《あー、そういえば言い忘れてたけど》
《うん?》
《帰り道がわからないから、今は特別にあなたに体を貸してあげてるけど、普段は私がメインで使うわよ。あくまでその体は私のなんだから》
《え?》
《え、じゃない、当然でしょ? 他にも理由はあるわよ》
《他の理由?》
《……家には今、母親がいるのよね?》
《ええ、そうだけど。お父さんは植物探検家で世界中を飛び回っててたまにしか帰ってこないけど、健在よ》
《ふーん、そう。まあそれはいいわ。とにかく――不用意に誰かに触らない方が良いわよ。あなたは「花騎士カトレア」初心者なんだから》
《はあ……》
《わかってない様ね……まあ、百聞は一見にしかずよね》
よくわからないけど、家に着いたので入る。
「ただいまー」
「あら、おかえりカトレア。少し遅かったわね」
「うんまあ、このみさん家と、そのあと燈湖の家にも寄ったから。それよりお母さん、大人しくしてた?」
リビングのソファに座っていたお母さんに近づいて、顔色をうかがう。
「心配性ねぇ。はいはい、言われた通り店を出てから家に直行したわよ。体調も……あ、あら?」
「……お母さん?」
唐突にお母さんの顔色が悪くなる。
「なんか、急に目眩が……」
「ちょっと、大丈夫?」
咄嗟に体を支えて、ゆっくりソファに横にならせる。いったいなにが……
《……ふむ。触っても怪我しないってことは、母親との関係が良好だからかしら》
《え?》
《代わるわよ》
《え!?》
▲ ▽
「お……お母さん、大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫。ちょっとクラッとしただけで、もう治ってきたから……」
「そ、そう。ならよかったわ」
うーん……母親というものを知らないから、接し方に迷うわね……
《ちょっと、主導権があなたにあるからっていきなり代わらないでよ! ていうか、お母さんの目眩の理由なにか知って――》
《落ち着きなさい、ただの軽い「魔力酔い」よ》
《魔力酔い? あっ》
その単語だけで気づいたようね。さすが、私が大好きで私になりたいと願っただけあるわね。
世界に愛されている私は、生まれながらに持つ膨大な魔力が体から常に溢れ出ていて、一部の耐性のある人以外が私に触れると魔力酔いを起こしたり、耐性が低いと勝手に怪我を負ってしまう程だった。
今では特訓の成果もあり、かなり耐性の低い人でもせいぜい軽い魔力酔い程度で済むレベルまで、無意識下でも制御出来るようになっていたのだけど……今まで魔力制御とは縁がなかっただろうこっちのカトレアでは、上手く制御なんて出来ない。その証拠が、彼女の母親の魔力酔いだ。
この体質の影響は何故か、「心から信頼できる相手」だと薄まるっぽいので、カトレアの母親が軽い症状で済んだのはその辺りが理由かしらね。
《多分この世界で高い耐性を持っているのは、魔力を扱える人――魔法少女くらいなんじゃないかしら。だから、普段は私がメインよ。わかった?》
《はい、よくわかりました……》
《ん、よろしい》
さて、母親の調子も戻ってきたようだけど、念のため。
「少し休んだら、「私」が夕飯の準備するわね。お、お母さん……は、今日はゆっくりすること。自分を大切にするのよ、わかった?」
「そうね。せっかくだから、今日の家事はカトレアにお願いしようかしら」
「ええ、「私」に任せなさい」
そう言ってから、母親から距離を取る。
《勝手に話進めないでよ……まあ、もとより今日は私がやるつもりだったけど》
《ならいいじゃない》
カトレアと軽く言葉を交わしてから交代しようとしたら、母親から声をかけられた。
「いつもありがとう、カトレア。大好きよ」
「……っ。いきなり何よ?」
「ふふ、なんとなく嬉しくなって、ね」
「かっ軽口が出るなら、体調は問題なさそうねっ」
少し早口でそう言い残し、部屋を出る……ふふっ。
「母親か……悪くないわね」
《……そっか》
……何か言いたげな声色だったけど。特に続かなかったので、今度こそ交代した。
△ ▼
夕食中。
「……そういえばカトレア。なんか少し顔つき変わってない?」
