな折だ。偶発的に極限化したセルレギオスが、ヒンメルン山脈を越え西シュレイド地方へ向かったと知らせが耳に入った。

 

「向こうの連中に極限化を認知されたくない。極限個体を知られたら、対策も模索するだろうからな」

 

そう言って指令はダラハイドの元に届いた。狂竜ウイルスに感染せず、抗竜石を使い熟し、極限化モンスターと過ごした彼が最適の人材だったからだ。

かくして彼は伯父の計らいからギルドカードを手に入れて、セルレギオスを探すべくバルバレの集会所を目指す。

クエストとかこつけたセルレギオス捜索の日々は続いた。やがてバルバレで、ツバキに出会った。そしてあの冒険の日々が始まったのだ。

 

 

・ ・ ・

 

 

「ノイアーやめろ!お前と戦いたくない!!」

 

ダラハイドは叫んだ。大切なかつての仲間を斬りたくないし、リオレウスに攻撃させたくもなかったからだ。

 

火事場を発動させてるノイアーは、その圧倒的な力と引き換えに、おそらく一撃でもくらえば倒れてしまうだろう。なのに彼女は突進してくる。不安定な足場をものともせずに、休むことなく武器を振るい続けるのだ。

 

 

「黙れダラハイド!私は知ってる!東シュレイド国は戦争を企て黒きリオレウスを生み出した!二年前に厄海で目撃情報があったんだっ!!お前がっ、お前らが焼いた!!」

 

ノイアーの叫びが滅びた城へ響きわたる。

 

「知ってるんだ、お前は戦争のためにいるんだって!だから殺したのか?シドはっ!シドは骨すら残らなかった!チクショウ、まだ、墓もないんだ……!」

 

「違う!俺は戦争を起こしたくなどないから────」

 

「ならなんでゴグマジオスを連れ去ったんです?」

 

言いかけたダラハイドの声を遮るように、飛びかかるのは今しがた追いついたレオだった。アイルーならではの素早さで、鎌を振るいながらレオがリオレウスに攻撃をする。

 

「討伐作戦を控えたゴグマジオスを、戦争を企てる国の大佐が連れ去ったんです。警戒するなというほうが難しい」

 

レオの鎌が風鳴りを起こすほどの速度で振るわれた。極限化故の硬度はやはりそれは弾くけど、背のダラハイドにまでビリビリと伝わる衝撃だった。決して軽視出来ない威力ではない。

 

……まずい。

ダラハイドは思う。レオとノイアー、二人の猛攻を前に防御だけでいつまでも立ち回れるはずがない。いやそもそも、最早時間があまりないのだ。ここに今夜ダラハイドがいたのは、軍全体に集合がかかったためだ。おそらく黒騎士────ノイアーはその情報を掴んだからこそ、リオレウスを狙って今夜ここに来たのだろうが。

集合時間までもう幾ばくもなく、間もなく東シュレイド王国の軍隊がわらわら集まってくることになる。こんな状況を見られでもしたら……

止む無く炎を吐き出させれば、レオが直様ガードに入る。どんな攻撃を仕掛けようとも、このアイルーは全身でノイアーを庇うのだ。

 

 

「ノイアー聞け!シドを殺したのはリオレウスじゃない!シドを焼いた炎はグラン・ミラオスの放ったものだ!」

 

 

 

シド。

そうだ、彼女の心の根底にあるのはシドなのだ。だからこそダラハイドは、あの時起こった全てを彼女に伝えようと声を上げる。

 

「全て話す!厄海には魔物がいるんだ!俺はそいつを倒すために────」

 

 

その瞬間だった。彼方から放たれた簡易式の小型バリスタが、リオレウスへ飛びかからんとするノイアーの背を貫いた。

 

 

「ア」

 

ノイアーはどこかポカンとした表情で、身体を通り抜けた矢が目の前の壁に突き刺さるのを見た。直後に血を吐き出して、そのまま近くの足場へ落下する。

 

「旦那あ!!」

 

レオは叫び、一目散にノイアーに駆け寄る。

次のバリスタが直ぐに来た。今度は矢は一本ではなく、複数本倒れたノイアーに向かって飛んでくる。簡易式の小型とはいえ、バリスタの威力は恐ろしく、故にノイアーは力尽きて指一つ動かなかった。

レオは鎌を振りしだき、飛来する矢を全て打ち落す。だのに追撃は尚も止みそうになく、やがてそれは鉄の雨の如く降り注ぐのだ。

あまりの量に全てを防ぐことができずに、うち数本がレオの腕や足を貫く。それでもレオは退くこともなく、仁王立ちをして彼女を守った。

 

