午後になり、客足がようやく落ち着いてきた頃。
(うん? あの客……)
入口のところにいる人から、妙な魔力を感じる。中年くらいの男だから、魔法少女ではない。
「ねえこのみ。お店の入口にいるお客さんに、嫌な感じの魔力が纏わり付いてるんだけど」
「え、カト……女王様?」
「他の人がいる時はカトレアでいいわ。それより、あれってもしかして……」
「えっと……うん、あるね、魔女の口づけ」
視線を客の首あたりに持っていったこのみが、魔女の口づけがあるのを視認したらしい。なるほど、首筋に出るのね。
「虚な目でスズランをじっと見てるわね……確か、マーキングした魔女を倒せばいいのよね?」
「うん、行かなきゃ……!」
そう言って目を閉じると、かえでとかこがこのみに注目し、続けてマーキングされた客を見る。どうやら念話で伝えたらしい。
《ちょい待て、5人全員出ることはないだろ》
トウコが念話を飛ばしてきたから、多分デンドロビウムにも伝わっているだろう。台詞からして、このみに「みんなで行こう」とでも言われたのかしら。
《で、でも、早く倒さないとっ!》
《気持ちはわかるが落ち着け、役割分担は必要だ。何よりアタシとカトレアは、まだ魔女と出会ったことすらねぇ》
《あっ……う、うんっ、そうだね。初心者さんに、無理させられないよねっ……》
《さすが燈湖、冷静で頼りになるわ》
……私とデンドロビウムは初心者と言っていいのか微妙だけど、まあ魔女戦が未経験なのは確かね。
まあそんなわけで。
「お母さん、人の波も引いてきたし、順番に休憩行っていいかしら?」
「そうね、いいわよ」
「ありがと。じゃあトウコとかえで、先に行きましょ」
「おう」
「は、はーい!」
バイト歴が長いこのみと口下手気味なかこには、店番とマーキングされた男の監視役として残ってもらい、かえでに魔女の見つけ方や魔女戦について教わるため、一緒に魔女退治へと繰り出した。
「こうやってソウルジェムを手に持って、魔女が残した魔力の痕跡を探して見つけ出すんです」
「ふむ、ソウルジェムにはそのような使い方が……」
早足でかけながらデンドロビウムにレクチャーするかえで。物腰が穏やかだからか、出会って数時間だけどデンドロビウムとは話しやすいらしい。
「魔力の痕跡ね……つまり、さっきの客に纏わり付いてた魔力の波動と同じものを探せば良いのね。それくらいなら、ソウルジェムなんて使わなくても……次を右よ」
「合ってる……す、すごいね、女王様!」
「ふふん、この程度造作もないわ」
《私の出番……》
《気にするな、適材適所だ》
カトレアのイジけた声が聞こえてきた。まったく、私と同じ名前を冠してるんだから、もっと堂々として欲しいわね。
そんなやり取りをしつつ、お店を出て数十秒。
「あったよ、魔女の結界!」
《でかした!》
標的は、思っていた以上に早く見つかった。
「ふーん、なるほど。結界にとじこもってるから、魔力反応が微弱なのね」
この程度の距離ならお店からでも分かりそうだったけど、そういう理由か。
《早速魔法少女に変身しましょ! ほら女王様!》
「はいはい、急かさなくてもわかってるわよ」
はしゃいじゃって。この娘ちょっと可愛いわね。
という訳で、結界に突入する前に三人とも変身する。
実は、変身するのはこれが初だ。トウコに、
「変身するのも魔法少女の魔法だろ? 魔力だって無限じゃねえだろうし、出来るだけ節約していこうぜ。白ダヌキ野郎、まだまだ隠し事してるだろうしな」
と言われたからだ。
……今日ちょこちょこ使ってただろって? あれは魔法少女の――カトレアの魔力じゃなくて自前のだから、ノーカンよ。
