モンスターハンター 4~4G設定の長編   作:紙粘土

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第一章 邂逅篇


2話

彼女の予想通りに、洞窟の脇から流れ出た水が小さな泉を作ったその周囲に化け鮫はいた。それも二体同時でもう一体を探す手間が省けたものだと彼女は思う。

 

「今夜中に見つかって良かった、ビバークせずに済みそう」

 

岩場の影から気配を殺して彼女が囁く。大型モンスターが同時に二体いる場合、隔離して別個に討伐するのが得策である。しかし既にG級装備を揃えた彼女には、上位個体であれば二体同時であれど脅威でなかった。

 

「同時に行くのか」

 

「そのが早く済む。あんたは戦わなくていい」

 

ここでこのまま息を殺し見ていればいいと彼女は言う。万一見つかってもここならば直ぐに遠くへ撤退できる位置だし、遠距離攻撃にあっても大剣ならばガードができる。G級の腕を見たいというのが彼の動機だから、それで十分だろうとの提案だった。

 

「連れなくするな、一頭は俺が請け負う」

 

「いらない」

 

「なんだ、その細腕は俺の身まで案ずるのか」

 

「細腕って言うな、ちゃんと鍛えてる」

 

 

頑なに彼の参戦を認めずに、念を押して彼女は走る。

目測およそ四十メートル。貫通弾の威力を最も活かせるこの距離を、ガンナー達はクリティカル距離と呼ぶ。音も立てずに走り寄り、銃は静かに構えられた。

スコープの十字に体躯の中心線が合わされる。貫通弾とら早い話、頭にぶち込んでケツまで貫通するのが理想的。トリガーに指をかけて息を飲み、二体が重なる瞬間に弾丸は放たれる。

狙い通りに額に着弾した貫通弾は、そのまま外皮を突き破って尾びれの真横を飛び出した。手前の一頭を完璧に貫き、オマケ程度だが二頭目の背びれを傷付けたのだ。ザボアザギルはまず痛みに驚きと怯みを見せ、一秒後には全身の五分の一は占めていそうな大口を開いた。

鋭く尖った歯列を剥き出しに、威嚇と怒りの両方を孕んだ咆哮が響く。大音量のあまり、鼓膜どころか大地まで揺らいでしまったような錯覚をした。一頭でも頭の割れそうなものなのに、二頭同時に吼えるのだから強烈である。こればかりは耐えられず、半ば不可抗力のままに彼女は耳を塞いでしゃがみこむ。

 

……厳密には、咆哮は同時ではなくわずな時間差があった。面倒なのは先に吼えた一頭がやたらに短気な個体であったということだ。ビリビリと頭痛すら齎しそうな轟音の中、顔を上げた彼女の目に映ったのは、氷の鎧を纏った敵の姿だ。

 

ザボアザギルは怒り時に特殊な体液を噴出し、周囲の気体を氷結させた状態は硬度が増し、必然的に物理攻撃の威力が上がる。

鼻先の氷はまるで槍のようだった。すぐさま横へ回避する。ミリ単位真横を鋭い牙が掠めても、彼女の心に恐怖はなかった。G級で揃えた防具は、上位程度の攻撃に致命傷を負ったりしないと確信があった。

振り返り様に一発撃ち込み、目の端に二頭目が氷を吐き出そうとするのを捉えてまた転がる。射程距離から外れるよう更に真横へ。

ヘビィボウガンは一々武器を仕舞わずに、こうして回避行動を繰り返した立ち回りが主となるため、どうしても地面をコロコロ転がるような動きとなるのだ。

 

「見事だが上位のザボアザギル相手では凄さがいまいちわからんな」

 

装填した分を撃ち尽くし、リロードのために距離を置いた彼女の頭上に声が降る。控えてろと言い付けた岩場は真逆の方角だが、ダラハイドは彼女の傍らに立っていた。

不思議だとは思わなかった。どこかで素直に言うことを聞くはずないと思っていたのかもしれない。

 