一体何が起こっているのか、ダラハイドは一瞬混乱をする。バリスタを撃った主が放った声は、しかしすぐに状況を説明してくれた。

 

「アドルフ様!ご無事ですか!!」

 

そうだ、その一言で、察するには十分過ぎた。

……軍が、到着したのだ。

そして襲いかかるノイアーが……

 

 

下に目をやればツバキが兵に抑えられて呻いてる。逃げろとさんざ言ったのに、彼女は逃げたりしなかったのだ。

……ああ、まただ。ダラハイドは胸がひしゃげたような錯覚をした。リオレウスのときと同じだ。自分のせいで、今度は仲間が傷つけられた。

 

「やめろ!撃つな!!野党ではない!!彼女を解放しろ、こっちの女ももう撃つな!!」

 

 

ダラハイドは、リオレウスに約束をした。いや、それは一方的な誓いであったのかもしれない

きっとこのリオレウスは、自分を恨んでいるだろうから。いずれ正気に戻った時に、友情を裏切った自分に牙を向けるだろうから。だから一つの約束をした。大佐になった日の夜に。

〝お前が正気に戻ったら、最初に俺のことを殺すんだ〟

 

暗い地下室。リオレウスを拘束する牢屋の中で、虚な目をしたリオレウスに言ったのだ。最初に殺せと。最初に殺されるのが償いなのだと彼は信じた。

あの日地下牢で雁字搦めにされていたリオレウスと、取り押さえられたツバキの姿が脳裏で重なる。

ダラハイドの心は、折れてしまいそうだった。

 

だが直後、眼前には黒いマントがはためいた。人影が、放心した彼に凄まじいスピードで接近したのだ。

 

「なっ……」

 

影は着地とともに、全身の傷から血を滴らせた。……ノイアーだ。何故、だってたった今バリスタに撃たれて倒れていたのに、どうしてノイアーがここにいるのか。軽症であるはずがない。力尽きてもおかしくないのに。

恐るべき跳躍力で飛び上がったノイアーは、低空したリオレウスの背に飛び乗ったのだ。

 

 

「……だらはいど……しどを、ぐらんみらおすが……?やくかいの、まもの」

 

その口調は抑揚がほとんどないものだった。喉元の傷が開いたのか、掠れた声が血で濁る。

何故、彼女は立ち上がって来たのだろうか。ノイアーの手がすっと伸び、ダラハイドの首を掴んで力を込める。それは喉仏が軋む程の怪力で、しかも先ほどより更に強い力であった。

 

これは、〝不屈〟だ。ノイアーは火事場と一緒に、不屈のスキルも持っていたのだ。

 

 

「……そ、……うだ、ノイアー……!」

 

不安定なリオレウスの背中の上で、ノイアーは器用にバランスを取りながら、ダラハイドに朧な意識で確認をする。

 

「わかった、しどを、それが、ころしたんだな」

 

やがてノイアーは、もう片方の手にナイフを握った。狩猟の後、剥ぎ取りなどに用いられる小型のものだ。

 

その一秒後、ダラハイドは下へと叩きつけられた。リオレウスの背の硬さは鉄のようで、そこに背中や後頭部に衝動が抜ける。

 

「が……!!」

 

喉を掴まれているせいで、呻きすらも口の中でくぐもる。

一体なにを……。そう問う間も無く、喉元へナイフがふるわれた。

それは命を奪うべく深い斬撃とは異なって、血管に至らぬ程度に浅く皮膚を裂いたのだった。

手術の縫合痕がある場所……つまり声帯の手前にあたる場所。かつてダラハイドが、ゲネル・セルタスの改良版フェロモンを埋めたところへ。

 

 

「ダラハイド、それ、ちょうだい。わたしが、いかなきゃ」

 

 

裂いた皮膚へと伸びる指。その手の中には、真珠のような小さな球体。女王のフェロモンを包んだシリコンの玉だった。ノイアーは、ダラハイドの喉からリオレウスの操縦権を奪ってしまった。

 

血反吐をはくダラハイドを蹴落として、ノイアーは冷たい声で命ずる。

 

 

「リオレウス、厄海へ飛べ」

 

きっとノイアーは、この時もう人の限界を超えていた。バリスタを背に刺したレオがいくら「旦那」と叫んでも、まるで聞こえないように笑っていたのだ。

 

やがてリオレウスは彼女の命に従って、彼方の空へと消えてしまった。

 

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