モンスターハンター 4~4G設定の長編   作:紙粘土

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第二章 黄金時代篇


8話

〝希望〟という言葉がある。意味は説明するまでもないだろう。

だが「なにをもってすれば希望と定義しうるのか」を他者へ明確に伝えることは難しい。

 

希望を抱く者に向かって問いかけたとする。

「それは、現実から目を逸らしたいだけではないのか」「絶望を誤魔化していたいだけではないのか」「あるいは、ただの夢見事の類いでないのか」

「本当に、その胸に抱いたものは〝希望〟と呼べるものなのか」

 

 

誰しも、希望が希望であるなど証明できない。未来とは須く不明確であり、希望とは独りよがりな主観の域を逸脱出来ない。

儚いものだ。それを理解して尚、過去を振り返った時彼女は思う。

 

〝あの日々は、確かに希望に満ちていた〟

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

明るい髪色に洒落っ気のある風貌は軽薄な第一印象を与えてしまうこともあるけど、意外にもシドという人間は真面目で博識な若者だった。彼の自室は天井まで届く本棚を幾つも誂えていて、敷き詰められた書物がその知識量を裏付けている。

決して広くはない部屋の、テーブルに四人は集まっていた。中央に開かれたのはモンスターの素材から成る防具についての資料であり、「スキル」と呼ばれる素材が人に与える防具の効果について記されていた。

G級に昇格した彼らにとって、最初の楽しみであり目標とも呼べるだろう。

「なんの装備を揃えるか」ということは、ハンターにとっての永遠の課題でありロマンであるのだ。

 

 

「すごいな、この本は。こんな詳細までわかるのか」

 

感心したようにダラハイドが言う。

 

「ウカムやテオのものが有能だが、今の装備でG級個体に挑むのは無謀だろうな」

 

「まあ、今は上位装備だしな。もちっと危険度の低いモンスターの素材から集めて、それから挑みに行くのが順当だろ。……そもそも、古龍に会おうとして会えるかどうかってのも疑問だが」

 

「ノイアーは?」

 

先ほどから黙りだったノイアーは、どうやら活字というものに頗る苦手意識があるらしい。すっかり飽きて、シドのベッド────曰く彼女のベッドでもあるらしい────の上に転がっている。その顔は小難しい話題を嫌煙したように、ぶっきらぼうに「火力もりもりのやつ」と言うだけだった。

 

 

この辺りで一番近隣のG級受付カウンターはどこかと言えば、孤島地方にあるモガから定期便の出る港・タンジアだろう。噂の域を出ないが、ナルガクルガの希少種が観測されたという。また、ラギアクルスやガノトトスなど、独自の水棲モンスターが見れるというのも魅力の一つだ。四人は全員、水中戦の経験がなかった。

 

「どうする?ドンドルマの大老殿の方が、都心だしクエストの幅も広いらしいがタンジアの方が断然近い」

 

「その、モガの方の港町なら……ここからでも通えるし」

 

ユクモとモガは決して近隣とは言えないが、狩猟圏は同じである。違いは独自の水中戦の有無だろうか。

 

「ノイアーは?」

 

「シドについてく」

 

話題を振ればあっさりノイアーがそう言って、一同は朗らかに笑い出した。

 

「んじゃあ、とりあえず、」

 

「顔赤いぞ、シド」

 

「ちょ、黙れダラハイド。……とりあえず、モガを目指そう。そこからタンジアに」

 

シドがそう言えば、全員が同時に頷いた。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

「そう言えばさ、二人はどうして知り合ったの?」

 

甲板から風に吹かれ、前髪を靡かせたツバキが問うた。船が進むのは海ではなく砂の中だ。理由はいくつかある。先ずツバキは防具、シドとノイアーは武器の強化にダレン・モーランの素材が欲しかったこと。それからダラハイドが、砂の上を渡る船に乗ってみたいとせがんだことだ。

アドルフ・ダラハイドという人間は、何故だか〝ハンターが当たり前にする経験〟を、未経験という奇妙が時折あった。

どのみち砂を渡ってからでもモガには行ける。海を渡った方が近道だけれど、ダレン・モーランなど狙って観測されるものでもないのだ。それが、ちょうど良いタイミングで目撃情報があったというのだから、挑まなければ勿体無い。

船着場にはダレン・モーランとの邂逅を願う数多のハンター達が、その出現を狙って砂原を見渡していた。

 

「おいあんたら、ダレン狙いなら少し待った方がいい。さっき四隻戻ったばかりだが、影すら観測されなかった。今は活動時間じゃないのかって話だよ」

 