「リミッターが着いているな。しゃがめツバキ」

 

「ダラハイド!どけ、遠距離攻撃が来る!」

 

「それくらい見ればわかる。防ぐさ。見せてくれ、G級の威力なんだろう?」

 

そう言って、彼女より大きな剣が構えられた。

奥から、氷がこちらに吐き出されるのが見える。彼女には回避行動をする余地があったが、何故だか彼の背中が大きく見えて動かなかった。

大仰な刃を斜めに構えて、頭上で柄は返された。刀身の平面を盾代わりに応用するのも、その巨大な武器故に出来ることだ。

 

「……なに放心してる。見惚れられるような技と言えたものではないが」

 

彼のガードに阻まれて、氷は四方に弾け飛ぶ。キラキラと氷結晶を散らしながら、ザボアザギルの攻撃が飛散してゆく。直後に脇から大口が飛び出した。二頭目の突進だ。

 

「早くしろ。全ての攻撃は絶ってやる」

 

言いながら上体を翻し、今度は突進する牙に向かって横振りの一閃が風を斬る。大地から響くような悲鳴と共に、酷く痛々しい衝突音がする。濁った呻きは折れた牙と一緒くたに吐き出され、突進は勢いそのまま巨躯を仰け反らせる結果となった。

ダラハイドは鮮やかなカウンターに気取ったような笑みを浮かべて、まだ見ぬG級武器の真骨頂を催促してくる。彼女は小さなため息をはいた。

 

 

「……あんたはガンナーのことわかってない。しゃがめと言うならクリティカル距離だ」

 

「なんだそれは」

 

聞き返されてもなんだかそれすら予期できた。きっとこれまで周囲にガンナーはいなかったのだろう。クリティカル距離は弾種によって異なるが、長々と説明する間が惜しまれたから、簡潔に彼女はこう叫ぶ。

 

「威力が一・五倍になる距離のこと!」

 

「なんだそう言え。簡単なことだ」

 

貫通弾を打つ場合に、この化け鮫どもと彼女の距離四十メートルを保つこと。それだけで自らを拒んだG級の真骨頂を見られるというなら、容易いことだと彼は言う。

 

「舐めるな、あんたの手を借りなくても自分で出来る!膨れるぞ!」

 

ザボアザギルには、一定ダメージを与える事により形態変化する特性がある。彼女は与えたダメージを計算していた。より獰猛にした短気な個体は、既に十分な鉛弾を喰らっている。そのためブクブクと奇妙な音を立て、腹が巨大な肉塊のように膨張してゆく。

 

「こうなった方がしゃがむのには都合がいい。光るよ!」

 

細腕は閃光玉を二頭の中心に放ってみせた。タイミングは見事だ。同時に視界をやられ、的外れな方角に無意味な攻撃が繰り出される。

待っていたぞ、とダラハイドが笑った。既に彼女がしゃがんでいたからだ。スコープはぴたりと身体の中心に標準を合わせた。あとはただ、トリガーを引くだけでいい。

 

ただでさえ一発一発の銃声は重々しいのに、こうも連射するなら壮大ですらある。銃口は火を吹き、火薬の臭いが漂った。薬莢がそこらじゅうに散らばってゆく。しゃがんだまんま凄まじい反動を受け止めて、小さな身体に不似合いな威力が、ザボアザギルを蜂の巣にする。

 

────二十発。それがしゃがんだ際に連続で撃ち出せる最大数だ。

余すことなく身体の芯を貫いて、連続射撃が終わる頃には力なく地に伏す姿があった。ザボアザギルは穴の空いた風船みたいに萎んでしまって、歪んだ大口から垂れた舌は微動だにしない。死んでいるのは明らかだった。

 

「来るぞ、もう一頭だ」

 

視界を取り戻した残る一頭は、仲間の死に激昂したのか氷の鎧を纏っていた。

だがどちらにせよ二対一になった今、これを討伐するのは容易に思えた。

 

