セルレギオスの襲来を撃退し、旅は今度こそ順風満帆を思わせた。
天候には恵まれたし風向きも誂えたかのような追い風で、このペースなら到着が二日は早まるかもしれない。ベテラン航空士はそう言ったけど、残念ながらその予想はネガティヴな方向性で外れてしまった。
これがトラブルメーカーが二人に増えた効力なのか……?シドはじっとり濡れた足場や鳥竜種のキイキイとした声を聞きながらそう思う。
生い茂る木々は水脈の豊かさや気候の穏やかさゆえだろう。雪と氷ばかりの大地を発って早四日。すっかりホットドリンクのいらなくなった地点まで来た。エンジントラブルが発生したのはそんな時だ。原因はおそらく、先のセルレギオス戦の傷跡だろう。
「シド!クンチュウでサッカーしよう!」
「ノイアー、もうちょっと集中力つけような」
足元を這う盾虫を、ノイアーは面白そうにそれを転がして笑ってた。ようするになんの危機感もないらしい。
「この原生林……普通じゃねえ」
久々の温かな大地に機嫌をよくしたノイアーとは、対照的にシドは張り詰めた目をしてた。
〝普通じゃない〟と述べる根拠はいくつもあった。どこか落ち着きのない小型モンスターの鳴き声もそうだが、普段なら水草をのんびり食べるズワロポスの一匹すらも見当たらない。所々薙ぎ倒された木々は大型モンスターが移動した痕跡だが、これまた随分と乱暴なのだ。この一帯に生息する種の中でも、この規模となるなら当てはまるのはグラビモス亜種くらいだ。まだ新しい足跡を眺めて、グラビモス亜種ほどのモンスターが慌ただしく移動する理由を不気味に思う。
「ハリマグロ……!!つ、釣りしたい……!ハリマグロ釣りたい、ダラハイド……!」
ツバキのはしゃぐ声が聞こえた。ちょっとした水場を覗き込んだ際に見つけたのだろう。物静かな印象のヘビィガンナーは、興味や好意の対照に会うと子供染みた反応をする性格らしい。最初こそシド同様にげんなりした面持ちだったが、この災難による不機嫌はハリマグロに払拭されてしまったようだ。
「釣りにサッカーか……姫君たちはご機嫌らしい」
くつくつとダラハイドが笑ってた。彼も彼とて原生林の妙な雰囲気を気取ってはいるようだが、それを危惧する様子はない。
どうやら流れで組んだこのパーティで、状況に危機感を覚えるのは自分だけらしいとシドは察する。
飛行船は協会に救難信号を送り、修理の準備が整うまでクルー達はベースキャンプで待機となった。備品の到着から修理、出発の目処が立つのに一週間程度が予期されたため、一行は徒歩で原生林を抜ける道を選んだ。
何事もなければ下流の集落に一日足らずで到着できる。そうなれば、ここからなら海路の出る港まで接続舟が出せるからだ。
対グラビモスやグラビモス亜種戦において、ヘビィボウガンほど心強い味方もない。それが油断を招かなかったといえば嘘になる。とはいえ上位圏の原生林といえば連想されるのはババコンガやケチャワチャ、脅威といってもグラビモス亜種やガララアジャラがせいぜいといった認識なのもまた間違いではない。先の戦闘でセルレギオスを撃退した折に、互いの実力が信用にも足るものだと確認できた。ならば「なにがきても問題ないだろう」と思ってしまうのまた仕方のないものかもしれない。
事実、道中は穏やかなものだった。ラージャンの死体を目にするまでは。
水辺だった。
古龍級とも評される最強の牙獣種が、息絶えた状態で倒れていたのだ。呑気にクンチュウを捕まえてふざけていたノイアーまでもが、真剣な顔でその亡骸をじっと見る。
戦慄の理由はたった一つだ。
〝なにがラージャンを殺したんだ?〟
この原生林にラージャンを殺せる種は限られている。ハンターにより狩猟されたのなら剥ぎ取りが行われていないのがおかしいし、オオナズチが現れたなら毒による腐敗のあとが周囲の木々に残るはずだがそれもない。他に対抗できそうなのがイビルジョーだが、それならやはり食い散らかされてないのはあり得なかった。