出航しようとする四人に向かい、そう見知らぬハンターが声をかける。恐らく親切心だったのだろうが、否したのはシドだった。

 

「ありがとう。でも、会えるんじゃねえかな。キツいトラブルメイカーが二人もいるんだ」

 

帆を貼れば、ノイアーのはしゃぎ回る声がする。舵を取ったのはシドだった。

 

傍らでツバキが「何故知り合った」のかなんて、奇妙な質問を投げかけた。それにはダラハイドも興味があるそうで、ニコニコしながら近付いてきた。舵を持つシドには逃げ場がなく、照れ臭そうに、しかし少しだけ暗い瞳でシドは語った。

 

 

「あいつが、渓流でブッ倒れてたんだ」

 

それは随分と……一年以上遡るある日の話だ。ノイアーは野良でパーティを組み、ドボルベルクの討伐のために渓流へ足を運んだという。あの破天荒かつマイペースな性格で野良にいたとは、なんとも可笑しな話だろう。同行者はさぞ頭を抱えたことではないか。ダラハイドは笑いながらそう言ったが、神妙な顔でシドは頭を左右に振った。

 

「いや……なんていうのかな。あいつのトラブルメイカーっぷりは悲惨なレベルだ。他の三人な、寄生虫だった」

 

寄生虫。それは隠語でありながら、ハンターなら知らない者はいないだろう。同行を名乗り出ておきながら、狩猟に参加せず、報酬だけを貰ってゆく者を指す言葉だった。

 

「……一人だけじゃなくて、三人も?」

 

「それじゃあ、事実上のソロだな」

 

目眩のしそうな災難だ。ツバキとダラハイドは互いに顔見合わせてそういうが、どうやら不幸はそれだけでは終わらない。

風に混じる小粒の砂が、一行の頬をくすぐった。天気は良好だ。雲一つない。強い日差しに目を細め、今はまだ穏やかな砂の海をシドは見る。ノイアーは呑気にバリスタの横から糸を垂らして、デルクスを釣り上げて遊んでた。

あそこで無邪気にしている彼女は、あの日確かに死にかけたのだ。渓流の、ちょうど桜の季節であった。足場には折れた桜が散らばり、その薄紅色を紅梅のように染めていたのは血であったのだ。

 

「その夜クルペッコが渓流にいて、あろうことかイビルジョーを呼んだ。あいつはイビルジョーとドボルベルクに挟まれて、血を流して倒れてた」

 

シドが異変に駆けつけたその場所は、まるで地獄絵図もさながらだったという。死にかけのノイアーを救うため、シドは必死に走ったのだ。それが、初めて出会った日のことだ。

 

 

「だから、俺は二度とあいつに野良はさせない」

 

それで、いつも二人でいるようになった。そんな経緯は、人の良いシド〝らしさ〟があった。

 

「……にしても、イビルジョーか。すごいトラブルメイカーだ」

 

「ダラハイドは人のこと言えないって」

 

「そう言うな」

 

「冗談抜きでね。ちょっとノイアーとそこに二人で並んでみたら。本当にダレンが来るかも……」

 

バリスタの横でノイアーが走り回ってる。釣り上げたデルクスを追いかけて、キモやヒレを欲しがったのだ。デルクスは珍味と言われているが、砂漠出身のノイアーには馴染み深い食材だという。

あいつの好物なんだ。付け足すようにシドが言った。

 

 

「珍味か……興味あるな」

 

ダラハイドは言いながら、舵からノイアーのいるバリスタや砲台の甲板へ、マントをはためかせて着地した。重厚な鎧が衝撃に足場を軋ませる。

ノイアー、一口分けてくれ。ダラハイドはそう言おうとした。デルクスの腹にナイフを滑らせ、ノイアーがキモを掴もうとしたその時だ。言う前に黄色い風が吹き抜ける。

 

それは風でなくて、砂だった。

 

 

「……本当に来やがった」

 

舵を握ったままシドがいう。ズズズ…と、重々しい音だった。どこまでも続きそうな地平線の向こうに、壮大な一本角が突き出してくる。砂が爆ぜた。まるで、水飛沫みたいに。

 

太陽を背にしたその巨体は、陽の光を遮りながら現れた。船上から相対した時、視界いっぱいに広がったのは腹だった。なにもかも、スケールが大きくて息を飲む。

 

ダラハイドは、ダレンを見るのは初めてだった。故に感動すらするようで、大剣を握る手が震えてた。

 