「ダラハイド、罠持ってない?ポーチがないから捕獲にしたい」

 

「ある。自分の何倍もある化け物を、殺さん方が難しいとは奇妙なものだな」

 

短時間だが互いの実力を知るには十分だった。故にもう、後退しろとは彼女は言わない。突進をかわし、段差から飛び降りながらリロードをする。巨大な剣を振り抜く彼の対角線上まで転がってゆく。

そうしてボウガンは火を吹いた。化け鮫の呻きが氷の海に響き渡る。

 

 

……狩りは、楽しい。娯楽的な意味合いではなく、充実や達成感を齎してくれる。

タイミングと思惑。頭の中で立てた作戦が、一分の狂いもなく達成された時。仕掛けた罠に獲物が嵌ったり、誘い出された崖下で背中を許し、ダウンを奪ってやった時。そんな拘束時間に一点集中して撃ち出す鉛の雨の感触に恍惚とする。

彼女は、貫通弾の肉を突き破る音が好きだった。

 

そうして数多の狩猟を繰り返したけど、共闘する悦びを知る機会は今までなかった。大連続討伐や超大型モンスターの募集に参加してみても、メンバーは最低限の連携だけを求めていたし、彼女も必要以上に助けなかった。

ただ、目の前の敵を倒すだけ。一人より複数の方が効率的なだけ。パーティとはそのようなものだと思っていたのに────

 

ダラハイドの突き立てた刃が尾びれに大きな傷を残した。前足の爪は砕け、背びれも牙も無残なものになっている。満身創痍な化け鮫を見れば、今が捕獲のチャンスであるのは明らかだった。

だがなぜか、止まらなかった。

 

全身にボウガンの振動を感じながら、夢中で背中を撃ち抜いてゆく。刹那、足場を取られてすっ転んだ腹の前で、大剣に力を溜める彼を見た。

 

「すまん、止まらなかった」

 

直前に彼はそう言って、地を揺るがすほどの一撃を、その無防備な腹へ落としたのだった。

 

 

 

断末魔が耳を着く頃、忘れていた寒さが指先から徐々に戻り出す。ホットドリンクの効果が薄れだしているのだ。

吹き荒ぶ風が冷気を運べば、冷たさよりも痛みに感じる。まだ身体の芯を凍えさせられるほどではないが、いずれ完全に効果が切れたら、それこそ氷ってしまうだろう。

 

「あった、上ヒレ……!」

 

死体にナイフを差し込めば、運良く目当ての素材が剥ぎ取れた。さしあたってレアリティの高い部位でもないが、それでもついてない時は中々取れない。とかく目標は達成できたのだから、彼女は胸を撫でおろす。

 

 

「ダラハイド、ポーチに入れさせて」

 

「構わんさ、ほら」

 

 

後はただ、帰還するだけ。こういう言い方をしたなら安易そうでも、実際は骨が折れると理解していた。結局のところはどんなモンスターよりも、自然そのものが一番恐ろしい。下位であろうがG級であろうが、自然の脅威だけは変わらない。

 

 

「……行こう。ベースキャンプで朝までしのぐ」

 

ベースキャンプまで送り迎えがつくのは、比較的安全地域に指定される下位クエストのみだ。上位からは自らの足で帰還しなければならない。

 

ベースキャンプより更に南下した雪原の先、上位指定の危険区域を抜ければ集落があったはずだ。規模こそ小さいものの、船やカヌーの荷馬車が集う立派なターミナルだった。賃金を払えば馬車を使えるし、四日に一度は定期便として協会の飛行船もやってくる。申し訳程度に露店もあるから、ホットドリンクも買い足せるだろう。

 

 

やがて手の指だけでなく、足先まで冷えてきた。確実にホットドリンクの効果が薄れてきてる。もうあと幾許か経過したなら、ガチガチとみっともなく奥歯を鳴らしてしまいかねない。そうなる前にベースキャンプの毛布に包まって眠りたいから、彼女の足取りは早くなる。テントの下で風をしのいで、備え付けのベッドで眠り疲れを癒したかった。