一瞬光に包まれそれが晴れると、三人とも衣装が変わっていた。
「デンドロビウムは、いつもの
「女王様のは豪華ですね。フルルに潜在能力を開花してもらった記念に仕立てた戦闘ドレスでしたか」
《開花絵!》
《だな》
よくわからないけど、多分ゲームでこの衣装を見たことがあるのね。
「かえでさんのはケープというか、ローブを可愛らしくアレンジした感じですね。とてもよく似合っていますよ」
「……じーっ」
「かえで?」
「女王様の衣装、胸元パンパンだね!」
「ちょっいきなり何いってるのよ!」
予想外の台詞に、思わず腕で胸元を隠す。
《かえでちゃん、女王様に対してわりとフランクよね》
「んー、そうかも? 女王様、友達のレナちゃんと言動が似てるとこあるから」
《なるほど、レナって奴はツンデレか》
後で聞いた話だけど、かえでは普段はレナとモモコという娘と三人でチームを組んで魔女退治をしているらしい。
ちなみに魔女退治の際は、害虫で戦闘慣れしている私達花騎士組が基本メイン魂だ。カトレアやトウコは、戦場の空気に慣れて来たら実戦訓練としてたまに代わる、というスタイルで行くことになっている。
「みなさん、雑談はここまでにしましょう。すでに魔女の口づけを受けている人がいるのですから、あの人が本当の被害者にならない内に」
「それもそうね」
「それじゃあ、結界に入ろう!」
★
「ここは……砂山?」
結界内には、黄土色の砂山と砂のオブジェ、巨大なバケツやシャベル・鉄骨等が乱立した珍妙な景色が広がっていた。
「この結界、砂場の魔女だね」
「知ってる魔女なの?」
「前に倒したことあるから」
《前に倒したって……魔女は復活するの?》
「静かに。何か来ます」
デンドロビウムの警戒の声に、私達は息を潜めて周囲をうかがう……と。
――ポッポー!
パッチワークのような配色をした、団子を繋ぎ合わせたかのような害虫みたいなのが1体、時々謎の鳴き声を上げながらうろついていた。
んー……辿ったのと同じ魔力を感じるけど、いくらなんでも魔力反応が弱い。あれは多分魔女じゃないわね。
「あれが魔女……ですか? 弱めの小型害虫の様な印象ですが」
デンドロビウムも違うとわかっていそうだけど、あえて先輩魔法少女のかえでに説明を求めた。
「あれは使い魔だよ。魔女が生み出す分身……手下だったけ? そんな感じの存在だよ。魔女に比べれば全然弱いけど、使い魔が人を何人も襲って成長しちゃうと、生み出した魔女と同じ魔女になるんだって」
《なるほど、だから「前に倒した」なのね》
《そいつは厄介だな……前に例えで害虫みたいなもんって言ったが、性質も似通ってるな》
害虫は元は益虫と呼ばれていた存在だけど、害虫化した益虫が他の益虫を襲って害虫化して、その害虫が益虫を襲って……を繰り返して一気に増えた。
魔女は、魔女が生み出した使い魔が人を襲い続け成長すると魔女になり、さらにその魔女が使い魔を生み出し……を繰り返して増える。
「そう言われると、確かに似ているわね。まあ、害虫化と違って人間が直接魔女化するわけでもないから、あくまで似ている、だけど」
《……。まあ、そうだな》
「……トウコさん?」
返答するのに少し間が空いたのが気になるけど、今はそれよりも。
「うん、使い魔1体なら私でも……と、取りあえず、あれは倒しちゃうね! 見てて!」
《かえでちゃん、気をつけてね!》
魔女も使い魔も、人を養分として襲うのなら等しく人類の敵。倒さない理由はない。
「え、えーい!」
かえでが多少頼りない掛け声ながら魔力を練り上げ接近して杖を振るうと、地面から蔦が伸びて使い魔を拘束し、そこに鋭い木の根が伸びて貫く。
――◎■✳︎!?
