更紗帆奈が動くだろう三日後(わりと当てずっぽうだったけど燈湖の予想も三日後だったらしい)までの間、私は昼間は普通に学校に通い、朝と夕方は雷電家のシェルター道場に通うことになった。
「お邪魔するわよー」
「んー」
中に入ると、杏子が人をダメにするソファに身体を預けて漫画を読みながら、棒状の何かを咥えてポリポリしていた。多分芋けんぴ。
「ごくんっ……ちょいと待っててくれ、今いいとこなんだよ」
「はいはい」
読んでるのは……バトル系ラブコメの奴か。まあそれはともかく。
なんで杏子が雷電家のシェルターで寛いでいるのかというと、燈湖ととある契約をしたからだ。
――――――――――
「杏子には三日間、ウチのシェルター道場で暮らしてもらうことになった。カトレアはこのまま杏子を乗せてウチのシェルターに送ってくれ」
「それってつまり、佐倉さんにも手伝ってもらうってこと?」
「ああそうだ」
《彼女の実力なら、戦力として申し分ないですから》
んー……まあ実力を見込んで頼むのはわかるけど。
「でも、いくら更紗帆奈が危険な相手でも、神浜外の魔法少女の手まで借りる程じゃなくない?」
「まあ単純な戦力で言えばな。だが、完全勝利の布石のためには、神浜外って部分が有用なんだよ」
「ふーん……それで? 私と佐倉さん、具体的に何をすればいいのかしら?」
まさか、ただ単に佐倉さんをシェルターに放り込んで三日目まで放置しておくわけもない。私にやって欲しいことがある筈だ。
「念を入れて、杏子の役割は更紗帆奈捕獲作戦決行直前まで伏せておきたい。情報を引き出されないためにな」
「え……? じゃあ佐倉さん、何させられるかわからないのに協力してくれるの?」
言いつつ佐倉さんに視線を向けると、それに気づいて佐倉さんが疑問に答える。
「まあ簡単に言っちまうとそうなんだがな。一応燈湖に借りがあるからってのもあるけどよ、一番の理由は魅力的な報酬があるからこそさ。タダ働きなんて何の得にもならないことをする趣味はないよ」
なるほど、結構リアリストな娘なのね。燈湖に似てる部分があって結構好きだ。まあ、だからこそ馬が合ったのだろう。
「報酬って?」
「杏子への報酬は、三日間の衣食住の提供と、1日あたり一個のグリーフシードだ」
……なるほど、読めた。
「衣・住とグリーフシードはともかく。食は私に用意させようって魂胆ね?」
「さすがカトレア、アタシの言いたい事をわかってるな」
ニコリと嬉しそうに微笑んで言う燈湖。
燈湖、と為次郎さんもここにいるから、2人して三日間神浜に戻らないつもりなのだろう。その間の食事の世話を私にさせようってことね。
……なんかちょっとだけムカつく。まあ三日程度ならいいけど。頼ってくれるのは嬉しいし。
「一応保険として、杏子にはアタシの魔法少女衣装を着てからシェルターに入ってもらう。そうすることで、あたかもシェルターにはアタシがいる風に思わせたい」
「えっ?」
「こいつだ。燈湖と杏子嬢ちゃんの身長差はそれ程ねぇから、見られてたとしても月も出てない今夜なら気付かれねえだろ」
「……ああ、なるほど」
どういう意味か一瞬わからなかったけど、アタッシュケースからデンドロビウムのメイド服を取り出す為次郎さんを見て納得する。
燈湖の魔法少女衣装は花騎士デンドロビウムの服だ。そしてデンドロビウムの衣装は、コスプレショップで販売されている。つまり入手は比較的容易だ。
佐倉さんは髪も長いからツインテールにも出来るし、それだけで夜の内なら遠目では別人だとは判別出来ないだろう。
というわけで、デンドロビウム衣装に着替えた佐倉さんを先程の燈湖同様、後ろに座らせて腰に手を回してもらう。
ちなみに着替えは、その場でしてもらった。とはいえさすがに屋外で着替えてはいない。
「ほれ、こいつを使いな」
そう言って為次郎さんが取り出したのは、ワンタッチ式1人用着替えテント。
