モンスターハンター 4~4G設定の長編   作:紙粘土

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第一章 邂逅篇


4話

「ノイアー……お前もう少しちゃんと出来ねぇか、危ねぇだろ。あと尻尾は俺が斬る」

 

シドはため息混じりに武器を振るった。彼の武器は太刀と呼ばれるものであり、大剣とは異なり刀身が細長く片刃であった。

剣速により砂埃が波紋を作る。攻撃のスピードは残像が見えるほどに速く、またそのリーチ故に範囲も広い。彼はベリオロスの後ろ足に張り付いて、実に滑らかな身のこなしで幾度も刃を振るってた。

 

反対側の足に転がり込んだ腐れ縁の女、ノイアーは斧の柄を返してる。彼女は腰まで届きそうな髪を一つに結い上げる、長身の女ハンターだった。濃い褐色の肌に黒い髪、腕は細いが筋肉質で、女の身に不似合いなほど無骨な斧を振り回している。

 

「やだ。私が切るの、シドは爪でも折ってきて」

 

彼女が持つのは剣斧と呼ばれるものだった。スラッシュアックスと呼ぶ者もいる。常時斧の形態をした巨大な刃は、金具を引き抜けば大剣によく似たものに変形もする、少し風変わりなものだった。

 

ベリオロスはバテていた。ダメージが尻尾に集中していたために、長い尾は中程の体毛が禿げ生傷が剥き出しになっている。もうあと数度の攻撃で切断することができるだろう。そのため、二人は切断の役割を取り合っているのだ。

 

互いに大技を放ちたいのに、立ち位置上味方に当たるため繰り出せない。そうして結局攻撃は脚のみに集中している。そんなもどかしい状態だった。

 

「この間のロアルドロスも……って、ああお前怪我してるじゃねぇか!なんでちゃんと手当しねんだ馬鹿……!」

 

「シドうるさい。だいたいその太刀邪魔なの、転びそうになる。尻尾、私が斬るから、勝手に避けて」

 

先に痺れを切らしたのはノイアーだった。彼女は直情的なのだ。言うが早いが強引に斧をブン回す。

太刀の風切り音が鋭く洗練されたものなら、剣斧のそれは獰猛で荒々しいものだった。右へ、左へと踊る斬撃に、血の飛沫が乱雑に散る。スタミナを存分に消費するだけあって、連続される攻撃波が凄まじい。

 

「おい馬鹿危ねぇ!!」

 

シドは側転して巻き添いを避けた。雪まで抉れて、湿った土が覗いた軌道の跡を見る。返り血や散らばる竜の厚毛に彼女が汚れるが、本人はまるで気にしていない。

一度モーションに入るとすぐには中々やめられないと、前にノイアーは言っていた。そしてその攻撃性故に、スタミナを使い果たすまで猛攻が止むことはないだろう。 

斜め上から踵を抉った一撃が、そのまま氷牙竜を横転させる。額に玉の汗を浮かばせて、限界までスタミナを消費した彼女はそれでも引かずに斧を剣へと変形させた。属性解放突きの構えが見える。

 

「おい馬鹿!息整えてからにしろ!へろへろだろうが!」

 

シドの罵声はノイアーの身を案じたものだが、じゃじゃ馬気質な彼女はそれに耳を貸さない。今、横たわってもがいているのだ。この一、二秒に斬らずして一体いつ攻めれば良いのかと言わんばかりに。

蓄積されてた属性値が、一気に刀身を巡り先端から爆ぜようとする。ただでさえ馬鹿みたいな火力になるのに、爆発に合わせて渾身の突きが放たれる、彼女の必殺技だった。

 

 

「この馬鹿!ノイアー!!」

 

シドは武器を背にしまい走り出す。デジャヴだった、このパターンをよく知っている。

彼女の背中は震えてた。爆発の振動が持ち手の全身に振動を伝えるだ。なんでこうも危なっかしいのか────愚痴りたい気持ちも後回しにシドは納刀して走り寄る。

 

 