 

 

「……切れてきたな」

 

相変わらず余裕のある声で、ちっとも寒そうにせず彼は言った。いや、彼女よりかはそれでも暖かいに違いない。肌の露出度や鎧の厚みがまるで違うし、何より彼は上等なマントを持っている。

歩を踏み締めるたび、パウダースノーがはける感触がする。どこぞしこにもザボアザギルの残した爪痕だらけの有様だが、しょせんは地面も壁面も氷なのだ。いずれ溶け、その上に新たな雪が積もってく。一晩も経てば狩猟のあった痕跡など残らぬくらいに元通りになるだろう。

 

「入るか?」

 

上質な生地と見てわかる、刺繍のあしらわれたマントの裾を摘まんで彼が言う。背の高い男の肩幅をすっかり多い、ふくらはぎにかかるほど丈は長い。小柄な彼女一人入っても問題ないくらいの面積があった。

 

「……歩きにくくなる」

 

「G級ハンター殿は気難しいらしいな。青い唇のわりに気丈にする」

 

ダラハイドは、意地を張る子供を笑かすような口調であった。

 

「それにあの程度の両性種にさがれなどと冷たいものだ」

 

「……じゃああんたは協会に許可証を断られるような訳有りで、しかも実力も知らないハンターを前線に出すのか」

 

狩猟は自己責任だ。引率者なんて立場はないが、それでも同行者が傷付くのは気分が悪いと彼女は思う。

新参とはいえ彼女もまたG級ハンターを名乗るからには、上位クエストで上位ハンターくらいは守りたいのだ。結論から言うなら、彼は守る必要のない確かな実力の持ち主だったが。

 

「そう言うな」

 

「ダラハイド、あんたは寄生虫じゃない。なんで許可証が発行されなかった?前科?」

 

寄生虫とは隠語だ。ハンターは己の腕に自信と誇りを持って狩猟に挑むが、中には例外も存在する。その中でも、他者の募集に同行者として参加を名乗り上げ、実際には戦わずに報酬だけいただこうという輩は寄生虫と比喩されていた。当然ながらに嫌われるし悪評も立つ。

G級許可証の発行条件であるウカムルバスの撃退に、例えば寄生虫と評されても仕方のない立ち回りしかしなかったのなら、発行許可が降りない理由にも頷けた。……そんな前例があるのかは知らないが。

 

 

「罪に問われたことなどないが」

 

だが十分な実力を持ち、犯罪者でもないというなら、他にどのような理由があるのか。彼女にはさっぱりわからない。

謎の素材の剣を持ち、入手困難な天鎧玉に強化された鎧を纏う。実力は確かでありながら、G級を拒絶された男。品があり、妙に優しい目をした綺麗な男。

彼、アドルフ・アダラハイドは、知れば知るほど謎ばかりの人間だった。

 

 

 

 

ガチャガチャと金属の擦れる音がする。見れば彼は自らの肩の金具を外してた。細く美しい模様を施した甲冑から、はらりとマントが取り外された。

 

「羽織え、G級ハンター殿。これなら歩きにくくなどならないだろ?」

 

「……あんたは、寒いんじゃ……」

 

ようやっと水場も遠退いた。足場は氷と雪の混じる半端なものから、やがて踏み込めば数十センチ沈んでしまうような積雪になる。このペースなら、あと二時間も歩けばキャンプに辿り着けるだろう。狩場が近かったことだけが、このハプニングだらけのクエスト唯一の幸いだった。

 

「お前よりマシ程度に寒くないな」

 

その言葉が嘘だと知ったのは、ぶかぶか過ぎる彼のマントに覆われてからだ。じわじわと効力の薄れだした身体は既に、風が吹けば身震いするほど寒さを感じる。だがマントはよほど上質な生地なのだろう、すっぽり肩を覆ってしまえば、そんな肌寒さを遮断出来た。あるのと無いのではこんなにも違う。