「砂の海……凄いな、こんなにでかいのか……!こんなに世界は広いのか!」

 

ダレン・モーランが口を開けば、その中に船ごと呑まれてしまいそうだった。風が強い。砂が舞う。そこに船より巨大な古龍がいる。

 

これがハンターか。これがG級なのか。

人知すら超える巨躯を前に、怯むことなく武器を取って挑みゆく、それが、ハンターたる生き様なのか。例えそれが、目の眩むほどの巨大な姿であったとしてもだ。

 

 

「来た!来た来た来たァ!!」

 

ノイアーが笑った。興奮しているようだった。

 

「ダラハイド、ダレン初めてだっけ。こっちだ、ここにバリスタがある」

 

ツバキがダラハイドの籠手を取る。

飛行船に乗ればセルレギオスに飛来され、原生林を歩けば極限化ラージャンに襲われる。トラブルメイカーが二人もいて砂の海に乗り出したなら、古龍だってきっと然るべきだ。きっと現れるだろうこと、四人はわかっていたようにする。ノイアーが大砲の弾を運ぶ。

 

「シド!」

 

「待てよ、今寄せてやる。船は守るから暴れていいぞノイアー」

 

どうやら船の操縦にシドは精通してるらしい。思い切りよく舵が切られて、船は側面からダレン・モーランへ急接近した。大砲の射程圏内だ。マストが風を受けてばさばさと鳴る。砂嵐が強くなる。

 

「ダラハイド、バリスタはこうだ」

 

ツバキは不慣れなダラハイドに、バリスタの放ち方を教えてた。一つのスコープを一緒に覗き、ゆっくり方向を定めてく。

打ち出し式の巨大槍だが、原理は弓のようなものと思えばいい。放てば曲線を描きながら標準の中心部に飛んでゆくけど、距離故に、高めに狙うのがコツだった。

 

「見た目以上に重たいな」

 

「その大剣より軽い、はず!」

 

スコープは立派な一本角に合わさった。

 

「おい!岩飛ばして来るからな!落石に気を付けろよ!」

 

舵を持ちながらシドが言う。その操縦は見事なもので、動き回るダレンの左側にぴたりと追従するようだった。近付くほど砂が身体を横殴りにするけれど、誰も彼もが壮大すぎる敵に夢中だ。

 

轟音が直後に劈いた。ノイアーが大砲を撃ったのだ。至近距離の彼女は耳を塞いでしゃがみこみ、しかし砲弾がダレンの横っ面に的中したのを見てにっかり笑った。よし。もう一発。ノイアーが走る。

積み上げられた木箱の中には、両手でようやっと抱えられるほどに大きな砲弾が積まれてる。この球体にびっしり火薬が詰まってるのだ、威力は語るまでもないだろう。ノイアーはいそいそと木箱に駆け寄り、腰に力を入れて持ち上げる。ガニ股で砲台に向かってまた走る。

 

遠目に硝煙弾が打ち上げられた。他の船からだ。誰かが、ダレン・モーランの観測に気付いて打ち上げたのだろう。港で待機する他の船が、そのうちきっと群がり始める。

シドは重たい舵を腕力で抑え、更にぐいぐいとダレンの側面へ船を寄せた。

絶えず大砲の音が劈く。

 

 

「乗れるぞ!!」

 

脱帽もののコントロールだ。素直にダラハイドは感動した。このように荒れ狂う砂上でありながら、荒々しい古龍の泳ぎにこうも並走させるとは。

接触すれば船はダメージを負うだろう。それをギリギリの、それこそ人間のジャンプ力に及ぶ距離までシドは寄せてみせたのだから。

 

最初に飛び出したのはノイアーだった。砲台の更に先、突き出した木板へ助走を付けて、寄せた巨体に飛び乗ったのだ。

 

「ノイアー!ピッケル持ったか!」

 

シドが叫ぶ。

 

「ばっちり!」

 

上腕部に着地したノイアーが笑顔で返した。

 

続いたのはツバキだ。彼女もまた軽やかな跳躍で船を飛び出し、ノイアーに続きダレン・モーランの上腕部に着地する。

 

「ダラハイド、早く」

 

振り返って手を差し伸べれば、ダラハイドは不思議そうな顔だった。

 

「……驚いたな、乗れるのか」

 

……彼は、凄腕と称されるに足る剣の腕を持ちながら、きっと狭い世界に生きてきた。詳しく語られることの無い素性は、本人の「こうありたい」と願う意思にそぐわないようなものなのだろう。