息を吸って、吐くだけ。普通なら意識もしない簡単な所作も、スタミナを切らせば苦しくって仕方ない。肺も心臓も破裂してしまいそうになるのだが、この〝使い切った感〟が気持ちいいのだと彼女は言う。剣斧の切先が爆破して、その威力にベリオロスの悲鳴があがる。

実に見事な一撃だった。誇示するような視線がさすのは、胴から離れた尾の先端だ。

 

ほぼ同時に、シドの太刀が納刀状態から神速で風を切る。居合と呼ばれる技である。

 

「どうしてこう危なっかしいんだ!」

 

太刀による一閃が、首の付け根を斬り裂いた。致命傷であることは、素人目にも判断できる。一度は起きあがろうともがいたベリオロスの上半身が、糸の切れた人形のように動きを止めた。最後の一撃は頸動脈を裂いていたのだ。

 

「ナイス」

 

息切れしながらも清々しい笑顔でノイアーが笑った。

強引で後退しないノイアーの戦い方は、シドに毎度冷や汗をかかせる。彼女は攻撃は素晴らしいのだが、回避や回復を後回しにして力でねじ伏せようとするきらいがある。保身を考えないその立ち回りを、シドが毎回カバーしている。

 

そうだ、前回は孤島だった。ロアルドロスを捕獲したのは良いものの、バテてひっくり返った彼女の代わりに、わらわら沸くようなルドロスの残党を追い払ったのもシドだった。更にその前はノイアーが解毒薬を切らしてしまい、ゲリョスを退治したあと背負ってキャンプに運んでやった。

 

「早く血抜きしなきゃ臭くなる、ギィギが沸いたら面倒だ。氷結袋と肺が無事ならいいんだけど」

 

「……無事だろ多分。先に回復しとけよ」

 

氷結袋は超低温の液体を溜める器官の名称だ。ベリオロスはこれと肺の空気を練り合わせ、攻撃手段として吐き出してくる。此度の狩猟は、その氷結袋が目的だった。

 

「おい馬鹿素手で触るな!ウイルス感染したらどうする!」

 

「シド……またその話?」

 

血抜きのためにノイアーが籠手を外したら、途端にシドが怒り出す。さも面倒と言わんばかりに、彼女はうんざりした応答をした。

 

「感染もなにも、そもそもこいつ普通だったでしょうよ。だいたいさ、ずっと遠い場所の噂なんか御伽噺と変わらないよ」

 

「ずっと遠いじゃねぇ、シナト村だ。ドンドルマでも観測されてる。専門の研究機関だって出来たらしい。ノイアー、噂や絵空事じゃねぇ」

 

籠手を無理矢理彼女に押し付け、シドは眉をつりあげる。ノイアーの身勝手も我儘も大概シドは付き合うのだが、身の安全に関してくると彼は頑なに譲らなくなる。

 

「心配性だなあ。……でもさ、ちょっと見てみたくない?狂竜ウイルスなんて、もしも本当にあるなら」

 

渋々籠手を装備し直した彼女が笑う。怖いものを見たがるのは彼女の性分なのだ。

 

「わざわざ危ないことする必要、ないだろ馬鹿。キャンプ戻るぞ、迎えの便が来ちまう」

 

この辺りは下位に分類される一帯だった。故に十二時間に一度ベースキャンプまで送迎便が来る。

上位ハンターの中でも腕利きな二人だが、今更のように下位クエストを受注したのには、ノイアーが氷結袋を必要としたためだった。

武器の強化はバランスが難しく、上位素材では強力すぎて駄目だと鍛冶屋に言われたためだ。下位認定される、成熟前の個体の氷結袋が必要だった。

 

「見たことないものを見たいと思うのは性だよ、サガ。シドはわかってないなぁ」

 

ナイフで裂いた胸元から、目当ての器官を剥ぎ取りながら彼女が言う。危険に身を投じる稼業であるけど、必要外のリスクは冒すべからずがシドの持論だ。死んだら元も子もないと二言目には言う。

 

……わかってねぇのはお前だ馬鹿。死にたくないんじゃねぇ、死なせたくないんだ。

シドはそう言い返そうとしたけれど、結局「うるせぇ馬鹿」としか言わなかった。言えなかったのかもしれない。こうやって、軽口にも似た口論をしてるくらいがちょうどいいのだ。