悲鳴?を上げて少しもがき、ぐったりすると砂が崩れるように霧散する。
「ふゆぅ……普通に勝ててよかったぁ……」
後輩である私達に見本を見せようとして緊張していたのだろう。使い魔の消滅を確認すると、杖を下ろしてえへへと笑う。
「よくできました。ですが、もう少し肩の力を抜いてみましょう。過度の緊張は動きを妨げてしまいますから」
「は、はい! ……って、私が先輩なのに……」
《魔法少女の先輩としてカッコつけたい気持ちはわかるが。戦う者としては、デンドロビウムの方が十数年は先輩だからな》
「十数年!? じゃあデンドロビウムさん、おば――」
――★○※□♯◆ポッー!!
「気づかれたようね、騒ぎ過ぎよ」
鳴き声が響き、複数の気配がこちらに接近してくる。
「ふゆっ!? ご、ごめんっ!」
「謝らないの。この程度の雑魚、寄り集まったところでどうってことないわ」
「とはいえ油断は禁物です。次は私が」
デンドロビウムが接近する使い魔達に自ら歩み寄る。
「の前に。確か結界内では、どれだけ暴れても外に被害は出ないのでしたよね?」
「は、はいっそうです!」
「わかりました。では――愛の拳の重さを、とくと知りなさい」
かえでの返答に一つ頷き、ゆっくり片足を持ち上げ、
「ふんっ!」
ゴッ!!
「ふみゃうっ!?」
力強く地面を踏み付けると、まるで直下型の地震でも起きたかのように地面が一瞬激烈に揺れる。
……相変わらず初動なのに強烈よね、知らないとかえでみたいにたたらを踏みかねない。
当然、今の震脚で使い魔もバランスを崩し、ふらついたり転げたりしている。そこにとどめの追撃。
「破ぁっ!!」
飛び上がったデンドロビウムの拳には気の塊。それを思い切り使い魔達の中心に打ち下ろす。
ドゴンッ!!
巨大な気の拳による鉄槌により、使い魔達はことごとくひしゃげ吹き飛び霧散する。
「ふむ、思い通りに動けましたね。力は問題なく振るえるようで何よりです」
「す、すごいっ!」
《……リアルで見ると、半端ないわね》
《やっぱ華砕拳カッケェ……》
「ふふん、そうでしょう?」
デンドロビウムが高く評価されて私も気分が良い。
「それじゃ、最後は私ね。世界に愛された私の魔力、見せてあげる!」
接近して来ていた強めの魔力の方向に顔を向け、不敵に微笑んで杖をかざす。今度こそ本命だろう。
――ジャギギギ◎◎♯▽▼ー!!
大量の砂が寄り集まって巨大な人型になり、覗き込むようにこちらに顔?を近づける。
これが魔女……サイズや魔力反応から言って、ちょっと強めの大型害虫くらいはあるかしら。
まあそんなことより。
「見下ろしてくれちゃって。頭が高いのよ!」
すでに魔法は発動している。後はぶつけておしまい!
「ほーら、吹き飛んじゃえ!」
ボボオオォ――!!
巨大な火球が砂場の魔女を包みこむと、しばらく苦しむ様にもがいてから倒れ、ゆっくり崩壊していく。大した強さじゃなかったわね。
「ま、魔女を一撃で……女王様もすごいっ!」
「まぁ、当然ね」
……実は大技に、いつもより少し多めに魔力を込めたのは秘密だ。だって格好良く一撃で決めたかったんだもの。
《スーパーノヴァ! さすが女王様、強くて可愛くて最高!》
「ふふっ、お疲れ様です」
カトレアが大はしゃぎし、デンドロビウムに労われる。これ多分、デンドロビウムには気合入れてたのバレてるわね。
「あ! やった、グリーフシード!」
かえでが声を上げ、魔女が崩れ去った場所に駆け寄って何かを拾い上げると、景色がぐにゃりと歪み、普通の街並みに戻る。
(んー……砂場の魔女から感じた魔力反応は消失したし、魔女退治はこれにて完了、かしらね)
こうして私達の異世界での初戦闘は、何の問題もなく終了した。
カトレアの魔法少女衣装が開花絵なのは、ただ単に未進化絵では宝石のようなモノを身につけていなかったから、というだけの理由です。