臨時のバイトの人が来てくれたので開店前の仕込み作業の引き継ぎをし、私達は春名家にお邪魔していた。
「このみ、特に持病とかは持ってなかったんだけど……こういうこともあるのねぇ」
と、このみさんのお母さんは不思議そうに語る。慌てた様子もないし、救急車を呼ぶ気もなさそうだ。
《娘さんが原因不明の昏睡状態なのに、動じてなさ過ぎよね……》
《ああ。間違いなく家族揃って精神操作されてやがるな》
《女王様、どうですか?》
《残滓程度だけど、魔力を感じるわね。ただ、魔力残滓だけじゃあ犯人像の特定すら出来ないけど……》
というわけで、このみさんの親御さんとの会話は手短に済ませて、早速私達はお見舞いをしにこのみさんの自室へと向かった。
《さて。詳しく調べるから代わるわよ》
《ん、お願いね、女王様》
▲ ▽
このみの部屋は、鉢植えが複数置いてあったり花の小物がいっぱいあったり、自身も花柄の掛け布団や花柄のパジャマを着ていたりと、実にこのみのらしい花で溢れている部屋だった。
「すぅ…………すぅ…………」
当のこのみは、私達が入って来ても全く起きる気配を見せず、静かすぎる呼吸からも深い眠りに落ちているのは一目瞭然だった。
まあ、それはそれとして。
(さてと。トウコの予想では「精神干渉魔法は魂への干渉」らしいし。となると……ソウルジェムは……)
キョロキョロと室内を見渡し、目視で探す。このみが起きていれば、魔力波長で探せるしすぐなんだけど……
「ん、発見」
机の上に置いてあった。そっと手に取り、調整魔法の要領で干渉する。
「……………………」
瞳を閉じ、数分集中する…………ふむ、なるほどね。
《……どう? このみさん起こせそう?》
ソウルジェムをそっと元の場所に置くと、不安そうな声でカトレアが尋ねてきた。
「んー……起こせるかもしれないけれど、リスキーね」
《というと?》
「魔法で魂に干渉されて昏睡しているみたいだから、ソウルジェムに一気に魔力を流して揺さぶれば、精神干渉が解除されて起きるかもしれないけれど……ソウルジェムに悪影響が出る確率が高いわ。このみに意識があれば、気をしっかり持って魔力を受け流すことで悪影響は緩和出来るだろうけど、意識がない状態は無防備だから……」
《魂に悪影響……なんかヤバそうね》
「ああ、リスキー過ぎて気軽には試せねえな。となると、今ここで出来ることはもうないか……」
《くっ……》
カトレアが、悔しそうに小さく呻き声を出す。
「んじゃ、対策会議だな。ウチに行こうぜ」
ということで。トウコに誘われ、ライデン家で恒例の魔法少女会議をすることになった。
△ ▼
燈湖の家に来た訳だけど。今日は居間ではなく、雷電家の敷地内に併設されている小さい武道場に招待された。
昔は門下生のいた空手の道場だった……ということもなく、為次郎さんの趣味らしい。1人誰にも邪魔されずに鍛錬したいがためだけに建てたとのこと。
詳しくは聞いたことないけど、かなりお金をかけているらしく、核シェルターレベルに頑丈で完全防音、窓はないけど空調もバッチリらしい。近所迷惑にならずに気合を入れた鍛錬が自宅で出来るようにしたかったらしい。
私も一度しか入れてもらったことはないのだけど……まあつまり。ここでなら、どれだけ大声を出しても大丈夫。
……為次郎さんと燈湖の気遣いに感謝ね。
「いいぜ、カトレア」
「ん、ありがと」
燈湖が扉を閉めて、これで完全に外へ声は漏れない……さて。ここまで我慢したものを解放だ。
「すうぅぅ――」
限界まで息を吸って。
「――うわああああああああああああああっっ!!」
溜め込んだ怒りの感情を全力で文字通り吐き出した。濁ってきていたソウルジェムがさらに濁るのを感じる。
「おーおー、随分溜め込んでたな、カトレア嬢ちゃん」
「このみのこと、相当悔しかっただろうからな」
《親友に手を出されたら当然よね。私もかなりイラついてるもの、気持ちは解るわ》
《よくここに来るまで我慢しましたね。思い切り吐き出して下さい》
「ああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
……見苦しいとか一切考えずに叫んで、かなりスッキリした。そのせいでソウルジェムが結構濁っちゃったわ……この穢れを綺麗にすれば、さらにスッキリするはず。
「おっとカトレア、浄化する前に一言伝えるべきことがあるぜ」
「……何よ?」
グリーフシードを取り出したところで、燈湖から待ったがかかる。
「今の怒りを忘れるな。抱いた怒りは正しい怒りだ。そしてその怒りを闘争心に変えろ。そうすれば、お前は今よりもっと強くなれる」
……怒りは負の感情だ、濁ったソウルジェムがそう語っている。だから、負の感情でいずれ魔女になる魔法少女は怒りを抑えるべきだ……そう思っていたけど。
《無理に抑え込まず、制御出来る様になる程度まで一度吐き出し、残りは己の力に変換する。感情がエネルギーにもなるシステムの魔法少女には有用な技能かもしれませんね》
「感情を、怒りを力に……」
燈湖とデンドロビウムの教えを、深く思い巡らす……
《どうしても制御が難しいなら、私に回しなさい。私が纏めて魔力に変えて、敵にぶつけてやるわ》