 

「いいから帰るぞ、ユクモに」

 

幾許かまだ遠い。ここからちょっとした集落に行って、飛行船に乗り換えて、とりあえずは寒すぎる雪景色とおさらばしたい。そうして馴染んだあの村で、ゆっくり温泉に浸かりたいのだ。

 

「はいはい」

 

血濡れの籠手を拭いもせずに彼女は言った。

ベースキャンプは割りに近いから、吹雪かなければ夜の便に間に合うだろう。ざくざくとパウダースノーを蹴り上げる、ノイアーの駆け足はまるで子供のようだった。

 

 

 

…………

 

 

 

 

そこは地図に名前も乗らないような小さな村だが、人の出入りはそこそこだった。下位圏でありながら近場でピュアクリスタルが採れるため、こぞって素材屋やら流通業者が訪れるためだ。ならば便を利かせようと開拓されるのもまた然るべきで、村の規模と不釣り合いな停留スペースが確保されている。村としての発展がない最大の理由は、寒すぎる気温と急斜面の多い地形が原因だろう。不定期に雪崩もよく起きる。

 

じゃれ合いのような口喧嘩をしながら飯を平らげて、二人は飛行船を待っていた。ユクモは陸路なら一ヶ月は要する距離だが、空路ならば十日程度で到着出来るのだ。

 

飛行船を待つ間、シドとノイアーは相変わらずじゃれあいのような口喧嘩をした。口論の内容も実にくだらないものである。二人は時折酒場でギャンブルをすることがあるのだが、シドとノイアーの賭け事への価値観が真逆であるのだ。

「そんなんだからシドは大勝できないんだ」とノイアーが言えば、シドが「俺はお前みたいに大敗したこともないだろう」と返す。クスリと笑う声がしたのは、丁度そんなタイミングである。シドが振り返ると、声の主と視線があった。長身の男だ。その装備から、男もまたハンターなのは明白だった。

 

「ああ、すまない」

 

先に喋ったのも男の方だ。赤茶色の髪と瞳は、日光に照らされ真紅に見える。端正な剣士だった。

 

「……だれ」

 

ノイアーの瞳は尖ってた。馬鹿にされたと勘違いしたわけではない。彼女は酷い人見知りなのだ。縮こまるのではなく攻撃的な態度になるのは、元々の性格のせいだろう。

 

「威嚇すんな馬鹿。煩くするからだろ」

 

そんな彼女を諫めるのもシドだった。懐けば天真爛漫な一面すら見せるノイアーなのだが、野生動物かと思うくらい中々人に懐かない。人見知りが失礼な態度に及ぶことも少なくはなく、シドがこうして注意するのも毎度のことだ。

 

「すまない、こいつ酷い人見知りなんだ。邪険にしたわけじゃないんだ」

 

もう何度繰り返したのかわからない謝罪と弁明だ。当のノイアーはシドの身体を遮蔽物にするかのように引っ込んで、かと思えば時折シドの肩越しに男を覗く。その目にはたっぷりの警戒心と少しの興味が伺えた。

 

「悪いな。逢瀬を無粋にする気はないんだが、連れを怒らせて道がわからなんだ。ユクモに行く便はこれで会ってるか」

 

剣士は、不快そうにすることもなく、またノイアーの態度を咎めるでもなく、微笑のままそう問うた。

ああ、そうだ。シドは頷きな。

 

「そうか、助かった」

 

「気にしないでくれ」

 

会話はたったそれだけだった。それ以上踏み込むつもりはないらしく、どうぞ続きをと言わんばかりに男は一歩後ろへ退る。だがどうぞとされても妙な気まずさが残ってしまって、結局妙な沈黙となる。

そうして暫しばかり戸惑ったような時間が過ぎて、結局口を開いたのはシドだった。相変わらず彼の後ろに隠れるノイアーは、落ち着かないと言わんばかりに目を泳がせている。

 

「連れ……いたんだろ。あんただけで行くのか」

 

「連れ」を怒らせてと男は言った。だのに一人でここに立ち、迎えに行く様子も見られないのなら、その怒った「連れ」はどこへ消えてしまったのか。特別気になったわけではないのだが、他に話題も見つからないから、シドは直前の会話を拾ってそう尋ねた。