ラージャンの身体に損傷はなく、老衰の可能性も考えられた。もとより長寿ではなかったはずだ。だのにそうと結論できなかったのは、ずっと感じていた原生林全体の妙な雰囲気のせいだろう。外れてほしい予感ほど当たるのは世の常だ。
四人は喋らなかった。だが同じことを考える。
……なにかがあった、ここで。
黒ずんだ亡骸に、最初に近付こうとしたのはノイアーだった。それをシドが左手で諌め、「俺が調べる」と代わりに踏み出す。右手は剣の鞘を握ってた。いつでも抜刀できるように。
緊迫感の中でツバキがリロードしておこうとボウガンを構える。
雷にも似た気功が木々を貫通し、ツバキを貫いたのはその刹那のことだった。
悲鳴のいとまもなく、強烈な光は彼女の体躯をすっ飛ばし、二メートル離れた泥濘に身を沈めさせる結果となった。
光線の真横に居ながらガードの間に合わなかったダラハイドが、こめかみに青筋を浮かばせる。
攻撃の方向を見定めるまでもなく、真っ黒い影は枝葉の中を突き進んで現れた。着地は足でなく強靭な腕により行われ、大地がぐらりと振動する。
まさか、もう一体ラージャンがいたのか?群れないはずなのに?
浮かぶ疑問も後回しに抜かれた大剣は、横たわるツバキへの追撃を試みたラージャンの横腹目掛けて打ち込まれた。金獅子は特に下半身の肉質が柔らかい。実際に遭遇したのは初めてであれど、そうと知っていたからこその攻撃だった。
だからこそ、岩にでもあったように刃が弾かれたことに全員が驚愕した。力溜めの時間はなかったが、しかし腹にはじかれようなど誰が予測できたというのか。
「やってくれたな、金獅子……!」
普段の悠々とした態度から一転したような、低い声でダラハイドが唸った。シドとノイアーも既に抜刀している。
剣斧は剣モードの時のみ心眼という特性が発動する。斬れ味や相手の肉質を無視して、弾かれなくなるというものだ。
先に述べた特性故に、追撃したノイアーもまた弾かれるなど微塵も思っていなかった。
「やめろ!そいつの肉質は普通じゃねえ!」
硬度云々の問題ではないことは明白である。シドは声を荒げるが、一度モーションに入ると〝わかっていても止まらない〟のはよくあることだ。柔らかいはずの金獅子の皮膚が、ノイアー、ダラハイド、両方の刃を跳ね返す。生物学上あり得ない事態に、両者共に動揺が走る。
ノイアーは急いてバックステップで距離をとろうとしたが、ラージャンは更に速かった。眼下に黒い影が映りこむ。刹那、ノイアーが理解したのは、〝上だ〟ということだけだった。
球状に丸めこまれたラージャンの体が、回転しながら突進したのだ。大地を揺るがす落下の衝撃は、紙一重に一撃目をかわしたノイアーの体制を崩してしまう。彼女は、耐震のスキルを持ってないのだ。揺らぐ大地によろめく身体で、追撃を避けられようはずもなかった。
重々しい衝突の音に、シドの顔面が蒼白になる。ノイアーは殴り飛ばされて、そのまま背後の木に叩きつけられてしまったのだ。
ダラハイドは、ラージャンの全身から沸く〝黒い鱗粉めいたもの〟を視認した。更にはあの金獅子は個体としてはかなり小さく、くわえて角が未発達であることに着目する。
「狂竜ウイルスで死んだ母の、子供、だ……」
そうして、そんなことを口にするのだ。結論にシドは耳を疑う。噂に聞く狂竜ウイルスは、攻撃力や素早さ、凶暴性を増加させるが寿命を著しく削り取るものとも言われてる。だが肉質の変化など聞いたことはなかったのだ。
「なら、あっちの死体が母親か……?!けど、それなら尚更、幼体で成体以上の硬度なんかあるのかよ!」
「ラージャンの死体には下腹部に出血の痕がある。怪我かと思ったが出産かもしれない。つまりあのチビっこいラージャンは、狂竜ウイルスの抗体を持って生まれて来た」