さらに、女王様が激励してくれる。
「ん……みんなありがと。お陰で冷静に動けそうだわ」
「おう」
《そう。ならいいわ》
《必ず飛蝗を捕らえましょう》
みんなの返事を聞いてからひとつ頷き、私はソウルジェムを浄化した。
今回の魔法少女会議は、そのまま武道場で行うことにした。
ここなら例え飛蝗が姿を隠して私達の後をつけていて室内に侵入していたとしても、魔法を使えば女王様が気付くし簡易とはいえ対抗魔法もあるし、何より逃げ場がないから仕掛けてきたら捕まえられる、との燈湖の判断だ。
まあ飛蝗はかなり悪賢いし、この場に隠れ潜んでいたとしても今は動かないだろうけど。
「さて。カトレアが平静になったところで、会議前に一言決意表明的なものがある」
始める前に、燈湖が立ち上がり腕を組み、牙を剥くように不敵に笑い、
「アタシの身内に手を出したこと、必ず後悔させてやる」
「それ戦線布告って言わない?」
「ははっ。まあこの場に飛蝗がいたら、そうなるな」
実に楽しそうにそう言った。燈湖にとっては、怒りですら娯楽なのだ。
《頼もしいわね……デンドロビウムが増えたみたいだわ》
《ふふっ。トウコさんは、もう1人の私みたいなものですから》
さて、ということで対飛蝗会議だけど……その前に。
「まず、今後どういう流れで動くかだが」
「ちょっとまって燈湖」
「ん?」
「朝からバタバタしちゃってて忘れちゃってたけど……昨晩の電話では、話さないといけないことがあるって言ってたわよね」
「あー……本来ならすぐにでも話したかったんだが……飛蝗が動き出しちまったからなあ。絶対に話さなきゃならねぇのは間違いないんだが、緊急性で言えば飛蝗程じゃあねえ。ちょっとでも内容聞いたら目の前の件に集中出来なくなるだろうからな、気にはなるだろうがその話は後回しだ」
「そう……まあ、飛蝗とは別件ならそれでいいわ」
今は、このみさんを起こす――もとい、飛蝗討伐に集中したいから、燈湖の気遣いはありがたい。
「話を遮っちゃってごめんなさい。続きをお願い」
「おう。こほんっ」
燈湖はひとつ咳払いをして、流れを戻す。
「恐らくだが、飛蝗は今日明日にでも大きく動くだろう。そしてヤツの真の標的は変わらず、前回の昏倒事件で容疑者の噂が立った3人組だろうな」
《静海このはさん、三栗あやめさん、遊佐葉月さんですね》
「ああ。飛蝗はその3人のいずれか、もしくは全員が犯人なんじゃないかって噂を精神干渉魔法も使って流して、魔法少女達を煽るはずだ。それによって3人は追い詰められるだろう。カトレアが平静にならなければ、精神干渉されてなくても3人を追い詰める側に回っちまってたかもな」
《このみを昏倒させた理由はそれね。ほんと、胸糞悪いったらないわ!》
……燈湖の言う通りだったかもしれない。そこまで読んで怒りを吐き出させてくれた燈湖に、改めて感謝を言いたい気分ね。また話を遮りたくはないから自重するけど。
《ですが、御三方を追い詰めるには、このみさんを昏倒させただけでは少々不足なのでは?》
「ああ。だから、昏倒させた魔法少女はこのみだけじゃないはずだぜ。まだ確認してねえが、交友関係が広くて人当たりも良く、あちこち聞き込みしてた葉月と面識があるヤツも昏倒してるだろうな」
その状況に当てはまる魔法少女は、私でもすぐに思いついた。
「エミリー先生ね」
「てことで確認だ」
そう言って燈湖はスマホを取り出しどこかにかける、と、2コールくらいで相手はすぐに出る。
『燈湖さんっ! ちょうど良かった、後でかけようと思ってたんだっ!』
聞こえて来た声は、あきらちゃんだ。燈湖はすかさず通話をスピーカーモードに変えたようで、室内にあきらちゃんの切羽詰まったような声が響く。
「エミリーが昏倒したか?」
『なっ!? なんでそれを……まさか、すでに何か掴んでるとか?』
「単に予想を立ててただけだ、事件の詳細はわからねぇ」
『そっか……いや、それでもさすが燈湖さんだね』
「ちなみに、こっちはこのみが昏倒した」
『え!?』
「カトレアとこのみが、昨日相談所の帰りに偶然遊佐葉月と会ったらしくてな。だから恐らく、犯人は前回の昏倒事件と同じ、標的も同じだろうな」
『……燈湖さん、実は真相にたどり着いてたりしない?』
燈湖の先読みレベルに圧倒されて、あきらちゃんが戸惑いの声を上げる。
「あくまで推測からの予測だ、確証まではいってねぇさ。少しでも情報が欲しい、あきらはエミリーが昏倒した以外に何か知らないか?」
『ボクも詳しくは。これからななか達に電話して相談しようとしてたんだ』
「そうか。なら、諸々用事が済んだら、ななか組は調整屋に集まってくれ。アタシらも行く」
『……そっか。昏倒事件には飛蝗の気配があるんだったね』
「おう。んじゃ、続きは全員揃ってからな」
『うん、了解!』
その一言を残して、慌ただしくブツッと通話が切れた。
「ということで、だ。初めての傭兵の仕事は、先行予約の「バッタ討伐」になったな」
「そうね……んっ!」
ぱちっと頬を軽く叩いて気合いを入れ、改めて私からも決意表明を述べる。
「飛蝗を捕まえて、これまで働いた悪事を洗いざらい吐かせてやるわ!」
《当然ね》
「おう!」
《さて、お仕置きの時間と参りましょう》