男は微笑する。だがその笑みは先程までのものとは異なり、いたずらをしたばかりの少年を思わせるものだった。

 

「同行願ったんだがな、あんたと関わるとロクなことないとふられてしまった」

 

「……一体何したんだ、それ」

 

しまったこいつもトラブルメーカーかと、シドの背中に嫌な予感が通り過ぎてく。すぐ身近に、一緒にいるとロクなことにならない女がいつもいるのだ。本人は無自覚で知らん顔だが。

 

「ザボアザギルの上ヒレを駄目にしてな。ポーチがなくなったとか、色々だ。この村まで同じ荷台に揺られてきたが、あんたなんか嫌いだと逃げられた」

 

あっけらかんとそう言いながら、男はまるで罪悪感のない顔だった。

またザボアザギルとは馴染みないモンスターの名が飛び出してきて、活動拠点の離れた者だと察しもつく。この辺りはギルドの支部ごとにある管轄範囲の境界線なのだ。三日ほど西にガーグァで走れば、全く知らないモンスターにも出会えるだろう。

それにしても目当ての素材だけでなくポーチまで失くすはめになるとは、男の「連れ」は災難だ。

 

「なんというか……大変だったんだな……」

 

「ああ。気難しいハンター殿だったが、あれで可愛いところもあるから残念だ」

 

いや、いやいやいやいや……大変と言ったのは連れの「ハンター殿」の方に対してだ。と、ツッコミかけてやはりやめた。この手のタイプは指摘をしても悪びれない。何故ならすぐ隣のノイアーがそうだから、嫌でも予想がついてしまうのだ。

 

「シド、飛行船来る」

 

気まずさと不機嫌の中間みたいな顔したノイアーが、徐々に接近してくる空の船を指差した。帆を張り風を切る音に混じって、軽快なプロペラが稼働している。ああ、あの帆の色だ。行きにも利用したから間違いない。ユクモ行きの便が着陸態勢に入ってる。

 

「あれはユクモにしか行かないのか」

 

「あ、ああ……」

 

「そうか、なら暫しばかり宜しく頼む」

 

男がそう言って礼をする。律儀に宜しくと言われては、悪い気もしてこないものだ。同じ便に乗り込むのなら、およそ十日は同乗者という縁なのだ。

「シドだ、こちらこそ宜しく頼む」

だから彼は素直に返した。

 

「ああほら、お前もちゃんと挨拶しねぇか」

 

「……ノイアー」

 

ノイアーは名前だけ告げてまたシドの後ろにすっと隠れた。

 

轟々と風が吹き抜け、周囲の雪が風圧にはける。

二人のやり取りが微笑ましかったらしく、男はくつくつ笑っていた。

 

「アドルフだ」

 

名乗ったのと飛行船の着陸はほぼ同時だった。三人が乗り込むと乗務員がさっさと離陸の準備を始める。

おーい、燃料あげていいぞ、と乗組員の声が聞こえた。

 

「シド、甘い匂いがする」

 

未だ人見知りしっぱなしのノイアーがぼそりと囁いた。彼女は嗅覚に優れてる。が、シドには甘い匂いとやらはまるで感じられなかった。香水の類も、あるいは砂糖を使った菓子の類の匂いもしない。

 

「するよ、アドルフってやつから。すごく甘い」

 

「香水じゃないのか?俺にはわからなかったぞ」

 

彼女が首を左右に振る。違うよ、香水じゃなくて……上手く言えない。そんな、歯切れの悪い言葉を言いかけ、しかし形容詞が見当たらなかったらしくノイアーは結局口を閉ざしてしまった。

 

やがてプロペラ音が大きくなる。ほら、ちゃんと掴まれ。シドが言う。

まだ見ぬ大地に想いを馳せて、アドルフは彼方を見据えてた。このまま船は高度を上げて雲に近づき、日の出を眺める頃には雪も草原に変わるだろう。ようやっとこの寒すぎる地から帰還できると、シドは恋し我が家のことを考える。彼の家はユクモの、それも温泉の近くにあるのだ。

