《ビスコンティ》はエッダ家の城館である。いや。本当はエッダ城とか称したかったのだろう。実際、造りは戦闘用の城塞そのものなのだが。国王の手前、城では無く城館を名乗っている。
アの国のドレイク領の城が《ラース・ワウ》と名乗っているのと同じである。城と称すると国主に対する謀反と見做されるから、敢えて城館と称しているのである。
「機械の館はいつも通りですな」
上空から下を見た工場長の一言がこれだ。機械の館は城館の隣に建設された主力工場である。半完成品のオーラ・ボムが庭に安置されており、多数の男達が取り付いている。
「特に変わってはいないわね」
「一般の工人には招集には無関係みたいですね」
四人乗りの《ドロ》は定員一杯である。工人の長ガモン。騎士団長のギタム。パイロットの騎士バルカンに加え、艇長隻に座るのは姫君のリリィ・エッダだ。
本当は天井に昇って露天式に指揮を執るポジションなのだが、さすがに姫君に吹き曝しで乗れとは言えない。天蓋のハッチはしっかりと閉められていた。
「ドリン様は到着している様です」
ギタム騎士団長が視点を移しながら呟く。
広場の端に橙色をした《グラム》が佇んでいた。コクピットのハッチは開いていた。閉める暇も無かったのだろう。
「バルカン、急ぎなさい」
「はっ」
速度を落とした《ドロ》が降下に移る。庭の一角に着陸したオーラ・ボムへ数人の寡人が寄って来る。機内からリリィ他が現れると兵はその場に頭を垂れる。。
「招集があったと聞いたが」
先導していた騎士団長が兵に尋ねる。
「はっ、謁見の間です」
「姫様、こちらへ」
リリィをガイドしながら先頭を進むギタン。館の玄関までエスコートすると序列が上の姫を優先させて後へと付く。団長の後には従う形でガモンが続く。
「父上、リリィが参りました」
謁見室は正面玄関から階段を上がって奥にある。扉を押し開けると玉座に領主のマイセン・エッダが座っていた。
もっと金持ちになれば侍従か侍女が控えていて、自らの手で開けなくとも優雅に扉の開閉をしてくれるのだろうが、生憎、エッダ領にはそんな余裕は無い。スカートの端をつまみ、一礼して頭を垂れる。いわゆるカーテシーだ。
「ご苦労」
「姉様」
父の声と同時に玉座の隣に立っていたドリンが振り向く。謁見の間には宰相としての家老や、様々な主要な家臣が集まっていた。当然、騎士団長や工場長は姫と違って跪く。
「あはははは」
厳粛なその場に似つかわない明るい声が響いた。ぎょっとして視線を向けると異様な人物が玉座の隣にちょこんと座り、足をばたばたと動かして笑っていた。
「この方は聖戦士だ」
マイセンが紹介するのは、青い獣の着ぐるみを着た少女。少女だと解ったのは口の奥に顔が見えるからである。彼女は呆然とこちらを見ている皆に気が付くと、よいしょと頭の部分を外してお辞儀をする。
日焼けしていない色白の肌。茶色の瞳に黒い短髪。年齢はドリンと同じ位なのか、若そうに見える。頭に白と黄色いターバンを巻いているのが印象的だ。
「キグル・ミッミだよ。正義の怪獣だよっ」
自己紹介がそれだった。怪獣と言う存在は知らないが、強い獣の事を強獣と称するのだから、怪しい獣の事なのだろうか?
「せ、聖戦士ですの?」
「そうよ。あたしを助けてくれたのだから!」
軽い飛翔音と共に現れる小さな人影。驚くリリィの顔面に現れたのは、長い髪をしたミ・フェラリオだった。小さな指を顔の前に立てて、ぶんぶん振っている。
「ミッミは命の恩人よ。怪獣とガロウ・ランを退けたのだから!」
ふくれっ面で説明するのは、ピンク色のレオタードにも似たフェラリオ・ルックを纏った小妖精だ。バイストン・ウェルと呼ばれるこの世界で一般的に見られる存在である。
「えーと……貴方は?」
「シルよ。シルフィール・メララ。シルで良いわ」
赤毛のフェラリオは縦ロールの髪の毛を揺らしながら名乗る。ミッミの方はと見ると楽しそうにマイセンと会話をしていた。「うん、ミッミもそう思うよ」や「やはり聖戦士殿もそう思うか」とか、会話は弾んでいる様子だ。
「かいつまんで報告致しますが」
家老のローウェル。先代からエッダ家に仕えていた重臣が、老体にも関わらずいと身を乗り出した。姫達は「じい」と呼んでいるが。時には現当主も一目置かざる得ない老騎士だ。
「ドクマの村がガロウ・ランの襲撃を受けたのです。強獣を含む数十人規模の軍団でした」
「何ですと」
騎士団長のギタムが反応する。ドクマは辺境ながら強獣を麻痺させる毒液、《シガラ》を生産んしている重要な策源地である。一大事だ。直ちに兵をドクマへと送らねばならない。
「慌てなくとも結構。それらはこのミッミ殿が片付けました」
慌てる騎士団長を尻目に淡々と語る家老。その報告を聞いて、新たに入室した第一王女達は固まった。ドクマの村を襲った大軍勢が、目の前の着ぐるみ娘に撃退されたと言うのか。
強獣として標準的な《ガッター》だとしても、人間が単独で立ち向かうのは不可能だ。集団で取り囲んで弩弓をぶち込むか、毒槍で突き殺すかが普通の対処法だろう。
「きょ、強獣の種類は」
おっさん顔の騎士団長が叫ぶ。
「《ドラウゲン》含む三騎との事ですな。バリ・バリーンが率いていた支族です」
「空を飛ぶ強獣ではありませんか」
強獣《ドラウゲン》の名を聞いて驚愕の声が上がる。広げた翼でかなりの速度で飛翔し、しかも嘴から炎の弾を吐く奴だ。騎士団にも導入されて騎獣に訓練された個体も多い。
もっとも肉食なので食べられる飼料が確保出来るか否かが、竜騎士団の維持に関わって来る為、クの国でも竜騎士を保有している者は少ない。エッダ家でも正規の竜騎士はごく少数だった。
「ミッミ殿。《ドラウゲン》を倒したのは本当なのか」
「ん?」
領主と会話中に不作法なのだが、ギタムは思わず質問を浴びせていた。ミッミは首を傾げると元気よく「うん」と頷いた。
「あのバリ・バリーンの襲撃を……」
「バリ・バリーンって、怪獣の背に乗ってた人?