 

「……あんたは強がりが上手だ」

 

全く彼の表情は変わらないけど、マントを無くせば確実に寒い。なのに余裕を崩さないから、結局彼女は歩み寄る。

 

 

「なんだ」

 

「……同じことだった。ぶかぶか過ぎて歩きにくい。どうせ歩きにくいなら、一緒に包まる方が理にかなってる」

 

そう言って裾の一端を差し出せば、彼は柔い笑顔を見せた。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

「……ピコピコうるさい」

 

用もなくサインを出す彼に、ツバキは苛立った声を出す。彼は持っていながら今日まで使う機会がなかったらしい……というより、使い方そのものを知らなかったものだから、まるで子供のように面白がる。

 

「ちょっとお前も鳴らしてみてくれ」

 

ベースキャンプに到着したのは、あれから一刻ほど過ぎた頃だった。備え付けの毛布に包まり日付を跨ぎ、朝になればせっせと近場で狩った獣の肉を火にくべる。そうやって出発前の飯の支度をしてるというのに、彼はどこまでもマイペースだ。

 

「用もないのに?」

 

「減るものではないだろ」

 

ほら、早くしてくれ。そう急かす彼があまりに朗らかに笑うから、仕方なしに彼女は折れた。唇で柔く挟んで咥え、ため息混じりに笛を吹く。楽器というには小さすぎるその笛は、独特の素材のせいか音色というにはひどくチープな音を出す。人間の耳にはピコピコと幼稚なものにしか聞こえないが、内蔵された鳴き袋は、同じ鈴笛に微弱な振動を伝えていた。

 

「はは、本当だ。どちらの方角から鳴らされたのかわかる」

 

彼女の音を受けて、握り拳の中で彼の笛が振動している。とはいえ狩猟笛が繰り出すような大仰なものではなく、あくまで連絡手段に過ぎないのだが。

 

「なるほどな、振動に癖がある。サインした方角に向かって揺れてるらしい」

 

「だから、そういうものなんだって」

 

微弱なものだが、有効範囲の広さが応用に幅を与えていた。

バラバラに探索していて、大型モンスターを見つけた時や味方に自分の現在地を伝えたい時、罠を張ったと知らせるなどに使われる。

 

「ほら、肉焼けた。笛はもういい」

 

「集会場で吹いたらどうなるんだ?ハンターがたくさんいるだろう」

 

「……迷惑になる。無意味に鳴らさないのもマナーだ」

 

絶え間無く肉焼き機のハンドルをぐるぐる回す。頃合いに火から離してやれば、肉はこんがりとキツネ色に焼きあがっていた。

 

「上手に焼けたじゃないか」

 

どこかで聞いた覚えのある賞賛を口にしてから、ようやっと彼はサインで遊ぶのをやめた。

筒に雪を入れ火にくべて、沸騰させた飲み水がある。砂漠と違って水に困らないのは楽だった。長期戦になりそうな場合に、一々オアシスまで汲みにゆくのは面倒なのだ。

 

 

「……アグナコトルか」

 

岩場に立て掛けられたボウガンを背負い込む差中、アシュは感慨深い眼差しで言った。彼はアグナコトルを、知識としては知っていたが、書物にあるイラストしか見たことがないという。どんな咆哮をするのか、吐き出される灼熱はどのくらいに強力なのか。硬い地面に巨躯を捩じ込み、溶岩の中を泳ぐ様を彼は知らない。

 

「雄大なのだろうな」

 

まるで対峙した彼女を羨ましがるような口ぶりだった。 別段珍しいモンスターでもないというのに。

 

「行けばいいのに。火山でしょっちゅう観測されてる」

 

彼女とて世界中を知るわけではないが、少なからず各地方に知識があった。この一帯とは様相の異なる広い砂漠に、億の星が輝く孤島。せせらぐ水の美しい渓流や、凍土と呼ばれる雪山もある。