 

「……何あれ」

 

異変に気付いたのはノイアーだった。地面から船全体が少しだけ浮遊した時だ。雪をはけ、というより蹴り上げるような音がする。見れば、雪原を猛ダッシュする女が見える。

燃料を燃やすごうごうとした音に混じって、怒りと焦りの両方を孕んだ声が聞こえる。アドルフと名乗った男もそれに気付いて、乗り込み口から頭をひょっこり出した。そして、笑った。

女はヘビィボウガンを背負っていた。ハンターなのは間違いない。あれはまさか……。

 

「ダラハイド!!待て、ツラヌキの実!!ツラヌキの実持ってくな!!そこから落とせ!!」

 

ダラハイドとは一体誰を指してか、察するのは安易であった。目の前でアドルフが手を振ってるのだ。

そういやあポーチを紛失してなんて言っていた。ならばなんらかの経緯で手荷物を預けてたのかもしれない。

 

「手ぇ振ってないで!早く!!」

 

「相変わらず俊足だ、G級ハンター殿」

 

「嫌味言うなダラハイド!!ツラヌキの実!!!」

 

女ハンターは全力疾走で、懸命に声を張り上げてる。だのに呑気にするこの男のマイペースさは、シドにデジャヴを覚えさせた。世の中には他人を振り回す奴と、どういうわけか毎度振り回されてしまう奴が存在する。つまるところアドルフとノイアーは前者で、自分と地上を走る「連れ」とやらは後者なのだ、

 

「なんだか最近、本当に最近に同じパターンがあったと思わないか。ザボアザギルの上ヒレなんかで」

 

「うるさいダラハイド!!!は、早く!も、スタミナ、限か……っ」

 

段々掠れ声になる女ハンターに、シドは心底同情をした。ノイアーはけらけら笑ってる。アドルフって奴ひっどいねって囁くけれど、彼女も人のことをあまり言えない。

 

「ツバキ!手を出せ!!」

 

徐々に地上を離れる船のへりから乗り出し、アドルフは彼女にそう叫ぶ。必死に走る女ガンナーは腕を伸ばした。それはあまりに咄嗟のことで、女ハンターが手を伸ばしたのは条件反射だったのかもしれない。アドルフはすぐにその手を握りしめる。

 

「毎度間に合うお前の俊足は惚れ惚れするな……行くぞ!!」

 

ひがな巨大な武器を振り回しているハンターにとっては、女一人を引っ張りあげるのは容易なことなのかもしれない。

 

「なんっ、馬鹿、違う!ツラヌキの実だけ落とし……ダラハイドやめて馬鹿やめて!!」

 

女の悲鳴。それをまるで気にせずアドルフは彼女を引き上げる。勢いのまま身体は飛行船の中へ。

一瞬で飛行船の甲板に転がりこんでいる自らの状況に、女ハンターは唖然としていた。飛行船は高度をぐんぐんと上げる。もう、飛び降りるなど到底不可能な高さだろう。

 

ツラヌキの実を落としてくれるだけでよかったのだと…唇を震わせながら女ハンターは呟いた。

 

「……追い討ちみたいでマジで悪いんだが……この船、ユクモの直行便で途中停留しない」

 

仰向けで放心する彼女に、シドは精一杯の同情を込めてそう告げた。

 

「そうか。我々は縁が深いらしい、G級ハンター殿」

 

アドルフはにっかり笑う。走った後の息切れで、女ハンターの胸は苦しげに上下を繰り返す。ズレかけのキャップから片目が見えた。その瞳が、しゅんとしぼむ。

 

「も……やだ……」

 

女ハンターの声は、振り回されることに観念したような、弱々しいものだった。

 

 

 

それにしても、まさかG級ハンターとはとシドが驚く。アドルフは「G級ハンター殿」と呼んでいたし、首元からぶら下がるギルドカードにもG1許可証が添付されてる。

 

「G級なのに打たれ弱そう」

 

礼儀もクソもなくノイアーは言う。防具の強度は見た目にもある程度察しがつくのだ。

 

「馬鹿、ガンナーだからだ」

 