「あ、ありがたいけどよ。準備が良すぎてちょいと引く……」
「えっと……佐倉さん。今後も燈湖と付き合う気があるなら、気にしない方がいいわよ。超が付くほど慎重な性格だから」
「そうか……まあ、魔法少女なんてけったいなもんになっちまったんだ、慎重なのはいい事だとは思うけどな。それとあたしの事は杏子でいいよ。なんかアンタ、無理してあたしをさん付けしてるように聞こえるぞ」
んー。無理はしてないけど、佐倉さんの言動が燈湖に似ているからか、さん付けに違和感を感じているのは確かだ。
「そう? なら呼び捨てで呼ばせてもらうわ」
「ああ、それでいいぜ」
杏子が着替えている間、燈湖に尋ねる。
「ところで燈湖、さすがにもうちょっと情報を開示して欲しいのだけど。なんで杏子なの?」
「杏子は、神浜から直線移動で30分以上も離れた地域の魔法少女。要するに、更紗帆奈がまったく知らないだろう魔法少女だ。それが更紗帆奈にとっては完全な死角からの攻撃になりうる。予知能力でもない限り避けようがないだろうな」
ニヤリと不敵に、実に楽しそうに笑い、告げる。
「それこが、完全勝利への鍵のひとつだ」
――――――――――
とまあそういうわけで、夕飯の仕込みだ。私は一応料理が出来る、程度の腕だから簡単なものしか作れないけど、まあ出来たてならコンビニ弁当よりはマシだとは思う。
ちなみに食材は、雷電家の冷蔵庫から拝借して作った。今朝はベーコンエッグとコールスローサラダ。昼はさすがに学校は抜け出せないので、同じく雷電家冷蔵庫内の昆布の佃煮やツナ缶でおにぎりを作り置きした。
で、お夕飯は……沢庵があったからそれを切って、朝に仕込んでおいた塩昆布キャベツを器にあけて。後は、秋刀魚の塩焼き、豆腐とワカメお味噌汁の仕込みを……
「おっ秋刀魚かぁ。そういや焼き魚なんて久しく食ってなかったなー」
秋刀魚に塩を振っていると、杏子が覗き込んできた。
「さて、大体20分くらいしたら調理再開するけど。その間、やる?」
「ああ、頼むわ。一日ごろごろしてんのも悪かないけど、ちっとは体動かさねえと感覚が鈍っちまうからな」
そう言いながら、身体をほぐす様に動かす杏子。私も手を洗ってから真似るように軽く準備体操をする。
私が三日の間頼まれたのは、食事の世話と杏子の組手相手だ。花騎士エーデルワイスも「一日怠ければ遅れを取り戻すのに三日は必要」とか言ってたし、ここはシェルター兼道場。何も問題はない。
「ところでカトレア。あんたの得物はどう見ても杖だし、攻撃魔法で戦うタイプだろ? あたしは得物を見ての通り武術タイプだし、組手相手としてどうなんだ?」
「まあ、魔女と戦う時は確かにそうね。でも私、燈湖からある程度の護身術を習ってるのよ。だから、運動不足にならないための組手程度なら務められるわよ」
「へぇ、燈湖に護身術を……まあなんというか、カトレアは魔法少女じゃなけりゃ力負けしそうだしな、教えときたくなる気持ちはわかる」
「?」
よく意味がわからなかったけど、「あたしももうちょい欲しいんだよな……」とか言って胸元に視線を下げたので察した。つまり燈湖は痴漢対策として教えてくれていた、と。
……なんとなく気恥ずかしくなった。
「……ま、まあそれはともかく。始めましょうか」
「おう」
お互い魔法少女に変身して、約20分間杏子の運動に付き合った。
☆
「お邪魔するわよー」
「んー」
そんなこんなで二日目の夕方。今日も杏子は人をダメにするソファに身体を預けて漫画を読みながら、棒状の何かを咥えてモグモグしていた。多分スティックタイプの干し芋。
「その漫画、面白いわよね」
「ごくんっ。そうだなー、シリアスバトルの途中で突然ギャグぶち込んで来るから不意打ちで笑わされるな」
漫画の感想を交わしながら、早速(杏子の)お夕飯の仕込みに入――
風に舞う花ーびらー♪
――ろうとしたら、スマホに着信。
「……あら」