 

「たとえばここらにいないのは、ナルガクルガとかドボルベルク。ベリオロスなんかも観測される」

 

「全て実際に見たことない奴らだ。さぞ遠方なのだろうな」

 

「ユクモという村が近いな。クエストカウンターがある」

 

ぱちぱちと焚き火の音がする。差し込む朝日に出発の頃合いと見て、残る火種を踏みしだく。鳥や虫の犇めく原生林などとは異なり、氷海は不気味なほどに静かであるから些細な音が余計に響く。芳ばしい肉に噛みつきながら、何の気なしに彼女は生まれ故郷の名を口にした。遥か東の山中にある、バルバレやドントルマとは比べものにならないほど穏やかな村。とはいえあの地方ではもっとも栄えた場所であるが。

 

 

「詳しいな。お前の出身か?」

 

「生まれは更に田舎の、何にもないとこ。ハンターを目指すなら、あの辺りの人はみんなユクモに行くんだ。温泉もあるし」

 

「オンセン?」

 

耳に覚えのない単語が飛び出してきて、彼は目を丸くした。温泉とはユクモ村周辺の文化であり、名前すら知らない者も珍しくない。お湯、つまり暖かい水だ、と彼女は言った。

様々な効能があり、例えるなら猫の飯屋で満腹になるまで平らげるのと同じくらいの恩恵がある。だからあの辺りでは、出発前には湯に浸かるのが半ば風習でもあった。

 

「馬鹿な、濡れた装備で出発するのか」

 

「……脱ぐに決まってる。裸だよ、裸」

 

よほど文化圏が異なるらしい……と、感じるのも二回目だ。いまいち想像つかないらしく、珍しいことに彼の面持ちがあどけない。

 

奥歯で肉を噛みちぎり、用意した水で流し込む。そうやって、二人して片手に肉を持って歩き出す。

しゃりしゃりと、歩くたびに雪の沈む音がした。

残り一つのホットドリンクを分け合って、雪原に二人分の足跡が続く。真っ白い地平線を静かに眺めて、アシュは暫し思案していた。

 

〝様相の異なる砂漠に、億の星の輝く孤島。せせらぐ水の美しい渓流に、凍土と呼ばれる険しい雪山……〟

 

 

「ツバキ、そこには……」

 

まだ見ぬモンスターのいる彼方。知らない風習の、穏やかな村。

 

「いるのか?ウカムルバスは」

 

通称、崩竜。ウカムルバスは分類上飛竜種とされるが、実態はむしろ古龍に近い。

山を思わせる巨躯に、地形すら変形させる咆哮。疲労状態にならず罠も無効の強敵である。

 

 

「……いる。凍土のさらに深部、極圏と呼ばれる場所で観測されたはずだ。討伐の噂は聞いてないから、多分」

 

一度は撃退した竜であるが、彼に相応の功績は認められなかった。それに何を思ったのか、どのような背景があったのかはわからない。だがダラハイドには、少なくとも動機はそれで十分だった。

 

 

「そうか。……そうだな、行けば良いだけの話だった」

 

瞬く間に肉が骨だけに変わってく。向かう集落はここより三里ばかり南だが、比較的楽な足場と緩やかな下り坂のため苦にはならない。

ささやかなお喋りに戯れながら、道程は平和なものだと言えた。

 

 

 

「……ダラハイド?」

 

 

────なんでこんなシンプルな発想すら出来なかったのか。考えるほど今日まで鳥籠の中にいたようだ。そうだ、行けば良いだけのことだったのに。

まるで目から鱗と言わんばかりに、ぽつりとダラハイドはそう言った。

 

 

「腹立たしさのあまり随行したのだ、そのまま行ってしまうのもいい」

 

「腹立ったって……」

 

「そりゃあ立つ。俺の腕では役不足と言われたようだろう、あれでは」

 

 