シドが否した。近接武器を扱う剣士と異なり、ガンナーの防具は「防ぐ」でも「耐える」でもなく「被弾しない」ことを前提に作られるのだ。

 

「一般に、同程度の強度なら、ガンナーの守備力は剣士の五から六割と言われてる」

 

「じゃあ倍痛いの?すごいやだ」

 

「だから被弾しないのが前提っつってんだろうが」

 

 

「……いや、彼女の言うこと、間違ってもない」

 

シドとノイアーに割り入るように、発言したのは女ハンターだった。ツバキと呼ばれていたヘビィボウガン使いだ。 

 

「私はまだG級許可証貰ったばかりで、鎧玉での強化もまともに出来てないんだ……正直、上位と耐久性は大差ない」

 

言いながら彼女は背のボウガンをゆっくり外す。

 

「騒ぐつもりじゃ、なかった……というか、こんなつもりでもなかった。手を……反射的に掴んでしまって……はぁ……」

 

彼女にとって予定外の乗船であるのは周知の事実だ。

 

「そう言うな、G級ハンター殿」

 

「ダラハイド!あんたと同行したのが間違いだった!」

 

……そういえば、と彼は思う。大剣使いの男はアドルフと名乗った。だのにガンナーはダラハイドと呼ぶ。その違いに頭を捻る様を察したのか、男は改めて名を名乗った。

 

「アドルフ・ダラハイドだ。彼女はダラハイドと呼ぶ」

 

「すっごい名前長い」

 

ノイアーが素っ頓狂な事を言う。貴族階級は家督を示すファミリーネームを持つことがあることを、ノイアーは知らないのだ。

 

「ノイアー違う。ダラハイドは、家柄についた名前みたいなもんだ」

 

「良く知ってるな」

 

「ダラハイド姓は極北……だったか。そっちの豪族と同じ名だよな」

 

「仰々しい偶然でな。よく間違われる」

 

「そうなのか。紛らわしいから、俺らもダラハイドと呼ぶよ」

 

シドが言えばダラハイドは頷いた。

マストが雲の中を突き進む。高所は肌寒くなるものだが、この地域においては上空のがマシ程度に暖かい。

 

「ねぇシド、私もG級行きたい」

 

ノイアーがこう零すのは初めてではない。決まってそれを、シドが反対してしまうのも。

こんな話題になる度に、シドが思い出すのはノイアーとの出会いであった。彼女がまた、出会った頃のように死にかけたら……あるいは死んでしまったら。思うほど彼は野良を嫌悪する。

特定の相手でなく、見ず知らずのハンターと組んで狩りに赴くことは、俗称で野良と呼ばれてる。クエストの詳細を記した羊皮紙を掲示板に貼り付けて、不特定多数から同行者を募るのだ。大抵の場合、相手は初対面ということになる。

彼女は……ノイアーは、そんな野良パーティの一員として渓流へドボルベルクを狩りに来ていた。一人採取に来ていたシドが彼女を見つけた時には、既に息絶えたドボルベルクの傍らで彼女が死にかけていたのだ。

奇妙なのは、同行者であろう他の三人が全くの無傷であったことだ。怪我や傷どころか、防具には泥の一つも跳ねていない。どんなに手数の少ない武器でも、血の一滴も残ってないのは不自然過ぎた。

意識のない彼女に治療の一つも施さず、三人は黙々とドボルベルクの素材を剥ぎ取っていた。切り株にもたれ掛かるようにして意識を手放した、ノイアーの剣斧だけが返り血と刃こぼれでボロボロだった。

 

三人の野良は一切戦いに参加せず、安全なベースキャンプから眺めているだけだったことを、後にシドの家で意識を取り戻したノイアーは言った。

それからまるで腐れ縁のように、シドとノイアーは一緒にいる。ノイアーは二度と野良に行かなくなった。

 

「……あのなあノイアー、前にも言ったが俺は……」

 

こんな小言もお決まりだから、言う前からノイアーがうんざりした顔をする。いつからか、いつの間にか……シドの目的は竜を狩るでなくノイアーを守ることにすり替わってる。ガキの頃、誰より強いハンターになりたいと見た夢さえ、今じゃ彼女を守れる強さがあればそれでいいと思ってる。ただ危なっかしいノイアーの性格のせいで、結局強さは求めても求めてもきりがないけど。