生い茂る木々全てを足場のように自在に使って、小さなラージャンは縦横無尽に飛び回る。その速度もまた、通常個体を凌ぐほど驚異的なものだった。あんなもの、どうやって倒したらいいというのか。
「抗体……?嘘だろ、狂竜ウイルスの克服か?!」
「そうとしか思えないな」
ゴア・マガラから発生する狂竜ウイルスは、未だ研究途中で未解明な部分のが多い。その中でもかいつまんで特徴だけを述べるなら、「ウイルスを克服すると、強力な力を得られる」というものだ。事実、戦闘の中で感染し、更に克服したハンター達は、一時的にだが力の上昇があったという。
「人間に克服できるなら……モンスターが克服できてもおかしくないということだ。抗体持ちなら、ウチケシの実を用いる必要もなかったんだろう」
もしこの仮説が正解ならば、研究者達も知らない新事実ということになる。それくらいに発想が飛躍したものだった。
とにかく一旦距離をとり、怪我人の治療をしなければならない。それはダラハイドも同意のようで、時間稼ぎを試みようとアイコンタクトが送られてくる。
シドは閃光玉を投げようとした。横殴りに斧が、まだ未発達なラージャンの角を捉えたのはその直前のことである。
ノイアーが叫んだ。それは声というより咆哮に近いものだった。
「馬鹿、ノイアー!!」
止血も怪我の手当てもしないまま、ノイアーが剣斧を振り回す。犬歯がぎらぎら光って見える。ああ、キレちまったとシドは頭を抱えた。こうなった時の彼女はまるで〝ティガレックス〟だ。暴れ狂って怒鳴り散らして猛攻をする。その後バテてぶっ倒れるとこまで似てる。
斧と角が衝突する。刃はやはり弾かれた。だがさっきまでと違うのは、それでもノイアーが攻撃をやめないということだった。
「ノイアー、待て!」
このキレっぷりを初めて見るダラハイドは、豹変ぶりに目を丸くして制止を述べたが、シドにはその声が届かないとわかってた。待てと言われて、待った試しがないのがノイアーという人間なのだ。
「ダラハイド、ツバキを連れて後退してくれ」
ノイアーはブチ切れると見境がない。それは根本的には彼女の性格による作用だが、もう一つ大きな理由があった。……〝火事場〟だ。ノイアーの装備のスキル構成から発動するそれは、追い詰められた時に爆発的に攻撃力と防御力が上昇するというものだった。
「シド!どうするつもりだ!」
「あいつに付き合うんだよ……!」
こんな状況なのに躊躇なく言い切って、シドもまた距離を詰めていた。
……決めていただけだ。彼女の、ノイアーの命知らずにどこまでも付き合うと、シドはもうずっと前から決めていた。それだけだ。
太刀が横殴りに振るわれて、残像が光を放って見える。剣速は凄まじく鋭いもので、大概なら弾かれることなくモンスターの皮膚を裂くだろう。それでもやはりこの黒いラージャンだけはどうにもならず、最初と同じように刃は通らず弾かれた。だけど今度はシドも退かない。
下半身だ。まだマシ程度だが下半身なら弾かれながらも手ごたえがある。柄を握る腕に伝わる振動が、今日までの経験則を通してシドに情報を与えてくれる。
こいつは果たして亜種か希少種の類いだろうか。それともダラハイドの推理通り狂竜ウイルスの克服個体だろうか。今はまだ何もわからず、ただ生きるために剣を振り回し続ける他になかった。
…………
「……起きたか」
ツバキが薄っすら目を開けて、最初に見たのは安堵するようダラハイドだった。
「……気絶?痛、……」
眩い光に横殴りにされたのが最後の記憶だ。目覚めたら水辺でダラハイドに抱えられてたということは、自分がそれで倒れたのだと理解する。
……解せないのは、その威力だ。ガンナーとは言えG級装備を持つ彼女は、鎧玉の強化が未完了とはいえそれなりの防御力を持っている。それを、いくらラージャンといえどこのような上位圏で、何故一撃でダウンさせられたのか。