彼は思う。きっかけは、ツバキだった。彼女がG級の世界の片鱗を彼に見せてくれた。

それだけじゃない。千の星の輝く孤島の存在や、地底でなく山頂に火口を持つ火山。見たことのない土地のことを教えてくれた。

 

世界には、彼の知らないモンスターが山といる。アグナコトルもナルガクルガも、彼女の口が語ってくれた。

 

当たり前のようにツバキは言ったのだ。

〝行けばいいのに〟

 

そう、当たり前のように言ったのだ。

 

 

行けばいいだけの話だったのだ。彼女に出会うまで、そんなことにも気付けなかった。だから彼は、ツバキのように生きたいと思ってしまったのかもしれない。

 

一瞬の躊躇の後ダラハイドは跳ぶ。上腕部の先端から、ツバキが手を差し伸べてるから、その掌を掴み取る。

ダレン・モーランに着地して、ダラハイドは奇妙な感覚を噛み締めた。全員乗ったのを確認して、シドが舵を反対に切る。船を安全圏まで移動させるためだろう。

 

 

「凄いな。あんな船を手足のように動かせるのか。シドは器用だ」

 

「ダレンは初めてだけど、ジエンはいっぱい追っかけっこしたからね。シドは器用で、なんだってすぐこなす」

 

まるで自分のことのように得意げに、ノイアーは背中の上からそう言った。先に登っていたのだろう。

 

「私たちも登ろう」

 

ツバキがそう言って先導する。

岩肌のようなダレン・モーランの身体の上を、振り落とされないようしがみつきながら登ってく。まるで登山だ。鱗の窪みに指を引っ掛け、踏ん張りながら一歩、また一歩と踏み締める。

 

ダレン・モーランの外殻は砂中を泳ぐ際に身体に鉱石などが付着していき、それが地層のように堆積していく事で形成されると言われてる。特徴的な赤褐色の色合いは、この鉱物の装甲が錆びついていく事で生じたものだ。

錆びつきながらも研磨された鱗だからこそ、荒々しくも独特な質感を持つのだろう。うっかり素肌を擦ろうものなら、ざっくり肉を裂かれかねない。その硬い感触を、丈夫な籠手越しに握りしめる。

砂を泳ぐたびうねる巨体が、無骨な振動を全身に伝えた。ピッケルの弾く音がする。ノイアーが振るったものだろう。風が、強い。

そのサイズ故に背は相応の高さを持って、頂上に辿り着いたダラハイドは息を呑む。そこから眺める景色の壮大さを、如何許りと表現したものだろう。まるで、世界の広さそのもののようではないか。

 

 

「……すげえ」

 

ぽつりと彼から漏れた声は、いつもの気取った口調を忘れてた。「すげえ」とはまるで、少年のような一言でないか。いや口だけでなく、眼差しまで少年のように輝いていた。

 

砂の海が視界のどこまでも続いてる。

遠目に接近を見せる数々の撃龍船は、先ほどの硝煙弾に引き寄せられてきたのだろう。距離故に小さく写る船上で、豆粒のような人影がバリスタを準備している。

皆、ダレンの素材が欲しいのか。四方から砂をかき分けるような接近だったが、まだ遠い。

 

ダレン・モーランの眼前へ旋回する自らの船から、シドが得意げな顔で手を振った。ノイアーがそれに手を振り返す。

岩場のような背ビレの上に足を着き、さっきより近くなった空を見る。雲一つない快晴の青と、一面の砂がその場の全てだ。どこまでもどこまでも、青と黄が交わることなく続いてく。

 

傍らのツバキは背の武器を取り、銃口を隆起した背ビレの一つに突き付けた。

 

「ダラハイド、ここを壊すために乗ったんだ」

 

そう言って彼女はトリガーを弾く。貫通弾だ。

 

銃口が火を噴いたと同時に、鱗の内側へ突き抜ける衝撃音だけが響いた。何発も、何発も、ダレン・モーランの顔面の方向目指して貫通してく。ふと見ればノイアーもまた剣斧を構えて立っていた。

 

「ダラハイドの溜め斬りなら早そう」

 

ノイアーが言った。

 

こんな巨大な龍でさえ、ハンター達は臆することなく挑んでく。今目の前にいる彼女らも、船を守護し操るシドも、遠目に見える各々の船の人影も全てがハンターなのだ。

 

 

「……任せてくれ。叩っ斬ろう」

 