目標が手段になっていて、今じゃ違う夢がある。その感情を彼は嫌いじゃないけれど、どうにも気苦労が絶えない毎日になってしまった。

 

 

「ねぇまたその話?」と、ノイアーは言いかけた。言わなかったのは風切り音が耳をついたためだった。

ほぼ同時にダラハイドが大剣を引き抜き、そのままガードの体制になる。ツバキはボウガンを引っつかんで、大剣の影に滑り込んだ。直後に刃の側面で何かが弾かれる。

 

「鱗じゃねぇか!!」

 

鱗を飛ばす竜となれば、真っ先に浮かぶのはガララアジャラだ。しかし、ここは空なのに。

白い雲が霧のようで視界が悪い。その向こうで、何かが飛行してるのだけがわかった。雲の奥に、高速で移動する影があるのだ。乗務員も異変に気付き、慌ただしく駆け出してくる。

我先にと目を鋭くしてツバキがボウガンをリロードさせる。 

 

「来るぞツバキ、剣の影に入れ!」

 

飛来音の接近にダラハイドが叫ぶ。

 

「伏せろノイアー!!」

 

立て掛けてた剣斧を引っつかんだノイアーの真横を、二度目の鱗が通り過ぎてく。後ろの樽が鱗を受けて、直後に内側から爆ぜて散らばる。こんな厄介な攻撃をする竜は、一つしか知られていない。故にツバキは、雲の影から接近する竜の正体を、いち早く特定することができた。

 

「セルレギオス!」

 

明らかな敵意と威圧が伝わる。千刃竜が、雲の影から風を切って飛び出してくる。

その姿はワイバーンレックスに代表される原始的な飛竜に近いが、前脚は非常に大きな翼としても発達しており、骨格を他の飛竜種と比較すればどこか奇妙だ。 

セルレギオス────千刃竜は、非常に獰猛で攻撃的と言われている。だがここは、縄張りではなかったはずだ。

ほう、あれが。そう感嘆ともつかぬため息とともにダラハイドが呟いた。

 

「ドントルマで噂があった、セルレギオスが各地に飛来してるって!その飛んでくる鱗、当たれば肉が内から爆ぜる!」

 

ツバキが叫ぶ。放たれた刃鱗は獲物に着弾すると破裂し、その破片や衝撃によって複雑な切り傷を与えてくるのだ。構造上傷口が塞がりにくく、僅かな所作ですら内側から肉を抉り飛ばしてしまう。セルレギオスが危険視される最たる理由がそれだった。

とあるハンターが砂漠でセルレギオスの乱入を受け、以来知名度は爆発的に広まったのだ。縄張り意識の強い種である反面、縄張りから滅多に出ることがない……それが、本来のセルレギオスの性質である。生態上各地で目撃例が相次ぐことがあり得ないはずの竜だけに、巷じゃすっかり話題になってる。でもまさか、こうして目の前に現れるなど誰が予測できたというのか。

 

現在乗船している飛行船は、対竜設備が疎らであった。運行だけが目的の造形を成しており、例えば竜撃槍なんかは置かれていない。申し訳程度にバリスタ発射台が一台だけあるが、それも埃をかぶっている。

がたがたと無骨な足音を立てながら、乗務員が木箱を運ぶ。木箱には、古びたバリスタの矢が数本と、拘束弾が積まれてた。

 

「撃て、G級ハンター殿。この中じゃお前が一番命中精度がいいだろう」

 

ダラハイドがいう。バリスタは普段扱うボウガンとは全く異なるものである。だがスコープを覗き狙いを定め、対象に向かい発射する手順は慣れない者には難しいのだ。この中でもっとも遠距離攻撃に長けるのは、間違いなくツバキであった。空中という不慣れな距離感で、確かな目測を持つには経験が要る。

 

「見計らえ、鱗は全て防いでやる」

 

まるで氷海と同んなじようにそう言って、ダラハイドが身の丈より大きな大剣でツバキを庇った。

 