「えっそ、そうかな? そんなことないと思うけど?」
「あと、ちょっと胸が大きくなったような……」
「あー、ほらあれよ。私、成長期だから!」
さすがに毎日顔を合わせてるお母さんには気づかれるか……まあ気づくか、私もっと地味な方だったし。
《成長期って……ぷっ。さすがに苦しい言い訳ね》
《し、しょうがないでしょ、咄嗟には思いつかないわよ!》
私達が念話していると、お母さんが訝しげな顔になる。
「なーんか隠してるわねー」
「そんな顔されても、話せることはないわよ」
正確には、荒唐無稽すぎて話しても信じてもらえない、だけど。
ここで目に見える証拠を出すとしたら、女王様に代わって説明してもらうくらいかな。
でもそれやると、最悪二重人格扱いされて精神科のお医者さんのお世話になりかねないし、病み上がりのお母さんに心労は禁物だし。やっぱり話せることはない。
《もどかしいわね……》
《気にしすぎよ》
そうかな? と思っていると。
「……まあ、このみちゃんと燈湖ちゃん家に寄った上で、顔の整形に豊胸手術までする時間なんてないだろうし。気のせいよね」
なんか勝手に納得してくれた。
☆
「カトレアちゃんおはよ……あれ? なんかお胸膨らんでない……?」
……翌朝ブロッサムで、かえでちゃんに開口一番そう言われた。
はいはい、どうせ前の私は貧相でしたよー……と自虐するほど小さくはなかったけれど、なんとなく悔しい。
「あれ……顔も少し変わってるような……元から結構似てたけど、さらに「花騎士のカトレア」っぽくなったっていうか……」
「花騎士……?」
このみさんの指摘に、かこちゃんが疑問符を浮かべる。やっぱり、顔の変化まで気づいたのはこのみさんか。
このみさんは花騎士をプレイしてはいないけど、「この花騎士の名前はなんでしょうゲーム」と称して、たまに花騎士の立ち絵画像を見せてクイズを出したりしてたので、存在自体は知っている。
ちなみに花騎士名前当てゲーム、このみさんは今のところ全問正解している。さすが、花が大好きなだけあるわよね。
まあそれはそれとして。昨日解散した後の雷電家での顛末を、お母さんも近くにいるので念話で説明する。
《カトレアちゃん達も、魔法少女になったんだ……!》
《おう、これからは魔法少女としてもよろしくな》
《架空の人物になりたい、か……家が焼かれてなかったら、私も小説の好きな登場人物になりたいって、願ってたかな……?》
《それにしても、架空のキャラクターの人格が生まれるなんて……願い次第でそんなこともあるんだ……》
別の魂、と言ってしまうと、ソウルジェムの説明もしないと不自然なので、人格ということにした。
つまり、ソウルジェムの真実については三人にはまだ伝えない事にした。衝撃の事実を知って、三人が絶望する様子なんて見たくない。伝えるにしても、タイミングは慎重に見極めないと。
《これまでにそんな事例はなかったんだけどね。仮説は色々立てられるけど、彼女達の素質がかなり高かったことと、直前にキャラクター設定を入念にチェックしたことが原因なんじゃないかな》
……ちなみにキュゥべえもいる。出来れば顔も見たくなかったけど、
「似た様なことを願った魔法少女は過去にもいるけど、架空のキャラの魂が入り込んでしまうなんて例は今までなかった。今後のためにもしばらく観察させてもらうよ」
と言って付き纏ってくるので、仕方なく許可している。
《花騎士のカトレアよ。名前が被ってるから、便宜上女王様って呼ばれてるわ。魔女っていうのがどんなものかは知らないけど、世界に愛された私の魔法にかかればゴミ屑同然よ》
《声は似てるけど、カトレアちゃんと違って自信満々だね!》
……かえでちゃんの地味に辛辣な台詞にちょっと泣きそうになった。無意識に言ったっぽいから反論はしないけど……事実、女王様に比べたら私なんて一般人メンタルなのだし。
《デンドロビウムと申します。向こうの世界では女王様とはそれなりに長い付き合いになります。得意なのは格闘術です、よろしくお願いしますね》