かこちゃんからだった。メッセージアプリじゃないってことは、緊急で話したいことがあるのだろうけど……更紗帆奈に動きでもあったのかしら。
「もしもしかこちゃん?」
『あっ、カトレアさん……の方ですよね?』
「ええ、女王様じゃない方よ」
ちなみに、女王様は食事時に息抜きで交代してるけど、それ以外では引きこもり続けて対抗魔法構築中だ。
「何かあったの?」
『えっと、その……あやめちゃんから、明日会えないかなってメッセージが……このはさんと葉月さんからのOKも出たらしくて……』
うーん……あからさまに怪しい。
「罠よね」
『ですよね……あのお二人が計画外のことを許すとは思えませんし』
「この事は他の人には?」
『最初は燈湖さんにかけたんですけど、留守電になってしまったのでメッセージだけ送りました。後は、ななかさんにはお話しました』
ふむ。ななかさんの意見は聞いたのだろうけど、燈湖の計画に支障がないように燈湖と相談してから動きたい、てところかしら。
んー……こういう時、燈湖だったらどう動くか……よし。
「燈湖なら、更紗帆奈を確実に捕らえられる瞬間まで下手には動いて欲しくないはず。だからかこちゃんは燈湖の計画通り「夏目かこならどう動くか」を実践してちょうだい」
『ですね、ななかさんにも同じように言われました。一応、ななかさん達も少し離れたところから見守っていて下さるらしいですけど……』
「なら大丈夫そうね」
かこちゃんとの会話を手早く切り上げて、夕飯の仕込み、組手稽古、夕飯を作って振る舞ってと、今日も予定通り杏子の世話を終えて帰宅した。
★ ☆
今日も予定通りに雷電家シェルターに寄って、キョウコに朝食とお昼のおにぎりを作ってから学校へ登校する。
そうして昼休み。学校でかこと一緒にお弁当をつまみながら、今朝の事の顛末を聞く。
ちなみにトウコからの返信は、あやめと会う直前に来たらしい。
「あらら、泣いて逃げられちゃったのね」
「はい……自覚はないんですが、あやめちゃんに酷いことを言ってしまったらしくて……」
『精神操作されてたんだろ、かこがしょぼくれる事はねえさ』
落ち込んだ様子のかこにトウコが労いの言葉をかける。
ちなみにトウコからはつい先程電話がかかってきて、そのままお昼の報告会に電話で参加している。現在は車で移動しながら食事中らしい。
「ところでカトレアさん。女王様の暗示の対抗魔法ってどうなってます?」
「今は花騎士カトレアよ」
「あ、そうだったんですね。最近カトレアさんの言動が女王様と似てきていたので、気づきませんでした」
……かこの何気ない感想に、ソウルジェム内のカトレアから喜色の感情を感じる。可愛い。
「ということは……完成したんですか?」
「一応完成したって言えるんだけど、あと1ピース足りない感じなのよね」
『ふむ。具体的には何が足りない?』
「サラサハンナの魔力波長。それを感知出来れば本当の意味で完成ね」
サラサハンナの暗示魔法のプロセスは、アスカの規律厳守から想定して、命令の発声に魔力を乗せて放って、それを聞こえた対象に暗示魔法がかかる、というものだろう。
だから、サラサハンナが魔力がこもっている声を発したら、その魔力にのみ反応して耳に届く前に魔力音声をシャットダウンする結界を張る。
それで暗示の効果は無効化出来るはず、なのだけど。そのためには、サラサハンナの魔力波長を私が感知する必要があるのだ。知っていれば、確実にサラサハンナの魔力音声のみをシャットダウン出来る。
『そうなると、更紗帆奈がいるだろう場所を囲んだら一度暗示を使わせて欲しい、てとこか』
「そういうこと。お願い出来る?」
『当然。想定内だしな』
……ほんと、どこまで想定して動いてるのかしらね、トウコったら。
『というわけでかこ、放課後調整屋に集合だ。他の奴らにはアタシから連絡を入れておく』
「ということは、いよいよ今夜……」
『ああ、大捕物だ。準備はほぼ完璧に整った』