胸が高鳴った。それから彼は自覚する。

そうだ、楽しいのだ。狩猟はこんなにも広い世界を見れるのだ。楽しくないわけがなかった。

口調はいつもの気取ったものに戻っていたけど、瞳の煌きは未だ少年の影を残したままだ。

 

仰々しい大剣の柄をしっかり握り、渾身の力を込めてゆく。この焦れったい程の時間をかけた一撃は、他の誰にも負けないと自負すらあった。言うなれば必殺のものだけど、技に名前はつけてない。ただ漠然と、これは溜め斬りと呼ばれるだけだ。味気なくてシンプルで、強力な鉄塊によく似合う。

 

切っ先が空気ごと裂いた。振り下ろされた大剣は、その強力さを轟かせるようだった。直後に地響きにも似た震えが走り、足場がぐらりと揺らめいた。

見ればツバキが壊せと言った隆起に、大きな亀裂が入ってる。今の一撃によるものだろう。ではこの揺れは、その痛みにダレンが呻いたものであろうか。

振り下ろした大剣は納刀されないまま、彼は身体を翻す。横殴りに腰の下に構えたところで、もう一度、力を溜めた。ダラハイドは思う。ここを壊して……そのあとはどうしたらいいのだろう。その手筈も、きっと仲間達は熟知している。ハンターの世界は広いのだから。

 

 

ダラハイドが二撃目を放ったのと同時に、足場が大きく角度を変えた。遠目にはダレンが仰け反ったためとわかるが、背にいる者は、大地が真横になった衝撃だろうか。

 

「シードーー!!」

 

振り落とされるより先に、自ら飛び降りたのはノイアーだ。彼女はいつも、誰より早く飛び出してゆく。

 

「……ったく、ほら!」

 

シドが投げたのはロープだった。空中でそれをキャッチして、直後に砂中へ彼女の姿がドボンと沈んだ。

細か過ぎる砂の粒は、まるで水のような飛沫を上げる。

 

「……大胆だな」

 

感心しながらダラハイドが言う。船が軌道を描けば、その軌跡にやがてノイアーが引っ張られながら浮かびあがった。先に掴ませたロープが命綱だったのだろう。ダレン・モーランと並走する船の後部へ、ピンと張ったロープを細腕が伝ってく。間も無く船の寝室部分にたどり着くことだろう。

 

「俺たちもああして飛び降りるべきか」

 

だがツバキははためくマントを柔く握って、首を左右へふるではないか。

 

足場が不安定だ。地震のように揺れ動く。再び大砲を撃ち出したノイアーに、ダレンは怒るようだった。動きが激しくなっていく。振り落とされないよう突起の合間をしっかり握り、彼女が指差したのは先ほど壊した隆起の向こう、更にダレンの頭部に近い場所だった。

 

「ダラハイド、ダレン初めてなんでしょ。ならまだやることあるんだ」

 

日差しが強い。

モガの在するロックラック地方では、度々ジエン・モーランが観測される。しかし近種族であるダレン・モーランはバルバレギルドの管轄域に生息するはずだった。この辺りの大砂漠で姿を見るなど稀有であることこの上ない。

だからこそ、こぞって近隣のハンターが駆けつけたのかもしれない。その雄大な岩船を……赤茶色の古船艇とも称される姿を焼き付けようと。

 

「ダラハイド、ピッケルで掘るんだ。ほら、あそこの色の違うところ」

 

先にも述べたが外殻は層から堆積した鉱物が存分付着している。時にその一部が突き出ている事があり、そこから貴重な鉱物を採掘できる可能性があるのだ。背に乗ったなら、レアな鉱物を求めてダレンにピッケルを打ちつけるのも、ハンターのロマンの一つだろう。

 

足場が揺れる。それに合わせてツバキの髪もまた揺れる。

「さあ、行こう」

 

彼女が笑った。その身体は小さいのに、重厚なヘビィボウガンを背負ったままよろめきもしない。

 

今は、戦いの最中だ。龍との戦いは、すなわち龍との殺し合いということだ。

突き出した鱗の一部に手を突いて、揺らぐ身体のバランスを取る。今しがた壊した箇所を通り抜ければ、そこはダレンの額部分に位置するだろうか。ドリル状の立派な角が、眼前いっぱいに広がっている。

額を打ちつける砂の風が強まった。

 