「だが説明は後だ。加勢に行く」
「加勢」と聞いて彼女もまたハッとする。二人が……シドとノイアーの姿が見えない。まさかと言えば、ダラハイドがうなずいた。
「応戦中だ」
カチ。妙な音が耳をつく。見れば大剣には、見覚えのない石をぶら下げているではないか。その作用なのか、刀身が白い光を放って見える。
「ダラハイド……なにそれ……、その、石みたいなやつ」
「抗竜石と呼ばれるものだ。まあ、あのラージャンを倒す手段だと思ってくれればいい」
振り返らずにダラハイドは言う。それは、ツバキには聞いたこともないものだった。なぜ、あのように未知の状態となったラージャンの、対抗策をダラハイドは知っていたのか。
「悪かった」
「なんで、謝るの」
「お前に被弾させた」
そう言って彼は、草葉を掻き分け咆哮の方へと走って消えた。
…………
この異様なラージャンを前にして、学んだのは罠が一切通用しないということだった。だが別の手段も見つけた。どうやら〝乗り〟は有効なのだ。
シドは段差から平均よりかなり小さな……恐らくはまだ幼体であろうラージャンの背中に飛び乗っていた。
ハンターナイフを突き刺せば、痛みに呻き暴れ狂って動き回る。それに必死にしがみつき、シドもまた転ばせようと躍起なまでに刃を突き立ててた。
ノイアーはスタミナを削りつくして、よろよろとした足腰を大地に刺した斧によって支えてた。さんざ弾かれ刃毀れした自らの武器を、未だしっかり握ってる。彼女の猛攻は、少なからずのダメージを蓄積させた筈だった。だのにこの黒いラージャンは、硬すぎて手ごたえがまるでわからないのだ。
「今だ!」
シドが叫んだ。同時にノイアーが走り出す。斧は再び剣の形に変形し、大地に転げたラージャンの眼前で振り上げられる。
ダラハイドが合流したのは、丁度そんな時だった。
「ダラハイド!ツバキはどうなった?!」
「目覚めた、大事ない。……悪かったな」
言いながらダラハイドが両腕に力を込めている。
黒いラージャン……克服個体。後に極限状態と呼ばれる恐るべきモンスターの形態である。
もしこいつが産まれて間もない子供ではなく、G級の強力なラージャンだったら、死者が出ていても不思議でなかった。
最大値まで力を込めた両刃の大剣が、ラージャンの後ろ足へ振り下ろされる。
シドの鬼刃斬りと、ノイアーの属性解放突きも同時であった。
その瞬間に、なにかが弾けたような音がした。ラージャンは反対側へ転げていくが、その身体が変化してたのだ。オーラ状に見えた黒い粒子が散っている。
……解除した。ダラハイドが言う。
この極限化状態は、一定以上のダメージで一時的な解除ができる。シドとノイアーの猛攻が、今になりようやっと効いたのだ。或いは、ダラハイドの持つ抗竜石の作用のためであったのか。
直後にノイアーがばたりと倒れた。さっきの一撃で残る力を使い果たしたのかもしれない。彼女は火事場を維持するために、あまりにも血を流し過ぎた。
「ノイアー!!」
ラージャンが起き上がりにノイアーを見たから、シドは一目散に駆け寄った。ラージャンのバックステップ。僅かな跳躍。そして、あの構え。どこかビームを連想させる、気功を放つ前動作に違いない。
倒れて一歩も動けないノイアーを、シドは力一杯抱き締めた。彼女の盾になるように。
「くそ、間に合え……!」
ダラハイドが武器を横殴りに振る。当たりさえすればとどめをさすことができたろう。だがそれより速く額を抉り、未発達な角を割ったのは弾丸だった。
「これは剛撃。発動するのは〝無慈悲〟だ」
茂みの奥からそう言う声は、怒りの炎を宿したツバキであった。
無慈悲とは、弱点特効に見切りの効果を相乗させた複合スキルだ。シンプルに言うなら、〝弱点にヒットさせた時、かなりの大ダメージを与える力〟ということになる。