《わぁ……な、なんか大人な雰囲気……ななかさんを思い出します》
まあ、実際このメンバーでは最年長だしね。なにせ、花騎士カトレアが赤ん坊の頃すでに花騎士だったらしいし。
童顔だし、今は若い燈湖の体がもとになってるから、肉体は実際若いのだけど。
ちなみに、今日は燈湖の髪型がいつもと違っていた。
《そういえば燈湖、ツインテールにしてるのは、デンドロビウムになったから?》
《ああ、そうだぜ。デンドロビウムって言ったらこの髪型だからな》
普段はストレートだから見慣れないけど、デンドロビウムだと思えば違和感はない。
《私がお願いしたんです。女王様もいるのにストレートは落ち着かないので、と》
ということらしい。
《デンドロビウムはツインテールにこだわりがあるらしいし、燈湖が嫌がってないからいいんじゃないかしら》
《おう、気にしてねぇよ》
《ふふっ、ありがとございます》
さて、念話での自己紹介も終わった事だし、開店前作業をしよう。
《花屋の開店前って、何をするの?》
《そうね……花を並べたり、並べる花が折れたり傷んでいたりしてないかのチェック、それと水やりね》
《ふーん……じゃあ代わるわよ》
《へ?》
▲ ▽
《なんで代わったの?》
《ソウルジェムにこもって見てるだけなんて退屈なんだもの。私、向こうでも普段は屋敷にこもってたから、娯楽に飢えてるのよ》
《シンビジュームとかオンシジュームとか、遊び相手はいたでしょ?》
《二人だって花騎士だから、いつでも必ずいるわけじゃないし。それにこういう接客業、興味あったのよね♪》
新しい遊びに挑戦する気分でそう告げる。
《一応仕事なんだけど……》
《仕事だろうと、楽しめればその時点で娯楽よ》
主導権はこちらにあるし、譲る気はない。せっかくの異世界、色んなことを楽しまないと損よね。
《もう、しょうがないなあ……わからないことがあったら、私かこのみさんにすぐ聞いてよね?》
《はいはい》
カトレアは私に甘いわねぇ。ま、好都合だけど。
さて。ただ言われたことをやるだけなんてつまらないわよね。
「いらしゃいませ。本日は特別なフェアを開催しております。誕生日プレゼントに、お花のバースデーケーキはいかがでしょうか?」
店先で、デンドロビウムが呼び込みをする。そう、今はトウコじゃなくてデンドロビウムだ。
トウコの提案で「フラワーショップで呼び込みすんならアタシより、物腰が柔らかいデンドロビウムが適任だろう」と交代したのだ。
《さあ、みなさんも私に続いて下さい》
《う、うん!》
《が、頑張りますっ……!》
念話で優しく励まし、それに押されてかえでとかこが続く。
「素敵な誕生日を、お花のケーキでさらに素敵に彩りませんかっ!」
「た、誕生花に花言葉を添えて、大切な人に贈ってみませんか……?」
《ふふっ良いですね、その調子ですよ》
《えへへ……》
《あ、ありがとうございますっ……!》
さすがデンドロビウム、褒めて成長を促すのが上手いわね。
まあそれはそれとして。開店前に企んでいた私が何をしたかというと。
「な、なんか、いつもよりお花の色艶が良い……! あれ、これ色褪せてきてたから下げたやつじゃ……?」
このみが嬉しさと困惑の声を交互に上げる。
《……女王様、何をしたの?》
《大したことじゃないわ。元気がなかった花を中心に、ほんの少しだけ私の魔力を分けてあげたのよ》
《もう、勝手なことして……問題はないの?》
《多分、普通より花持ちが数日良くなった程度よ。でも……ふふっ。ただの花と見るからに生き生きした花、どっちがより売れるかしら?》
当然、結果は火を見るよりも明らか。
世界に愛された私の魔力を受け取り鮮やかに咲き誇る花達、それに華やかな美少女達の呼び込みが合わさり、フェア用に用意した花のバースデーケーキは飛ぶ様に売れ、あっという間に完売した。
フェアと私の魔法、デンドロビウム達の呼び込みの相乗効果は抜群だったらしく、花のバースデーケーキが売り切れてもしばらく大忙しだった。
「ふふっ! こんなに忙しいのなんて初めて……!」
なかなか途切れないお客に、このみが嬉しさの悲鳴を上げていた。