口が悪くて生意気だったから、尻尾で叩き潰しちゃったよ」
ミッミガ事も無げに言う。ガロウ・ランとは地の底世界、ホッブレッズから流れてくると伝えられている亜人で、蛮族みたいな風俗をした連中だ。
クの国でも多数が跳梁跋扈し、強盗・殺人などの悪事を働いている。辺境の村では部族規模の集団が襲撃を掛ける事も多い。バリ・バリーンはその中でも悪名高い頭目だった。
「ミッミ殿は巨大化し、リーンの翼で空を飛んで《ドラウゲン》をも制しました」
「サムライとして弱い民を護るのは当然だよ 」
ローウェルの説明に誇らしげに胸を張るミッミ。
「目にしましたから間違いありません」
ユイゲン・ドラージュ。騎士団長の息子である若き騎士が興奮気味に叫んだ。
「本当か。ユイゲン」
「はっ、父上」
返答する息子の説明は続く。
ドクマの村で徴税中にガロウ・ランの襲撃が開始され、防戦一方だった時に光と共にキグル・ミッミが現れ、敵を尽く退けたらしい。フェラリオと共に現れた彼女は聖戦士だったと言う。
「それがシルフィールか。聖戦士だと言うのは……」
「リーンの翼の発現が見られたのです。更に身体を巨大化する現象も確認出来ました」
「伝説だな」
リーンの翼というのは、バイストン・ウェルに現れる伝説の戦士である。最近ではオーラ力の強い地上人を指す単語になりつつあるが、本来は異世界から召喚され、強いオーラ力を発揮して世の中を平定する勇者の事を、聖戦士と呼ぶ。
「聖戦士なのは間違いないわ」
とシルフィール。証拠は聖戦士だけに発現する伝説の武具、リーンの翼がミッミの着ぐるみに生え、それによって《ドラウゲン》さえ打ち負かしたからだと言う。
「御館様はどう思われるのか」
「それを皆で相談する為に集めたのだ」
マイセンが述べる。
一連の事件を目撃したユイゲンはこれを《ビスコンテイ》に報告後、彼女とフェラリオを連れて帰還して、今の騒ぎになったという。
「俺はミッミ殿を客将としてもてなしたい」
「御館様」
ギタムが心配そうに呟くが。当のマイセンは苦笑しながら、「民を救ってくれた英雄をないがしろには出来まい?」と続け、「ミッミ殿に野心は無さそうだ」と付け加える。
「客将? いいよ。あたしはミッミ家のサムライだからね」
サムライなる単語は不明だが、武人の一種らしい。ミッミはそれを了承した。
幾らかの反対意見もあったが、他国や他領には聖戦士の存在は秘匿にして、表向きは単なる芸人であると宣言して館に留め置かれる事が決定した。
「いいのかな」
「父上の決定なのよ。ローウェルも反対しませんでしたし」
謁見室より解散後、姫君二人は意見を交換する。しかし、片方はドレスの如何にも貴人風なのに、妹の方は騎士もどきの甲冑姿で単なる主従に見えてしまう。もっとも、領主の館だから見間違える者は皆無なのだけど。
「ビショット殿に対する隠し球?」
「ありね。芸人を聖戦士だとは思わないでしょう。
まぁ、マドクの村では話題になってるだろうけど……」
主であるビショット・ハッタに対する隠し球にも成り得るととして、聖戦士の事を秘匿するつもりだったが、人の口に戸板は建てられない。
無論、村人には箝口令は敷いてある。だが、いずれ噂話でもミッミの事が知れ渡るだろうが、格好が格好だ。まして巨大化してガロウ・ランや《ドラウゲン》を撃退したとか、誰が信じられる?
こちらも堅物のあのユイゲンが目撃していなかったら、一笑に付していただろう。
「『ここは地球か』、か。地上人はおかしな事を尋ねるわね」
「あたし、それよりシルフィールの事が気になるわ。姉様」
こうして何故か意気投合した領主の意見で、着ぐるみ少女はエッダ家の客将として迎えられたのだった。
〈続く〉