「どうした、難しいか」

 

「馬鹿にするなダラハイド、飛竜は得意だ。撃ち落とすのも……!」

 

ヘビィボウガンはその動きの遅さ故に、戦闘においては常にモンスターの動きを先読みする必要がある。そのため自然と、次に相手が何をするのか見極めるのが得意になるのだ。

 

甲高い咆哮がした。金属音にもよく似た音で、竜の鱗が逆立っている。威嚇とともに風を切り、間髪入れずに鋭い爪が攻撃してくる。狙いはノイアーだった。剣斧はガードが出来ないため、攻撃が仕掛けられれば回避に徹するものである。しかしノイアーはあろうことか斧を剣の形に変形させて、突きの構えをしてるじゃないか。

 

「馬鹿っ!ノイアー!!」

 

シドの叫ぶ声が聞こえる。ノイアーは笑っていた。

 

「返り討ちにしてあげるよ!」

 

……あと一ミリずれていたら、あと一秒遅れていたら。シドは剣斧の一撃の見事さよりも、失敗率とそのリスクを考えた。ノイアーの切先はセルレギオスの首の付け根に突き刺さり、内部の肉を抉るように属性エネルギーを解放させた。折れた角が天高く爆ぜ、マストの一つを貫通してゆく。

 

通常ならここで素早く体制を直し、竜は反撃をするだろう。しかし直後に、ツバキの撃った拘束弾が、セルレギオスの身体の芯を貫いていた。

蓄積されたエネルギーを放出し尽くし、剣が斧の形態へスライドしてゆく。一度大きく振りかぶってから、ノイアーは斧を構え直した。シドは次の行動をすぐに察した。スタミナにもの言わせてブン回す気だ。

 

「豪快だ。なあ、G級ハンター殿」

 

ダラハイドの口調は呑気なものだったけど、既に大剣には力が溜め込まれていた。大剣が最大まで力を溜めて放つ一撃は、きっと全武器の中でも断トツだろう。動きの遅さや〝溜め〟にかかる時間の長さに見合うだけの、強烈過ぎる一撃がある。

 

バリスタ砲台を手放して、ツバキは背中の武器を取る。

大剣の溜め斬りが全武器一の威力であるなら、ヘビィのしゃがみ撃ちは全武器一のDPSだ。納抜刀や移動のスピードが全ての武器の中で最も遅く、ガードもできない上にガンナー故防御力もない。火力以外の全ての性能を捨てた武器、それがヘビィボウガンだった。

 

「一気に仕留める!」

 

「頼もしいな、G級ハンター殿」

 

ダラハイドは喋り終わるのと同時に体躯より巨大な刃が振り降ろす。その僅か横を、貫通弾が高速で通り過ぎてゆく。

 

 

……なんなんだ、こいつらは。シドは半ば信じられないような気持ちであった。

大剣の振りおろしたあの一撃……大剣使いは今日まで何度も見たけれど、あれほど見事なものは他になかった。

ツバキと名乗ったG級ハンターの命中精度も脱帽もので、正確に弱点を捉えながら貫通している。なによりノイアーが楽しそうに戦ってるから、シドは妙な納得をした。この二人は、強いのだと。

 

出遅れたシドは遅れを取り戻すかのように、目にも止まらぬ斬撃を数多に繰り出していた。最初の大技を打ち込めば、練気に刃が発光をした。

 

セルレギオスの咆哮が再び周囲を揺るがしたのは、ダラハイドの二度目の溜め斬りが額をとらえた直後であった。その声量に、たまらずに三人が耳を塞いで蹲る。

 

 

「……おい、耳栓は基本だろうが……!」

 

ただ一人自由に動けるシドの刃は、咆哮の終わりに赤く光った。そしてそのまま逃げ出そうとする腹を貫く。

初めて威嚇でない悲鳴が上がった。痛みに呻くようにも聞こえた。

後手に状況を見守っていたクルー達が飛び跳ねる。やった、撃退した、いや仕留めたかもと。

拘束弾を逃れたセルレギオスは、そのまま怯んで雲の影へとよろめきながら、より高度の低い位置まで落ち消えた。

 

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