「さっきはよくもやってくれたな……!」
彼女の弾は、幾度も的確に、ラージャンの全身を貫いた。このまま、全弾撃ち尽くす気かもしれない。
「ツバキ!」
ダラハイドが呼ぶ。回復し駆けつけたツバキの様子に、安堵したような顔だった。
彼女の銃が怯みを起こさせ、放たれかけた気功が宙へ飛散する。シドとノイアーが、被弾せずに済んだのだ。
銃声は止まらなかった。本来ならリロードしなければならない弾薬数消費されても、機関銃もさながら貫通弾は放たれ続けた。これが、全武器中でも圧倒的DPSと名高いしゃがみ撃ちである。
ツバキが銃を撃ち続けるから、鉛の雨にラージャンは身動きが取れなくなってしまった。その背へ、ダラハイドは全力の一撃を振り下ろすのだった。
[番外編]
-1-
だらだらと流れる汗が足元を濡らす。いい感じだ、たまらない。無骨な彼はこの〝ヒリヒリする〟感覚が好きだった。
汗の理由は二つある。
一つは火山というフィールド故の馬鹿みたいな熱さのせいだ。クーラードリンク無しには何もしなくても体力が削られてしまうほど、この地域は地獄のような猛暑である。人間は恒温動物であるけれど、ここの気温はゆうに許容範囲を超えているのだ。
足場から吹き出す溶岩と、それに伴う熱風が白く視界を濁らす。その赤と白の光に混じって、異質な蛍光色が弾け飛んで足場の岩まで砕けて散った。
粘菌が緑から赤へと変色する。独特の粘ついた液が広がる。それが壮大な規模で爆発を起こして、溶岩の赤さに火花を混ぜた。この爆風が止めどない汗を促すもう一つの理由であった。
彼はアグナコトルもウラガンキンも、グラビモスやヴォルガノスも狩猟してきた。火山は地図もなく頭に地形が叩き込まれているほどだ。その中でも、彼がもっとも〝好む〟のが、今目の前にいる敵だった。
巨体にして硬い外殻、ボクサーのような機動力を持ち、なおかつ一級品の攻撃力と攻撃範囲を持つその竜は、人間にブラキディオスと呼ばれてる。体の形態全てが好戦的なフォルムをしており、特筆すべきは「殴ること」にこれでもかというほど特化した硬質な拳だ。なにせ指がない。握ることも掴むことも捨てちまったような、最低限の窪みを残した拳の形。それに、爆発を促す粘菌がべったりと塗りたくられてる。衝撃とともに爆発するのは、この粘菌の作用である。
「そういうところがサイコーだ」
彼はハンマーを構えてにたりと笑うが、自らの表情が笑みであるのすら無意識だった。ブラキディオスには拳の下部に長い爪がある。が、これは主に食事などの時に肉を裂くためだけに用いられるものであり、戦闘においては格納したまま使われることがないという。
要するに、邪魔なのだ。殴ることのみに特化して、器用さも利便さも捨てた進化を遂げた拳に対し、爪などまるで必要ない。人間だって飯食う時だけナイフとフォークを持つけれど、普段から携帯なんかしないだろう。ブラキディオスにとって爪なんかその程度のものなのだ。ブラキディオスは獣竜種である。獣の字を冠しながら、爪を要らぬとするその生態は、ハンマーを持つ彼の心をこれでもかとくすぐった。
「俺も斬るより殴る方が好きなんだ。お前がヒトなら仲良くなれたぜ」
頭の前に張り付いて、狙うのはいつだって頭部一点。それが彼の戦い方だ。
この、見てるだけでチビっちまいそうな眼光と相対して、回避しにくい正面に立つ。リーチの短いハンマーは、強力さの分だけリスクを背負う。ガードも出来ない。だからこそ重たい一撃がこの上なく〝サイコー〟なのだ。
鼓膜を粉々にされそうな咆哮の後、彼の左腕が赤く光る。
彼の装備は特殊な効果を持っていた。ハンター達はこれを「挑戦者」と呼ぶ。モンスターが怒った時に、自らの攻撃力と会心率が飛躍的な上昇をするというものだ。戦闘中はほぼずっと怒り状態にあるブラキディオスに対し、こんなに相性の良いスキルもないだろう。