艦船の如き巨体、そして赤茶けた岩殻を纏った風貌。大砂漠に生息する超大型生物、ダレン・モーランは、一般的に知られる古龍の中では間違いなく最大だった。

その額に立ち、その龍の目線を知る。ダレン・モーランの見ている世界を、その時ダラハイドは垣間見た。

ダレン・モーランから見た人間も撃龍船も、なにもかもがこんなに小さいというのだろうか。これが、古き龍の住まう世界か。胸が熱くなってゆく。側面から見た景色も呼吸を忘れるほどだけど、正面から見る景色もまた格別だった。

 

 

「……ダラハイド」

 

ツバキが呼んだ。

 

「……私も、初めてダレンに乗った時、同じ気持ちになった」

 

光が強い。傍らの女の笑顔が愛らしい。今は殺し合いの最中というのに、擡げた気持ちに笑顔が綻ぶ。

 

 

……奇っ怪だ。

ハンターというのは、殺し合いの中で青春するのか。

 

苦笑しながら、ダラハイドはピッケルを取り出した。

 

 

 

 

バルバレギルドではこのダレン・モーランの到来に合わせ、腕自慢祭なるものが開催される。またジエン・モーランには豊作祈願の信仰が強く、やはり観測されればその狩猟は周辺地域をお祭り騒ぎにさせるのだ。

それだけ、ジエンやダレンが規格外な証だろう。

 

削り取った鉱石をポーチの中へと仕舞うさなか、ダラハイドは不意の感覚にまばたきをした。視界が妙に、浮いている。否、今尚浮き上がっていたのだ。空が広がり、そのままぐんぐん近付いてくる。

 

 

「おいおい嘘だろう……飛ぶのか!この巨体が!」

 

突如の浮遊感に、流石のダラハイドも引きつった。この、山とも間違えそうな巨躯が砂を捌けて飛ぶ。サイズ故に上昇をいやにゆっくり感じた。臓器の浮き上がる感覚がする。……ジャンプだ。ダレン・モーランが、シド達の乗る撃龍船を飛び越える。ぐんぐん上昇し、やがて質量が重力に沿って落下する。凄まじい風圧に脚が一瞬浮き上がる。

 

圧巻の大ジャンプに、堪えきれずに腹から笑い声が出てしまった。笑いながら、二人は同時に飛び降りた。このまま砂の中へのダイブに、付き合える身体は持ってないのだ。

落下の最中も、ダラハイドは雄大な景色を惜しみながら焼き付けていた。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

迎撃槍を突き刺して体力を削ってから、拘束弾がダレン・モーランに巻き付いた。そのまま船が渾身の力で、足場の固定された砂の浅瀬に引っ張っていく。

大砂漠の砂は粒子が細かすぎて、まるで水のように身体が沈み込んでしまう。故に人は船から降りられないが、大砂漠の中には比較的砂の浅い部分も存在した。そこは通常の大地同様の硬さのある足場があり、大砂漠で唯一人が船を降りれる場所である。

ハンター達はここを「決戦ステージ」と呼んでいる。弱らせたダレン・モーランを拘束したまま引きずって、直に接近しとどめを刺すのがセオリーだからだ。

 

遅馳せて駆けつけた他のハンター達の乗る船が、遠方からボウガンやバリスタを放って後方支援してくれる。

彼らもまた素材が欲しいのかもしれない。それでも、やはりダレンの狩猟とはお祭りなのだ。

「頑張れ」「いいぞ」「行け」

 

決戦ステージの大地を走る四人に向かい、船上から歓声が上がる。

先に操縦に徹していたシドは、ようやっと見せ場と言わんばかりに率先して猛攻仕掛けた。

ダレン・モーランが周囲の砂を吸い込めば、強力なブレスの前動作と察したツバキが大銅鑼を叩く。耳の良すぎるダレンにとって、大銅鑼は怯みを与える大音量に成りうるのだ。これによりブレスを封殺出来る。

 

ダレンが腹を上にダウンした。ノイアーがその口元に爆弾を置く。大タル爆弾Gと呼ばれる冗談のような威力のものだ。ニヤリと笑ってシドもまた置き、ツバキも置いた。最後に、ダラハイドも並べて設置する。

 

急げ、ダレンが起きるぞ。駆け足に距離を取る刹那、言いながら時限式の小タル爆弾をシドが投げだ。

 

 

「巻き込まれるなよ!!」

 

その声を合図に、四人は同時に緊急回避で前方へと飛び込んだ。直接、背後から凄まじい爆風が吹く。

 

ダレン・モーランの断末魔が響き渡って、決戦ステージは呑まれるほどの拍手と歓声に包まれた。

 

 

みんなが、砂だらけで笑ってた。

 

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