そんなおり、滅多に見ないG級ハンターが目の前にいた。一体自分と彼女を隔てるものとはなんなのか、この目で見たくなって強引に狩猟へ参加した。それが、ダラハイドの動機であったのだ。

 

「役不足なんてことない。あんたは今まで同行した誰より剣が上手かった」

 

「なんだ。俺の腕はG級ハンター殿のお墨付きなのか」

 

まるでからかうように彼が笑う。見上げた空には雲一つない。昨夜は街からは見えない数多の星が煌めいたけれど、それでも彼女の言う孤島の眺めに及ばない。

見てみたくなる。溶岩を泳ぐ炎戈竜や、竜巻を吐き出す風牙竜。驚異的な機動力と名高い迅竜の姿。全ては彼方の地に存在するのに、どうしてここに縛られてやる必要があるのか。

 

 

「……ユクモとやらは、先の集落からも飛行船は飛んでるか?」

 

「残念だけどユクモは協会の管轄が違う。ここから行くなら地道にガーグァの荷馬車しかない……一ヶ月あれば着くよ」

 

 

或いは別の港に行く方が早いかもしれない。貿易船でも賃金を払えば乗せてくれるだろう。陸路をちまちま行くよりも、海路や空路を選んだ方が速やかだ。

 

「船なら二週間あれば」

 

「思うところあってな。帰らずこのまま行きたい。……とするとガーグァか」

 

「面倒なの?」

 

「いや、管轄が違うとは僥倖だ」

 

どうやらバルバレに帰るのは彼女一人になりそうだった。彼は本気で、このままユクモに向かうらしい。

それを寂しいとは思わない。こうしてハンターは数多の出会いと短い共闘、出会った数と同じだけの別れをずっと繰り返す。長さもまばらで、気の合う奴も合わない奴も、いずれは別々の分帰路に立って歩き出す。

 

「惜しいものだな。G級ハンター殿」

 

間も無く訪れる分かれ道を憂いながら、それでも足は遅めない。

 

「そう言ってあっさり再会するのもよくある話だ。世界は目眩がするほど広くて、だけど人間なんて限られてる」

 

やがて目前に大仰な崖が見えてくる。上位指定危険地域と、安全の確認された区域の境界線だった。あれを下れば集落はある。主にターミナルとしての機能を果たす小規模なそこは、申し訳程度の宿泊設備に最低限の品揃えをした露店が並ぶ。

彼はそこでガーグァと騎手を雇い、彼女は数日後に訪れる定期便を待つことになるだろう。

 

 

「ダラハイド、もうホットドリンク忘れちゃ駄目だ。じゃあね」

 

別れの挨拶すら味気ない。彼女が先に口を開き、あっさりとそうサヨナラをする。遠目に荷馬車に括られたガーグァが餌を啄ばむ様子が伺えた。大半は流通業者のものだが、送迎便としての需要が一定数存在するのも確かなため話も早い。

 

「……肝に銘じよう。ツバキ、楽しかった。次の縁を楽しみにしてる」

 

 

冷たい風が吹き抜ける。彼のマントが翻り、はためく刹那に頬撫でた。

相変わらず心地の良い感触で、つい昨日包まったばかりの香りが残る。あまりにまっすぐ視線が注がれてくるものだから、不本意な沈黙が訪れる。

 

 

彼女は言った。別れを告げたのちあっさり再会するなんてよくある話。世界は広くて人間は限られている。

だがそれより圧倒的に多いのは、別れを告げた後永遠に会わないことだった。結局のところ友人や家族ではないから、意図しなければ二度と会わない。意図のしようがそもそもない。

 

 

「ツバキ」

 

風の合間に彼が呼んだ。

 

 

「来るか?」

 

 

質問はシンプルで、たったの三文字だけだった。彼女は左右に首を振る。

 

 

「行かない、バルバレに帰る」

 

「そうか、じゃあな」

 

会話は、それで終わった。静かに背中は向けられるから、彼女もまた歩き出す。

とても短い縁だった。

 

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