何事も戦闘とは〝ブチ切れてから〟が本番である。モンスターだって怒れば攻撃力や俊敏さに拍車がかかる。彼は人間でありながら、その例に洩れなかったというだけだ。
後退したブラキディオスが、頭の突起を地面に打ち込む。まるでシャベルで削ったみたいに、硬い地面がガリガリ削れる。粘菌と砕けた地面の混ざり合った〝それ〟たちは、砂かけの原理と同じでありながらそうと形容するにはあまりに強力なものである。あの砂利みたいに細かくなった「地面だったもの」は、一つ残らず爆発するのだ。それが正面に立つ彼目掛けて放たれる。
真横に転がって回避した彼が顔を上げれば、二撃目のモーションがすでに始まっていた。彼の回避した方に向かって角度が微調整されており、その追尾性に内心賞賛を覚えながらも、彼は再び真横に向かって転がった。
爆風に自らの髪が焼けた匂いが鼻をつく。しかし彼が怯むことはなかった。
着地のほぼ直後に振り上げられたハンマーが、真っ直ぐにブラキディオスの額を狙う。重々しい鉄塊が、恐ろしい速さで自らの頭部に迫ってくるなど、ブラキディオスにとっては初めてだった。こうも攻撃的にインファイトを仕掛ける人間など、今日まで出会ったことがなかったのだ。
咆哮、衝撃音、火花と爆風。ブラキディオスとハンマー使いの戦いは、まるで竜同士の縄張り争いのようだった。
-2-
「あー……いてえ」
籠手を外せば、ハンマーの左腕はパンパンに腫れていた。右腕の二倍近くありそうだ。これで骨に異常のない、ただの打撲というから感嘆しますよ。遅ばせながら駆け付けた双剣は、逞しすぎる彼にため息まじりにそう告げる。
「そりゃあ砕竜のパンチ受け止めりゃあそうなりますって。なんで俺を待たないんですか、同行の意味がない」
最初に待ち合わせ場所は決めていた。だのに一向にハンマーは現れず、しかしペイント玉も使われない。こりゃあ案外秘境にでも着いちまったのかと思っていたら、咆哮が聞こえてくるから驚きもする。
なんで待ち合わせ場所に訪れず、ペイント玉で居場所も知らせず、勝手に戦い始めているのか。素直に待っていた自分が阿保のようではないかと、双剣はげんなりした顔だった。
「だってあいつカッコいいだろ、そりゃあ、」
「それは理由になってませんよ。妹さんを見習ってください」
引き合いに出されたのはハンマーの妹だった。感情的で好戦的な、まさしく砕竜のような彼と異なり、妹は冷静な性格だったと記憶している。武器はヘビィボウガンだった。動作の遅いヘビィは常に敵の攻撃を先読みしなければならないし、そもそも「ガンナーの強さは七割が知識」という言葉もある。それ故に、双剣はハンマーの妹を冷静で知的に立ち回るハンターだと認識していた。
だが兄であるハンマーには、全く異なる印象があった。あいつが冷静沈着だと?……ねぇな。そう笑い飛ばしてしまうくらいに。
「妹は、昔狩猟で死にかけた。未熟な頃一人でドスジャギィを追跡して、もう一体いることを見落としたからだ。あれは危なかった」
それは父が死んで間もない頃で、妹が何かとモンスターに対し過敏になってた時期でもあった。末っ子だった妹は親離れもできておらず、特に父に懐いていたのだ。その父が、竜に討たれた。だから全ての竜が憎いとでもいうふうな、痛々しい時期だったのだ。
「……父さんって、確かリオレウスに……?」
「そうだ。別の狩猟で深手を負った父とその相方が、朽ちた塔で休息してたとこらしい。そん時のリオレウスな、銀色だったんだと。見てみたいよな」
父の亡骸を運ぶことは叶わずに、千切れた右腕だけを持ち帰った〝相方〟が教えてくれた話だ。だから父の墓には、右腕しか眠っていない。
「妹はリオレウスに限らず、全てのモンスターが憎たらしくて仕方なくなってた。だから単独追跡なんかしたんだろ」
「……気持ちは、わかる気がしますよ。肉親が亡くなれば冷静を強いるのは酷ですからね」
「ふん、そうかよ?あいつなあ、そん時まだ八歳だったんだぞ」
八歳の小さな身体で、自重に近い巨大なボウガンを背負い、妹は竜はすべがらく父の仇と言い張ったのだ。だが更に彼が驚いたのは、単独追跡の末死にかけた妹を助けてやった直後であった。
ハンマーは、無茶をした妹を叱ろうとした。だのに妹は真剣な顔でこう言ったのだ。
〝竜どもはすべがらく父の仇だ。けど、私もすべがらく竜の仇だ〟
死に際に合わさった竜の視線に、感じたのは共感であったと小さな妹はそう言ったのだ。敵意でも、殺意でもなく、共感だったと。
返り血にまみれた自らの手に、あの日の妹が何を見たのか。
「な?冷静どころか、俺より無茶をすることもある。冷静沈着に見えるのは上っ面だけだぜ」
さあ、そろそろ行くか。そう苦くてクソ不味い回復薬を飲み干して、ハンマーはすくっと立ち上がる。砕竜は片足をずるずる引きずっていた。今頃眠っていることだろう。
「ところで、砕竜の寝床特定できてんですか」
「それなんだが、察しの通りペイント玉を使い忘れた。一緒に探そうぜ」
「……」
双剣はげんなりした顔をして、了解、と頷いた。
-3-
「回復してるじゃないですか!だからペイント玉忘れないんで欲しいんですよ!」
寝床の特定は随分遅れた。
そのため再びブラキディオスを見つけた時には、疲労の回復しきった俊敏な攻撃を受けるはめになる。
まあそう言うなよ。まだこいつと戦えるなんて〝サイコー〟だろ?
そう悪びれないハンマーが、こんな調子なのもいつものことだ。
双剣はあと百は言えそうな文句を後回しにして、両手に歪曲した剣を構える。
全武器一の機動力と手数を誇る双剣は、一撃の威力より攻撃頻度によって火力を出す。ひたすら敵の足元や腹下に張り付いて、僅かな隙にも刃を走らせるのが戦法だった。素早さ故に攻撃チャンスも多くなる。その中でも、彼の戦い方は特異さがある。
やっていることは〝一般的な双剣〟の戦法と同じであるが、動き方が独特なのだ。全身をバネにした跳躍や、気配の殺し方が群を抜いて見事であるし、回避もまた見事なもので、滅多に被弾することがない。曲芸師も顔負けな身のこなしで、面白いくらいに躱しきるのだ。
圧倒的なスピードと無駄のない斬撃の数々、野生的な気配をハンマーは気に入っていた。ひょんなことから知り合って、以来彼と何かと組むことになったのもそんなスタイルが好きになったからだろう。粗暴そうな性格なのに、自分が歳下だからと敬語を使うところも愛敬がある。
「……師匠譲りなんですよ、人間じゃないけど」────前に一度、乱舞を誉めた時の返事がそれだった。アオアシラを倒して天狗になるくらい未熟な頃に、G級個体のナルガクルガに出会って……。そう語られた双剣の話が、ハンマーはとても好きだった。
双剣の胸当ては迅竜の素材で作られている。きっとたくさんの思いがあるのだろう。
足の裏側に鋭い斬撃が怯みを与え、非常に珍しいことにブラキディオスがダウンする。粘菌の色が黄から緑に変わりかけてた。スタミナの切れかけたタイミングだったのかもしれない。
血しぶきが花吹雪みたいに散らばる。戦いのあと、この双剣はいつも返り血で真っ赤になった。それを誇らしそうにする。
〝大事な師匠〟の教訓だろう。それから少し寂しそうな顔をして、「あいつはもっと速くて強かったんです」なんて言うのだ。
止めの一撃は、回転しながら放たれるハンマーの強烈な打撃であった。
あー、こんどは脇が痛いな。爆破に焦げた布地を見ながら、ハンマーはそう怪我を摩った。いつも通り真っ赤に濡れた双剣は、結局一撃もくらっていない。なんだか俺たちは真逆だよな、と、ハンマーは笑う。
その直後、彼らの周囲に広範囲の爆破が起こった。
-4-
「……ガキか」
「子供ですね」
二人は同時にそう言った。広範囲の爆発は、しかし意に反して威力の低いものだった。
ブラキディオスの幼体は、親の縄張りで生活をする。ならば今討伐した成体の、子がここにいてもなんら不思議なことはなかった。
親より一オクターブ高い咆哮が響くけど、耳栓の必要はまるでない。それは声量の問題でなく、咆哮の範囲が狭いためと思われた。
身体の大きさは人間大で、たった今倒したブラキディオスと比較すると弱々しく見える。……いや、実際にまだ弱いだろう。
そもそもブラキディオスの甲殻は、親の起こす爆風や熱で何度も溶けかけ、その度火山性の鉱石類が混ざり合う事で本来以上の強度を得てゆくものである。
それ故に、未発達な幼体の外殻では、粘菌の爆発に耐え切れずに致命傷を負う個体も少なかった。
現に今、幼体のブラキディオスは自らの起こした爆発でかなりのダメージを負ってしまった。咄嗟に緊急回避で負傷を避けた二人と違い、爆破の中心地にいた個体はすでに外殻が割れている。そこから、蓄積していたのであろう粘菌が溢れ出しているのだ。
「マズイな」
溢れでた粘菌が緑から黄に変色してゆく。それを見てハンマーは呟いた。
粘菌は時間差で爆破を引き起こすけど、砕竜が興奮状態にある時上昇する体温や唾液の分泌が、この粘菌を活性化させてしまうのだ。そのため本来は時間差で起こる爆発が、付着した直後に起こってしまう。
幼体の興奮状態の原因など明白だった。親を殺されて怒っているのだ。だのに悲しいかな、未発達の外殻では、引き起こす爆発に自分自身が耐えられなかった。
幼体のブラキディオスがそれをどこまで理解しているかはわからない。ただ一つ確かなのは、外殻が割れるほどに傷ついていても、ブラキディオスは戦意を失わないということだ。ボロボロな身体を庇うこともなく、ハンマー達を威嚇してくる。
「なあ、麻酔玉持ってる?」
「……あなたは、本当、子供に甘いですよね。シビレ罠もありますよ」
言わんとしてることを理解して、双剣はポーチからそれらを取り出した。
人間にもモンスターにも、このハンマーはとにかく子供に甘いのだ。以前にイビルジョーに遭遇した時も、危険を犯して子供の為に単独パーティを離れた事があると噂で聞いた。
金持ちの護衛が依頼であったが、道中たまたま産卵期のリオレイアを見かけたことで、卵を盗むよう追加依頼をのあった任務である。途中までは順調だったクエストは、イビルジョーの乱入により予定が狂った。卵を抱えた少年が一人逃げそびれ、救助のために、ハンマーは仲間の制止を無視して引き返したのだ。
本人には伝えなかったが、双剣がハンマーを慕う理由がそれだった。隣に立つハンマーは、とかく人間くさい奴なのだ。
二人の連携は速やかかつ実に見事なものだった。ハンマーが囮となって気を引いて、その隙に双剣が罠を仕掛ける。それから、シビレ罠まで幼体を誘導した後に、麻酔玉が放られる。眠らせてしまえば、興奮状態は解除される。これ以上自らの粘菌で傷つくことはないだろう。
剥ぎ取りますか?悪戯な顔でそう尋ねた双剣の肩をばしんと叩き、ハンマーはせっせと、たった今捕獲に用いたシビレ罠を壊してしまう。
罠に嵌めて麻酔玉で眠らせるのは、捕獲のための手順であった。だのにその罠を壊すのは、通常なら考えられないことだろう。ブラキディオスの幼体は、目が冷めればなんの拘束もないことになる。
「ガキに甘いってなんだ、んな訳ないだろ」
ぶっきらぼうにハンマーは言う。
「こいつがデカくなったら戦うんだよ。そのためだ」
ふんと鼻を鳴らすハンマーの横顔は、そのくせ嬉しそうに見える。
無論この表情は、将来の再戦を心待ちにする故であり、決して幼体の無事を喜んでるわけではないと、そう念押しするハンマーに双剣は今日三度目のため息を吐く。
「じゃあ、そういうことにしときましょう」
ついでにスケッチでもしていいですか。そう趣味の申し出をする双剣に向かい、ハンマーはにっかり笑って頷いた。